第101話 甘酒の温もりと「ヒモ」認定
今山からの帰り道。
夜の冷え込みは厳しく、俺と兄さんは参道の入り口にあった出店で甘酒を買った。
「うめぇ……。五臓六腑に染み渡るな」
「ああ。生き返る」
紙コップから立ち上る湯気が、街灯の光に白く浮かび上がる。
核との対話を終え、張り詰めていた緊張が解けていくのを感じた。
「それにしても『ジェンゴ』か……」
俺はまだ見ぬその人物の名を呟いた。
地球の核の分身。
そして、軍事国家に幽閉されている重要人物。
「どんな奴なんだろうな。名前の響き的に、なんか強そうじゃない?」
「そうか?」
「『ジェンゴ』だぞ? 身長2メートルくらいあって、プロレスラーみたいにゴツいマッチョかもしれない」
「ははっ、偏見が凄いな」
兄さんが笑った。
でも、それくらいの強面でいてくれた方が、救出する側としては気兼ねなくていい気もする。
もし華奢な美少年とかだったら、扱いづらくて仕方ない。
「まあ、会ってからのお楽しみだな」
俺たちは甘酒を飲み干し、白い息を吐きながら家路についた。
◇◇◇
翌日の夜。
夕食を終え、一之瀬家はコタツを囲んでのんびりとしていた。
テレビでは年末の特番が流れている。
俺はみかんを一つ剥きながら、意を決して切り出した。
「父さん、母さん。進路のことで相談があるんだ」
場の空気が少しだけ変わる。
かつて、兄さんが「大学には行かず、魔法学校の研究科に残る」と言った時と同じような緊張感だ。
「あら、次男坊は何に悩んでいるのかな?」
「お父さんは何でも聞くぞ」
両親がコタツから顔を出してこちらを見た。
「俺、行きたい国があるんだ。
来年3年生になったら、なるべく早く留学したいと思ってる」
「あら? 留学?」
「どこの国だ? フランスか? アメリカか?」
「いや、その……」
俺は少し言葉を濁しつつ、理由を先に述べることにした。
「友達からの頼みでさ。どうしても助けたい奴がいるんだ。
……それに、俺自身のこれからのためにも必要なことだと思ってる」
すると、母さんはあっけらかんと笑った。
「いいじゃない、楽しそう! 行ってきなさい!」
「えっ? は、早っ……」
即答だった。
あまりの物分かりの良さに、逆に不安になる。
「いや、でもさ……将来の心配とか、費用のこととか……そういうのは?」
「何言ってるの」
母さんはみかんを頬張りながら言った。
「あんた、実質フレアちゃんの『ヒモ』みたいなもんなんだから。好きに生きなさいよ」
「……はい?」
俺の思考が停止した。
ヒ、ヒモ……?
「違う?
あの子がCMに出たり、グッズが売れたりするたびに、うちにはとんでもない額のお金や物が届くのよ?
昨日の化粧品だってそう。あんたが魔法使いとして契約してるだけで、一之瀬家は将来安泰なのよ」
母さんはニッコリと笑った。
「我が家の稼ぎ頭に寄生する男。
お母さん視点だと、あんたは立派な『ヒモ』よ」
「ガーン……!」
俺はコタツに突っ伏した。
否定できない。
確かに稼ぎの面では、俺はフレアたちに完全におんぶに抱っこだ。
まさか実の親から、そんなドライな評価を受けていたとは……。
「……ま、まあ気を取り直してだ」
兄さんが苦笑いしながらフォローに入った。
父さんが咳払いをする。
「それで? 志はよしとしよう。
肝心の行きたい国はどこなんだ?」
「……『ゼノビア統治国』」
俺が告げると、父さんの眉がピクリと動いた。
「ゼノビア……?
最近ニュースでよく見る、あの新興の軍事国家か?」
「ああ」
「そんな国に留学なんてできるのか?」
「そこは大丈夫だ」
兄さんが口を挟んだ。
「俺もついていく。
俺の研究室から、『技術交流』という名目でねじ込むつもりだ。
それに、ヒロの実績なら学校も無視はできない」
「実績?」
「ああ。こいつ、普段は適当そうに見えるけど、学校の成績は意外と悪くないんだよ。
特に実技と物理に関してはトップクラスだ。
国立魔法学校は進学校だし、ヒロはもう高2で修めるべき学は修了していると言ってもいい」
兄さんが俺の頭をポンと叩いた。
「さすがは俺の弟だ。
学業面での心配は要らないよ」
「お兄ちゃん……!」
ありがとう。ヒモ発言で傷ついた心に染みるよ。
父さんは「ふむ」と腕を組んだ。
「カイトも一緒なら、まあ安心か。
ヒロの成績が良いというのは初耳だが……まあ、お前たちが決めたことなら応援しよう」
「ありがとう、父さん」
「ただし!」
父さんが人差し指を突きつけた。
「頼むから、国家間のいざこざになるようなことはやめるんだぞ?
重要施設を破壊するとか、軍隊を壊滅させるとか……本当にやめてくれよ?」
「……俺をなんだと思ってるんだ!」
俺は抗議した。
なんでそんな、俺が破壊活動をする前提なんだよ。
「『歩く戦略兵器』だろ?」
「……えっ?」
父さんの口から飛び出した物騒な単語に、俺は固まった。
「なんで……なんでその二つ名を知ってるの?」
それは軍部からのスカウト状に書かれていた言葉だ。
両親には見せていないはずなのに。
俺が視線を巡らせると、兄さんがヒュ~と口笛を吹きながら明後日の方向を向いていた。
「……兄さん?」
「いやぁ、この前の電話で、近況報告ついでにね?
『うちの弟、学校でそう呼ばれてるんですよ』って」
「余計なことを……!」
まあいい。
とにかく、これで両親の許可は下りた。
「よし、決まりだな」
父さんがポンと膝を叩いた。
「何か決まったらすぐに連絡しなさい。
まあ、まだ大晦日も正月もあるんだ。難しい話はこれくらいにして、存分に楽しもう!」
「そうね! お餅もたくさんあるし!」
母さんが立ち上がり、台所へと向かった。
俺と兄さんは顔を見合わせて笑った。
こうして、俺たちの冬休みは更けていく。
来るべき春、そして遠い砂漠の国への旅立ちを予感させながら。




