第103話 砂漠の洗礼と風の穿孔
「……砂漠かぁ」
3学期の放課後。
俺は研究室の窓から冬空を見上げ、少しだけ憂鬱なため息をついた。
「暑いのは嫌だなぁ。日焼けもするし、喉も乾くし……」
「あら一之瀬。
あなたの場合、暑さ対策よりも先に気をつけないといけないことがあるでしょう?」
エレノア先生が、書類から顔を上げずに言った。
「え? なんですか?
水のことなら心配いりませんよ。シラユキもいますし」
「いいえ。私が言っているのは、あなたの主力兵器……空間魔法による『爆縮』のことよ」
先生はペンを置き、真剣な眼差しを向けた。
「日本とゼノビアの砂漠地帯では、湿度が全く違う。
あちらは極端に乾燥しているわ。空気中の水分量が圧倒的に少ないの」
先生がホワイトボードに図を描き始める。
「つまり、同じ質量の『水球』を作ろうとしたら、日本の約4倍の体積の空気を圧縮する必要がある。
……4倍の空気を断熱圧縮したら、発生する熱エネルギーがどうなるか分かるわよね?」
「単純計算で4倍……いや、それ以上か」
「そう。いつもの感覚で撃とうとすれば、制御しきれないで自爆するわよ」
「……なるほど」
俺はごくりと唾を飲んだ。
ただでさえミサイル級の威力の魔法だ。それが暴走したら、シャレにならない被害が出る。
「危ないから日本で練習しておきなさい。
広範囲の空気を圧縮し、過剰に発生した熱エネルギーだけを地球に逃がして調整するのよ」
「了解です」
◇◇◇
屋外演習場。
周囲に人がいないことを確認し、俺は荒野のようなフィールドに立った。
「よし、やってみるか」
普段なら、『教室一つ分』くらいの空気を圧縮して、『サッカーボール大』の水球を作る。
だが、今回はその4倍だ。
「イメージは……『体育館全体』の空気を圧縮!」
俺は意識を拡張し、広大な範囲の空気を掌握した。
ギチチチチッ……!
空間がきしむ音と共に、空気が一点に収束していく。
目指すサイズは『デカめのスイカ』くらいだ。
ブォォォォン……!
目の前の空間が赤熱し、プラズマのような発光現象が起きる。
「熱っ! ……よし、この熱を逃がす!」
俺は足の裏から根を生やすイメージで、魔力回路を地面に接続した。
圧縮で生じた莫大な余剰エネルギーを、アース線のように地球へと流していく。
ゴーッ……という音と共に、熱が引いていく。
「ふぅ……。よし、だいぶ抜けたな。
これくらいエネルギーを抜けば、もう爆発はしないだろ」
赤熱していた光が収まり、安定したスイカ大の水球が完成したように見えた。
俺は一応念のために防御壁を張りつつ、圧縮を解放(発射)した。
「いけっ!」
――カッ!!
瞬間。
俺の視界が真っ白に染まった。
ドゴオオオオォォォォォンッ!!!!
鼓膜をつんざく爆音。
俺の防御壁が一瞬でガラスのように砕け散る。
凄まじい衝撃波が演習場の地面をえぐり、砂塵がキノコ雲のように舞い上がった。
バリンッ!!!
バリンッ!!
「…………」
やがて煙が晴れると、そこには巨大なクレーターと、黒く焦げた地面が残っていた。
水弾による破壊というよりは、熱線による爆撃跡だ。
バシューーー……。
焼け焦げた地面から、白い蒸気が上がっている。
「……危なかった。ちょっと強すぎた」
俺は煤けた顔で呟いた。
エネルギー調整、甘かった。
「これくらいでいいだろ」という油断が、危うく自分ごと消し飛ばすところだった。
「……向こうに行くまでに、完璧に制御できるようにしないと。
下手したら国際問題だぞ、これ」
俺は冷や汗を拭った。
◇◇◇
一方その頃。
地下にあるカイトの研究室。
兄さんの机の上には、以前手に入れた「ゼノビア製魔道具」が分解されていた。
「……やはり、見事な設計だ」
無駄のない魔力回路。洗練された機構。
これを生産したかもしれないジェンゴという人物、そしてゼノビアの技術力には驚かされる。
「だが、負けていられないな」
兄さんは視線を、愛機であるレールガンへと移した。
技術者としての対抗心が、静かに燃え上がる。
「俺の相棒も、もっと進化させなければ」
課題は、同硬度のタングステン装甲に対する貫通力不足。
物理的な衝突だけでは、相打ちになって弾かれてしまう。
「回転だ。
魔道具のように、魔法の補助を組み込む」
兄さんはレールガンを構えた。
弾丸の周囲に、風魔法による高密度の旋風を纏わせる。
風の刃で、ドリルの効果を持たせるイメージだ。
「いけ、相棒!」
トリガーを引く。
キィィィィィィンッ!!!!
今までのような「ドンッ」という破裂音ではない。
まるでジェットエンジンのタービンが高速回転するような、鋭い高周波音が響き渡った。
一瞬の閃光。
弾丸は目にも止まらぬ速さでターゲットを捉えた。
ズウゥン……!
重たい着弾音。
ターゲットの分厚いタングステン板には、向こう側が見えるほどの綺麗な穴が空いていた。
そして、その穴の内側には――。
高熱で溶けた跡ではなく、まるで精密機械で削り取ったような、鋭利な「螺旋状の溝(ライフリング痕)」が刻まれていた。
「成功だ。
風の被膜による超高速回転穿孔。
これなら、最強の盾だろうと紙切れのようにぶち抜ける」
兄さんは満足げにレールガンを撫でた。
「もっと輝かせてやるからな、相棒」
最強の矛を手に入れた兄と、エネルギー制御に課題を残した弟。
それぞれの準備は、着々と進んでいた。




