第120話 破壊と創造のバスケットボール
ジェンゴが我が校の生徒として、正式にクラスに合流することになった。
とはいえ、いきなり座学――特に高度な魔法理論の授業に参加するのは酷だという判断で、まずは言葉の壁が低い実技から参加することになった。
つまり、体育だ。
身体を動かすだけなら、ゼノビアからの留学生でも問題ない。
今日の種目はバスケットボール。
だが、俺たちは忘れていた。
ジェンゴ・ムワンバという男が、規格外のフィジカルモンスターだということを。
「パスだジェンゴ! ゴール下!」
「了解です!」
味方のパスを受けたジェンゴが、ゴールに向かって走る。
……いや、走るというより、重戦車が突進しているような迫力だ。指定ジャージが筋肉でパツパツに張り詰めている。
ディフェンスに入った相手チームの生徒が、壁に激突したかのように弾き飛ばされた。
「ふんっ!」
ジェンゴが軽く、本当に軽くジャンプした。
それだけで、彼の視線はゴールリングと同じ高さになる。
「嘘だろ……」
「NBAかよ……」
クラスメイトたちが呆然と見上げる中、ジェンゴは余裕のダンクを決め――ようとして、動きを止めた。
(……ん? あそこニイルノハ……)
体育館の入り口。
そこに、白衣姿のエレノア先生が立っていた。腕組みをして、じっとこちらを見ている。
監視ではない。担任として、留学生がクラスに馴染めているか確認に来たのだろう。
(先生が見ている! いいところを見せなくては!)
ジェンゴの背中に、そんな気合が見えた。
全身に余計な力が漲る。
彼は空中でボールを鷲掴みにし、リングに叩き込もうとして――。
パーーーンッ!!
破裂音が轟いた。
「え?」
一瞬の静寂。
ジェンゴの手の中で、バスケットボールが耐えきれずに圧壊していた。
気合を入れすぎて、握りつぶしてしまったのだ。
(や、やばい!)
ジェンゴの顔色が変わる。
借り物を壊したとなれば、先生に怒られる。あるいは「力加減のできない危険人物」としてガッカリされるかもしれない。
――創造。
ジェンゴは冷や汗をかきながら、反射的に魔法を行使した。
破裂したゴムの残骸を一瞬で分解。魔力で足りない分を補填し、構造を再構築する。
次の瞬間。
彼の手には、何事もなかったかのように「新品のバスケットボール」が握られていた。
「……ふぅ」
ジェンゴは着地し、何食わぬ顔でダム、ダム、とドリブルを再開した。
「……あれ? 今、ボール弾けなかった?」
「すげぇ音したよな?」
「見間違いか……?」
同級生たちが狐につつまれたような顔をしている。
入り口のエレノア先生は、手元の端末にサラサラと何かを書き込んだ。
『バスケットボールの生成、問題なし。馴染んでいるようで何より』
先生は満足そうに頷き、静かに去っていった。
……バレてない? いや、あの先生のことだから全部お見通しだな。
「おいジェンゴ」
体育教師が笛を吹いた。
「今の、魔法だろ」
「い、いえ! 物理的な修復です!」
「ボールが破裂して一瞬で元に戻る物理現象があってたまるか。体育での魔法使用は禁止だ。テクニカルファウル!」
「ガーン……!」
ジェンゴががっくりと項垂れた。
◇
放課後のような疲労感を引きずりつつ、昼休み。
俺たちが学食に向かっていると、友人のユウスケが興奮気味に声をかけてきた。
「おかえりヒロ! いいタイミングで帰ってきたな。今日はなんと、『ピザの日』だぞ!」
「マジか! 今日だったのか!」
俺はガッツポーズをした。
ゼノビアへの渡航中、収納空間に保管していたピザのストックは、イカヅチやフレアへの友好活動で底をついていたのだ。
「ピザ、ですか?」
ジェンゴが不思議そうな顔をする。
「ゼノビアにもありましたよ。……そんなに喜ぶような料理ですか?」
「甘いなジェンゴ。この学食のピザは一味違うんだ」
俺たちは列に並び、焼き立てのピザをゲットした。
長方形のトレイに乗った、何の変哲もないミックスピザ。
だが、その破壊力は凄まじい。
「たっぷりのチーズ、濃いめのトマトソース、そしてモチモチの生地……。洗練されたレストランの味じゃない。この『ジャンク感』こそが、男子高校生の胃袋を鷲掴みにするんだよ」
俺は熱々のワンピースを口に放り込む。
うん、これこれ。この塩分と脂質の暴力。
「……ふむ」
ジェンゴは半信半疑で、ピザを手に取った。
そして、一口かじる。
「…………ッ!!」
カッ!!
ジェンゴの背後に、電流が走るようなエフェクトが見えた。
「な……なんですかこれは!!」
ジェンゴが目を見開いて叫ぶ。
「ただの小麦とチーズの塊のはずなのに……! この、脳に直接幸せを届けてくるような中毒性は!!」
「だろ? マヨネーズがかかってる部分なんか特にヤバいぞ」
「すごく美味しいです! ゼノビアのピザとは別物です!」
ジェンゴは猛烈な勢いでピザを平らげていく。
あっという間に一枚完食だ。
「ああ、素晴らしい……」
俺は自分のトレイに目を落とす。
ここには、まだ手付かずのホールピザが二枚ある。もちろん、今食べるためではない。
亜空間の裂け目を開き、熱々のピザを箱ごと放り込む。
「いつでも食べられるよう、備蓄しておくのさ」
「あ……!」
それを見ていたジェンゴが、ハッとした顔で俺を見た。
そして、自分の追加分のピザを差し出してきた。
「ヒロさん……僕のも、お願いできますか?」
「おっ、わかってるなジェンゴ」
俺はニヤリと笑った。
「いつでもこの感動を味わいたい、だろ?」
「はい! 食料は創造魔法で作れませんから……こればかりはヒロさんが頼りです!」
「任せとけ。ここぞという時の活力源だからな」
俺はジェンゴの分のピザも、大切に収納空間へしまった。
平和だ。
戦争よりも、ピザのストックを気にする日常の方が、ずっといい。




