第110話 黄金の女神
翌朝。
俺は薬師寺アリサ先輩を伴って、再びザッハーク将軍のもとを訪れていた。
「……投資開発許可、だと?」
将軍が眉をひそめて書類に目を通す。
それは薬師寺グループが作成した、大規模な事業計画書だった。
「はい。ジェンゴの故郷である村周辺に、我がグループの工場を建設し、資源開発を行いたいのです」
アリサ先輩が、将軍の威圧感にも動じず微笑んだ。
「あの地域は貧困層が多く、国のお荷物になっているはず。
私がそこに雇用を生み、インフラを整備し、外貨を稼げる土地に変えてみせますわ」
それは、ジェンゴを縛る「人質」の価値をなくすという提案だ。
だが、同時にゼノビアという国にとっても莫大なメリットがある。
「ふん……商魂たくましい女だ」
将軍は鼻を鳴らした。
「ジェンゴを真に解放するため、奴の枷を外すつもりか。
……いいだろう。国益になるなら拒む理由はない」
将軍は豪快に許可証にサインをした。
「好きにするがいい。ただし、税金はたっぷり払ってもらうぞ」
「ええ、もちろん」
交渉成立だ。
やはりこの人は合理的で助かる。
◇◇◇
午後。
俺、カイト兄さん、そしてジェンゴは、軍用車でジェンゴの故郷へ向かった。
都市部から離れること数時間。
砂漠の中に、へばりつくように存在する小さな集落が見えてきた。
「……ここです」
ジェンゴが重い口を開いた。
そこは想像以上に過酷な場所だった。
干上がった井戸、痩せた畑。家々はボロボロで、子供たちは骨と皮ばかりに痩せ細っている。
「配給だ! 並べ並べぇ!」
ちょうど、軍の補給トラックが来ていた。
兵士たちが粗末な食料と水を放り投げる。
「将軍閣下の慈悲に感謝しろ! ありがたく受け取れよ!」
村人たちは地面に頭を擦り付け、涙を流して感謝している。
命綱を握られている彼らには、そうするしかないのだ。
「……僕が兵器を作り続けないと、これが止まってしまうんです」
ジェンゴが悔しそうに拳を震わせた。
こんな理不尽な鎖で、彼は繋がれていたのだ。
その時だった。
ババババババッ……!!
上空から轟音が響いた。
砂煙を巻き上げながら現れたのは、軍用機ではない。
黒塗りの、最新鋭の民間ヘリコプターだ。
「な、なんだ!?」
兵士たちが慌てふためく中、ヘリは村の広場に強引に着陸した。
ドアが開く。
砂塵舞う荒野に降り立ったのは、日傘を差した優雅なドレス姿の女性――薬師寺アリサ先輩だった。
「あら、埃っぽいところね」
先輩は眉ひとつ動かさず、サングラスを外した。
後ろにはスーツ姿の調査団が控えている。
「だ、誰ですかあの人は……!?
映画女優か何かですか!?」
ジェンゴが目を丸くしている。
そうか、彼は先輩を知らないんだったな。
「俺たちの最強のスポンサーだよ」
俺はニヤリと笑った。
「あなた達、宝の山の上に座って貧乏暮らしをしている自覚はおあり?」
先輩は挨拶もそこそこに、村の周囲に生えている棘だらけの植物を指差した。
「おい、そこの女! 何だ貴様は!」
兵士が怒鳴るが、先輩は無視だ。
「その植物……過酷な砂漠環境で水分を保持するために進化した『デザート・ローズ』の一種ですわ。
種子から採れるオイルは、世界中のセレブが欲しがる最高級の美容成分になりますの」
先輩は植物の実をちぎり、兵士に見せつけた。
「この過酷な環境だからこそ、植物たちは自らを守るために強力な抗酸化作用を持っています。
これを加工して輸出するだけで、あなた達が配っているゴミみたいな配給の100倍は稼げますわ」
「なっ……!?」
「それに、最も重要なのは『水』です」
先輩が合図を送ると、調査団が地面を指し示した。
「事前調査によれば、この地下300メートルに巨大な岩盤帯水層が眠っています。
一之瀬さん、お願いできるかしら?」
「了解。300メートルか……ちょっとした工事だな」
俺は腕まくりをした。
ただの爆縮で穴を開けるには深すぎる。ここは技術の見せ所だ。
「出てこい、シラユキ、ヒューイ!」
俺の呼びかけに応え、氷の精霊シラユキと風の精霊ヒューイが現れた。
『お任せください、王よ』
『へへっ、力仕事だな!』
「シラユキ、極太の氷の杭を作ってくれ。先端はドリル状に。
ヒューイはそれを竜巻の要領で高速回転させてくれ」
二体の精霊が頷く。
シラユキが冷気を放ち、瞬く間に巨大な逆円錐形の氷塊が出現した。
そこにヒューイが風を纏わせ、凄まじい勢いで回転させ始める。
キュイイイィィン……!
唸りを上げる巨大な氷のドリル。だが、これだけでは足りない。
「仕上げだ。――空間圧縮!」
ギチチチッ……!
俺は氷のドリル全体に、数万気圧の超高圧をかけた。
氷の分子が無理やり押し固められ、ダイヤモンドをも凌駕する硬度を持つ「アイスセブン」のドリルへと変化する。
「行けぇっ!!」
ズガガガガガッ!!!
超硬度ドリルが大地に突き刺さる。
岩盤を豆腐のように砕きながら、ドリルは地中深くへと潜っていく。
凄まじい振動と轟音が響き渡る。
やがて。
ズボォッ! という手応えがあった。帯水層に到達したのだ。
「よし、貫通した!
シラユキ、ヒューイ、もういいぞ、ありがとう! 圧縮解放!」
俺は精霊たちを戻し、アイスセブンにかけていた圧力を一気に解き放った。
パァァァンッ!!!
地中で、硝子が爆ぜるような硬質な破裂音が響いた。
超高圧から解放されたアイスセブンが、一瞬にして砕け散り、蒸発したのだ。
直後。
ドバァァァッ!!
開いた大穴から、天を衝くような水柱が吹き上がった。
乾いた大地に、クリスタルのような輝きを放つ水が降り注ぐ。
「み、水だー!!」
「なんて綺麗な水なんだ……!」
村人たちが歓声を上げて水に駆け寄る。
アリサ先輩はその水を指先ですくい、テイスティングするように確認した。
「……ええ。素晴らしい品質ですわ」
先輩が満足げに頷く。
「不純物が極めて少なく、ミネラルバランスも完璧。
まさに『奇跡の湧き水』。
現地の植物エキスと、この水を合わせれば……世界最高峰の化粧品が作れますわ」
現地調達の最高級素材。
ビジネスの勝算は完璧だ。
「き、貴様ら!! 何勝手なことをしている!!」
駐留軍の隊長が、顔を真っ赤にして銃を抜いた。
「ここは軍の管理区域だ! 民間人が勝手に資源を掘り出すなど、許されると思っているのか!」
兵士たちが一斉に銃口を向ける。
ジェンゴが青ざめて俺たちの前に出ようとした。
だが。
「あら。将軍閣下の許可は頂いていますけれど?」
先輩は優雅に、懐から一枚の書状を取り出した。
そこには、ザッハーク将軍の直筆サインと、鮮やかな軍の印章が押されていた。
「こ、これは……将軍の……!?」
隊長が目を見開いて硬直する。
「この地域一帯の開発権は、我が薬師寺グループに委譲されました。
最高指導者の決定に異を唱えるなんて……反逆の意思ありと見なしてよろしいのかしら?」
先輩の冷徹な視線に、隊長は「ひっ」と悲鳴を上げた。
将軍に逆らえばどうなるか、彼らが一番よく知っている。
「撤収しなさい。邪魔ですわ」
「は、はいぃぃっ!!」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
圧倒的だ。金と権力の暴力だ。
「ジェンゴさん、そして村長の皆さん」
先輩は村人たちに向き直った。
「これは慈善事業ではありません。ビジネスです。
工場で働き、この植物を育ててください。正当な対価をお支払いします。
もう誰かに頭を下げる必要はありません。あなた達は、自分たちの手で生きることができるのです」
それは「施し」ではなく「自立」の提案だった。
「う……うぅ……!」
ジェンゴはその場に崩れ落ち、涙を流した。
自分を縛り付けていた鎖が、音を立てて崩れ去ったのだ。
「ありがとう……ヒロ君、カイトさん……そして、薬師寺先輩……!」
「礼には及ばないさ」
俺はジェンゴの肩を叩いた。
「これで、心置きなくやれるな?」
「……はい!」
ジェンゴが涙を拭い、立ち上がった。
その瞳には、もう迷いも憂いもなかった。
あるのは、未来への希望と、俺たちと共に戦う決意だけだ。




