エピローグ
数日後、エドガーが帰る日がやってくる。グレイヴンヒース領にやってきたあの日とは違い、多くの護衛が彼を迎えに来たため、スコットは驚かずにはいられなかった。後で聞いた話だが、カーライル家が抱える諸々の問題が解決し、エドガーを守れる状況になったそうである。
「スコットさん、ジュリアさん。本当にありがとうございました!」
エドガーは深々と頭を下げる。二人は笑顔で、ただ彼の礼を受け止めるが、エドガーはこんなことを言うのだった。
「二人のおかげで、僕は本当の強さや誇りがどんなものか、学べたような気がします。これから、僕にどんな困難が待っているのか分かりませんが……乗り越えてみせます!」
「ああ、そのときはヒスクリフ家を支持してもらえると助かるな」
「もちろんです! この恩は絶対に忘れませんから」
エドガーが護衛たちと共に立ち去り、二人は屋敷へ戻ろうとしたが、少し離れたところに立つ女性の姿を見つける。アイアン・スカーレットだった。
「どうしてこんなところに?」
「僕が手紙を出したんだ。よかったら、見送りにきてほしい、と」
スカーレットは二人の視線に気付いて、小さく頭を下げたが、そのまま立ち去ってしまった。
「彼女……これから、どうするつもりだろう」
足を引きずるように去って行く、スカーレットの背中を眺めながらスコットが呟くと、ジュリアがなぜか不機嫌に答えた。
「どうにでもなるんじゃないですか。あの人気なのですから、またグロリアスを盛り上げるに違いありませんよ」
「……なんか怒っていないか?」
「怒ってません」
嫌な沈黙が流れる。が、スコットは臆することはなかった。
「君の良いところは何においても素直なところ、と僕は思っているのだが――」
「だって!」
ジュリアは、さっそく素直に不機嫌の理由を話すのだった。
「プロヴィデンスに勝ったのは私だったのに、スカーレットのせいで、まるで悪役でしたのよ?? どうして勝者を称えないのです?? あんなのずるい! 苦しいトレーニングを乗り越えられるのも、勝利後の賞賛を受けられるからなのに!!」
「ま、まぁまぁ……」
確かに、会場は勝ったジュリアではなく、負けたスカーレットに魅了されているようだった。それも仕方がない。あれだけ、ジュリアの蹴りを受けながらも、一歩も退かなかったスカーレットの姿は、誰でも惹かれるものがあったのだから。
しかし、ジュリアをどう慰めたらいいものか……。その答えは彼女の方から提示してくれた。
「もうダメです。先輩がとにかくいっぱい褒めてくださらない限り、私は枯れてしまいます。枯れた薔薇です」
「そ、そう言わないでくれ。今回も凄いプロヴィデンスだった! パンチも蹴りも、美しかったよ!」
これだけでは不満らしく、ジュリアは眉を寄せている。
「特に何が凄かったのか、もっと詳しく話してください」
この注文に応えてやりたいところだが、スコットはプロヴィデンスの技術に対して素人である。彼女を納得させるほど、ポイントを抑えたことを言えるかどうか……。
「あっ!」
だが、スコットはひらめいた。
「あのときは凄かった! スカーレットに持ち上げられて、頭から落とされたのに、君は何事もなかったように立ち上がった。確かに、スカーレットは頑丈だったけど、君も頑丈じゃないか。いやー、本当にあれは凄かったなぁ。やっぱり、君は特別なロゼスなんだろうな」
心の底から感心するようなスコットに、ジュリアはなぜか後ろめたそうに頬を引きつらせるのだった。
「ま、まぁ……あの程度、私であれば当然ですわ。先輩の見る目に免じて、わたくしもご機嫌を直すとしましょう」
何かを誤魔化すようにゴージャスな金髪を後ろに流すジュリア。なぜ、彼女が動揺しているのか。まったく分からないスコットだが、その理由は後程コハルから聞くことになる。
ジュリアが受けた、スカーレットのアイアンバスター。あれは、足の痛みによってほとんど力を出せていなかったそうなのだ。スカーレットは足にそれほどのダメージを負っていたのに、あの技を出したということも異常なことらしいのだが……。
「ただ、一つ言えることがあります」
ジュリアは指を一本立て、スコットに言う。
「次戦はさらなる強敵と戦うことになるでしょう。もっと激しいトレーニングが必要となりますが、もう一つ、私に足りないものを補わなければなりません」
「足りないもの?」
「はい。それはコーチです」
「コーチ?」
「敵の弱点やプロヴィデンスの戦況を分析してくれるような優秀なコーチです。この世界にも、そんな人がいたらなぁー」
天を仰ぐようにぼやくジュリアだったが、その姿は、一瞬だけ別人のように思えた。まるで、スコットが知らない世界からやってきた、まったくの別人のように。いつか、彼女はどこかへ消えてしまうのでは。そんな不安を振り払うように、スコットは言った。
「コーチは簡単に見つけられるものじゃないかもしれないが、僕にできることなら何でも協力する」
「なんでも、ですか??」
目を丸くするジュリアはいつも通りの彼女だ。安心しながらスコットは続けた。
「ああ、なんでも。だから……一緒に強くなろう」
そんな言葉に、ジュリアが微笑みを浮かべたが、普段通りの彼女のようで、どこか特別な何かを感じさせた。妙な動揺に頬を赤く染めるスコットだが、次の戦いのことを思って、本当に強くならねば、と気持ちを引き締めるのだった。
翌日、スコットが帰宅すると、屋敷から三十人ほどのマッチョが出てきた。スコットはこの異常事態を作った人間が誰なのか、一瞬で察する。
「ジュリア! あの人たちは何者なんだ!?」
部屋に怒鳴りこむと、ジュリアはコハルの入れた紅茶を優雅に嗜んでいた。
「ああ、あの方たちですか。先日お話した、私のコーチ候補としてお呼びしたのですが……お役に立ちそうにないで、全員帰したところです」
あれだけの人数を呼べた、ということは、高額の求人広告を出したに違いない。その予算は、きっと彼女たちの生活費から出ているのだろうが……それはヒスクリフ家の出費がかさむを意味する。しかし、頭を抱えそうになるスコットに、ジュリアはあっけらかんとした表情で言うのだった。
「ご迷惑でした?」
「……いや。何も問題、ない!」
何でも協力する、と言った手前、強く言えないスコットなのだった。
デュオフィラ選抜戦、第一トーナメント終了。
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―― 第2章 英雄の意志を継ぐ薔薇 終 ――




