プロローグ~第二章まで
初作品です。
時代も世界観もグダグダかもしれません。
ただただ好きな子を主人公にしています。
プロローグ
「今日は海が荒れている。船酔いは大丈夫かい」
食料を運ぶための船に、私ものせてもらっている。
「ここらへんは魔法が使えないからなあ。いい加減もっといい船を、とお願いしてるんだけど、そもそも島に外部から人は来れないようになっているから」
毎月往復をしてくださる船頭さんは、私が答えないとわかっているのにいつも話しかけてくださる。
「帰りの時間はいつもと同じだから、それまでにまたここな」
にっこりとほほ笑むだけ。
この島での過ごし方で、お父様以外と話をしてはいけないという決まりがある。どれだけ話しかけてくださっても、何も言えないから。せめて笑顔でうなづくぐらいは。これぐらいは許されていると解釈。
「気をつけてな」
送り出してくれる言葉を背中でうけて。いつもの道をいく。
この島は罪人が住んでいる島。いくつかある建物のうち、お父様の場所は一番奥にある。私が通ると。左右から声が飛んでくる。
「またあいつのとこ来てるよ」
「嬢ちゃん。俺らともお話しようや」
「また別嬪さんになったなあ」
このエリアは、島でもっとも軽い罪の人が住んでいる。三階建てのアパートが数棟。顔をのぞかせている人たちは、服も顔も手入れをしていない。ここから出ることができないからだろうけど、島の中で一番ここが荒れている。建物も老朽化。
船のまえに島の整備からすべきだと思う。道もガタガタで、少し速度が落ちる。
はあ。聞こえてくる雑音はすべて無視。
早くぬけたい。
お父様の場所に近づくにつれて、罪が重くなっていく。一番奥にいるお父様がもっとも重罪人ということになるけれど。
奥に進めば進むほど。私にかけられる言葉が優しいものになるし、風景もきれいになっていく。
「ええこやな」
「毎月毎月大変だろうに。姫さん」
基本無視になってしまうけれど。
お父様の場所の一つ手前。ここの人たちは、お父様がどうしてここにいるのか知っている。だから私に対しての態度が優しい。船頭さんにしたように笑みを浮かべて顔をあげて歩く。
ああ。見えてきた。
この島で最も安全で、最もきれいな場所。青々とした芝。新築のような平屋。きれいに塗装されている柵をこえて、庭に入る。色とりどりの花がゆれている。
お父様。ちゃんと手入れをされている。
「お父様。アベリアです」
「ここだよ」
パッと振り返る。
「……後ろにいたんですね。」
音はもちろんのこと気配がなかった。手が届く距離にいるのに。
……やっぱりお父様にはかなわない。
「また一段と音を消せれるようになったみたいだね。さあ。はいって。君に会えるからいろいろと用意しているんだ。時間はいつも通りかな」
「はい。ありがとうございます」
部屋は……。この前とは内装が違う。
「少しリフォームしたんだ」
……少しとは。
先月来た時と全く違う。壁紙を張り替えたという程度ならまだわかるけど。壁がなくなって、別の場所に壁が足されている。魔法なしですべて人工的に……?
「ん? どうしたんだい?」
「いえ」
私の視線に気づいて、コーヒーカップを置くときに目があった。にっこりとほほ笑むお父様に私も同じように笑う。
お父様なら一か月で完成度の高いリフォームなど容易にできるだろう。
「学園はどうだい? 二年生になるよね。君はますますお母様に似ていく。……ふふっ」
何かを思い出されたのか、そんな笑い。
「いかがされました?」
「いや。……昔いわれたことがあったんだ」
嬉しそうに楽しそうに。
カップを口に運び、一口含まれて。
「アベリアがお母様のおなかにいるときの話だよ」
私の事を話しているのに、お父様は私にお母様を重ねている気がする。
「ある人に言われたんだ。男の子であろうと女の子であろうと、お母様に似るべきだって。僕に似たら女ったらしになってしまうからと」
だれがそんなことを言ったんだろう。
「お母様に似れば、誰もが振り返る才色兼備。僕に似れば、そうなるって言われた時には、お母様すごく笑っていたよ。才色兼備も女たらしも、元気に生まれてきてくれればそれでいいって言ってくれた」
お父様の手が伸ばされる。
割れ物に触れるように優しく私の頬を撫でる。
「生まれてきた君をみて、みんな思ったよ。ああお母様似だって」
みんな口をそろえていう。
お母様に似ているといわれるのはうれしい。私にとって、理想の人がお母様だから。私の記憶にいるお母様の教えや温かさは、こうなりたいと思う私のすべてが詰まっている。
「そういっていただけて光栄です」
「ああ……。そう笑う顔もそっくりだ。さて。学園生活はどうかな」
月に一度。お父様に会える日。近況報告をお互いする。
学園内での私の過ごし方は変わっていない。
ただ学年があがるだけ。
「今年は寮長も代替わりがあるようだけど。いったいだれになるだろうかね」
「お父様もお母様も、寮長をお断りになったとお話くださいましたね」
二人の出会いは学園で、お父様のほうが先輩だったと。
「寮は違ったから、一緒に寮長ができたかもしれないと思うともったいないことをしたと思うよ。お母様は側付きにも声がかかっていたけれど、それさえも断ったと聞いた時は、お母様らしいと思ったよ」
寮長と側付き。両方にお声がかかるなんて。
「両方からお声がかかるなんて」
「お母様は本当に完璧な人だよ。だれよりも素晴らしい人。……だからかな。僕と一緒にいたらお母様の評価がさがるって言われたこともあったよ」
「もしやその方は、私がお父様に似たら女ったらしになるといった方と同じ方では?」
「正解」
「ふふ」
「けれど。断ってよかったと思っているよ」
英断だったといわんばかりだ。
「寮長の務めは知っているね」
「学園の秩序と平穏を守ること。と聞いています」
うんうんとうなづき。
「それは生徒を守るということだから、悩み相談や寮生の喧嘩の仲裁、帰宅や外出申請の管理が日々の業務で、大きい行事での運営や司会進行があったようだね。大変そうだったよ。寮の顔として、その名で呼ばれて任期を全うする。いくら側付きがいるとはいえ。4学年ある寮生を束ねるんだ。寮生からの協力がなくてはできないことだよ」
「責任ある務めだと思いますが」
寮長を歴任することによるステータスやメリット。かなりのものと聞くけれど。
「寮長を務めれば、もちろん卒業後の就職に有利に働くと言われているけれど、常に手本でなければならないという重圧や周りの目を考えると息苦しいと思ってしまうよ。そんな学園生活送りたくないだろう」
「側付きはそのためにいると聞きましたが」
そんな重大な務めを果たすために、だれよりも信頼でき、安心できる存在として側付きを任命すると聞いたことがある。
「そうだね。側付きは寮長が任命できるから、右腕として動く立場になる、だれよりも寮長を想って一番近くにいる。側付きも名誉ある立場だけれど、寮長に次ぐ大変なものだね。お母様もお父さんも断ったんだ。自分の立場を考えてね」
名誉あるもの。
立場を考えて……か。
「アベリア」
お父様の声の中で一番優しい声で名前を呼ばれた。
「はい。お父様」
ちゃんと聞いていた。失礼はなかったはず。
「君の望みはかなっているかい?」
……うそはつきたくない。
「お父様。私はお父様とお母様のように、純粋に学園生活を謳歌することが望みです。けしてあの人たちの指示は受けていません。私がそうしたいのです」
ただ。
お父様に笑顔を向ける。
信じてほしい。入学は私が望んだこと。
「大丈夫だよ。君の言葉を疑うことはない。君の行動はすべて肯定するよ。ただね。あの人たちはとても喜んだだろうね」
その声は何よりも冷たい。
「お父様……」
怒りから変えなければ。お父様の横に座る。
「かわいいアベリア。僕たちの娘。君が君の思うままに自由に生きてくれることが、僕たちの願いだよ。だからこそ。君が家に振り回されることが赦せない」
そっとお父様の手に自分の手を重ねる。
声以上に冷たい手に私の体温よ、うつって。
「私は幸せです。お父様」
お父様の眼を見て。
「そうか」
ああ……。もどった。
静かになった。優しいいつものお父様。私のせいでこの島にいるお父様。カップを口に運んで。
「淹れ直しましょうか」
「ありがとう」
にっこりと笑う。
第一章
音がゆがんだ。
「いたいた。探したんだ」
声が落ちてきた。
見あげると。
……まぶしい。
「君を探していたんだ。隣いいかい?」
逆光のせいで顔は見えないけれど、男子生徒。学年は上。ネクタイには赤があしらわれている。
先輩か。
「どうぞ」
失礼のないように。スペースを空ける。
「ありがとう」
嬉しそうな声色に、少し落ち着く。
大丈夫そうだ。顔がみえなかった分声で判断したけど。
悪意はない。
「ここはいいところだな。風も日も気持ちいい」
両手を上にあげ、伸びをしている。
本を閉じて、様子をうかがう。
寮生ならみんな知っている人だった。朱い髪に赤い瞳。整った顔立ち。
「ご用件をお聞きしてもよろしいでしょうか」
向きを変える。こちらを向いてくれた。
「君に聞いてほしいお願いがあって」
まっすぐ瞳をとらえられた。
……お願い。この人からお願いされるような覚えはない。
「俺の側付きになってほしい」
……。
そばづき。
この学園でのこの言葉の意味。
「寮長になるんですか」
思わず声にでていた。
この学園は3つの寮にわけられている。
それぞれの寮には、特色があり、ふさわしい人材であれば学年はとわれず、指名制で、卒業する際代替わりが行われる。寮では専用部屋。部屋のランクは格段に上がる。校舎の寮ごとにある会議室、談話室があり、寮にも寮長専用の談話室がある。
学園の秩序と平穏、寮で起きる一切の事を取り仕切る。そのための補助者として側付きとして一人指名することができる。その役割は卒業後の就職の加点にもなる。
「まだオフレコで。君に側付きになってほしいって思ったんだ」
「ご学友にお願いされては」
食い入るようにいってしまって。きょとんとされた。
「俺は君がいいって思ったからお願いしているんだけど」
かみ合っていない。
少しだけ息をはいて、落ち着かせる。
あまりの事に失礼な態度をとってしまった。
「光栄なことですが、自分ではお役に立てるかわかりません。申し訳ありませんが、お断りをさせてください」
立ち上がり、正面に立つ。深く頭を下げる。
「わかった」
はっきりとそう耳にはいった。よかった。ちゃんと断れた。
「また明日話そう」
……。首をかしげた。
あしたとは?
「君が受けてくれるまで、ここにきて、何度でもお願いするよ」
立ち上がり、右手が左肩に置かれた。
「じゃあ。また明日」
日差しに負けないくらい輝かしい笑顔をうかべている。私をおいて立ち去る姿は断られたとは思えないほどで。音が戻っていく。
「はあ」
ため息を一つ。
切り替えよう。ベンチに座りなおして本を開いた。
「こんにちは」
今日はゆがまない。顔をあげ、挨拶をかえす。
「こんにちは」
本を閉じる。昨日と同じように右側をあけた。
「昨日は失礼した。名乗りもせず突然お願いごとなどしてしまって」
態度も声も反省されているのがわかる。昨日にくらべて幾分か小さく感じる。
「あらためて、自己紹介をさせてほしい」
大きく見開かれた瞳に自分が映っているのがわかる。まっすぐとらえてくれている。
「俺は、ティバルト・カイロ。次年から寮長、ギンシュを引き継ぐ。寮長には補助役として、一人『側付き』を決めることができる」
一つ一つ言葉を丁寧に。伝えたいことを端的に話そうとしている。
「側付きは寮内で特殊な立場となる。寮長と同じ権限が与えられるわけではないが、それ以前と同じかと言われれば、少し違う。そのうえ、君の場合は、指導生も務めることになる」
指導生という言葉に少しだけ、うつむいてしまう。
「この二つの役割を君にお願いすることになる。だから、君が断るのは理解できる」
2年生が持つ役割としては荷が重いもの。そういう感覚があるのなら、私を選ばないでほしい。
「側付きは、つとめをはたすうえで、寮長の手足となって動く存在としてある。そのため、寮長との相性も重視される。見知ったものをその役にする傾向が多い。共に行動する時間も長く、寮長との関係は主従関係とみるものもいる。しかし、寮長にとっては安心できる味方。ほとんどかかわりがなかったが、俺は、君にお願いしたいんだ。君が側付きを断るのであれば、ギンシュを断るつもりだ」
あまりの事に、何もいえなかった。
……私が受けなければ、ギンシュにならない……。
ふざけている。
側付き一人のために、その地位を見送るなんて。
「ふざけているのですか」
声にわざとだした。
「失礼を承知でいいます。……『側付き』が寮長にとってそれだけ存在が大きいものであるのなら、私にその話を持ってきている時点で矛盾していると思うのですが。あなたは指導生であったわけでもなく、同郷というわけでもなく、身分も、学力も私はあなたの足元にもおよばない。そのようなものを置くよりも、もっと優秀な方が周りにおられるのではないのですか」
失礼は承知だ。
寮長とはだれもが憧れるものであり、まさしく自分たち寮生にとって絶対である。大きな存在である寮長の職を、この人は愚弄しているとしか思えない。
「自分はいたってまじめだ」
まっすぐ私を見つめるその瞳は揺らいでいない。
……本気なのが伝わってくる。
それでも。
「今日は君に、俺がそれだけ本気だっていうことを伝えたかったんだ」
うつむき黙ってしまった私に、優しい声をくださる。
「また、あした……。いや、明日は難しかったね」
思い出したように予定をつぶやいた。
そう。明日は、指導生講義がはいっているため、一日埋まっている。
「引継ぎや確認だね。あさってまたくるよ」
そういって昨日と同じように立ち去っていく。
姿が完全に見えなくなってから、息を吐いた。
深く深く。
膝の上にある本に目をやるが。
「今日は帰ろう」
続きを読む気分にはなれなかった。
明日の準備もあるからと思いながら、自分の部屋にもどった。
「昨日はお疲れ様。引継ぎはうまくいったかな?」
今日はすでに偏って座っている。何も言わずに隣に座る姿に、これが定番化するのを避けたいと思った。
どうにかこれが終わるように今日はどうやって話をしようか。
……というかそもそもここを集合場所とされるのも、好まないのだけれど。
「はい。無事おわりました」
あれ。少しだけ顔色が悪い。
「こっちは少し疲れたよ。引継ぎってむずかしいな」
私の眼に気づいたのか、隠そうとせずさらけだしてきた。
「やっぱり指導生制度はいいな。似たもの同士っていうのがあるから躓く点も似ているし。どう自分が乗り越えたかの体験談も意味がある。まあそれでも他者であるからそれが使えるかっていうと、そこは絶対じゃないが。それでも、俺自身成長につながっていると思う。成長できてなくても、これから糧にする」
だるそうに座っている姿に少しだけ心配になった。
「体調がすぐれないのならお部屋にもどられますか。送ります」
声にも疲れを感じる。
糧とか成長とかの前に、単純にこの人の場合きっと担当と合わなかったんだろう。似ている者であるがゆえの問題点だ。自己主張が激しい者同士なら口論も絶えないだろう。
実際指導生のことを悪く言う生徒は多々いた。それが耳に入ってくるたびに、ユリシアさんには聞かせたくないと思った。あの人はとても優しい人だから。きっとその生徒にちゃんと注意をするだろう。
「ありがとう。大丈夫」
そう言われても笑えてないですが。明らかに無理に笑みを浮かべているのがわかる。
「口角だけあげても笑っていることにはなりませんよ」
先輩にたいして印象を改めた。
耳に入ってくる限りのこの人は、明朗快活。
行事ごとでは常に学年の中心。人を引き付ける魅力がある。それでいてちゃんと苦手分野もある。確か武術がほかのものにくらべて劣っているとか。争いごとが苦手とは聞いているけれど。
「お部屋まで送ります」
正面にたつ。まっすぐ見下ろす。見あげるその顔は驚いて目を見開いている。
「私の偏見ですが。……その地位につかれるのであれば、ご自身のお体を顧みることも必要だと思いますが」
あくまで偏見である。この人がつこうとしているそれは、私にとってそういう立場だ。そういう点ではすきを見せてはならない。圧倒的立場だからこそ、対立派閥も生まれる。どこで足をつかんでくるかわからない。
「それは、側付きとしての意見かい?」
「いえ。ただ寮生として寮長のことを心配しているだけです」
食い気味に答える。目をキラキラさせているが違う。一気に顔色も良くなったようだけどなんで。声も戻っている。
「即答はひどいなぁ」
体を半分ずり落としている姿勢に眉をひそめる。行儀が悪い。
「でも」
目があった。にっこりと笑っている。
「ありがとう。お言葉に甘えるよ」
この笑顔はちゃんとした笑顔だった。
自然と横並びで歩く。そっと目をあげる。私より頭一つ分背が高い。
「まさか女子生徒に部屋まで送ってもらうことになるとは思ってもなかったけど。これからは常にそうだな」
聞き捨てならないことをさらっといった。見あげるその顔はとても明るかった。
……疲れていたのはどこに行ったんだろう。
「側付きは寮長と同じ階に部屋を与えられる。これからはご近所さんになる」
そのことは知っている。何かあった時にすぐに動けるようにと、割り当てられている。だとしても私にはかかわりのない事。その部屋を私が使うわけではない。
「私は指導生なので、一年生と同室になります」
三年と四年はそれぞれ個室で階も上にある。学年が高いほど上階になる。寮長の部屋は最上階にある。私は上がっても二階まで。それが一二年生の階。
「なってくれる気はないんだね。はあ。俺は君以外選ぶつもりはないんだけど」
誰か聞いていたらどうするつもりなんだろう。
変な噂が生まれるのは避けたい。先輩が寮長になるのなら、火種になるようなことは本当に避けたい。対立派閥に理由にされたくない。
ため息をつかれているが、私がつきたい。この人はなんで私なの? 断っているのに。完全に脈がないことぐらい伝わってもいいのに。
……もしかして伝わっていない?
こんなにも態度が悪く、初対面で断っているのに?
顔を上げる。
私を見下ろす顔はとても穏やかなもので。おもわずうつむいてしまった。
なにあれ。なんでそんな顔で私を見ているの。
「だから言っているだろう。俺は君がいいんだ」
落ちてくる声はとても温かくて。
優しくて。
少し調子が狂う。
「今日はしっかり休んでください。では。私はここで」
先輩の部屋のある階手前。ここで別れるのがベストだ。不用意に階に足を踏み入れるべきではない。共有部分で一緒にいる分にはどうとでもいえる。でもそれ以外は問題視されてしまうかもしれない。何が地雷かわからないから気をつけないと。
「ありがとう。迷惑をかけてしまってごめんね」
反省しているように頭をさげられた。
「いえ。お体に気をつけて」
背をむけて歩き始めたのを確認してから私も背をむけた。
私の部屋も同じ階だけどやめておこう。一階の自習室でもいこうかな。まだ今日の本読めていないし。ユリシアさんも疲れていたようで、私が部屋を出た時はまだ眠っていたから部屋に戻るのは避けたい。
昨日の引継ぎ時間に間に合うように戻ったようだから。無理をさせてしまったかな。ユリシアさんはあまり体が強くないから。
卒業式の5日前。あれから基本毎日私に会いに来る先輩は、私に世間話やありふれた会話だけして時間をすごしていた。
何をするわけでもなく、側付きとしての話もされない。
今日も多分来るんだろうけど。少し空の色が悪い。休みの間に読みたかった本はこれで最後。これを読み終われば、ここに来るのもなくなるだろうな。
「不思議におもっていたんだが、どうして部屋や談話室で読まないんだ?」
当たり前のように座ってくる。
「練習もかねて、外に出ているんです」
呼んでいる本はどれも実践によって理解を深めるもの。時々確認のため、簡単な魔法を使うことがある。学園内ではどこも一定の制限がかかるため、威力も範囲も半減したものになるのがちょっと。
「かなりの本を読んだみたいだな。使えそうなものは身につけられたか」
「面白いものもありました。ただ、難しいものについては理解不足による事故が起きてもいけないので、比較的簡単なものではありますが」
表紙をなでる。
赤い表紙の教本。これは主に、攻撃魔法についての記載がされている。
「勉強熱心でなによりだ。それでこそ、側付きだな」
「お受けした覚えはありません」
「久しぶりに話題にだしたのに、ひっかからないんだな」
「明日は継続の儀がありますが、よろしいんですか」
継続の儀で寮長が指名される。その時に一緒に側付きも紹介される。そこから、卒業式までに引継ぎや他寮との顔合わせなどあるようで。私の相手などしている時間などないはず。
「君以外指名するつもりはないって。俺は君がいいんだよ」
はじけんばかりの笑顔。ため息がでる。どうしてこの人は。
……理由だけでも聞くべきなのだろうか。
「私を指名される具体的な理由を聞いてもいいですか?」
「側付きを決めるって考えたときに、一番最初に君のことが浮かんだんだ」
さも当然のように言われても。かかわりなどなかったのに。
「君の事は聞いていたから。実際君に会って、俺が思っていた人物だったから君にお願いしたんだ」
何を聞いたのか何となくわかる気がする。あの事を聞いたのであれば、それを判断材料にされるのは困る。
「何を聞いたのかわかりませんが、けしていいことではないことはわかります。そのような生徒でいいのですか。先輩方のなかで、お願いするということはなかったのですか?」
「うん。なかった」
即答。……。
寮長は寮の顔。側付きはその手足。顔が顔なら、それに合う手足でなければ、動きがちぐはぐになってしまうし、勤めも果たせないのでは?
私を見つめる目はまっすぐで。出かけた言葉を飲み込んだ。
本気なのは変わらないか。でも。私では役に立つどころか立場を悪くしてしまうのが目に見えている。
「寮としての指針はあるが、俺は寮生のことをしっかり守れる存在になりたいと思っている。そのためには、俺と一緒に寮生のことで怒れる人であり、寮生のことを想える人であってほしい。怒りの度合いや方向が違う人がいいと考えたんだ。二人とも同じ熱量で同じ方向だと止める存在がいなくなってしまうから」
やっぱりあの件を耳にされている。あれは、正確にいえば、悪口を言っていた生徒にたいして、ちょっとしただけで。他寮にまではそこまでしていない。
「き……おれは……な」
すべての音をかき消すほどの雷音。
えっなに。
何が弾ける音が響いて思わず顔をしかめた。どこかで落雷?
先輩はすでに横にいなかった。
え。どこに。……いた。
あの道のさきは。
「寮入口……」
あそこには確かいくつかの木が植えられてる。
まさか。それのどれかに……。
すんっ。
このにおいは。ポケットに入っている杖に触れる。
「カゼヨ」
ふわっと背中を押される。うんいける。押してくる風に合わせて飛ぶように走る。
トン。タット。
「はやいな。俺は彼女たちを連れていく。火消しを頼めるか」
先輩が二人の女子生徒を治療している。周辺に赤い残滓がくるくると生徒の周りを漂っている。あれがあの人の色。
意識をまわす。このにおいは木が燃えている。あれか。今にも倒れそう。
「はい」
落雷による火災。
近くにあの二人はいたのだろうか。
寮入口の樹木は並んでいる。ほかの木に燃え移るのは阻止しないと。
頭に何かあたった。そして。
たたきつけるように雨がふってきた。
杖を取り出す。
どうすれば消せるのか。この雨ならそのうち消える。でもほかの木が無事とは限らない。火が消えても、倒れたら?
とりあえず消さないと。
……想像しろ。魔法は願望。自分の望みをどこまで具体的に考えることができるのか。それを魔力にのせる。流れを感じろ。高く掲げた杖が私の意思を届ける。燃える木にだけ一段と激しく雨が落ちる。
火は消えていっている。
ほかの木は。
目だけを動かす。左右の木に燃え移っている様子はない。周辺も異変なし。
ふう。
「木が倒れないようにしないと」
雨は落としつづけた。先輩の姿はないし。大丈夫だ。目に見える形では火は消えてるけど気を付けないと。
においがつく……。ユリシアさんは気にされるだろうな。はあ。ここは切り落として。紐があればほかのものにつなげられるのに。
杖をふる。
折れそうな枝を剪定して。まとめておかないと。
「紐もってきた」
空間がゆがんだ。
あ。入ってきた。振り返ると紐を掲げている。
パンと飛ばす。雨に似た色でよかった。
「ありがとうございます」
そのあとに先生方とギンシュの姿が。今来るのは遅くないか。
「あとはこちらでしよう。ありがとう」
寮主任が駆け寄ってきた。
「いえ。彼女たちは大丈夫ですか」
先輩がつれていった生徒。同級生の二人だった。
「ええ。彼の迅速な治療のおかげで。傷あとも残らないでしょう」
断言された言葉にホッとした。女性にとってあとが残るのはさけたいことのはず。
「よくできたな。あれだけの雨のなか。集中とぎれないんだな」
現場は先生方が片づけ始めた。少し離れた場所で私と先輩は見ていた。
「火消しを頼まれましたので」
袖をやぶり、杖を包み込む。結構濡れてしまった。戻ったら手入れをしないと。
「ありがとうございました」
うつむいたまま。顔を上げられない。
「なにがだ」
「先に声をかけてくださったことです」
先生方を先導してつれてきた。あの時私は切った枝を飛ばして一か所に集めてたから、あのまま魔法をかけたままの空間に人が入ったら、枝がぶつかっていたかもしれない。
指定範囲内のきまった動きを繰り返す魔法は解かない限り続く。空間がゆがんだことで人が入ってくるのは気づけるようにはしてたけど。声をかけてもらったことでさらに早く気づけた。
「君の得意分野だろ。一定範囲にかける魔法は。今回もしてるだろうって思っただけだよ」
そこまで読まれて理解されるなんて。あの期間で得意分野と判断されている。
「先に部屋の戻ろう。今度は俺が送るよ」
ギンシュに駆け寄り声をかけている。
……あの人から引き継ぐのか。現ギンシュと次代ギンシュ。二人が並ぶ姿は継続の儀から。その時までギンシュは秘匿される。一部の人にしかわからない姿。
……ああ。側付きになればそういう「私だけ」ができるのか。
ストンと何かがおちた。なんで気づかなかったんだろう。
「ついた」
顔を上げると部屋の前。
ふう……。かなり濡れてしまっているし、においもついてるな。
コンコンコン。
「ユリシアさん。もどりました」
「おかえりなさい。ケガがないようでなによりだわ。先生より連絡はうけている。お疲れ様。……かなり濡れているわね。シャワーあびなさい。風を引くわ」
いつも通りの穏やかなお声で、奥にいる先輩に目を向けた。
「少し待っていて。タオルを用意するわ」
ユリシアさんが部屋に戻っていく。タオルをとってもどってきたユリシアさんと入れ替わるように部屋に。そのまま軽くシャワーを浴びに向かう。
「はい」
タオルのやり取りをされている声が聞こえる。先輩には悪いが、このままでいるのは嫌だ。
着替えて出ると、ユリシアさんの姿がなかった。廊下にいるのだろうか。
「大丈夫ですか」
タオルを手に二人がお話されていた。
「大丈夫。ほら」
両手を広げて、右腕をまわして。ふわっと熱を感じる。
「これでかわいた」
熱を起こして簡単に体を乾かしたのか。見た目は濡れていないように見える。それでも体が冷えたのは確実だ。
「それでも、体が冷えるのはよくないことです。お部屋まで送ります」
ユリシアさんは私の姿を見て部屋に戻られていた。
「気にしすぎだよ。体調管理は大事だって言ってくれたろ。俺よりも君だよ。女性は体を冷やさないほうがいいって聞いたけど?」
「ありがとうございます。ちゃんと温まりました」
私の回答にニコニコと笑っている。
何かおかしな点であるのだろうか。話したことを思い出すがわからない。
「明日は継続の儀だから遅れないように。今日はしっかり休もう。また、明日」
けいぞくのぎ。
そうだ。あ。でもここだと……。いいや。
「すみません」
呼び止める。
振り返りお互い正面に向き合った。各部屋、ろうかと防音の魔法はかけられているけれど念のため。右足のかかとをならす。
「―」
先輩は大きな瞳をさらに大きく見開かれた。
「……じゃあ」
ご自身の部屋に向かわれた後ろ姿を見たくなくて深く一礼した。
第二章
いつもより早く目が覚めた。
今日が継続の儀。夕食後に行われるから、時間はだいぶ遅い。それまでに、本を返して、昨日の落雷のことで先生と話をしないといけなくて。
はあ。式典服を着ないといけないから、それに合わせて髪もきれいにしないと。服に見合ったものが必要だから準備もしないと。
「おはよう」
ユリシアさんが着替えて入ってこられた。部屋はカーテンで仕切られていて、影で起きておられるのはわかっていたけど。
「おはようございます」
そのまま一緒に食堂に降りた。朝食をご一緒するのは休みの間はなかなかない。
ユリシアさんは夜型だけれど、どうにか授業にあわせて朝起きているから、今日のように機嫌がいい朝はめずらしい。顔色もよさそうだ。
食堂に入ると音が消えた。さっきまでさわがしく話をしていたのに。
……視線が痛い。いつもの事だけどここまで露骨なのは初めてかもしれない。
ユリシアさんは……。変わらない。いつものようにだ。なら私もそれに倣うまで。
「今日は人が多いわね。席空いているといいんだけど」
何気ない会話のはずなんだけど、近くの席が音を立てて空いていく。
そんな急がなくてもいいのに。
それにこんなにもあからさまなのはどうかと思う。一体何を考えているだろう。ユリシアさんがくるっと振り返り私の顔を正面からとらえている。
「そういう顔をしたくなるのはわかるけど」
ユリシアさんは、私以上に不快な思いをされているのに顔にだされない。私はまだまだだ。
それにしてもどうして今日はこんなにも避けるんだろう。まあ。空けてくれたのなら座ろう。せっかく目の前が空いたのだから。
「私がとってきます。何がいいですか」
座るように手で促しながら視線を背中に受ける。
「嫌いなものさえ、避けてくれたらいいわ」
座るという行為でさえもきれい。音を立てない動きに、本当に感服する。この人から生活音っていうものを聞いたことがほとんどない。
「はい。いつものように」
私も音を立てないように歩く。もともと身につけていたものだけど、この学園でユリシアさんが指導生になって一緒に過ごすことで、より音がなくなった。
この学園は建築物の資材によるんだろうけど、音の反響がいい。それもあって陰口もいまの席を空けた生徒の動きの音も。きっと本人たちは気をつけているだろうけど、もっと小さくしないと。
「こちらでいいですか」
好き嫌いは確認ずみ。嫌いなものはさけているから問題はないはず。目の前にお皿とフォーク、ナイフをならべて。
「ありがとう」
表情が明るくなった。用意したのは以前好きだといっていた肉料理。今日はシェフが量をかなり多めに作ったみたいでたくさんあったからとりすぎたかも。
向かい側に回って、私も席についた。私たちの周りの数席は空いている。休みとはいえ、今日は儀のある日。朝からちゃんと活動している生徒が多いのに。こんなにもかたよって座っては、席がない生徒には申し訳ない。
「食べましょ。せっかくのお料理がさめてしまうわ」
ユリシアさんは気にされない。最初は気にしなさすぎることに戸惑ったけど。気にしていてはきりがない。それぐらい視線は露骨で。声は響いて。数が多い。
この人はそれに耐えてきた。指導生としてユリシアさんは私にただしく接してくださっている。
みんな口々に言いたい放題。自分の指導生の悪口も、先輩たちの事もどこから聞いてきたのかいろんなことをいう。
「はい」
この人にはかなわない。だから私も同じ視線を受けることになる。すこしでも、ユリシアさんが過ごしやすいように。
……周りの音は私に関することが多いみたい。食事をしながら意識は外。
昨日の事?
落雷についての話をしている生徒がいる。そのなかで時折出てくる私の名前。ユリシアさんは相変らず無音。私もそれにならって静かにいつもの食事。
「コーヒーお持ちしました」
食後はいつもコーヒー。時期に関係なく温かいものを好まれている。食事後のゆったり時間。相変らず周りは空いている。広く机が使えるのはうれしい。
「今日の継続の儀について聞いても」
人がいない分声も張らなくていい。
「継続の儀は、寮長とその側付きのお披露目会のこと」
カップを口に運びながら答えてくれた。
一口含まれた瞬間、表情が柔らかくなった。好きな味だったみたいでよかった。
「学園行事のなかでも、特別なもの。式典服を着る行事だし、新しい代になるから、引継ぎとして、寮長がつねに身につけている学園章が引き渡される。それぞれの寮の色で色付けされているから、それで他寮の寮長は判別ができる」
学園章は三羽の鳥がそれぞれ背をむけて飛んでいる姿。
この学園の前身、研究機関であったとき、三人の生徒が最初に卒業したことが学園の寮や章に反映している。三人の考えがそれぞれ寮の指針。章も背を向けているのは、背中を任せている。それぞれの道を進んでいてもつねに感じている。好敵手であり、支え。私たちも切磋琢磨する仲間であると話にあった。
「継続の儀まで、誰が次の寮長で、側付きかは秘匿される。だからお披露目って意味を持っているわ。寮長は、次代を指名制。側付きはその代の寮長が指名する。意義を唱えることはできないし、寮長の卒業をもって交代が決まり。これは、学園規則第1順位の規定の一つね」
学園規則第1順位は最高規定。10規定ある。で第2馴位は13規定。順位が高ければ高いほど遵守しなければならない。
「だれがなると思う?」
うしろから声がした。
「おはようございます」
ユリシアさんがにっこり微笑んで挨拶をしたから、相手を確認するため距離をとった。
「おはようございます」
立って最敬礼。
とらえた姿はいま話にあがった現ギンシュ。その横に側付きの先輩が控えていた。
「おはよー」
「おはよう」
現ギンシュは私の横に座り、側付きの先輩はユリシアさんの横まで回られた。二人が向かいあうように座り、二人も食後のお茶をしていたのか、カップをそれぞれおいている。
「で。だれだと思う?」
肘をつき、あごを手に乗せている。あまりお行儀のいい姿勢ではないけれど。
「わかりません。それを知っているのは、ギンシュと次代だけでは」
気持ち声を下げる。寮内では当たり前だが、学園内でも有名な二人。
「俺が誰をえらぶか当ててみてよ」
にやにやしている顔に少し目をそらす。
「どの学年から選ばれるかもわからないのに?」
ユリシアさんの眼が笑っていない。声と顔は挨拶と変わらないのに。
「そうですよ。僕だって何もなしではわからない」
一口含みながら側付きの先輩がほほ笑んでいる。この人はいつも笑っている印象。たしかこの二人は幼馴染とか。そんな人でもわからないなら私にわかるはずない。
「つまらないこというなよー。昨日の落雷による木の火災を消した、優秀な後輩の意見が聞きたいんだよ」
「それでみなさん一目置いていると」
全く違うけれど言っていることを否定しないでおこう。わざと言っているだろうし。
ユリシアさんも同じ考えなのかただ笑っている。
「火を消したのは、指示を受けたからです。実際、けが人の治療はできていません」
「大雨のなか、集中を切らさないようにするのも大変だろ」
「ご指導のおかげです」
ユリシアさんに頭をさげる。ユリシアさんも返してくれた。
「いい指導生に出会えたってことか。うれしいよ」
この笑顔はいいものだ。
「私の担当一年生はとても優秀なので、鼻が高いです。それに、ギンシュの眼にとまり光栄ですね」
「ありがとうございます」
向けられる視線は少しずつ減っていく。ギンシュ様がいるからだろうか。適当に話をつづけなければ。
「継続の儀でどなたが選ばれるのか、とても楽しみです。そちらの学園章が」
「ああ。ギンシュのだ」
左腕につけている学園章。私側だから見やすい。
「形は三寮一緒だが、色はそれぞれの寮のカラーだ。ギンシュの証として学園内にいるときは、常に身につけていなければならない。側付きにはそういうのはないが、まあギンシュの側にいるのがそれってか」
自身の側付きに目を向けている。
「そうですね。ギンシュの横にいることが当たり前でしたし、それで認識されていたところもあったので。それがなくなると自分のこと認識されなくなるのは、安心します」
安心。
「やっぱり立場あるものになるのは、気を張りますからね」
笑っている顔も声も態度も。変化はないように見える。
「おいおい。余計なこと言うなよ。まだ側付きもわからないんだ。どちらかの場合どうする? 今からでも辞退されてしまうかもしれないぞ」
私たちが側付きに選ばれる可能性があるという判断。それにわからないってことは、次のギンシュが決めるからそういう相談とかはなかったのか。
「それだけ務めに誇りをもっているということでは?」
「だといいんだけどな」
ユリシアさんの言葉に自身の側付きを横目で見る。
「もちろん。名誉あること。最後まで精いっぱい務めさせていただきます」
ギンシュにむけてより笑みを深めて。
楽しそうな声。付き合いの長い二人だからの空気感。
これが関係性。
私にはないもの。私とユリシアさんの関係性でこの空気はでるだろうか。そっと目を正面に向ける。二人のやり取りをニコニコ見ている。
……望みすぎだ。今。この場に自分がいることに満足しなければ。
すぎる欲はない方がいい。
「しかし。残念だ」
「そうですね」
うなづき合う二人にユリシアさんは首をかしげている。
「もっといろんな生徒と話をすればよかったって。二人のような美しい生徒ともっと関われたのに」
「そっちですかぁ」
ため息交じりでギンシュをたしなめる。
「そういった発言はひかえてくださいってずっと言ってるでしょう」
「俺は事実を言ってるまでだよ」
変わらない態度。あまりギンシュとお話する機会はなかったからわからないけど。ユリシアさんはコロコロと笑っている。
「ときおりそういったこと耳にします。本当に言うんですね」
口元に手。上品なしぐさ。より一層美しく見せている。
ユリシアさんはしぐさ一つで印象を変えることができる人。美しいという言葉に反応している。
「ほらぁ。耳に入っている生徒もいるじゃないですか。まったく」
あきれ顔の側付きの言葉など気にもせず。
「話してみて思ったが、君は表情豊かで、こっちはそうでもないんだな」
こっち呼びか。
まあそうなるだろうな。ただ静かにギンシュのほうをみて首をすこしかたむけた。
「もっと俺と話したい?」
「はい。ギンシュ様とお話する機会はあとわずかですもの」
まっすぐにみつめて、首をかたむけて。少し暗い赤。エンジの色。奥が見えない。
でも。それは、濁っているからではなくて。透き通っているからこそ終わりが見えない。ちゃんとお姿を見たことがなかったから、まじまじと見てしまっているけど大丈夫かな。
「しっかり見つめられると照れるな」
言っていることと表情が合っていない。
この人ならそれぐらい慣れているだろうに。ギンシュだから噂は耳に入る。お家柄、容姿、学力。何をとっても一点のくもりがない。
「失礼しました」
目を伏せる。
「もっとお話しをしたいところですが。ギンシュ。そろそろ」
隣まできていた。この人も音がしない人か。
「悪いな二人でいたところに入ってきて。じゃあまた」
ひらひらと手を振りながら、食堂を後にされて、そのあとをついていく。横ではなく後ろ。ギンシュと側付きというよりかは、それがあの二人のもともとの距離のようにかんじた。とても自然で当たり前の配置。
……。無理だ。
黒いレースのチョーカー。黒いブラウス。裾のひろがった黒いズボン。編み上げの黒いブーツ。フードのついた青黒いガウンは袖に始祖五家の家紋があしらわれている。そして肘まである黒いレースの手袋。最後に、フードをかぶって。
「これであってますか?」
式典服は儀の時ぐらいしか着ないから、少し不安。
「うん。大丈夫」
確認をいただけてよかった。
「継続の儀は、代が変わるときしかされないから毎年あるわけではないわ。食堂に寮生全員が集合する。服は式典服。学園行事の中でも、式典服を着るのは、入学式、卒業式、継続の儀。あとは、学園別対抗大会の参加者は着るわね。数えるほどしか機会はないわね」
「学園対抗大会は、昨年ユリシアさん参加者候補にはいっていたという噂を耳にしました」
食堂へいく道すがら。
すそを引きずるようにするのが正式なのだが、踏みそうになるから少し持ち上げる。式典服は少し動きにくい。
「候補に選ばれただけ。結果参加者に選ばれなかったわ。それに、毎年同じようにえらばれるわけではないから、また一年精進しないと。今年こそ選ばれたいわ」
強い意志が伝わる。
たしかに参加者発表のとき、ユリシアさんとても祈っていた。選ばれることはとても名誉なことだし、卒業後に大きな影響を与える。
「私も、精進します」
頑張らないと。この方の担当一年として恥じないように。
私の言葉にうなづいてくれた。
会場はほとんど集まっていて、私とユリシアさんはそれぞれの学年の列に並んでまった。
「では、継続の儀を始めます。ギンシュ。お願いいたします」
側付きの先輩の声が響きわたり、開会が宣言された。
前にいるけど、音の響き方……。
これは地声? だとしたら相当声をはっている。
「よく集まってくれた。では早速だが。64代目ギンシュを指名する」
息をのむ音が響く。みんな自分ではないことだけ知っている。もしかしたら、隣の生徒かもしれない。そっと目を伏せる。フードをかぶっているから顔は隠れている。
「ティバルト・カイロ」
呼ばれた。
「はい!」
凛と響く。三人とも魔法は使っていない。自身の発声でここまで響かせているのか。
足音が響く。わざとらしいほどの音。周辺がさわがしい空気になっている。ちゃんと引き受けてくださってよかった。私が断ったらしないって言ってけど、そうならなくて少し安心した。
音を出さないように息を吐く。
「64代目ギンシュを拝命します。ティバルト・カイロ。誇り高きその名に負けぬよう精進いたします」
63代目ギンシュ、側付きにならび、前に姿をあらわした。
にこやかな笑みを浮かべている。とても晴れやかな顔。声もよくとおっている。お二人とならんでも、引けを取らないように自身を主張されている気がする。
「そして、64代目ギンシュの側付きをここに指名します」
左に目をうごかす。空気が変わったところはないか。
「アベリア・ホクシャ」
場が静かになった。
私の音も消えた。
……呼ばれた。呼ばれるはずのない名前が。
ユリシアさんが私を見ている。
わかる。
「はい」
さめた声がした。
空気が揺れている。
音にのせるな。色をけせ。無音無色透明になれ。
『私』をなくす。
一歩一歩前に進む。前で待っている三人に。
ああ……。こういうときどんな顔をすればいいんだろう。お母様はたしか……。そうだ。
こんな風に。
正面までやってきた私の顔をみて、64代目ギンシュは。私の主人は目を見開いて。
ひどい顔。
振り返って。自分の位置は主人の半歩後ろ。
「側付きを拝命いたします。アベリア・ホクシャです。若輩者ですが、精いっぱい務めさせていただきます」
深く頭をさげる。
顔は変わらない。口角を少しあげて。目は少しだけほそめて。けして作っていることをさとられないように。あくまで自然に。優しい慈悲深い笑顔を思い出せ。声も下げないように。
音はいつも変えない。でも空気をかえる。少しでも、やわらかく。燃え上がる炎に揺れる影のように。
『私』ではなく『ギンシュの側付き』に。
「さっそくでわるいな。今日のうちに伝えておかないといけないことがいくつかある」
三人と一緒に寮最上階にある専用の談話室へ。先輩二人の向かいにギンシュが机をはさんで座る。私はその後ろ。
最上階にあるのは、ギンシュの部屋と側付きの部屋の間に今いる談話室。向かいに執務室。そこで寮生の相談を受ける。この4部屋だけ。
「が。そのまえに聞いておきたい」
63代目ギンシュの声が冷たい。
「アベリア・ホクシャ。彼女を側付きにした理由を聞きたい」
……そっとギンシュ様を見る。まっすぐ受け止めている。
「自分がギンシュとしての務めを果たすために、彼女が必要だと考えたからです」
短い回答。
「では。アベリア・ホクシャ。君はどうして引き受けた?」
私に矛先がうつったけど、口を開く前に。
「彼女は側付きをことわっていましたから」
二人がギンシュを驚いた顔でみた。
「は?」
「はい?」
それぞれ声が出ている。こちらを振り返ることなくつづけた。
「彼女以外側付きをお願いする気もなく。断られたら、ギンシュそのものを辞退する予定でした。でも、昨日の落雷で彼女以外ありえないと思って」
「ふざけているのか」
先ほどまでとはうってかわって。低く。堅い。
「こんな形で指名して申し訳ないと思っている」
立ち上がり振り返った。
「だから。ここに誓う」
まっすぐ瞳を見ている。
「二度と、君にうそはつかない」
……。
うそか……。
でも。
「うそはつかれていませんよ」
見つめ返す。
「私はいま、ここにいます。64代目ギンシュに、継続の儀で側付きとして名を呼ばれて。寮生全員の前で、私は受けました。だから、うそなどありませんよ」
「君の意思を無視したんだぞ」
前ギンシュとしてきっと許しがたいことなんだろう。少しだけ口角をより上げる。
「私は側付きになることをあの場で宣言しました。私が決めたことです」
声は優しく。少しでもこの場の空気が柔らかくなるように。
「それは君があの場で断るなどできないとわかってこいつはしたんだ。側付きの指名も、ギンシュの指名も、強制することはできない。あってはならない。そんなの」
ガンッ。机が揺れた。
手が伸ばされている。
「ダメですよ」
そっと元側付きの手が重なる。その目はとても悲しい色が入っている。
「明日の慣例あいさつをはじめとして、話すことは多いでしょう。ぼくも引継ぎを少しでもしておきたいので。席をはずしてもよろしいですか」
両ギンシュに笑顔を向けている。色はもとに戻っていた。
「……ああ。わかった。執務室を使えばいい」
「承知しました。引継ぎたのむね」
私に微笑みかけているけれど、きっと先輩の顔を見たくないんだろうな。少しだけ緊張がまじった声に微笑み、うなづきかえした。こちらをみないギンシュ様に一礼だけして、先輩がいった談話室正面の執務室に。
「すわって。なにか飲み物でもだすよ。希望はあるかな」
入口に近い椅子のそばで静かに立っていると。希望どおり水が机に置かれた。先輩が座ったのを確認してから、私も座った。
「ごめんね」
困っている顔。でも声はとても優しい。
「いえ。ありがとうございます」
場の空気が悪かったから。無理やり私を連れ出してくれたんだ。
「……答えられる範囲でいいから。聞いてもいいかな」
「なんでしょうか」
「君は一度断ったということだけど、それはどうしてかな」
「自分はその立場にふさわしくないと思いまして」
「それは君の家を考えたということかな」
「そうですね」
私の回答に静かにうなづいた。
「君の判断は正しい。では、うそをついていないと言っていたけれど。ギンシュの言葉でうそではないといったのは、君以外を側付きにするつもりはないということかな」
先ほどの話。ギンシュは確かにそういった。
「はい。私以外考えられないと。側付きを基準にそもそものギンシュを断るなどという発言に、私も驚きました」
笑顔を向ける。
「名前を呼ばれるとは思っていなかったので、驚きましたが。覚悟ができました。お言葉通り。私を選ばれた。それに応えようと」
きっと今浮かべている笑顔も、あの時と変わっていないんだろう。もう、他にどんな風に笑っていたのかも若干怪しいけど。
「君なりに、側付きとは何かを理解したうえで、一度断った。だからこそギンシュは怒ったし、僕も気分がよくない。君が正しく側付きを理解しているというのに、当の本人が君の気持ちをないがしろにした。けれど、君はあんな形で指名されたことに、怒りではなく、覚悟という。正直、僕には君の心情を理解することはできない」
理解はそもそも求めていないが。
「でも。……君が寮生全員の前で。継続の儀での宣言に迷いは感じられなかった。だから、僕は君が歴代の側付きに名を連ねることを受け入れたい」
優しい笑顔。ギンシュの横で、ギンシュに向けていたもの。
この人は誇りをもって勤めあげたんだ。だから。こんなにも穏やかな優しい笑顔を浮かべられるんだ。
……私には無理だ。きっと今以上のものは浮かべられないだろう。
「精いっぱい務めます。先代の皆様に恥じないように」
「仕事ぶりに不安はないよ。君なら立派に勤め上げてくれる。だからこそ、君が心配なんだよ。それはどこか理解していてほしいな」
心配。それの意味は分からないけれど。
でも私が名を連ねることを許してくださった。
「はい」
優しさに応えたい。許されている間は。




