第104話 白亜の城塞都市
桜が舞う4月。
俺とカイト兄さんは、3年生への進級と同時に日本を離れることになった。
国際空港の出発ロビー。
見送りに来てくれたのは、ユウスケをはじめとするいつものメンバーと、担任のエレノア先生だ。
「じゃあなヒロ、カイトさん。向こうでも元気で」
「お土産、期待してますからね。あっちの変なドライフルーツとかでいいんで」
ユウスケたちは、あくまで軽い調子だった。
どうせ俺たちは国立魔法学校の生徒だ。俺たちが帰国して内部進学すれば、またすぐに顔を合わせることになる。
今生の別れというわけじゃない。
「一之瀬」
腕を組んで立っていたエレノア先生が、声をかけてきた。
「向こうでも羽目を外しすぎないようにね。
……まあ、あなたなら心配ないでしょうけど」
「善処します。
先生の方こそ、根詰めすぎて倒れないでくださいよ」
「誰に言ってるのよ。
こっち(デミウルゴスの研究)は私が進めておくわ。必ず何かしらの尻尾を掴んでみせる。
だから……あなたはそっちで、全力を尽くしなさい」
「はい。任せてください」
先生の力強い言葉に背中を押され、俺たちはゲートをくぐった。
◇◇◇
薬師寺グループが手配したプライベートジェットは、ファーストクラス以上の快適さだった。
機内には、現地ですでに調査活動を行っているという薬師寺グループの社員も同乗していた。
スーツを着た、知的な雰囲気の男性だ。
「一之瀬様。間もなく、ゼノビア統治国の領空に入ります」
数時間のフライトの後、社員の方が声をかけてきた。
俺と兄さんは窓から下を覗き込んだ。
「……砂漠か」
眼下に広がっていたのは、見渡す限りの茶色い荒野だった。
乾いた大地。岩と砂の世界。
その所々に、へばりつくように点在する集落が見える。
「ご覧ください。あの点在する集落……あれがゼノビアの農村部です」
社員の方が指差した。
上空からでも分かるほど、その家々は粗末だった。土壁で作られた簡素な住居。緑はほとんどなく、生活の厳しさが伝わってくる。
「あそこの村もゼノビアです。
ですが、水も電気も満足に通っていません。
彼らへの食糧支援やインフラは、全て国が管理しています。生殺与奪の権は、全て中央が握っているのです」
「……厳しいな」
兄さんが顔をしかめる。
ジェンゴも、こういう場所で生まれたのだろうか。
そんなことを考えていた、次の瞬間だった。
「……えっ?」
景色が一変した。
荒涼とした砂漠の中心に、突如として「それ」は現れた。
「あれが、ゼノビアの中央都市です」
高い防壁に囲まれた、白亜の巨大都市。
内部には整然と並ぶ高層ビル群や、幾何学的なデザインの施設、そして緑豊かな公園さえ見える。
巨大なドーム状の結界によって砂嵐や熱気から守られた、完全な人工楽園。
外の世界とは隔絶された、砂漠のオアシスにして摩天楼。
「すげぇ格差だな……」
「今向かっているのはあの中です。外の農村部とは常識もルールも違いますから、よく見ておいてください」
社員の方の言葉に、俺たちは無言で頷いた。
貧困層を切り捨て、選ばれた技術と富だけを囲い込んだ歪な理想郷。
あの中に、俺たちの目的がいる。
◇◇◇
空港に降り立つと、乾いた熱気……は感じなかった。
空調が完備された、近未来的なターミナル。
日本の空港よりも遥かに進んだ、自動化された入国ゲートを通り抜ける。
ロビーで出迎えたのは、きっちりと軍服を着込んだ若い将校だった。
「ようこそ、ゼノビアへ。
日本からの留学生、一之瀬兄弟ですね」
階級章は少尉。丁寧だが、事務的な口調だ。
「早速ですが、ご案内します。
カイト殿は技術局のラボへ。ヒロ殿は軍事司令部へ向かっていただきます」
「え? 別々なのか?」
「はい。カイト殿のレールガン技術には技術開発部が、ヒロ殿には……ラシード大佐が興味を示しておられますので。
効率化のため、別行動となります」
有無を言わせぬ案内に、俺たちは顔を見合わせた。
まあ、最初から仲良く観光とはいかないか。
「……後でな、ヒロ。無茶するなよ」
「ああ、兄さんも」
俺たちはそこで二手に分かれた。
カイト兄さんは研究員たちに囲まれて奥へ、俺は軍用車に乗せられて司令部へと向かう。
◇◇◇
案内されたのは、軍事施設の最奥にある重厚な執務室だった。
革張りの椅子に座っていたのは、顔に大きな古傷を持つ厳つい男だった。
ゼノビア軍、ラシード大佐。
「……貴様が、一之瀬ヒロか」
大佐は書類から目を離し、俺をジロリと睨みつけた。
猛獣のような威圧感だ。
「教会の連中が『悪魔』だの『魔王』だのと呼んで恐れていると聞いたが……」
彼は鼻で笑った。
「こんな毛も生えていないようなガキとはな。
教会の連中も焼きが回ったか」
「期待外れですみませんね」
俺が肩をすくめると、大佐は身を乗り出した。
「貴様、何ができる?」
試すような視線。
ここはこの国の流儀に合わせるべきだろう。
「空間魔法です」
「空間魔法? 聞かんな。それは何ができる?」
「精霊を召喚したり……」
「精霊召喚!」
大佐が大声で遮った。
「それは凄い……が、凄いのは精霊であって、貴様ではないだろう?
他人の力を借りて威張るような輩は、我が国には不要だ。
貴様自身の価値を示せと言っている」
なるほど。
徹底した個の強さを求めるわけか。嫌いじゃない。
「……なら、分かりやすいのがありますよ」
俺は不敵に笑った。
「『爆縮』です。見てもらった方が早いと思います」
「ほう? 偉そうな名前だな」
大佐は面白そうに口角を上げた。
「いいだろう。場所を変えるぞ。
……その自信が本物か、ただのハッタリか。とくと見せてもらおうか」
俺は大佐の背中を追いかけた。
挨拶代わりの「名刺交換」の時間だ。




