第119話 美の追求者と、黄金の錬成師
学園の奥深くにある、研究棟。
その一室の前で、ジェンゴがガチガチに緊張して襟元を直していた。
「ヒロさんの『先生』ということは……やはり、とてつもない古強者なのでしょうか。仙人のような……」
「いや、見た目は普通だよ。中身はアレだけど」
「アレ?」
「まあ、会えばわかる」
俺は苦笑しながら、ドアをノックして開けた。
「失礼します。先生、戻りました」
「あら、おかえりなさい。早かったわね」
研究室の奥から、白衣を纏った女性が振り返る。
北欧系の透き通るような白い肌、流れるような金髪、そして知的な碧眼。
相変わらず、絵画から抜け出してきたような美人だ。
その瞬間、ジェンゴが石化した。
「あ……」
そして、音速で直立不動の姿勢をとった。
「ジェ、ジェンゴ・ムワンバです!! そ、そうぞう、創造魔法を使います!! えっと、趣味は……き、筋肉です!!」
声が裏返っている。
なんだそのガチガチの挨拶は。
「おいおい、なんでそんな緊張してんの?」
「き、聞いてませんよヒロさん……ッ!」
ジェンゴが口を動かさずに、腹話術のように囁いてくる。
「こんな……女神のような美女だなんて! ゼノビアにはいないタイプです……直視できません!」
ああ、なるほど。
ゼノビアは砂漠の国だし、こういう色素の薄い北欧系の美女は新鮮なのか。それにジェンゴ、意外と女性耐性なかったんだな。
俺は普段、フレアやシラユキという「人外レベルの美貌」を見慣れているせいで感覚が麻痺していたが、言われてみればエレノア先生も超美人なんだった。
「あら、正直な子ね。合格よ」
地獄耳の先生が、くすりと笑った。
ジェンゴが「ひぃっ」と赤くなって縮こまる。
「そ、そういえば先生。これお土産です」
俺は空気を変えるために、ゼノビアから持ち帰った小箱を差し出した。
ジェンゴが作った瓶に入った『デザート・ドロップ』が入っている。
「ゼノビアで作った化粧品の試作品です。先生はこういうの、あまり興味ないかと思いましたけど……」
「何を言ってるの、一之瀬君」
先生は小箱を受け取ると、愛おしそうに瓶を眺めた。
「私の魔法研究の原点は『美の追求』よ? 当然、嬉しいに決まっているじゃない」
「え、そうだったんですか?」
「当たり前でしょ。私の専門は魔法を作ること。真っ先に研究するテーマは美の追求にきまっているでしょうが。治癒魔法、それを応用して細胞の活性化、老廃物の除去、テロメアの修復……つまり『究極のアンチエイジング』こそが私のライフワークなのよ」
先生がドヤ顔で言い放った。
テロメアの修復って、それもう医療の枠を超えてないか。
「……そういえば」
俺はふと、記憶を遡る。
この学校に入学して、初めて先生に会ったのは六年前だ。
あれから俺は成長したが、先生は……。
「先生って、六年前から見た目が全く変わってませんよね。……もしかして、精霊か何かなんですか?」
「ふふ、最高の褒め言葉として受け取っておくわ」
先生は意味深に微笑むだけで、否定しなかった。
……怖い。この人は深く追求しない方がいいタイプだ。
「それはそうと、創造魔法ですって?」
先生が興味深そうにジェンゴに向き直った。
その目は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いている。
「またとんでもないジャンルの魔法がやってきたわね。一体、どんな魔法なのか見当もつかないわ」
「は、はい! あの、なにかやってみせましょうか?」
「ええ、ぜひ」
ジェンゴは緊張しながらも、気合を入れるように一度深呼吸をした。
そして、空中に手をかざす。
「ふんっ!」
彼の手のひらに、魔力の渦が生まれる。
俺のように物理法則を計算して構築するのではない。もっと感覚的で、根源的な力。
『無』から『有』を呼び出す力。
カッ、と光が弾けると――。
彼の手のひらには、繊細な装飾が施された、黄金のブローチが握られていた。
「……嘘でしょ?」
先生が目を見開いた。
慌ててブローチをひったくり、詳しく観察する。
「質量保存の法則を無視した完全な物質生成……! それも、この金属……金?」
「はい。あ、でも純金だと柔らかすぎて装飾品には向かないので、銀と銅を混ぜて18金に調整してあります。その方が嬉しいかなって」
ジェンゴが照れくさそうに頭をかく。
しかし、その言葉を聞いた瞬間、先生が叫んだ。
「はぁ!?」
白衣を翻し、ジェンゴに詰め寄る。
「生成と同時に!? 合金の比率調整までやったの!?」
「え、あ、はい。……欲しいモノをイメージして、取り出すだけなので……」
「取り出すだけって……あんたねぇ……」
先生はわなわなと震えながら、ブローチとジェンゴを交互に見た。
「ありえない……これぞまさに『チート』……! バランスブレイカーだわ!」
出た。先生のラノベ脳。
「土魔法で鉱物を集めて精製するなら分かるわ。でも、これは魔力を直接物質に変換している。しかも分子レベルの調整付きで! そんな微調整もできてしまう、この一瞬で!」
「は、はあ……」
「なによそれ……こっちが主人公だったんじゃないの?」
先生がブツブツと呟きながら、俺をチラリと見た。
「……なんか、すいません」
俺は妙な敗北感を味わっていた。
俺の魔法は、ただ空間を好きにいじっているだけの物理現象がメインだからな。
でもジェンゴのは、理屈抜きの「魔法」そのものだ。
しかも、金になる。
「ねえ、ジェンゴ君」
先生の目の色が、すっと変わった。
科学者としての、鋭い光が宿る。
「私の眼はね、魔法の構成式が視えるのよ。……他にも何か、創ってみせてもらえるかしら? もっと複雑な構成のものを」
「は、はいっ! ぞひ!!」
ジェンゴが裏返った声で即答した。
「ぜひ」と言いたかったのだろうが、美人に頼られてテンションが振り切れているらしい。
彼は再び気合を入れると、今度は両手を広げた。
さっきよりも複雑で、濃密な魔力が練り上げられていく。
数秒後。
彼の手の中に現れたのは、複数の金属が組み合わさった、幾何学的なデザインの魔道具――魔力灯のランタンだった。
「ふむ……なるほど」
先生はランタンを手に取ることもなく、食い入るようにジェンゴの手元を凝視していた。
その碧眼が、怪しく輝いているように見える。
「そういう原理か……。かなり複雑に圧縮されているけれど、ブラックボックスというわけではないわね」
先生がニヤリと笑った。
「紐解けないわけではないわ」
「……え?」
ジェンゴがキョトンとしている。
先生は、肉食獣のような目でジェンゴの肩をガシッと掴んだ。
「あなた、私の研究対象になりなさい。……徹底的に調べてあげるわ(ハート)」
「ヒ、ヒロさぁぁぁん!!」
ジェンゴが涙目で助けを求めてきた。
俺はそっと視線を逸らした。
頑張れ、ジェンゴ。
日本の洗礼へようこそ。




