第102話 ゼノビアへの切符と最強のパトロン
3学期が始まった。
正月気分も抜けきらない1月の放課後。
俺と兄さんは、エレノア先生の研究室を訪れていた。
「――なるほどね。点が線で繋がったわ」
冬休みの成果――「地球の核」との対話内容を聞き終えた先生は、納得したように頷いた。
「カイト君が夢中になっていたあの魔道具。あれの出処が『ゼノビア統治国』であり、その中心にいるのが核の分身『ジェンゴ』……」
「はい。核は『彼を救い出してほしい』と言っていました」
俺は先生の顔を見た。
「でも、システムの破壊方法は分かりませんでした。
ただ、そのジェンゴという人物が『強力かつ便利な魔法』を使っていて、それが鍵になるかもしれない、と」
「強力かつ、便利……」
先生が顎に手を当てて思案する。
「『強力』なだけなら軍事利用されるのも分かるけれど、『便利』と付け加えたのが引っかかるわね。
攻撃魔法とは違う、もっと根源的な……例えば、物質の在り方を書き換えるような魔法なのかしら?
あくまで推測の域を出ないけれど」
先生の瞳に、研究者としての光が宿る。
「魔法言語学者として、その未知の魔法……ぜひこの目で見て、解析してみたいわね」
「じゃあ先生、一緒に……」
「いいえ。私は残るわ」
先生は首を横に振った。
「私はここで『デミウルゴス・システム』の文献調査を続ける。
あなた達が現地で動いている間に、少しでも理論的な裏付けを取っておきたいの。
それに……私がついて行ったら、あなた達の『保護者』になっちゃうでしょう?」
先生は悪戯っぽく笑った。
「もう子供じゃないんだから。自分たちで道を切り開いてきなさい」
「……了解です」
信頼されているのが分かって、少し嬉しかった。
「で? どうやってその軍事国家に入り込むつもり?」
先生の問いに、兄さんが答えた。
「『技術交流』という名目での留学を考えています。
ゼノビアは技術至上主義を掲げ、世界中から有能な魔法使いや技術者を募集している。
閉鎖的な国だと思われがちですが、才能ある外部の人間には門戸を開いているんです」
「なるほどね」
先生がニヤリとした。
「カイト君の『レールガン技術』に、一之瀬の『空間魔法』と『爆縮魔法』。
これだけの特異戦力を餌にすれば、向こうも無視できないわね。
むしろ、VIP待遇で招待されるかもしれない」
「ええ。そこに入り込んで、内部からジェンゴに接触します」
作戦は決まった。
あとは、学校側の許可と、外交的な手続きだが――。
「その話、私も一枚噛ませてよろしくて?」
唐突に、研究室のドアが開いた。
優雅な足取りで入ってきたのは、大学部の制服を着た薬師寺アリサ先輩だった。
「先輩!? どこから!?」
「廊下を通ったら、面白そうな話が聞こえたものですから」
先輩は当然のようにソファに座り、髪を払った。
「ゼノビア統治国……。私も以前からビジネスの観点で注目していましたの」
「ビジネス?」
「ええ。あそこは乾燥地帯でしょう?
過酷な気候や強い紫外線に晒される地域の植物は、自らを守るために強力な『抗酸化作用』や『保湿成分』を持っています。
アルガンオイルなどが良い例ですね」
先輩の目が、キラーンと商売人の色に変わった。
「もしゼノビアに未発見の有用植物があれば、それは『奇跡の化粧品』の原料になり得ます。
薬師寺グループとして、現地に工場などの拠点を持ちたいと考えていたところですの」
……すげぇ。
この人、軍事国家相手に化粧品ビジネスを展開しようとしてる。
「あなた達の留学、我がグループが全面的にバックアップしますわ。
資金提供はもちろん、現地の政府高官への根回し、滞在先の手配まで。
その代わり――」
先輩は俺たちにウィンクした。
「現地の有用な資源の調査、お願いできますわよね?」
「あ、はい。喜んで」
「助かります、先輩」
渡りに船とはこのことだ。
最強のパトロン(兼お母さんの化粧品供給源)が味方についた。
◇◇◇
その後、俺たちはアリサ先輩を引き連れ、校長室へと向かった。
「……ゼノビアへの留学、か」
話を聞き終えた校長先生は、革張りの椅子に深く腰掛けた。
さすがに、生徒を軍事国家に送るのは反対されるか?
俺が身構えていると、校長はニッコリと笑った。
「いいだろう。許可する」
「えっ? いいんですか?」
「君たちの実力は、私が一番よく知っているからね。
それに、薬師寺グループの後ろ盾があり、先方も人材を求めているとなれば、止める理由はない」
校長は立ち上がり、窓の外を見つめた。
「君たちが動くということは、世界の運命が動くということだ。
ならば、学校としても全力で支援しよう」
「ありがとうございます!」
「ただし、先方との交渉には少し時間がかかる。
軍事国家との協定だ、慎重に進めねばならんからな。
……春までには間に合うよう、善処しよう」
校長は力強く請け負ってくれた。
◇◇◇
「……なんか、とんとん拍子すぎて怖いな」
校長室を出た俺は、大きく息を吐いた。
もっと反対されたり、揉めたりするかと思ったが、周りの大人たちが頼もしすぎる。
「それだけ、俺たちが期待されてるってことだろ」
兄さんが俺の肩を叩いた。
「準備期間は3ヶ月。
向こうに行ったら、俺たちの技術を『兵器』として提供することを求められるかもしれない。
その時の対策も練っておかないとな」
「ああ。……待ってろよ、ジェンゴ」
俺は廊下の窓から、遠い空を見上げた。
まだ見ぬ砂漠の国。
そこで囚われている孤独な「星の申し子」。
激動の3年生、そしてゼノビアへのカウントダウンが始まった。




