見えない絆
「スカーレット、もう少しだ。歩けるか??」
クレインはスカーレットの体を支え、何とか控室まで戻ろうとしていた。スカーレットの足は、本来ならファースト・プロヴィデンス終了時で動かせる状態ではなかった、とクレインは知っている。
しかし、彼女は強靭な精神力で耐え抜き、最後まで前進をやめなかったのだ。痛む足を蹴られる恐怖。下手すれば二度と歩けなくなるかもしれない、と頭に過ることもあったはず。
それでも、前に出たスカーレットは、グロリアスの在り方を体現した、まさに英雄だった。
「ごめんね、クレイン。負けちゃった……」
ただ、会場から立ち去ったスカーレットは本来の彼女だった。そして、彼女の言う負けが、どういう意味なのか。それも、クレインは分かっている。グロリアスの負けではなく、二人にとっての敗北だ。
「……まだ負けていない。僕が何となくする」
「無理しないで。私は、そういう覚悟だったんだから。でも、ごめんね」
二人の間に、この戦いに勝つこと以外、何か約束があったわけではない。だが、未来にあるだろうと思っていた関係は、二人にとって口にしなくても同じものだったのだ。
クレインは考える。このまま控室に戻れば、ガストンは彼女にどんな言葉をかけるだろか、と。クレインは耐えられる気がしなかった。
だが、支えていたスカーレットの体が急に軽くなり、その思考が途切れる。
「クレイン。離れて!」
スカーレットが前方に見たもの。それは敵であったヒスクリフ陣営のスコットと少年エドガーだった。
「ありがとう、アイアン。最高のグロリアスを見せてもらったよ」
涙ながら語るエドガーの頭に、スカーレットは自らの手を置く。
「礼を言うのは、私の方さ」
エドガーは流れる涙を気にせず、真っ直ぐとスカーレットを見上げて行った。
「スカーレットは誰よりもグロリアスターだよ。常に誇り高く、強くあった。それこそ、グロリアスターの証なんだよね?」
「その言葉……どこで?」
スカーレットは、少年の笑顔の中に、いつか見た面影を見る。一方、言葉を交わす二人を、クレインは少し離れたところからスコットと一緒に眺めていた。
「ヒスクリフ、無礼だぞ。お前は敗北者に舞台裏でもファンサービスしろと言っているようなものだ」
「すまない……。でも、どうしても伝えたいことがあったんだ」
「伝えたいこと??」
「エドガーに止められているから、詳しくは言えない。だが、安心して控室に戻って欲しい。きっと、君たちが思っているほど……未来は暗いものではないはずだから」
「……僕たちの何を知っているのだ」
二人の会話が終わったようなので、クレインはスカーレットの傍らに立つ。それでも、スカーレットは彼の支えに頼らず、控室の方へ歩き出すのだった。スコットとエドガーが姿を消してから、スカーレットは言う。
「ねぇ、クレイン。私……負けちゃったけど、後悔はないよ。ううん、いつか後悔することはあるだろうけど、今は後悔していない。戦ってよかったと思う。だって、たくさんのファンに喜んでもらえたのだもの。お父さんだって、きっと喜んでいるよね」
「……ああ、そうだね。アイアンも喜んでいるよ」
いざとなったら、ガストンを手にかけて二人で逃げよう。クレインはそんな覚悟を抱いた。しかし、彼らの未来は……スコットが言う通り、それほど暗いものではなかった。
数分前のこと。
「やったー! スカーレットちゃんが負けたぞ!! 僕のもの! ぼっくのもの!!」
ガストンは一足先に会場を後にし、トイレから出て小躍りしていた。
「それにしても、馬鹿だよなぁ。負けたら、僕の第三愛人になるなんて条件を吞むなんて。ま、僕からしてみると、ラッキーでしかないけど」
ぐふふ、と笑うガストンだったが、背後のトイレのドアがゆっくりと開いた。
「やっぱり……ガストン! ガストン・バルザック!!」
「んー? 誰だ僕の名前を呼び捨てにするなんて……げっ!?」
振り返ったガストンは、信じられないものを見る。
「か、カーライルの坊ちゃま!! どうして、こんなところに!?」
そこに立っていたのは、バルザック家の上位アリストスとなる、カーライル家の子息であった。
「そんなことはどうでもいい!! それよりも、ガストン! 下劣な条件で取引を結ばせ、愛人を増やそうとするなんて、アリストスの恥だ! これは母上にも報告させてもらう!」
「そ、それは……!!」
バルザック家は数十年ほど前に、カーライル家から分裂したアリストスである。いわば本家であるカーライル家には逆らえないのであった。動揺するガストンに、エドガーは言い放つ。
「僕は絶対に許さないぞ。アリストスの地位も剥奪してやる!」
「坊ちゃま、それだけは勘弁を!!」
「では、スカーレットに指一本触れるな。妙な契約も破棄すること。いや、君の生活については詳しく調べた方がよさそうだ。まずは、一緒にカーライル家へ帰ってもらおうか」
「ほ、ほげええぇぇぇ!!」
ガストンは、スカーレットの控室に戻ることすら許されなかった。その後、アーサーとコハルに連行され、エドガーが帰るその日まで、ヒスクリフの屋敷で預かることになったのである。




