第105話 爆縮の洗礼と同志の握手
ゼノビア軍、屋外訓練場。
見渡す限りの荒野に、乾いた風が吹き抜けていく。
「的はあの岩山だ。好きにしろ」
ラシード大佐が腕を組み、顎で一キロほど先の岩山を指した。
周囲には興味津々の兵士たちが集まっている。
(さて……日本での特訓の成果、見せてやるか)
俺は一歩前に出た。
詠唱はいらない。イメージだけで世界を掴む。
俺は右手を掲げ、意識を極限まで拡張した。
狙うのは――『体育館サイズ』の空気圧縮。
ゼノビアの乾燥した大気を、広範囲から根こそぎ集める。
ギチチチチチッ……!
空間が悲鳴を上げ、風が渦を巻く。
数キロメートル四方の空気が、俺の手のひらの一点に向かって強引に収束されていく。
ブォン……!
圧縮された空気は、その凄まじい熱量によって赤く発光し始めた。
俺の手の上に生まれたのは、サッカーボール大の水球。
だが、それは透明で涼しげな水ではない。周囲に紫電を散らし、灼熱のオーラを纏った「プラズマの塊」だ。
「……ほう?」
大佐の目の色が少し変わる。
(……っと、危ねぇ)
俺は冷や汗をかいた。
やはり、乾燥地帯での圧縮熱は桁違いだ。このまま撃てば熱線で自爆する。
(ここでも繋がるよな……? 地球の核と)
俺は慌てて足裏から魔力回路を伸ばした。
ズズズ……。
幸い、大地との接続は良好だった。異国の地であっても、地球は一つだ。
俺は急いで過剰な熱エネルギーを地球へと逃がす。
「ふぅ……」
これでただの「戦略級ミサイル」くらいの威力には落ちたはずだ。
「じゃあ、解放しますね」
俺は指を弾いた。
カッ!!
閃光が走り、光の弾丸が解放される。
ドゴオオオオオオォォォォォォンッ!!!!
着弾と同時、鼓膜を破壊するような轟音が砂漠を揺らした。
水蒸気爆発による白いキノコ雲が舞い上がり、衝撃波が訓練場を薙ぎ払う。
見守っていた兵士たちが、慌てて伏せたり、顔を覆ったりして耐える。
やがて、もうもうと立ち込める砂煙が晴れると――。
的だった岩山は跡形もなく消滅し、巨大なクレーターだけが残っていた。
地形が変わっている。
「…………」
訓練場に静寂が落ちる。
兵士たちは口をあんぐりと開け、腰を抜かしている者もいた。
「何だ今のは……」「水魔法か……?」とざわめきが広がる。
俺はパンパンと手の埃を払って、大佐を振り返った。
「一応、威力は落としておきましたけど。
……合格ですか?」
すると。
大佐は爆風で乱れた軍服を払いもせず、ツカツカと俺に歩み寄ってきた。
そして、ニヤリと凶悪な笑みを浮かべた。
「……愉快だ。実に愉快だ」
大佐の太い右手が、俺に差し出された。
「歓迎しよう、『同志』よ」
「……同志?」
俺は眉をひそめた。
「我々は神への信仰を否定し、人の力による進化を目指す。
教会の連中が、貴様を『悪魔』だの『魔王』だのと呼んで恐れている理由がよく分かった」
大佐は嬉しそうに続ける。
「奴らの象徴である教皇を殺害し、甚大な被害を与えた貴様は、我々にとって英雄に等しい」
「……あー、一応言っておきますけど」
俺は苦笑いしながら訂正した。
「俺、殺してないですからね?
あれは教皇が勝手に暴走して自滅しただけです。俺を殺人犯と一緒にしないでくださいよ」
「ハッ! どちらでも構わんさ」
大佐は意に介さない様子で笑い飛ばした。
「重要なのは、貴様があの傲慢な教会に土をつけたという事実だ。
奴らの敵は、我々の友だ」
なるほど。
敵の敵は味方、という論理か。
まあ、殺人犯扱いされるのは心外だが、味方として迎え入れてくれるなら好都合だ。
「光栄ですね」
俺は大佐の手を握り返した。
ガッチリとした、武人の握手だった。
◇◇◇
その夜。
中央都市の上層階にあるホールで、歓迎パーティーが開かれた。
煌びやかなシャンデリアの下、集まっていたのは世界各国から招かれた優秀な科学者や魔導研究者、そして歴戦の傭兵たちだった。
そんな中、俺は明らかに浮いていた。
「……おい見ろよ。子供がいるぞ」
「遠足か何かか?」
「ここは軍事国家だぞ。お遊戯の場所じゃない」
周囲から好奇と侮蔑の視線が刺さる。
無理もない。周りは海千山千の大人たちばかりで、高校生の俺は場違いもいいところだ。
俺がグラス片手に肩身の狭い思いをしていると、ラシード大佐がやってきて俺の肩を抱いた。
「紹介しよう、諸君!
彼が日本から招いた特級留学生、一之瀬ヒロだ」
大佐のドスの効いた声が響き渡る。
「見かけによらず凶暴でな。
舐めた口を利くと、諸君らの故郷が地図から消えることになるぞ?」
会場が一瞬で凍りついた。
ジョークにしては目が笑っていない。
大人たちは「ひっ」と息を呑み、慌てて俺に愛想笑いを向け始めた。
「……大佐、それフォローになってます?」
「事実を言ったまでだ」
大佐は豪快に笑って去っていった。
やれやれ、目立たずに過ごすのは無理そうだ。
「よう、ヒロ。人気者だな」
人混みをかき分けて、カイト兄さんがやってきた。
技術局の見学を終え、少し興奮気味だ。
「兄さん、どうだった? そっちは」
「凄かったぞ。魔力回路の集積度が段違いだ。
……だが、何かおかしい」
兄さんは声を潜めた。
「技術レベルが、基礎理論を飛び越えて『完成形』だけが存在しているような……歪な進化を感じる。
まるで、答えだけを知っている誰かが作ったような」
「……間違いないな」
俺は確信した。
それは間違いなく、ジェンゴの仕業だ。
「で、居場所は分かった?」
「いや、まだだ。
この広い都市のどこかにいるのは間違いないんだが……」
俺はバルコニーに出た。
眼下には、白く輝く美しい都市が広がっている。
この光のどこかに、囚われの星の申し子がいる。
「俺じゃ感知しきれないな。
……だから、専門家に頼むか」
俺は掌に魔力を込めた。
「頼む、ヒューイ」
ポンッ、と小さな風が巻いた。
現れたのは、半透明の小さな少年――風の精霊、ヒューイだ。
人目のある場所なので、一般人には見えないように姿を隠させている。
小柄だが、その瞳には兄貴分としての貫禄がある。
『おう、待たせたなヒロ。やっと俺の出番か?』
「ああ、ヒューイ。頼みがある。
この都市の中に、明らかに『異質』な魔法を使っている奴がいるはずなんだ」
『異質……?』
「ああ。俺たちや、普通の魔法使いとは根本的に違う……世界の理を書き換えるような、そんな魔法の気配だ」
ジェンゴの創造魔法。それは既存の魔法体系とは一線を画すはずだ。
「科学センサーや結界をすり抜けて、そいつの居場所を特定してほしい」
ヒューイはニカッと笑って、親指を立てた。
『はん、簡単な仕事だぜ。
風に乗って街中を駆け巡り、そいつの尻尾を掴んでやるよ』
「頼りにしてるよ」
『俺に任せとけ!』
ヒューイはヒュンと風になって夜空へと消えていった。
物理的な監視網が張り巡らされたこの街でも、風の精霊の目は誤魔化せない。
「さて、と」
俺は兄さんとグラスを合わせた。
「見つかるのは時間の問題だ。
待ってろよ、ジェンゴ」
俺たちは夜景を見下ろし、不敵に笑った。
ゼノビア攻略戦の幕開けだ。




