第三章
第三章
「へいわだなー」
寮最上階。ギンシュ執務室。
資料から顔を上げる。
「よいことではありませんか」
ふわふわと漂っている。
「あまりお行儀がよくないかと」
一応注意をする。
なにもすることがないからといって、魔力をこんな形で消費するなど、印象が良くない。それに、明らかにさっきの声は不満の色があった。
学園の秩序と平穏を守るためにいる存在が、それでは問題だ。反ギンシュ派に知られたら厄介。
「卒業式までの間で、引継ぎをし、無事学年もあがり、入学式も終わり、指導生間も問題なく。つつがなくみな過ごしています」
ギンシュの仕事は問題ないはず。
寮生活だけでなく、初対面の人間との同室生活の一年生。指導する側となった二年生。進級により生活がかわった三年生。卒業にむけて就職活動と卒業課題の製作する四年生。どの学年もこの時期は、不安定になりやすいと聞いている。ときおり生徒間でいざこざが起きるのが例年のようだけど。今年はそういったことは耳に入っていない。
「問題を願っているわけじゃないよ。俺は争いごとは嫌いだから。ただ」
ふわっと正面に降りてきた。
「ただ?」
資料を片付ける。急ぎの物ではない。今は、主人の気がかりに向き合うべきだ。
「嵐の前の静けさというか。何もなさ過ぎて少し怖いんだ」
何を不安に思うことがあるんだろうか。
口元に手を持ってきて、爪を噛んでいる。
ともにいる時間が増えたことで、少しずつこの人の癖にきづけた。
言いにくいことや、考えがまとまっていないことを口にするとき、爪を噛む。不用意な発言をさけるためなのか、まとめるためなのか。
「何もないことは、それだけ、ギンシュの統治がよいからでは?」
側付きとして、ギンシュのことを肯定する。
「俺は聖人君主じゃない。寮生全員から支持を得ているとは思ってない」
肯定されれば、否定する。否定すれば、肯定してもらえる。
「卒業式のとき、63代目ギンシュにいわれたんだ。反ギンシュは一定数存在するものだから、気をつけろと」
引継ぎのときだろうか。あの時にその話があがったのか。
ギンシュに変わらずほほ笑み続ける。
「俺に関することでなくても、あまりにも平和すぎる。リョクスイとコンペキは少し指導生間であったようだが。それさえもないのはな。何も耳に入っていないんだろう?」
「はい。私の知る範囲ですが。1、2年生は気になることはありません」
「気にしすぎなんだろうか」
ゴロンとソファーに横になった。この人専用の部屋だからといっても、ほどがあるのでは。
まあ。さっき注意したちもういいか。少しだけ笑みをけす。
「君は問題ないのか」
気づいて姿勢を正してくれた。座りなおし、まっすぐ見てくる。少しだけ表情を和らげて。
「はい。二人とも優秀ですし、生活も問題ないようです」
私の担当1年生は双子。指導生一人に対して二人つくことは基本ない。だか双子だからこういうこともあるだろうってことで、私は二人の指導生になった。さすがに部屋は二人部屋だし私には側付きの部屋が割り当てられている。そういう点では、同室でない分、あの子たちは気が楽なんだろう。あの子たちからも、同級生に対する不満や不平、生活の疑問もない。
「ならいい」
ホッとした笑顔。
……少し引っかかる。質問すればきっと答えてくれる。まあ。それが私の求めているものかどうかはわからないけれど。
「ほかに何か、先代ギンシュからいわれたんですか」
いつもの笑顔を向ける。この笑顔はあまり好きではないようで、少しだけ色が曇る。
これは、側付きになると宣言したあの日に私が決めた事。だから何を言われても変えるつもりはない。
今はそれ以上に曇っている。
「反ギンシュ派は俺ではなく、君を標的にして俺の事を否定するだろうって」
声も下がっている。
うつむく姿に、怒りがわく。
誰かを否定するために、さらに誰かを利用する。その理由を誰かにして巻き込むことを嫌う。この人はよけいに傷つく。
「私を側付きにしたことを間違いだったと思っておられますか」
私も姿勢を正す。表情も声も何もかえないで。世間話の延長のように。
「それは思っていない。君以外ありえないって。その考えは変わっていない」
食い美味に。前のめりの姿勢。
うん。顔が上がった。色は悪くない。
そう。この人にそれを否定してはいけない。させてはいけない。
「私を理由にしてくるのであれば、私が対応いたします。たとえだれがあなたを否定したとしても、あなたが自分を否定してはいけません」
はっきりと。少しだけゆっくりと。浅はかな考えだろうけど、それでも。
「それに。耳に入っていないのであれば、それはないに等しい。起きていない、起きるかどうかもわからないことに、今から心を痛めるのは優しすぎる」
この人はお母様のいう愚かな人ではない。だからちゃんと伝える。この人の問題点を。この人を否定する。
「優しさはギンシュの強さだと思います。けれど、何事もすぎるのはどうかと」
この人はとても繊細で。豪快であるけれど、それはギンシュだから。この人のすべてではない。
「否定するものがいたほうがよいのでは。それを否定し、さらに強くなれば」
完璧に近づける。そう言いかけて口を閉じた。この人が求めているのは完璧さではない。余計なことだ。少しだけ笑みを深めて。
「ところで、私の何が理由になるのでしょうか」
話題を変える。具体的に聞いていれば対処ができる。
「あ。それは忘れていなかったんだ」
苦笑いを浮かべている。大事なことだからはぐらかされたくない。
悲しそうに笑う。
「俺の側付きが、2年生で。一年間、指導生と側付きを兼任する。それだけでも批判の種になるのに。さらに、君は双子の指導生。側付きの仕事がおろそかになるのではと。君を批判し、そんな批判が俺にくるという流れらしい」
あの方は私を心配していると引継ぎでお会いするたびに何度も言っていた。確かに、私たち側付きはギンシュにとって、致命傷になりうる。それほど、側付きは近くにいる。
はあ……。そんな形で否定するなんて。その程度で。私を批判するならもっと決定的なものがあるはず。
……この方がそれを隠しているのか。
「そんなことにはさせない。君は大変かもしれないけれど。大丈夫。君が傷つくことは絶対にさせない」
力強く私を見つめるギンシュに、優しく微笑みかける。
「ありがとうございます。精一杯努めます」
この言葉がうそではないなら。私もそれに応えないと。この人に対して、失礼なことはしたくない。心で何を思っていても。それは絶対に表には出さない。この笑顔をけして絶やさない。私はただ、側付きとして務めを果たすだけ。二年。それで終わる。この人の。64代目ギンシュの側付きなのだから。代が変われば私は無用になる。
……ん。ノックが三回。誰だろう。
「一年、ロカ・ハシドイ」
「同じく一年、ツユ・ハシドイ」
二人できたのね。
「はいれ」
ギンシュが姿勢を正した。襟も直している。私と二人の時もそうであればいいのに、そうすればわざわざそんなことしなくてよくなるのに。
「失礼します」
姉のロカと半音低い声の妹のツユ。二人で声が揃うときれいな音になる。
私にとって二人の声は心地いい。
音を立てずに入室。普段から音を立てない子たちだけど、この部屋に来るときはそれをさらに気にしているように感じる。動作に音を立てないようにという意思がある。
「どうしたの?」
立ち上がり、二人のまえに。
「ホクシャさんにお聞きしたいことがあって」
「すみません。お忙しいところ」
ロカとツユが頭をさげた。
「席をはずす。ここを使えばいい」
ギンシュが部屋をでていかれてしまった。
……。
ギンシュに気をつかわせてしまった。この部屋はギンシュのお部屋なのに、主以外で使用するのは避けてきた。
「今回は私の負けか……」
二人が来たときは私が席をはずして、私の部屋で話をするようにしたいのに。
「勝負をされているのですか」
声にでてしまっていた。ロカが首をかしげている。
「ちょっとだけね」
にごした。明確にギンシュと勝負しているわけではないから。あくまで私の気持ちの問題だから。
「ギンシュのお言葉にあまえて使わせてもらいましょう。どうしたの?」
二人を座るようにうながして。杖の作成も登録魔法も済ませている。授業の質問はその日のうちにしてくれている。
「答えにくい質問になるかもなんですが、いいですか」
ロカが歯切れの悪い言い方をするなんて。なんだろう。
「学園代表になるにはどうしたらいいんですか」
ツユが聞いてきた。
「学園代表が一体なにかわかって聞いているの?」
「はい。他学校5校との恒例行事。各学園各学年から一人ずつ代表者をきめ、学年ごとに優勝者をだす。総合優勝学園には特典が与えられる」
私の質問にロカがこたえた。
うん。問題ない。授業で話があったのかしら。
「学園代表に選ばれることはとても名誉なことですし、卒業後にも生かされてくると聞きました。学園代表の選考規定などがあるんでしょうか」
ツユは浅く座っているから、姿勢が前のめりだ。
……。この質問は答えたくない。
指導生としても側付きとしても答えはかわらない。まあ。この子たちなら正しくとらえてくれると思うけど、他者のまえでは確かに困る。
「日々精進するだけよ。それによって、学園側が選定する」
あくまでギンシュたちはかかわりにならない。ギンシュたちに選定権利があった場合、媚をうり、賄賂をしようとするものが出てきてしまうかもしれない。それは、学園の環境を悪化させる。秩序と平穏をギンシュたちが乱す原因になるわけにはいかない。
「代表が決定したら、公表される。そのとき、みんな知ることになる」
その時までギンシュさえ知らない。
「そうですか」
うつむくロカ。それとは対照的にツユはさらに聞いてきた。
「1年生で選ばれなかったとしても、2年生で選ばれることはありますか」
「そうね。その年その年に選ばれる。常に選考規定に自分を当てはめていかないといけないのだから」
「ならよかった。私あきらめない。絶対代表になります」
ツユは前向きにとらえ、ロカは後ろ向き。
「学年で一人だけ。学園で4人。……なれるのかしら」
不安そうにしている。
この二人は、学園代表になることを目標にしている。
……まるで、それがすべてというくらいに。
「なれるよ。私たちなら」
ツユがロカの手をしっかり包み込んでいる。
「……そうね」
少しだけ歯切れの悪いロカ。笑顔もぎこちない。心配性で自信がなく、自分を過小評価しているところがある。ツユは明るく快活。自信に満ちている。私からみて二人は申し分ない。ロカは自信を持つために、人一倍時間をかけて勉強している。わからないところをひとつひとつ、つぶしている。ツユは周りを引き付ける魅力があって、自信が根拠のないものにならないように努力している。
「二人とも」
「はい」
姿勢を正して、二人とまっすぐ目があう。
「学園生活は楽しい?」
「楽しいです。この生活のすべてが新鮮で。それに」
ロカがツユの方を見た。
「私たちはこの学園の生徒になることが夢でした」
いい笑顔。
「次の夢は、学園代表になること。それが二人の夢。ねっ!」
ツユも笑う。仲のいいこの子たちを見ていると、心が温かくなる。
「それならよかったわ。4年間がいいものになることを願ってる」
「ありがとうございます」
私の願い。二人の元気のいい返事に私も微笑み返した。
「部屋に戻りましょうか」
正面の部屋は専用の談話室。ギンシュがいるとすれば、自室よりもそこの可能性が高い。
「話はおわったのか」
予想どおり談話室で寝っ転がっていた。
よかった。二人を廊下に待たせておいて。こんな姿見せるわけにはいかない。
「はい。申し訳ありません。ギンシュに部屋を移動させてしまって」
「別に気にしないで。二人を部屋までおくるんだろ。今日はもうすることないし、休んでくれ」
「承知しました。では。ギンシュもお早めにお休みください。失礼します」
廊下でギンシュとわかれ、二人の部屋は1階。各階で生徒とすれ違うけれど、様子に変わりはなさそう。いつもの平日の就寝前。
「ありがとうございました。おやすみなさい」
声も動作も。一ミリの誤差もなく。二人の所作に双子ならではを感じる。
「おやすみなさい」
……さあ。戻ろう。ギンシュに休むように言われている。
ええっと。明日の予定は……。実技の授業が入っているから、杖の最終調整をして、魔法記録も確認して。授業内容は、防御魔法を水を用いて。習ったことを使うとすれば、一番無難なのは水の膜をはり、防御障壁にする。一年生で学ぶ基本魔法の一つ。高度なものにするのなら、蜃気楼のように空間をゆがめて、虚像を見せる。できないこともないけど、魔力消費と継続時間が難しい。どうしようかな。
あ。
「どうされました?」
部屋の前にギンシュが立っていた。私たちの部屋しかないから問題はないだろうけど、他学年がみたらすぐに話題になる。色恋沙汰はみんな好きなようだ。
「休めっていったくせに悪い。少しいいか」
「いかがされましたか?」
談話室のドアをあける。二人で話すときは決して互いの自室には足を踏み入れない。
「ここ」
ドカッとソファに腰かけられ、自分の横をたたく。
……座れってことか。そっと座ると、頭が膝にのせられた。
「このまま少し休まれますか」
声を落とす。
目をつむっているから寝たいんだろうか。私の膝を枕にしてソファで寝転ぶのは、窮屈だろうに。
「いや。それはいい。……何を話したんだ?」
少しだけ声にとげがある。やはりギンシュの部屋を移動させたのがいけなかったか?
「学園行事について質問がありました。三か月試験が近いのもあって気にしているのだと思います」
「あの二人ならどう答えてもちゃんと考えてくれると思うが、口利き頼まれたか?」
冗談を交えてくる。
「いいえ。彼女たちは自力でなければ意味がないとわかっていますので」
流す。
「たとえ口利きを頼まれていたとしても、ギンシュ様にそのことを話したりはしません」
笑みを向ける。
「それもそうだ。頼まれた逆にどうしたらいいかわからないな」
笑っている。
……楽しそう。
何かあったのかと思ったけど、気のせいかな。まあ疲れてるようだから気になる所だけれど。顔色は悪くなかった。声からわかることはない。どうされたいのかわからない。聞きたいところだけどやめるのが正しいか。
「何も聞かないんだな」
小さい声。聞こえないふりをする。何をと問えばきっとうまく流される。この人は嘘をつかない。でも。それは、真実を話すと同義ではない。だから私も、聞かない。聞かなければ、嘘をつかせないし、ごまかされない。あ。起き上がって、そのまま立たれた。
「んーっ」
体を伸ばしている。姿勢がきつかったのだろうか。だったらそもそもしなければいいのに。
「悪い。ありがとう。今日は解散しようか」
振り返った顔はニッと笑っていた。
「お送りします」
お部屋に入られたのを見届けで、自室に戻って時間を確認した。
うん。すこしだけ杖を見ておこう。ギンシュの行動の心意は読み取れないけれど、気にしても仕方ない。
「これが一番無難かな。少し威力を抑えて……。うん。できた」
納得いくものが用意できた。側付きとして恥ずかしくないものにしないと。私の成績はギンシュの耳に入る。あの人に幻滅されたくない。はぁ……。寝ないと。いい時間になってしまった。部屋を一通り見わたす。大丈夫。準備はできているし、部屋も整っている。モノが最低限の殺風景。
「あ……」
ふわっと部屋の香りに意識がいった。
ギンシュから定期的にいただく花。そっと手にとる。
……そろそろ終わりかな。隠し棚に並べている花に目を向ける。あの花だけは枯らさないようにしたい。
「おはようございます」
「おはよう」
自然と声がそろう二人。朝食と夕食は可能であれは一緒にしている。前日の夕食で、一日の報告、翌日の日程確認。朝食で再度一日の流れを確認。としているけれど、ただの雑談。コミュニケーションの一環として、話題にしやすいテーマ。
「今日は授業少ないから、寮に戻る予定。書庫にいるから、何かあれば呼んで」
それは結局学園の時間割。
「私が少し遅くなります。試験について確認したいことがあって」
ロカが申し訳なさそうにしている。
「私は直帰します。書庫はいつもの席ですか?」
ツユは私のもとに来る予定なのね。
「ええ。定位置よ」
一年生のときから選んでいる席。私の専用というわけではないけれど、たいてい空いているからつい選んでしまう。
「おはよう」
後ろから声がきた。足音、声。二人の表情。
「おはようございます。ギンシュ様」
立ち上がり、スッと頭をさげた。
「となり失礼するね」
二人に微笑みかけながら、私の横に座った。
ロカは正面のギンシュに戸惑っている。私も少しだけ驚いている。ギンシュは部屋で食事をとられることが多い。どの部屋も自室で料理ができるようになっているから、よく自炊されている。
「今日はいつもより早く目が覚めたから降りてきた。そしたら三人がいたから」
にこやかな笑みを浮かべて食事を始めた。変わったことはなさげだけれど。
「そろそろ三か月試験だけど、一年生はどうかな?」
ギンシュが二人に話題をふった。ロカが言葉を選んでいるのだろうか。目が泳いだ。
「疑問点はその都度解決するようにしています。成果をだせたらと思います」
「目標があるんです。上位何人にはいるっていう。それを達成したいです」
元気よくツユはこたえた。ロカは緊張しているようだけど、ツユはそういうのがない。まっすぐギンシュを見ている。そこをロカも見習ってほしい。ロカは誰に対しても少し警戒している。ギンシュはそれが強い。前に。
「失礼があったらいやなので」
と話してくれだけど。それだけとは思えないときがあるのが気がかりだ。
「そうか。側付きとして頼みたいことも今は少ない。二人に時間を割いてくれ」
今度は私。ギンシュの言葉に、微笑み返す。
「承知しました。お心づかいありがとうございます」
「申し訳ありません。まだ、お食事が途中ですが、私たちはこれで」
ほとんど食べ終わっていた二人はロカの言葉で、校舎へと向かった。
……。ロカ。まだ時間大丈夫なのに。
ギンシュと二人残された。人によっては失礼な態度だと思うだろうな。自分がきて、そうそうに席を立たれれば、避けられたととらえることもできる。ギンシュはそういう人ではないけれど。それでも確認しておいた方がいいかな。以前からずっとギンシュにたいして、ロカは最低限の関わりでおさめようとしている。実際、まだ私は、二人きりではなしているところをみた機会がない。ツユはあるのに。
「気を使わせてしまったかな」
残念そうな顔をしている。
「申し訳ありません。二人とお話があったのでしょうか」
私も食事はすんでいる。手をとめ、体ごとギンシュに向く。
「あまり下の学年の生徒と話すことがないからな。まずは、側付きの担当からと思っただけだ。ギンシュになったのはいいが、それにおわれて、生徒との交流ができていなかった気がして」
自嘲されている。三年生は卒業課題を決め、それぞれ担当教員のもと指導を受けていて、さらにギンシュとして、進級の儀、入学式の参加とお忙しくされていた。私自身、側についているだけだったが、人目にさらされるというのはそれだけで疲れてしまうもので。そこから他のことを考え、そんな風に笑うなんて。
「おっしゃっていただいたら、二人をお連れいたしましたのに。……2年とかかわるのであれば、三か月試験最終日に実技試験が予定されています。日程はもうきまっておられますか?」
私にできることは提案程度。確かその時期は、3年生は卒業課題の主題を決めるための担当教員面談が予定されている。時間帯があえば、どこかのクラスの試験を見学できるはず。
「ああ、日は決まっている。時間はまだなんだ。できたら君の試験は見たいな。俺の時は対人だったが、同じなのか」
「まだ試験内容は言われていません。……私の試験などつまらないかと」
ギンシュのお眼鏡にかなうようなことはできない。無様なものにならないようにとしか考えていない。
「そうか? 俺としては対人なら君の相手は大変だなって思っているが。二人をつれて見に行くよ」
……。あの子たちまでか。にやにやしているのがとても気になる。この人は私に関することでときどきこうなるけれど一体なんなの。はあ……。試験対策しておかないと。あの子たちの手本となることをしないと。
「承知しました」
心は何を思っていても、笑顔は消さない。
「よし。じゃあ。そろそろ行くか。授業だろ」
ギンシュにも伝えてはいるが。
「ギンシュはまだお時間が」
「たまには一緒に登校するのもいいかなって。あの二人は学年が同じだからよく登校しているぞ」
……リョクスイとコンペキを引き合いに出されると困る。
「承知しました」
ギンシュの分も片づけて先にギンシュに出てもらっている。寮の外でギンシュが。あぁ囲まれている。
「あの授業おれわかんないんだけど」
「ブァイエクト先生のか。あれはわからねぇよ」
「試験は授業でしゃべったことも含めてだろ? すげー大変」
三年生か。ギンシュはただ笑って聞いている。聞こえてくる内容としては、授業について。まだ時間はある。邪魔しない。
「おい。あれ」
一人が会話をとめた? こちらに視線。……いくか。
「わるい。待たせてしまった」
先に声をかけていただけて。
「いえ。おはようございます」
ギンシュの半歩うしろ。先輩方に少しだけやわらかい笑みを。一礼。私に向ける視線がすこし探り探りなのは気づかないふりをする。
「側付きと登校か? ほんとにギンシュなんだな」
「お前がなぁ。クラスだとそんな感じしないのに」
半分がうなづいている。この半分がクラスメイトか。うん。名前と顔は一致する。
「おいおい。彼女の前でそれはやめてくれよ。まるで俺がちゃんとしてないみたいだろ」
苦笑されている。軽口を叩ける関係。ギンシュだからとかしこまることはないのか。それはこの人だからだろうな。
「側付きがいるからって俺がギンシュだと判断しないでくれよ」
「悪い悪い。まあ。邪魔したな」
顔を見合わせていなくなった。
「気をつかわせたかな」
つぶやいておられるけど聞こえない。ふりをする。
「よろしかったのですか。いつも登校している方では?」
「なにがだ」
かるくかぶせられた。まちがえた。
「いえ。まいりましょうか」
「俺は今日は君と登校すると決めたからな。」
……はあ。こう明言されると返しにくい。とりあえず何かしらつながないと。
「1年のはどうされますか。同じように三か月試験で実技試験が予定されているようですが。昨年同様であれば午前は一年、午後二年となるのでしょうか」
「ああそうか。1年もあったな。指導生は見に行くんだろう?」
「はい。ほとんどの生徒がそうするようです。私もあの子たちを見たいと思っています」
「んんぅ。見たいという気持ちはあるが、俺の存在が邪魔にならないといいんだが」
……邪魔か。そういうことを懸念されているのであれば。
「その時までに手を考えておきます」
「わるいな。俺もできる限り邪魔にならない方法を考えるよ」
試験の場にギンシュがいる。1年生にとっては緊張の材料になってしまうかもしれない。ほどよいものであれば、パフォーマンスをあげるが、過度であれば下げてしまう。実技試験内容はその学年が苦手としている分野であることが多い。過去問の傾向からそれがうかがえる。苦手分野に対しての対策方法や学びの生かし方。試験の最中の生徒の様子。寮での姿とは違うものが見れるはず。
「あら」
右から声がした。
「おはよう。リョクスイたちも登校か」
リョクスイ様と側付きの方。
「おはようございます」
「おはよう。今日は二人で登校かしら」
リョクスイ様が楽しそうに笑っている。
「ああ。君たちを見習って、俺たちも一緒に登校してみた」
「あらあら」
口を隠しているが確実に笑っている。
「お二人が並んでいる姿を遠目で見ておもったのだけれど。なんだか恋仲に見えたのは気のせいかしら」
……強烈な一撃をくらった。
「やめてくれよ。リョクスイがそういうと洒落にならないだろう」
「ごめんなさい。でも異性の側付きだとそうとられても仕方がないのでは? 現に私たちもそう噂されていたし」
ご自身を話題にされると難しい。
「まあそういう噂がたったとして。それだけ魅力的な側付きってことで。俺の眼は正しかったという証明に使わせてもらうよ」
この手の話はギンシュが流してくれる。私だけの時にされることはないけれど。私もうまく流せるようにしないと。色恋沙汰はいろんな形をかえて流れる。この方の迷惑にならないようにしないと。
「いっそほんとにそうなるというのも一つあるのでは?」
おそろしいことを言わないでほしい。
「それは考えもしなかった」
ギンシュ? 何を……。
「どうする? 俺がそう持ち掛けたら君はどうこたえる?」
首を傾けながらほほ笑まれた。
「お断りいたします」
「即答」
「私は側付きです。務めをはたさせてください」
「ということだ。俺の側付きは仕事熱心でね。リョクスイの提案は却下だ」
リョクスイ様に戻して、苦笑されている。
「まあそうよね。おかしなことをいってごめんなさい」
「いえ」
「ありがとう。ところでギンシュ」
お二人が話をはじめられた。私たちはそれぞれうしろでついていく。
「面白いほどに即答でしたね」
リョクスイ側付き、シャロン・キタ先輩。
「あらぬ噂がたつのは避けるべきと思いまして。戯れとはいえ、面白おかしく話を大きくされては」
「笑顔と言葉があっていないのが残念ですが、あなたの気持ちはわかります。この方たちに煩わしい思いをしてほしくはないですからね」
優しいまなざしの先はリョクスイ様。
この二人は主従関係らしい。どうやら家がそうだとか。学園でも従者としていることが当たり前なのだろうか。……その目はそれだけではないように思えるけど。
「あっていないとも言われましても。この顔は自前ですので」
あの時から顔はこれと決めている。ギンシュに向けるのはこれだと決めている。
「おやおや。これはどういう縁かな?」
「おはようございます」
挨拶をされる二人につづき私たちもコンペキ様と側付きにご挨拶。
スッとコンペキ様がお二人に並ばれた。
「おはよう。こうして顔を全員あわせるとは。今日は何か起きるのかもしれないね」
「なにも起きてほしくねーよ。平穏であることを望めよ」
コンペキ様相手に荒い口調。
側付きという距離よりも友人のようで。
「ゆっくり話をしながらと行きたいところだけれど」
テンポのいい二人の会話。リョクスイ様たちとコンペキ様たち。それぞれの関係が会話や立ち位置でわかる。
「何事かとみんながとまどっているから、先に僕たちはいくとするよ。みんなはそれぞれ遅れないように。では」
先に進まれた。
三人が儀以外で生徒たちの眼のとまるところで集まることはそうそうない。そもそも私がギンシュと登校することもほとんどないから。生徒たちの視線がいたい。
「俺たちもいそごうか」
ギンシュの言葉にそれぞれ足をはやめさせた。
私としては少しほっとした。ギンシュと一緒に歩く所を見られるのは問題ない。なのに。リョクスイ様の言葉が引っかかる。ほかにもそう見えている生徒がいるのなら、避けないと。この方と噂されるのは。それだけは。また視線……。違うものが混ざっている。なにかわからない。だれかもわからない。でも確実にこれは悪意だ。
……。うん。とりあえず今日は気を張っておこう。
授業も問題なく。ふう。あれから視線は感じていない。単純な悪意だったのかもしてない。……きりかえて。朝伝えたように書庫で課題をしよう。あの口ぶりだと三か月試験の範囲のなかでもかなりを占める可能性は高い。おさえておかないと。4年間の成績は卒業後の進路に大きく影響する。側付きを務めたことも実績として加点。名ばかりでおこぼれをもらっていると思われたくない。
「お疲れ様です」
「あ。……お疲れ様」
気づかなかった。集中できたのはいいけど声をかけられるまで気づかないなんて。疲れているのか……。
「気になることでもあるのかしら」
広げていた本を何冊か片づけて、ツユの正面をあける。時々ツユとロカは別行動することがある。それもそうだ。双子とはいえ同一ではない。でも。今回のはいつものそれではない。確実になにかあって。ロカに聞かれたくないということが可能性としてある。
「いいですか。……どうしてもロカを学園代表にしたいんです。どうしたらなれますか。ロカになってほしいです」
音響調整はしているけれど、思っていたよりも大きな声で、勢いがある。
「声を落として。学園代表は先生が決める。生徒には決定権がない。何を基準に選考するのかも先生次第。一度選ばれなかったからといって次がないわけではない。一つ確かなことは、寮長と側付きは任期中学園代表には選ばれない」
「え……」
知らなかったようね。
「学園大会の運営側として動くから」
「ならっ。4年生でやっと選考対象に入れるってことですか」
「そうね。まあ選考基準に私が該当しなければ、そもそも候補者にも上がらないわ」
自嘲する。私が選ばれるはずがない。
「それに、なってほしいって……。二人ともなることが夢なのでしょう? 一方が選ばれれば、その枠はなくなるわ。どちらが先に代表となるかということなら、純粋にあなたたちの実力次第。……とりあえず、三か月試験にむけて、勉強しましょう?」
ツユは自分の意見をはっきり主張する。入学してからの時間しか過ごしていないけれど、ロカがツユに押されている印象を持っている。
ツユがロカになってほしいか……。当の本人の意思がどうかちゃんとしておかないと。望まずにその地位を与えられるのは正しくない。わざわざ、執務室に来てまで話にした学園代表。ツユはロカの前ではこんな顔をしない。そんなにもなりたいものなのか。私にはあまりその感情はない。確かにあこがれはする。でも。この子たちの熱量はない。
「それはそうね。確かに、学園代表にかんしての思いは他の子に比べて薄い印象だわ」
ユリシアさんも学園代表を目指している。
「私も目指しているからそう感じてしまうのかも」
二人でしばらく勉強して、ツユを部屋に送る途中、中庭にユリシアさんの姿を見ていた。
「ホクシャは目指さないの?」
その質問の答えは決まっている。
「目の前の事で精一杯ですから。それ以上のことをする余裕はありません」
「そうかしら? 優秀だと思うけど。……それがすべてでないのはわかってる。まあ。難しいわね。特別と考えている生徒が多いと思うけれど」
学園代表を目指すユリシアさんの思う価値。……特別か。
「側付きという地位にいると何かの拍子に、不正だと思われても困るものね」
私の立場を考えてくださっている。
「こうして相談してくれるなんて。少し忙しそうにしていたから、声をかけるのもためらっていたの」
いつもの表情を向けられている。
「すみません。挨拶しかできていなくて」
確かに寮内でも校内でも顔を合わせることはあった。でも話してはいなかった。いつもすれ違うだけで。
「ちょっとまった」
後ろから声がした。近くにいるのは感じていたけれどわざわざきたのか。
「あら。ギンシュ様」
笑顔をギンシュに向けた。
「俺のものに手をだすなんて。意外だな」
「あら。あなたのものだなんて。横暴もすぎるのでは? 私はただ、後輩とお話していただけよ」
「それはかまわない。だれと友好関係を築こうとそれは彼女の自由だ。俺が干渉することじゃない」
「なら」
「まだ納得してないのか」
「ええ。するわけないじゃない」
何のことだろう。
「その話はもうついた」
「目を光らせるといったはずよ」
話が変わっている気がする。
「申し訳ありませんが」
二人の間に入る。
「どうされたのですか」
交互に二人を見る。空気が落ち着いていく。
「ごめんなさい。どうも合わなくて」
ユリシアさんが困ったように首を傾けている
「たまにはホクシャとお話をしてもいいかしら」
「もちろん」
二人とも笑顔だけど。
……。本当にどうしたんだろう。こんなユリシアさん。ギンシュも。
「ホクシャ。お先に失礼するわね。またお話しましょう」
優しいにこやかな笑顔。空気も戻っている。
「はい。ありがとうございます」
「では。ギンシュ様。失礼します」
一礼して建物内に戻っていかれる。足取りが気持ち軽く見えるのはどうしてだろう。そんなことあったのかな。
「指導生と一緒だったんだな」
ユリシアさんの場所に座って、少し不貞腐れている。
「お姿が見えたので。指導生としての助言をいただいていました」
たぶんこんなことわざわざ伝える必要はないはずだけど、答えるべきなんだろうな。
「ここは二人でよく来ていたのか」
だとしてどうしたのだろうか。
ここは寮の中庭。私とユリシアさんが1年間使っていた場所。
「ええ。来ていました」
「そうか。担当一年の二人ともくるのか」
私の方をみない。
「はい。時折」
うつむき顔が見えない。
「そうか」
「ええ。ここで初めてお会いして、側付きのお話をされましたね」
そっと横に座る。
「あの時とは座っている場所が逆ですね」
いつもの笑顔を向ける。
「……ああ。……そうだな」
ふっと息を吐くように笑った。
「んーん」
体を伸ばしている。だいぶ雰囲気もよくなった。
「もどるか。執務室で一杯いれてくれるか」
「ギンシュ様のご要望であれば」
もとに戻られた。いつものように。……。うん。さっきのは見間違いだ。はっきりととらえたわけじゃない。
……なのに。どうして? あの横顔に見覚えがあるのは。
「どーした?」
「いえ」
後をおう。気にしない。とりあえず、執務室にもどって、ギンシュ様にお飲み物を用意する。それがまずすべきこと。
で。お飲み物を用意したのに。
なんで。
「お疲れなのでしたら、夕食をお部屋までもお持ちしましょうか?」
私の膝に頭をのせて寝っ転がっている。
「そうだなぁ。……そうだ」
何か思いついたかのように、楽しそうな顔をした。
「手料理がいいな」
テリョウリ。言葉の意味が一瞬わからなかった。
「食堂も手料理ですが」
「そうじゃない」
「ではどういう」
われながら中身のないことを言ってしまった自覚はある。
「それもそうだけどそうじゃないってこと。俺は君の手料理がいいって言ってるの」
ならはじめからそういえばいい。
「では、担当一年に連絡させてください。夕食を一緒に取る予定なので、少し遅くなると」
「なんで?」
「え」
私の手料理が食べたいということなら、私が作るということ。それなら調理時間があるから、作り終わってから私の夕食の時間になる。あの子たちに伝えておかないと。
「一緒に食べればいいじゃないか。二人もよんで」
……。
「それは、四人で。ということですか?」
「うん」
さも当然の事のかのように。私にはその考えがなかったことが信じられないかのように。
さて。どうしたものか。四人分の夕食。材料は足りるかな。まずそこから確認だし、あの子たちにも伝えないといけないし。することが……。
「では。お待ちいただけますか。ご用意いたします」
「はぁい」
すっと起き上がって、いい笑顔を浮かべている。お菓子を作ることは何度かあった。リョクスイ様やコンペキ様たちとの会議で用意して、高評価をいただいている。でも夕食というかちゃんとした食事を用意したことはない。時折料理はするけどそれでも、誰かにふるまうほどの腕ではない。……無難なのは何だろうか。というか材料何があったっけ。冷蔵庫の中にあったのは、野菜がいくつかと鶏肉。ご飯を炊いて、味噌汁を用意すれば定食にはなるかな。
「よし」
端末を引っ張り出す。
「……あ。ごめんなさい今大丈夫? ……うん。二人とも一緒なのね。夕食をギンシュ様が一緒にどうだって。……ええ。で。これから用意するから少ししたら談話室まで上がってきてもらえる? ……ええ。ふふっ。じゃあ待ってるわ」
ツユとっても驚いた声だったなあ。きっと部屋で大騒ぎね。さて。
「私は作らないと」
ご飯を炊いている間に、デザートになるような甘いものを。これとこれで。野菜を切って肉を焼いて。もう時間ないし炒め物でいいかな。味付けは……これで。んー。ちゃんと用意していればもっと違うものができたかもしれないのに。仕方ない。ええと。あと味噌汁も具沢山で行こう。野菜たっぷりにしよう。
…………。はあ。できた。魔法を駆使したから時間かかるものでも短縮できる。人工手順で作るのも好きだからたまにはそうしたいかも。まあ。ふるまうってことになったらそれはそれで魔法を使うけど。
「あら。こんばんわ」
廊下に二人が立っていた。
「談話室でまっていたらよかったのに」
ドアの向こう側に気配があったから見てみたら。
「お手伝いできることはありますか」
ツユの申し出。うれしいけど執務室に入るのためらっていたことには触れないのね。
「なら盛り付けお願いしても?」
まだお皿に準備できていない。
「はい」
ギンシュ様のは私が盛り付けて、二人はそれぞれ自分のを用意した。
「お待たせしました」
音を立てないように机においた。それぞれお盆に乗せているから一人分がわかりやすくした。
「おお。ご飯炊き立て?」
「はい。お口にあうといいのですが」
「ときどき料理をされるとは聞いていましたが、食べられるなんて」
ツユが少しテンション高い。
「では。いただきます」
四人で食事が始まった。大丈夫だろうか。
「うん。おいしい」
私を見るギンシュ様は目を大きく開けていた。
「はい。とても」
ツユもロカも食べてくれている。はあよかった。
「お口にあったのであればよかったです」
誰かが食べてくれるってうれしいことだけど、うまくできたか不安にもなる。お母様から料理は教わったけど、まだ習得できていないものばかり。練習しよう。またこういう機会がないとは言い切れない。この方ならそういうこともあるだろうし。
「ふう。たまにはこういうのもいいな」
満足げなギンシュ様。
「私にも教えてください。料理ほどんとしたことないので」
ロカが前のめり。
「私もいいですか!」
ツユも控えめに手を挙げている。
「ええ。もちろん。お皿部屋までもっていってくれる?」
私とギンシュ様のお盆をもって部屋にいく。二人もついてきた。
「ここに置いておいて。さてデザートは……。うんちゃんと冷えてる」
「デザートも用意していたんですか」
驚くツユに新しいお盆を持たせる。
「アイスだけどね」
取り出すまえにお湯を沸かして、茶葉はカモミールでいっか。
「はい。どうぞ」
アイスとカモミールの紅茶。
「デザートもあるのか!」
お盆をもって再び現れた私にかけよってきた。
「はい」
お盆をうけとられた。
「いい嫁になるな」
正面に座っているツユとロカの手が一瞬とまった。
「そうなれればいいのですが」
横にいる私は流す。
「旦那になる人もがんばらないといけないな」
「ギンシュ様」
遮る。二人が少しだけ居心地が悪そうにしている。
「早く食べないと溶けてしまいますわ」
溶け始めている。あわてて口に運びだした。はあ。この人の発言でこの手の類は気にしてはいけない。
「ああ。もう満腹。ごちそうさまでした」
ダラーンとソファに座っている。二人の前なのだから少し気をつけてほしい。
「お皿洗うの手伝います」
二人が部屋についてこようとした。
「いいわ。あとでゆっくりするから。突然こんなことになって驚いたでしょ。ギンシュ様の提案なの」
「はい。ご一緒させていただきありがとうございました」
そろって礼をした。すごいわ。角度も一緒。
「たまにはいいかなぁって。それに朝は俺が邪魔しちゃったから三人の時間少なくさせたから。ここならいくらでもいて大丈夫だから。ってことで俺は執務室にいるから。突然ごめんな。ありがとう」
とってもいい笑顔。機嫌ももどっているしよかった。
「いえ」
とんっとたちあがり、部屋を出ていかれる。この子たちを部屋まで送ったら、執務室を確認しておこう。お部屋に戻っておられたらいいのだけど。
結局、三人でお皿洗い。
「ギンシュ様はどうして私たちを?」
食事に呼ばれた理由をロカが気にしているようだ。
「先ほどおっしゃっていた通りよ、二人には迷惑だったかしら」
「そういうわけでは」
おそれおおいと首を振る。
「それに、ホクシャさんの手料理が食べられるとは思っていなかったので。てっきり食堂から持ってくるものとばかり」
うつむいているせいで声がすこしずつ小さくなっていく。
「私も驚きました。今日はギンシュ様と一緒になる時間がおおくて」
ツユも目を大きく見開いている。私も想定していなかった。まさかそんな提案がされるとは思いもしていなかったけど。
「でも、嫌とかそういうのはないです」
確かにツユは平然と過ごしていた。
二人の表情は悪くない。
「ならよかったわ」
話題を変えて。
「では。明日の予定なんだけど」
いつも夕食のときにしているようなたわいのない話を始めた。二人とも紅茶のおかわりを適宜しながら、少し力が抜けたようで表情もだいぶ柔らかくなった。やっぱり緊張していたのね。
「それで三か月試験なんですが」
ロカのいう三か月試験は一年生にとって初めての定期試験。
「四年間で行われるとの試験よりも点数がとりやすく、差がでにくいという話を聞いたのですが」
その通りだ。
「ええ。試験は三か月試験、六か月試験、そして最終試験の三つが一年間に行われる大きな試験。それぞれ学年の始まりから数えての月。だから、一番習っている内容が少ない三か月試験がもっとも簡単で、みんなそれなりに点数も取りやすい。実際毎年、一年はそうなっているようよ。私の時も残りの試験より順位の割には点数に差がなかったから」
六か月試験では大きく差が出た。上位は本当に点数が高く。四十位からはドングリの背比べといったぐらいにつながっていたようだけど、下位は大きく空いていた。
「簡単なグラフで順位人数が発表されるって話してくれましたが、明確な自分の順位ってわからないんですか?」
ツユの質問。
「一年の終わりにまとめて通知がされるわ」
「上位に入れたら、学園代表に選ばれる確率が上がりますか?」
ツユが目をまた大きく見開いている。
「そうとは限らないわ」
即答した。
「学園代表は学問ができる、試験の結果がいいからといって選ばれるわけではない。選考基準は先生が決めるから、試験で一番だったからといって、学園代表ってことにはならないわ」
ぬか喜びをさせないためにも、念をおす。
「でもそういう努力はしておいて損はないですよね」
食いつくツユ。ツユは自分がなるのではなく、ロカになってほしい。だからその努力をするのだろう。
「努力をすることはいいわね」
目指すものが何であれ。それが必要なことならするべきだ。
「はい!」
元気のいい返事。
「精いっぱい頑張ります」
一方少し不安げのロカ。
「試験勉強期間は図書室も書庫も談話室もいっぱいになるわ。部屋で勉強できるように片づけておくこと」
顔を見合わせる。この子たちの部屋は片付いていなかった。汚いわけではないけれど、ものが煩雑に置かれていて。
「今からかたづけていこっか」
ツユにうなづくロカ。はあ。ここからスタートなのは少し不安だけど。どのみち二年生になれば部屋が変わるし、日ごろから片づけていればあわてなくていい。そのあとはいつものように明日の予定や授業の質問をいくつか。たわいのない会話。
「大丈夫そうね」
話ながらだったけれど、片付けもおわった。
「そのしおり……」
机に置いていたしおりにロカが小さくつぶやいた。
「ん? ……ああ。これ?」
しおりを見せた。
「前からおもっていたんですが」
しおりに目をおとしたまま。
「押し花ですか? いくつか違う花もありましたよね」
よく見ている。確かにいくつかある。どれも違う花の押し花をしおりにしている。
「大きなお花はできていないんだけど、小さいものはこうやってしおりにしているわ」
「かわいいです」
ツユも並べたしおりを眺めている。
「どの花もきれいな色ですね。ワスレナグサ。ナズナ。ソバ。モモ。オミナエシ。カトレア」
指をさして名前を挙げて言っている。
「詳しいわね。私調べたものもあったわ」
杖を作るために調べたけれど、温度管理棟できになったものだけだったから。
「杖の材料で調べたのもあるんですが、もともと両親が花が好きで、庭で季節ごとに植え替えていたので」
ツユがいい顔で眺めている。
「育てられてるんですか?」
「ときどきいただくの。枯れてしまったらさみしいからこうしているのよ」
「そうなんですか」
それ以上いわず二人は眺めている。
……よかった。
「私ツツジ好きです。これは白ですけど、あの赤色が好きで」
しおりのツツジは白。赤いツヅジも明るくいい色。
「私はソバ……ですかね」
それぞれ好きが違う。控えめなロカらしい。
「ああ。そうだ」
思いだした。
「温度管理棟に勉強期間一度はいこうか」
首をかしげる二人に優しく微笑む。
「魔法化学の授業があるでしょ。授業で作ったと思うけど、試験では材料やその特徴が問われる可能性があるから、実物を見ておくの。充分勉強になるし、なにより」
笑みを深める。
「いい気分転換にもなると思う」
部屋にこもって二人て教科書とにらめっこしても疲れるだけ。私もユリシアさんと散策にでた。歩きながら思いつくままに授業内容を話して。詰まったところを戻って確認して。
「確かに。そうしよロカ」
「うん。ありがとうございます」
うなづき合う二人はかわいらしい笑顔をくれた。よかった。花からそらせた。
「あれ?」
と思ったのに。
ツユが花をみて何かに気づいた。
「ホクシャさんの花がありません」
さらに大きく目を開いている。
「……そうね」
ロカは気づいていて話に出さなかったか。
「いただいた花すべてをしおりや押し花にしているわけではないから」
実際そうだ。この花の有無にはふれず。
「これら以外にもあるんですか?」
目を輝かせている。花が好きなのね。
「またいただいたら二人に見せるわね」
次の約束をする。生花なら。
「ありがとうございます」
やったねとロカに笑いかけている。ロカは少しだけぎこちなく笑顔を浮かべている。……この子は何かあると気づいている。ツユ……はほんと。まあそこが可愛いところでもあるけど。
「わがままをすみません」
ツユには聞こえないように。目を伏せている。
「大丈夫よ」
そっと背中に手を当てる。あった目は少しほっとしたように見えた。
「そろそろ部屋にもどります。遅くまでありがとうございました」
二人を部屋まで送ろうと一緒に廊下にでたら。
「ここで大丈夫です。ありがとうございます」
断られてしまった。
「そう? なら気をつけてね。おやすみなさい」
階を降りるだけ。男女混合寮だから変なのに絡まれないといいんだけど。さて。部屋に入る前に執務室のドアに目をむけた。……多分まだいる。ふう。
「失礼します。ギンシュ様。入ります」
ノックを三回。いつものように声をかけながらゆっくりと部屋に入ると。
「あぁ」
おもわず声が出た。ソファで寝てしまっている。毛布が確かこのあたりにしまってあったはず。そっとかける。
お部屋に運ぶ?
このままにして部屋に戻る?
起きるまで一緒にいる?
何が正しい?
お母様ならどうする?
「……んぅ」
寝がえりをうたれた。
落ちる……。
「ふぁ」
机をうかし、転げ落ちたギンシュを受け止めた。
「お怪我はありませんか?」
考えている間にこんなことになるなんて。
「あ。え。おおれ。え」
何が起きているのか理解できていないみたい。ソファにギンシュを座らせて、机もおろした。
「ソファでおやすみなっていて落ちそうだったので」
膝をつき顔を上げる。いつものよう笑顔をうかべて。
「大丈夫ですか」
首をかしげる。
「……ああ。悪い。寝てたんだな俺」
目をこすって、少し声がかすれている。
「どうぞ」
水の入ったコップを差し出す。
「ほんと。何もかも悪いな」
自嘲的な笑みを浮かべて一口。
「ふぅ。何があったかはわかった。落ちないように助けてくれたんだよね。かっこ悪いな俺」
「お疲れだったのにそのことに気づかず申し訳ありません」
頭を下げる。そんな顔見たくないから。
「君のせいじゃない。……ふふっ」
笑う点があった?
「いや違うんだ。……まえもこんな風に体調が悪い俺を君が気遣って。あの時とはまた違う顔だけど俺を心配してくれている。ありがとう」
顔色も少し良くなっている。おかしそうに笑っているがそこまで前の事でもないと思う。
「中庭での出来事ですね」
私を側付きにしたいと何度もあった場所。
「ああ。やっぱり君がいないと俺はダメだな」
トントンっとソファをたたいた。横に座ると前にもあったことが起きた。
「お疲れなのでしたら、お部屋に戻ってお休みになるのがいいと思いますが」
私の膝に頭をおいて、また寝っ転がってしまった。
「少しだけ。それにこの方が俺は疲れがとれるから」
意味が分からない。……聞こうか。
「ギンシュ様」
……。返事がない。
「お部屋に戻るべきでしたね」
再び寝息を立てている。毛布をかけて時間を確認して。
「少しだけ。ですからね」
ほんとうに困った人だ。こんな時、お母様はどうされるんだろうか。従者は、主人の願いをかなえ、主人のために動くもの。すべて主人を中心にすえる。この状況なら、部屋でちゃんと休まれるのが一番いい。だからといって無理やり起こすなんてありえない。このままの状態で部屋に運ぶことも考えられない。勝手に部屋に入るなんて。そっと目をおろす。スースーと寝息を立てている。寝顔が幼くみえるのは、狭くて膝を曲げて小さくなっているからだろうか。……また何か飲み物でも用意しておこう。ちゃんとお部屋に戻ってからも寝ることができるように。
「ちょっとまて」
カッと目があいた。
え。なに。
「さっき机はどこにあった?」
さっきまで寝てたよね……。
「浮かしておりました」
何を言っているのか一瞬わからなかった。目を覚ましてくれたのはいいけど、どうしたんだろう。
「なら俺と机に重力操作かけたのか?」
ギンシュの言っているのは落ちそうになったのを受け止めた件についてか。
「いえ。受け止める際に自分に強化魔法をかけ、机に浮遊を」
目は空いているのに体勢は変わらず。見下ろすのはよくない気がするけれど、
「よかったぁ。一瞬机どこいったってなったんだよ。それに、君のこの細い腕で受け止められたってことは俺そんなに軽かったかなって」
寝ていたのにそんなことで起きてしまうなんて。
「女の子に助けられたってだけでもつらいのに、その上きれいに腕に収まっていたということに改めて驚いたんた。でも何かかけられている感覚もなかったから、まさか君の実力だったらって」
実力……。さすがにそこまで鍛えてはいないのですが。
「強化ということは体は問題ない? 受け止めたことで傷めたりはしてない?」
どうされたんだろう。起きてくださったのはいいけど。
「問題ありません」
いつものように笑いかける。実際どこも悪くない。
というかそもそもたいしたことはしていない。
「ならいいんだけど。ごめん。驚きすぎて君がケガしたんじゃないかって考えがすぐに出てこなくて。俺のこと気にしてくれたのに」
ほんとうに困った人だ。
「気になさらないでください。ギンシュ様にお怪我がなくよかったです。それで十分ですし、いつもギンシュ様がちゃんと私たちの事を、考えてくださっているのは伝わっています」
あくまで、私たちの事。だ。
私個人にむけてではない。
「……ありがとう。ほんとうに君でよかった」
安心したような笑みを浮かべて。
「うん。休もうか。今日はいろいろ悪かった」
「いえ」
スッと立ち上がり、なにもなかったように執務室をでる。
「しばらくはすることないし、試験勉強期間に入るし休んでいていいよ」
「よろしいんですか」
確かに特別急ぎの予定はない。
「寮長定期会はあるけどそれだけだし。一年を見てあげて。何かあれば声をかけるよ」
「承知しました」
「んじゃ。おやすみ。ほんと今日はありがとう」
「いえ。おやすみなさい」
ギンシュのお言葉に甘えて、執務室には顔を出す程度にした。ギンシュも毎日おられるわけではない。それでも一日一回は必ず顔を合わせる。というか正確には、ギンシュに毎朝起こしてほしいというお願いをされたからだ。私も、一度も主人に会わないというのもどうかと思っていた。四六時中一緒にいるべきということではないけれど、それでも学年が同じ他寮にくらべて、どうしても私たちは時間が少ない。
「ほんとうはこんなことを君に頼むのはまちがっているんだろうけど。すまない」
朝起こしに行くたびに謝られる。
「君に休んでほしいといいながら結局君に頼っている」
眉をさげて笑っている。
「いえ。お役に立てているのであれば」
変わらずほほ笑む。願いをかなえることができているのであればそれでいい。この方の役に立てている。それが側付きの務め。
「できることがあればお申し付けください」
「ありがたいが。あまり頼むとリョクスイに怒られてしまう」
どういうことだろう。
「君が優秀だからとなんでも頼むのは違うと言われたことがあるんだ。君に頼りすぎと」
怒られたというわりにはうれしそうな顔で話している。
「頼るもなにも。側付きとして動いているまでです」
当たり前のことをしている。それだけなのに。
「君がそう思っていても、周りにはそう見えているようだ。俺も気をつけるが君も」
頭をなでられた。
「ことわってくれていいんだからな」
ふっと笑っている。優しい笑顔。……頭をなでる手もあたたかい。
「できないことであれば断りますよ」
できることだからしているだけ。ギンシュが無茶なことを言わないから。笑みを少し深めてそっと手を下げてもらえるように動く。
「今日の予定の確認をしてもいいですか」
外れた手に少し不服そうな顔をしているが、かまわない。今日は三が月試験の筆記試験日。
「君は一年をみるんだろ」
「はい。試験対策の相手役をしてほしいと。今回も対人のようです」
三か月で学んだ魔法で攻撃防御。三分間。相手を倒せばいいということではない。いかに学んだことができるかということを見ている。
「いい結果を残せれば、学園代表の可能性もでてくるし。ちゃんと結果を残せるように一年の相手しっかりやってやれよ。コンペキ様のおかげで、観戦もできるし」
試験の見学をギンシュはしたいと言っていたが、コンペキ様も同様にされていたようで。
「学園側と話をして、専用の場所が確保されているといわれていましたね」
寮長会議で試験を見学したい、という話をギンシュがしたときにその話がでた。リョクスイ様もということになったため、結果三寮長、側付きが見学ということになっている。ロカとツユには絶対耳には入れたくない。
「君のも見学にいくから」
……。
「ギンシュ側付きに恥じないよう頑張ります」
ギンシュ様がどこで見学されるのか会場入りしたら確認しよう。
「ではまた明日起こしにまいります」
筆記試験は問題ないかな。
「ふう」
一日試験は疲れるけど、試験内容は先生が授業中に繰り返した場所ばかり。結果もそれなりのものになるだろうから実技の確認をしておかないと。二年は迷路を攻略。制限時間内に脱出することが最低ライン。 多分罠が仕掛けられているから……。
「ホクシャさん。ありがとうございます。よろしくお願いします」
ツユとロカが中庭に来た。
「お疲れ様。筆記試験はどうだった?」
「自信ないです……」
二人ともうつむいている。
「魔法生物できなかったです」
確かにツユはその教科が苦手なようだった。
「なら明日の実技で挽回ね」
杖をふり範囲を指定する。
「ああ。すごい」
ツユの顔が上がった。私を中心に半円のドーム状に膜をはった。
「この中が実際の試験場所とおもってやりましょうか。防音加工もしてあるからいろいろ試したらいいわ」
「はい! ロカやろっ」
ツユが指定位置に立つと、ツユも恐る恐る正面に立った。
「いくよ。手ぇぬかないでよ」
ツユが構えるとロカの足が半歩さがった。
こういうところに性格が出る。
ツユは詠唱で風。ロカは構築式で威嚇の火花。
お互い距離をとったままなのがどうかなと思うけれど。
共通して使ってるのは、身体強化か。もともと二人とも体術を身につけているものあるからだろうけれど、動きがより軽い。
勝敗はつかないのはわかっていたから、時間制限で切ろうかしら。
……。
「そこまで」
二人にかからない程度で水を落とした。
「はい!」
パンッとロカが顔をあげて、私を見た。
キラキラとした目だけれど、特に伝えることはないのよね。二人の内容に口出ししなければならない点なんてない。
「お疲れ様。体調はどう? 身体強化で違和感があるところはないかしら」
「大丈夫です! これぐらいだと息切れもないよね」
「はい。疲労感も特には」
「ならよかったわ。二人とも感想はあるかしら」
「ロカが私を火柱で囲った時は驚いた。まあ威嚇だけってことに気づいたから抜け出したけど。風で吹き消したいって思ったけれどあれ消えなかったんだけど」
「距離を取りたかったから消えないのにしたの。まさかロカが武力行使でつかみかかってくるなんて」
信じられないと首をふるロカにツユが得意げにいった。
「だってツユだって聞いたでしょ。ユリシアさんからホクシャさんの試験」
聞き捨てならない。何を聞いたって?
「試験で風を使って、相手を吹き飛ばしたうえで壁や地面にぶつかる前に風の向きを変えて受けとめたって。私にはその繊細な変化のつけ方はできないって思ったから、つかんで抑えるつけるのが確実かなって」
……その話か。私が少し無茶をした試験。
「私もあれしたいっておもったの」
「とてもらしい動きだと思ったわ。攻撃的でまっすぐな動きだった。詠唱と構築式の両立もちゃんとできていたわね」
「ありがとうございます」
うれしそう。ロカに目を向ける。
「どうだった?」
うつむいてしまった。
「構築式なのでどうしても出来上がるまでの時間がかかってしまうのと」
さらに深くうつむいて。顔が見えない。
「そうね。構築式は詠唱よりも効果も威力も上。式の発動まで相手には内容がわからないから不意を衝くのにはいい。でも、時間がかかるし先手にはならない。同時進行で詠唱をするとなった場合、誤爆する可能性も出てくる」
私は微笑みかけた。
ツユは自身の身体能力を生かした接近戦をいれてきた。ロカもただゆっくり歩いているのではなく、距離をちゃんと測っていたし、威嚇もとらえていた。
「二人とも自分にあった方法を選んでいるから問題ないと思うわ。あとは相手の行動にたいしてちゃんと対応策を考えておくこと」
展開を早く動かすことができる詠唱に接近戦。動くことを前提にするならツユの組み合わせはいい。距離をとって無理をしないのなら、構築式でゆっくりとするのもあり。私も今回の実技試験は構築式でいく予定でいる。対人戦ではないし攻撃も必須ではないなら反射的に使える詠唱でなくても問題ない。
「ありがとうございました」
元気のいいツユと少しほっとしたようなロカ。明日の対戦相手は直前に発表される。誰と対戦になるかで変えないといけない点は出てくるだろうけど、おおむねこの流れで二人はやるみたいね。対応策を話し始めている。うん。大丈夫。
試験会場には一年生が集合し、二年はバラバラと観覧席に集まり始めた。ギンシュ様たちは学園側が指定した場所で見学することになっている。
「それなりのもんがいるといいけど。今年の一年コンペキどうだろうな」
「どの寮生であっても、学んだことを発揮できることを願うよ」
コンペキ様と側付きのルチア・ツーアリア先輩は隣同士に座っている。
「一年生の試験を指導生がちゃんと見に来ているようで安心したわ」
「気になられているものがいましたか」
リョクスイ様たちも同様に。側付きの先輩が斜め後ろに立ちその横顔を見つめてる。
「ええ。家同士が知っている子もいるから」
会場を見下ろしているその目は、誰かをさがすかのように動いている。
「二人の様子はどうだ?」
顔だけ振り返ってきた。
「昨日も遅くまで様々な対応策を考えていたようで。ちゃんと準備はできているようです」
ギンシュに返す。
「君と彼女たち。どちらが強いかな?」
その疑問は即答できる。
「あの子たちかと」
体術はあの子たちのほうが上。何度か手合わせしたけど身体強化も含めた場合、そこに差が出る。体の使い方が違う分、身体強化でできる強化も大きく異なってくる。ここの差は大きい。
「見るのが楽しみになってきたよ。声をかけなくていいのか」
前を向き、集合している一年生を見ている。
「すでにかけてあります」
会場入り口で先に話している。
「そうか」
このままギンシュ様の後ろで見るだけ。
「これより実技試験を行う」
一年学年担当の声だけが響いた。会場の中央に映像が映し出された。
「組み合わせか」
コンペキ側付きがぼそっとつぶやいた。
「あらあら。面白い組み合わせね」
リョクスイ様は目を細めている。
ロカとツユの相手は……。ロカはコンペキ。ツユはリョクスイか。ギンシュ同士でないのならよかった。ツユは私のマネをしようとしていたようだから。相手がだれであってもしてほしくないけれど、同じ寮生にするのはどうしても印象が悪い。あの一件で私に対して少し接し方を変えた生徒も多かったから。
「みなケガがなく終わればいいのだけれど」
コンペキ様は両手を握り、祈っているかの様子。
「大丈夫だろ。ちゃんと救護班も待機してるし、先生だってついてる」
あごで指し示した先に医務員が待機していた。実技のときは常に医務員がついてくれている。ちょっとしたケガでさえもすぐに治療できるようにと。
試験は三組ずつ同時進行。別室でほかの先生方も見ていて評価している。次々と生徒が入れ替わり行われていく。
「あれいい動きしてたな。ちょっと詠唱に戸惑ったところあったけど当たったらかなりのもんだな」
「構築式の子多いわね。意外だわ。構築同士だと間ができてしまうのが少し残念ね。そこで詠唱に切り替えられないのかしら」
詠唱の方が多いと思っていたからリョクスイ様の感想に同意する。確かに構築式のほうが難しいことができるし、願いもより具体的にできるし、失敗も少ない。詠唱は突発的だからちゃんと望みが出来上がっていないとコントロールを失敗することがある。だから。
「慣れていないからでしょう。対人での攻撃魔法は日常では使いませんし、授業では木を見立てて練習していたようですから」
キタ先輩のいう通りなんだろうな。試験勉強として実際に指導生と何度かしているだろうけど、それでもよぎってしまう。
自分のせいでケガをしたらどうしよう……と。
「それだけ平和な今ってことだから、いい傾向だと俺はおもうな」
「確かにギンシュのいう通りだね。僕も攻撃魔法よりも、日常的なものを学びたいし考えたいかな」
コンペキ様が優しく微笑まれている。とても穏やかな人。
「だとしてもよ。今年のこれはひどいって」
ツーアリア先輩は苦い顔をしている。
「そうですね。これは……」
キタ先輩も少し戸惑われている。
「強化魔法もできるはずだろ? それで威力あげたり、質をあげるっていうことにはならないのか?」
「身体強化もできるから体術を取り入れることもできるかもしれないね」
ツーアリア先輩の指摘にコンペキ様が応えた。
「指導生がどんな教え方してるかだが。ここまで構築式ばっかりなのは」
どんどん顔険しくなっている。
「教える側としてもその方が伝えやすいのでしょう。実演するにあたっても。ルチア。顔が怖いよ」
指摘してくださった。
「まじか」
「ええ」
なかなか迫力のある表情で少し引いてしまった。かなり感情を前面に出されている。よほどこの試験内容がお気に召さないのだろうな。
「それに体術も授業で習うとはいえ、実践できるほど自分のものにできる生徒は少ないよ」
変わらず優しく微笑まれてる。
「だとしてもさ。お前は変わらない笑顔だな。シャロンもひどいって顔してるぞ」
「私の側付きを巻き込まないでいただけますか」
かわいらしく首を傾けておられるけど、リョクスイ様の声が少し冷たい気がする。
「巻き込んでるわけじゃないさ。同じ側付きが近い感覚を持ってるって伝えただけだ」
「リョクスイ。ごめんね。予想よりも展開の悪い試験内容に少しイライラしてしまっているんだよ。僕も寮生に思うところもある。試験内容ということもあるけれど」
変わらない笑顔が少し怖くも感じられる。
「そんな構えてみなくてもいいのでは?」
ギンシュ様が口を開いた。
「この学年はそうだというだけで。得意分野を伸ばす方向で指導さえできればいいと思いますよ。それもふまえた指導ができるかどうかという二年の腕次第だと」
にこやかな笑みを浮かべて私の方を見ている。……私の指導がどうかということか。
「まだ全員の試験が終わったわけではありませんよ」
自信があるわけじゃない。私の指導が正しいなんて思っていない。
でも。少なくともあの二人はツーアリア先輩が指摘した点はクリアできる。ツユは絶対体術を使う。ロカも防御のために身体強化をするだろうし。切り替えだってできる子たちだ。
「そうだな。全員分みてから判断しようかな」
寮長二人に顔をむけた。
「俺の側付きの指導力を見てもらえたら」
やめてほしい。はあ。まああの子たちが何をしようと心配はしていない。自分たちにあったものをちゃんと見つけている。
「君は本当に側付きを高く評価しているね」
「俺の評価はどうなんだ?」
「いまさら聞く? ふふ」
楽しそう。
自身の側付きならきっとこう切り込んでくるのをわかって言ったのがわかる。二人ならではなんだろうな。
「僕の評価もうかがったほうがいいですか」
キタ先輩もリョクスイ様に聞いている。
「あら聞きたいの?」
意地悪な笑顔を返している。ギンシュ様の一言でこんな会話を聞くことになるとは。側付きに選んでいる時点で評価が悪いわけがない。それにそれぞれ私たちよりも付き合いがちゃんとあって、お互いを知っている。
「君は聞かないのか?」
ギンシュ様が悪乗りしてきた。
「では、のちほどお伺いいたします」
ほんとうに困った人。この空間を楽しんでいる。まだあの子たちの試験は終わっていない。
「そろそろホクシャさんの担当一年生がでてくるのかな」
コンペキ様が会場を指さしている。その先にはツユの姿。控えているということは次なのかな。少し離れたところにロカも控えていた。
「そうですね。二人とも控えていますね」
結果として二人は練習していたものを下地に相手に会わせて展開を変えていた。
「ホクシャさん」
試験会場出入口で二人が待っていた。
「お前か。近接女子」
「ルチア」
コンペキ様の険しい声が飛んだ。ツーアリア先輩がツユにぐっと顔を近づけてじろじろと。
「なっなんですか……」
ツユが後ずさりしている。ロカもツユの後ろに隠れている。私は二人の前に壁となった。
「ツーアリア先輩。いかがなさいましたか」
いつもの笑顔をむける。ぎゅっとロカとツユが私のすそをつかんできた。戸惑っているのが伝わってくる。
「おっと。悪い悪い」
「すみません。驚かせてしまって」
両手をあげて一歩下がる先輩と入れ替わって一歩前に出て二人に微笑みかけるコンペキ様。
「……あ。いえ。私たちの方こそ失礼いたしました」
コンペキ様のおかげで二人とも前に出てきてくれた。キタ先輩にもちゃんと目を向けられている。
「ご挨拶がおくれ申し訳ありません。ギンシュ一年ツユ・ハシドイと申します」
「同じく一年ロカ・ハシドイです」
二人ともコンベキ様たちに深く挨拶をした。
「一年の試験を見られていたんですか?」
一歩下がる。問題なく話ができるはずだから。ツユが寮長たちにおそるおそる問いかけた。
「ええ。見学させてもらいました」
リョクスイ様の返事にロカが口を覆った。
「それってみんな知ってるんですか?」
「いいえ? 隠れてみていましたよ」
コンペキ様が応えた。さらに目を大きく見開くロカ。
「……ホクシャさん……」
ツユが振り返った。
……そんな顔で見ないでほしい。確かに知っていたけれど伝えたら、緊張するといけないと思ったから伝えなかった。実際私もまさか前寮長たちが同じように見学していたことなんて知らなかったわけだし。
「私たち大丈夫でしたか?」
「ええ。二人とも大丈夫だったと思うわ」
いつもの笑顔にほっとしたのかロカの表情が落ち着いた。
「よかったです」
ツユも笑っている。
「俺好みの接近体術。火も風もどっちも派手にやってたが、本命は身体強化により接近系とかいいな」
「構築式からの詠唱。切り替えも上手でしたね」
コンペキのお二方からの高評価に、照れる二人。
「何か指導があったのかしら」
「私たちらしさを出せばいいと」
リョクスイ様の問いかけに、ツユがそう答えると、満足そうに笑われた。
朝伝えたことだった。
そっと目を伏せた。
ギンシュ様の得意げな顔に、二人とも嬉しそうにしているから何も言わないけれど。私としては大したことをしていないから静かにしている。
二人の評価は試験結果としてもそこまで悪くないだろう。もちろんほかの生徒も実力のある子は多かった。リョクスイもコンペキも入試で上位の生徒は確かにうまかった。無難な動きが多い中で、あの子たちの特徴が出ていたと思う。あの子たちの試験内容はそれぞれの寮長に好印象を与えている。
私も頑張らないと。
「では。いってまいります」