ファイナル・プロヴィデンス
実況者はカーム中であるにも関わらず、興奮気味に言った。
「さぁ、リバー・バムさん。ここまでいかがだったでしょうか?」
「いやー、とにかくアイアン・スカーレットの根性が凄まじいですね。あんな鋭い蹴りを何発ももらって、まだ立っているなんて異常ですよ!」
「ダウン寸前の瞬間もあったのに、突進してパンチを出していましたね」
「全体のペースを握っているのは、ファースト・プロヴィデンスから変わらず、ジュリア・コウヅキですが、ここにきてスカーレットの攻撃が当たり出しましたね。ファイナル・プロヴィデンスは逆転も十分にあり得るのではないでしょうか?」
会場も完全にそれを期待する空気が流れていた。
「逆にジュリア・コウヅキは何を注意すべきでしょうか?」
「パンチと蹴りの打ち分けもできているので、完璧な運びですが、スカーレットのタフネスが半端ではないので、とにかく一発をもらわないよう、集中力を切らさないことですね」
「なるほど。間もなく、ファイナル・プロヴィデンスのゴングです!」
一分間のカームが終わる。ジュリアはスコットから何度も「大丈夫だ、君が勝っている」と言われたが、焦りは消えなかった。コノスフィアから擁立者が退場し、またもジュリアとスカーレット、裁定者が残される。
「ファイナル・プロヴィデンス……エンゲージ!!」
そして、ついにプロヴィデンス は最終ターンに入った。ファースト、セカンド・プロヴィデンスでは開始と同時に前へ出たジュリアだったが、彼女は踏み止まり、慎重にスカーレットの動きを窺う。
それに対し、スカーレットは何一つ臆することはないといった調子で、一歩一歩詰めてくるのだった。
「おらぁーーー!!」
距離が詰まると同時に、スカーレットが大ぶりのパンチを打った。ジュリアは躱したものの、反撃の手を出さない。いや、出せないようだ。
「どうしたぁぁぁー!!」
そんなジュリアを叱咤するように叫びながら、スカーレットが追いかけてくる。その突進を止めようと、蹴りを出そうとするジュリアだが……。
――また足を掴まれるかもしれない。
そんな不安を拭いされない理由は、蹴りの動作を見せてもなお、スカーレットが動揺を見せないからだ。ジュリアは横へ横へ移動して、とにかく距離を作る。大きな一発をもらわないため、捕まって投げられないためには、このまま距離を保つことだ。しかし、それで勝てるだろうか。ジュリアの思考を説明するように、解説者が語る。
「コウヅキはファースト・プロヴィデンスは絶対に取ったと思っているでしょう。ただ、セカンド・プロヴィデンスは微妙なところです。だから、ここは確実に取るような動きを見せたいですね」
せめて、この状況を冷静に分析してくれるセコンドがいれば。しかし、スコットもアーサーも、コハルすらプロヴィデンスに関しては素人だ。彼らのアドバイスを信じ切っては、後悔することになるかもしれない。戦況を分析しながら戦うことは、精神的な負担が重なってしまうが、ジュリアは自分で考えるしかなかった。
――これまでの自分を信じれば……勝っているはず!
ジュリアは勝っている、と判断する。ここでリスクを負ってアグレッシブに戦い、下手するわけにはいかない。逃げ切るべきだ。ステップを踏み、ひたすらスカーレットの正面から逃れるジュリアだが、背後から聞き覚えのある少年の声があった。
「スカーレット、勝って!! このままなら勝てるはずだ!!」
負けている?
外から見れば、負けている印象なのだろうか。
実際、会場はアイアンコールで溢れていた。この雰囲気にジャッジが呑まれ、スカーレットに点数を付けてもおかしくはない。だが、迷う彼女にスコットの声が届く。
「どうしたんだ、ジュリア! 僕を驚かす戦いを見せてくれるんだろ!?」
ジュリアは二つの声を浴びて、過去で重ねた後悔と敗北を思い出す。もう二度とあんな思いはしたくない。だとすれば、やるべきことは一つのはずだ。
「行きます!」
ジュリアが踏み出す。疲労で力が入りきらない足で踏み込む。が、このプロヴィデンスで見せた踏み込みの中で一番のスピードがあった。
そして、真っ直ぐ伸びた右ストレートがスカーレットの顔面を捉える。首が傾き、体のバランスも失ったと思われたスカーレットだが、強い意思を持った瞳でジュリアを貫く。
「なめるなぁ!!」
そして、あの豪快な拳が返してくる。ジュリアは素早く後退するが、その拳は思った以上に伸びてきた。
ガードで防いでみせるが、規格外のパワーによって体は吹き飛ばされ、金網まで後退を強いられる。ジュリアが弱気を見せた瞬間、会場が爆発した。
「アイアン! アイアン! アイアン!!」
そして、歓声に押されるように踏み出すスカーレット。
「あああぁぁぁーーー!!」
その気迫は凄まじく、何もかも押しつぶしてしまいそうな突進だったが、ジュリアは冷静さを失わず、横へ回避してから後ろへ回る。スカーレットが振り返りながら、拳を振るったが、それもジュリアは見切ってみせる。
「ここだ!」
ジュリアは左右のボディフックを叩き込んでから、素早く後退すると、予想通り目の前を大きな拳が通り過ぎた。
「危機一髪……ですわ!!」
そして、反撃のパンチを出すフェイントを見せてから、脹脛に蹴りを叩き込む。わずかに、スカーレットの体が傾く。痛みからきた、反射的な動作だ。
「うわあぁぁぁーーー!!」
倒れそうなアイアンに、会場が絶叫する。だが、ジュリアは容赦なく、再びパンチのフェイントを見せ、スカーレットを意識を上に向けてから、さらに脹脛へ蹴りを叩き込んだ。
普通なら、立っていられるはずがない。誰もが倒れるスカーレットを想像したが……。
「グロリアス魂だぁぁぁーーー!!」
それなのに、スカーレットは反撃に出た。ジュリアは振り回した拳を潜り抜けるが、スカーレットは体を押し寄せてくる。
「しまっ……!!」
後退するべきだった。しかし、既に遅い。スカーレットは低い姿勢のジュリアに覆いかぶさるように、彼女の腰を抱え込むと、強引に持ち上げるのだった。
「アイアン!」
彼女が叫ぶと、会場の声が一つになる。
「「バスタぁぁぁーーー!!」」
高々と持ち上げられたジュリアが、頭からマットに叩きつけられた。大歓声。それはスカーレットの勝ちを確信するものだった。しかし……。
「グロリアス魂、確かに見させてもらいました」
ジュリアが何事もなかったように立ち上がる。会場がどよめきだった。頭から勢いよく落とされたのだ。意識が飛んでもおかしくない。だが、ジュリアはゆっくりとファイティングポーズを取るのである。
「さぁ、最後の瞬間まで……お互いの魂をぶつけ合いましょう」
ファイナル・プロヴィデンスの時間は半分を切っていた。




