セカンド・プロヴィデンス
ジュリアはゴングと同時に、コノスフィアの中央に躍り出る。少しでも、スカーレットにプレッシャーを与えるためだった。
しかし、当のスカーレットは臆することなく、ゆっくりと前へ進んでくるではないか。ジュリアは自分を鼓舞するように叫んだ。
「見せてください、貴方のグロリアス魂を!!」
前手の速いパンチによって顔面を叩かれるスカーレットだが、決して先進をやめない。ただ、それは布石でしかなかった。パンチによって視界を遮った直後、ジュリアは本命の蹴りを脹脛に叩き込む。これでスカーレットの機動力を完全に奪った。そう思われたが……。
「なんですって!?」
ジュリアは蹴り足に違和感を覚える。何かが引っかかった。いや、スカーレットがジュリアの蹴り足を掴んだのだ。
「捕まえたぁーーー!!」
スカーレットはジュリアの足を掴んだまま、突進してくる。そのまま、勢いに呑まれ、ジュリアは押し倒されるかと思われたが、彼女は片足でバランスを取って連続で飛びながら、スカーレットの勢いに委ねるように後退する。
結果、ジュリアはコノスフィアの金網に背を預け、倒れることは免れた。が、スカーレットは掴んでいた足を離すと、片手でジュリアを金網に押し込んできた。
「砕けろ!」
そして、もう片方の手で拳を握り、大ぶりの一撃を叩きつける。ジュリアの顔面が砕けると思われたが、彼女は素早く拘束を打ち払った後、華麗な体重移動でそれを躱し、スカーレットの脇から背後へ抜けた。
ただ、スカーレットのパンチは金網がひしゃげるような威力を見せる。あれが当たっていたら……と思わせるには十分だった。
息を飲むジュリアに、スカーレットはゆっくりと振り返り、真っ直ぐと視線を向けてくる。その目には焦りなどは見られない。ジュリアは思う。
ダメージを与えているのは自分だ。しかし、彼女の精神は自分を上回る何かがある、と。またも、蹴り足を掴まれて押し倒されたら……今度は捌けるだろうか。ジュリアの自信に翳りが刺すのだった。
そこからは、前進するスカーレットと、逃げ回るジュリアという展開が続いた。これでは、印象が悪く、判定に響くかもしれない、とジュリアの頭に過る。実際、二人の戦いを見守る裁定者も注意を出そうか迷っているように思われた。
「だったら……!!」
空気を変えるために、ジュリアは蹴りのフェイントからパンチを放つ。一発、二発と連続して放ったが、その直後、ひゅんっ、と音を立ててジュリアの鼻先を何かが通過する。
それは、顔を殴られてバランスを崩しながらも、スカーレットが振り回した大ぶりの拳だった。
「頑丈にもほどがあります!!」
思わず、ジュリアは距離を取ると、スカーレットの目の色が変わる。
「逃げるな!!」
叫びながら、ずんずんと突進して、大ぶりのフックをさらに二度、三度と放ってきた。後退してやり過ごすジュリアだが、スカーレットは足を止めることはない。気付けば、ジュリアは再び金網を背負っていた。
「追いつめたぞ!!」
スカーレットの声が搔き消えるほどの歓声。同時に、ハンマーのようなパンチがジュリアに襲い掛かる。
「くっ!!」
これまで華麗に回避を続けていたジュリアだったが、初めてスカーレットのパンチを受ける。ガードの上からとは言え、その威力は凄まじく、体が潰されてしまいそうだった。
「もう一発!!」
さらなる追撃。
これをもらって、立っている自信はジュリアにはなかった。
身を低くしつつ、スカーレットの拳とすれ違うようにして後方へ抜けたが、相手の反応も速い。スカーレットは振り返りながら、その勢いに裏拳を乗せたのである。何とかガードするジュリアだが、一撃の重さに体が流れ、あわやノックアウトかと歓声が響いた。
スカーレットもチャンスを逃すまいと、大ぶりのフックを連続で振り回すが、ジュリアは上手く潜り抜けた後、高速の右ストレートを打ち込んでみせる。
「コウヅキのパンチが直撃したーーー!!」
実況者の言う通り、確かな手応えがあった。スカーレットの顎が揺れ、完全に意識を断ったと思われたが……。
「この程度で!!」
スカーレットは目は死んでいなかった。さらなる突進に、ジュリアは回避行動を取るつもりだったが、足が思うように動かない。これまで、スカーレットに捕まらないよう、動き続けていた足だ。疲労がたまって、ステップの精度が落ちてしまったのである。まさかの逆転の気配に実況者の興奮が溢れた。
「ここでアイアン・スカーレットがコウヅキを追いつめました!! グロリアス魂を見せつけ、逆転となるか!?」
スカーレットが突き出した拳は確かに躱してみせた。しかし、次の瞬間には完全に距離を潰され、抱き着かれてしまう。もつれるように倒れ込む二人。
そして、上のポジションを取ったのは、スカーレットの方だった。ジュリアをマットに抑えつけたまま、スカーレットが上半身を起こす。
「これが! グロリアスだ!!」
背を床に付けた状態で、スカーレットのパンチが降ってくる。一発目は耳の横をかすめるようにマットを叩いたが、この回避はほとんど奇跡のようなものだった。さらに、もう一発が落とされ、ジュリアは腕で顔面を守るしかない。
凄まじい衝撃。ガードの向こうからでも、意識を刈り取るパワーがあった。さらに一撃。これ以上はまずい、とジュリアは足を使ってスカーレットの体を押しのけようとするが、彼女のパワーの前には無意味であった。
逆転。
会場にいるすべての人間がその言葉を連想し、ジュリアの動きが止まった瞬間、ゴングが鳴る。裁定者が二人の間に入り、スカーレットがゆっくりと離れて行ったが、
ジュリアの心には強い恐怖心が刻まれてしまうのだった。




