第107話 神殺しの盟約と優しき巨神
ザッハーク将軍との対話は続いていた。
俺は、ただ力を誇示するだけでは足りないと判断し、ここに来た本当の理由を話すことにした。
「……腹を割って話します。
俺たちがこの国に来た真の目的は、留学なんて名目上のものじゃない。
――『神殺し』です」
室内の空気が張り詰めたが、将軍の表情は変わらない。
「神々が作り上げた『デミウルゴス・システム』……並行世界を利用したエネルギー搾取構造。
奴らは人類を生かさず殺さず管理し、信仰という名の養分を吸い上げている。
この世界にある神話なんてものは、人間から効率よく信仰を集めるために奴らが作らせた、ただのパンフレットに過ぎません」
俺の言葉に、ラシード大佐が息を呑んだ。
あまりに不敬で、壮大な話だ。
だが、将軍は――。
「ククッ……フハハハハハ!!」
腹の底から愉快そうに笑った。
「面白い! 実に痛快だ!
神話がパンフレットだと? 確かにその通りかもしれん!」
将軍は立ち上がり、窓の外の空を睨みつけた。
「私も常々思っていた。
なぜ人は、見えもしない存在に縋り、貢ぎ、運命を委ねるのかと。
奴らが我々を家畜程度にしか思っていないのなら……やはり神という奴らは許せんな」
将軍の瞳には、知的な光と、強烈な反骨心が宿っていた。
この人はただの武人じゃない。
世界の構造に疑問を持ち、人の力でそれを覆そうとする革命家だ。
「気に入った。
同志などという生温いものではない。我々は『共犯者』だ」
将軍が俺の肩を叩いた。
熱い何かが結ばれた気がした。
「そんなお前たちだからこそ……この国の『とっておき』を見せておこう」
◇◇◇
案内されたのは、軍事基地の地下深部にある特別研究開発棟だった。
厳重なセキュリティゲートをいくつもくぐり抜ける。
「これから会わせるジェンゴは、我が国の心臓だ」
案内役のラシード大佐が説明する。
「彼はとてつもない魔力を持っているが……少々、体が弱くてな。
無理をさせるとすぐにへばってしまうのだ」
「体が弱い?」
「ああ。だから軍の方針で、徹底的な身体的トレーニングを課している。
最近はようやく改善されてきたがな」
……嫌な予感がする。
俺たちが最深部の工房に入ると、そこには一人の男がいた。
「…………」
でかい。
身長は2メートルを超えているだろうか。
丸太のような腕、岩のような大胸筋。軍服がはち切れんばかりの筋肉の鎧を纏っている。
ヒューイの報告通りだ。
しかし、その顔つきは――。
「あ、お疲れ様です、大佐殿……。
新しいお客様ですか?」
めちゃくちゃ腰が低かった。
声も穏やかで、瞳には争いを好まない優しさが滲んでいる。
「紹介しよう。彼がジェンゴだ」
大佐が誇らしげに言う。
俺はジェンゴのオーラを見て、すぐに察した。
(……これ、肉体的な疲労じゃない)
精神がすり減るのだ。
強力な魔法を連発すれば、精神に莫大な負荷がかかる。それは魔力量の問題ではない。
それを「体力が足りない」と勘違いした軍が、筋トレをさせまくった結果……この優しきマッスルモンスターが誕生したわけか。
見当違いもいいところだが、本人が健康そうなのは何よりだ。
「初めまして、一之瀬ヒロです。こっちは兄のカイト」
「あ、どうも。ジェンゴ・ムワンバです……
創造魔法を使います…」
ジェンゴは恐縮しながらペコペコと頭を下げた。
「創造魔法……? まるでおとぎ話だな」
兄さんが目を見開いた。
本人は自信なさげだが、とんでもない魔法だぞ、それ。
「あの、確認したいものがあるんだが」
兄さんが懐から、以前日本の学校で回収した魔道具を取り出した。
分解された、あの火炎放射器の残骸だ。
「これ、君が作ったものか?」
「あ……」
ジェンゴが懐かしそうに目を細めた。
「はい。僕が10歳の頃に作ったおもちゃです。
懐かしいなぁ……まだ残っていたんですね」
10歳でこれを作ったのか。やはり天才だ。
ジェンゴは「ちょっと貸してください」とそれを受け取ると、ふっと息を吐いた。
カッ……!
手が発光する。
次の瞬間、彼のもう片方の手には、全く同じ魔道具が握られていた。
「ええっ!?」
兄さんが叫んだ。
「構造を理解すれば、複製は簡単です」
ジェンゴは照れくさそうに笑った。
設計図もなしに、分子レベルで完全な複製。
これじゃあ、ゼノビアの軍事力が跳ね上がるわけだ。
「へぇ……すごいな」
俺は感心した。
俺の爆縮とはベクトルが違う、理外の魔法だ。
なら、俺も何か見せないと対等になれないな。
「何でも作れるんだね。
……じゃあ、俺も何か作ってみようかな」
俺は何気ない風を装って、右手を前に出した。
自分が作れる物質……まあ、氷ぐらいか。
でも、ただの氷じゃつまらない。
アレなら結構面白いんじゃないか?
普通の水魔法で、小さな水球を作る。
そして――空間魔法発動。
ギチチチッ……!
水球の周囲の空間を極限まで圧縮する。
かける圧力は数万気圧。
水分子が無理やり押し固められ、常温でありながら「固体」へと相転移する。
「はい、どうぞ」
俺の手のひらに残ったのは、透き通った氷の結晶だった。
この灼熱の工房内でも、汗ひとつかかずに存在している。
「氷……ですか?」
ジェンゴはキョトンとした。
「なんだ、ただの氷なら僕にも……」
ジェンゴが手をかざす。
光が収束し、同じ形の氷がポコっと生まれた。
しかし。
ポタ、ポタ……。
生まれた端から、工房の熱気で溶け出し、水滴が垂れていく。
「ふ、ふーん……。
違うんだなー」
俺はニヤリと笑った。
「俺の氷は溶けないよ」
「……え?」
ジェンゴが俺の手元の氷を二度見する。
工房内だというのに、俺の氷は一滴も溶けず、それどころか周囲の空気を冷やしている様子すらない。ただ、そこにある。
その時、背後のコントロールパネルに張り付いていた研究員の一人が、引きつった声を上げた。
「……ま、待て! おかしいぞ! 熱源探知に反応がない!」
「どういうことだ?」
ラシード大佐が眉をひそめて歩み寄る。研究員は震える指先でモニターを指差した。
「一之瀬殿が持たれているあの結晶……表面温度が『摂氏二十五度』を示しています! 氷(固体)でありながら、周囲の気温と完全に同調している! なのに……」
研究員がコンソールを叩くと、警告音が鳴り響いた。
「周辺の空間歪曲率が限界値を突破! 局所的な圧力が……三ギガパスカル!? 十万……いや、三十万気圧を超えています! 物理的にあり得ない、この環境下で結晶構造を維持しているというのか!?」
「三十万気圧だと……!?」
大佐の顔色が変わった。
研究員は、まるで神の御業でも見るかのような、恐怖の混じった眼差しで俺の手元を凝視する。
「温度による凍結じゃない。超高圧による強制的な相転移……。常温でありながら、ダイヤモンドに匹敵する硬度を持つ高密度氷。……まさか、理論上の『アイスセブン』だというのか!?」
「アイスセブン……!?」
ジェンゴが目を見開いた。
「構造は理解できた……! やってみる!」
ジェンゴが真剣な目で手をかざす。
彼にはきっと分子構造が見えているのかもしれない。高圧下で結晶化した、氷VIIの配列が。
光が強まる。
カッ……!
シュワァァァッ!!
生まれた瞬間、氷は沸騰したように弾け飛び、蒸発して消えた。
「!? な、なぜだ!?」
ジェンゴが自分の手を見て愕然とする。
「構造は完璧にトレースしたはずだ! なのに、なぜ形を保てない!?」
「そりゃそうさ」
俺は氷を放り投げ、キャッチした。
「君は物質の形はコピーしたけど、それを維持するための『環境(圧力)』までは作れなかった。
この氷は、俺が空間魔法で超高圧というルールを維持し続けているから、溶けずに存在できているんだ」
俺は種明かしをした。
「君の魔法は『物質』を作る。俺の魔法は『空間』を作る。
似てるけど、ちょっと違うんだな」
ジェンゴは呆然としていた。
自分の魔法で再現できないものがあるなんて、初めての経験なのだろう。
だが、その瞳には悔しさよりも、未知への感動が輝いていた。
「す、すごい……!
どうやっているんですか!? その空間制御は!」
食いついた。
俺は氷を消し、彼に手を差し出した。
「ふふん。教えてほしかったら……」
俺は言葉を切って、満面の笑みを向けた。
「俺と友達になってよ。
仲良くしようぜ、ジェンゴ」
ジェンゴは一瞬驚いた顔をして、それから嬉しそうに破顔した。
「……はい! 喜んで!」
丸太のような腕が伸び、俺の手を包み込んだ。
優しき巨神との、友情の始まりだった。
この度、下書き含めて完結まで目処が立ちましたので、今日から1日3話更新のハイペースで進めていこうと思います。
どうぞ、最後までよろしくお願いします。
安心してください、エタらずに完結しますから✨️




