第100話 星の記憶
冬休み。
俺とカイト兄さんは、久しぶりに実家へと帰省していた。
「ただいまー」
「帰ったぞー」
玄関の扉を開けると、そこにはすでに「アレ」が鎮座していた。
リビングのテーブルを占拠する、巨大な発泡スチロールと、高級そうな桐箱の山だ。
「あら、おかえりなさい!
見てちょうだいこれ! またアリサちゃんから届いたのよ!」
母さんが興奮気味に桐箱の一つを掲げた。
中に入っていたのは、化粧品の瓶だ。
「これ! あのフレアちゃんがCMで宣伝してる『エターナル・ビューティー』シリーズじゃない!」
「ああ、最近よく見るやつだね」
「しかもこれ、ただのやつじゃないのよ!
お母さんも頑張って『スタンダード版』を5本まとめ買いしたんだけど……これ、百貨店でしか売ってない『プラチナ・プレミアム版』なの!
一本数万円するのよ!? それがこんなに沢山……!」
母さんは震える手で瓶を拝んでいた。
スタンダード版でも十分高いだろうに、その上位互換がダースで送られてくれば、そりゃあ腰も抜かすか。
男の俺には価値がいまいち分からないが、薬師寺家の律儀さと財力には毎度驚かされる。
「カニもあるぞー。今夜はカニ鍋だな」
親父が発泡スチロールを開けて相好を崩す。
相変わらず平和な一之瀬家だ。
そんな団欒を楽しみつつ、その夜。
俺と兄さんはこっそりと家を抜け出した。
「……行くか」
「ああ」
目指すは、市内を見下ろすことのできる小高い山。
かつて、あの空海が訪れ、修行したという伝説が残る場所だ。
夏休みに俺が「地球の核」と繋がり、莫大な魔力を借り受けたパワースポットでもある。
静まり返った夜の境内。
大師堂の近く、特に魔力が強いポイントに俺は立った。
やはり、ここは空気が違う。神聖というよりは、もっと原始的で、太いエネルギーが流れている。
「俺が周囲を警戒する。安心して話してこい」
兄さんが周囲を見張る。
「サンキュ。行ってくる」
俺は地面に胡座をかき、静かに目を閉じた。
呼吸を整え、意識を深く沈めていく。
ツクヨミや精霊の力は借りない。
自分の魔力を、大地を流れるエネルギーと循環させるイメージだ。
最近、魔法の深淵に近づいたせいか、感覚的に「道」が分かるようになっていた。
深く、深く。
意識が地面に吸い込まれ、物理的な感覚が消失していく。
気づけば俺は、情報の海のような、光の奔流のような抽象的な空間にいた。
『――久しぶりだね』
頭の中に、性別を超越した声が響いた。
そこに「意思」があった。
『なんだか、君の中は面白いことになっているみたいだ』
地球の核は、俺の内側に宿る気配に気づいたようだ。
「……そうなんだよ。
まさか神が、それもツクヨミが仲間になるなんてね」
俺は精神体として苦笑した。
『彼からは邪悪な気配を感じない。どうやら悪い神ではなさそうだね。安心したよ』
「ああ、性格はちょっと捻くれてるけどね。
……君に会いに来たんだ。確かめたいことがあって」
俺は単刀直入に切り出した。
「俺たちは今、神々が人類を管理し、エネルギーを搾取しているシステム……俺たちが名付けた『デミウルゴス・システム』を何とかしたいと思ってる」
『デミウルゴス……なるほど、的確な名前だ』
「教えてくれないか。あのシステムは一体何なんだ?
どうすれば壊せる?」
核はしばし沈黙し、そして静かに語り始めた。
『……あれを作った「アメノミナカヌシ」君は、もうこの星にはいない』
「やっぱり、そうなのか」
『誤解しないでほしいのは、彼は決して悪気があってあのシステムを作ったわけではない、ということだ』
核の意思が揺らぐ。
『太古の昔、神々は宇宙からの脅威……外敵からこの青い星を保護するために降り立った。
そしてアメノミナカヌシ君は考えた。
ただ守るだけではいけない。人類自身が進化し、発展しなければならないと』
「進化……」
『そのために作られたのが、魂を分割し、可能性を分岐させる「平行世界群」だ』
なるほど。
一つの世界で全滅するリスクを避けるため、無数の可能性をシミュレートし、最も優れた進化の道を探るための装置だったのか。
『おかげで、原始人類は飛躍的な進化を遂げた。
個々の魂の強度が下がることは分かっていたが、彼は可能性の広がりを選んだんだ』
しかし、と核は悔しさを滲ませた。
『システムを完成させた彼は、役目を終えたとばかりにフラッとこの星を去ってしまった。
……まさか、残された新たな管理者が、それを自分たちへの信仰エネルギー回収装置に作り変えるなんて、考えてもいなかっただろうね』
進化のための揺り籠が、いつの間にか家畜小屋になっていたわけだ。
『僕は後悔したよ。
神々の支配を許し、この星を歪めてしまったことを。
長い時間をかければ、平行世界なんかなくても、人類は今と同じ発展をそのうち手に入れたかもしれないのに』
「……君のせいじゃないさ」
『ありがとう。
でも、僕にはどうすることもできなかった。このシステムは世界の理そのものだからね』
そこまで言って、核の声に少しだけ希望が混じった。
『でも、僕の「友人」が言ってくれたんだ。
――この星を神の支配から脱却させるには、人類が強くなる必要がある。俺たちが力になる、と』
「友人?」
『ああ。彼らがこの世界線に特異点を作り、「魔法」を発現させてくれた。
僕の力では、この一つの世界線のルールを変更することしかできなかったけど……それでも十分だと。
この一つの世界線から地球は変わるんだと、励ましてくれたんだ』
魔法の起源。
それが、核の友人とやらの介入によるものだったとは。
俺たちが魔法を使えるのは、システムへの反逆の狼煙だったのだ。
「……それで、壊し方は?」
『残念ながら、僕には分からない。
アメノミナカヌシ君は本当にすごくてね、僕の手には負えないんだ』
「そっか……」
一番の有力候補だったが、やはりダメか。
俺が肩を落としかけた時だった。
『でも、このシステムを打倒するために、必ず役に立つはずの人物がいる』
「人物?」
『こんなことを君に頼むのは、情けないんだけど……』
核は躊躇うように言った。
『精霊たちが自らの分身を遣わしたように……僕も、僕の「分身」を生まれさせているんだ。
ちょうど、君と同じくらいの年齢の少年だね』
「地球の核の……分身?」
それはつまり、星の化身みたいなものか?
とんでもない存在じゃないか。
『彼は、あまりにも強力かつ便利な魔法を使える。
だから……ある国家に、ほぼ幽閉に近い状態で囲われているんだ』
「幽閉……」
『決して悪い待遇ではないみたいだが、自由はない。
国の利益のために、その力を利用され続けている』
核の想いが、痛いほど伝わってきた。
自分の子供が、籠の中の鳥にされている親の心境だ。
『彼の名はジェンゴ。
その居場所は――「ゼノビア統治国」。
彼は、そこにいる』
ゼノビア。
兄さんが調べていた、あの軍事国家か。
『彼を、救い出してやってくれないか』
核が頭を下げるようなイメージが伝わってきた。
星の意思が、一人の人間に頼み込んでいる。
俺は、ふっと息を吐いて笑った。
「分かった。任せとけ」
『……理由を聞かないのかい?
彼が本当に役に立つかどうか、とか』
「関係ないね」
俺は立ち上がった。
「親が子供を助けてくれって願ってるんだ。
そこに理屈なんて要らないだろ?」
『…………!』
核の空間が、感動に震えた気がした。
温かい光が俺を包み込む。
『ありがとう……! 本当に、ありがとう……!』
光に見送られ、俺の意識は急速に浮上していった。
◇◇◇
「……っ」
目を開けると、今山の冷たい夜気が肌を刺した。
目の前には、心配そうに俺を覗き込む兄さんの顔があった。
「ヒロ、大丈夫か? かなり深く入っていたようだが」
「ああ、大丈夫だよ兄さん」
俺は立ち上がり、パンパンとズボンの土を払った。
吐く息が白い。
でも、胸の中には確かな熱があった。
「行き先が決まったよ」
「行き先?」
俺は夜空を見上げて、ニヤリと笑った。
「囚われの姫……いや、王子様の救出だ。
――次は、『ゼノビア』に行く」
「ゼノビア……!」
兄さんの目が光った。
技術者としての興味と、俺の目的が重なった瞬間だった。
「なるほど、それは退屈しなさそうだな」
俺たちは顔を見合わせて笑った。
夜の山に、新たな物語の始まりを告げる風が吹いていた。




