141、ライゼの本音とアオイの内心、そして突入敵本拠地
マリエラを帰還させた後、マイカたちと合流するアオイ。グレンドの不在に不安が募る中、その姿にライゼは過去の己に似ているところがあると本心を零す。何が起きているのか確かめるべく敵本拠地へと向かう一行。そんな彼らを待ち構えていたのは。
「……マリエラが、そんな理由でグレンドのパパとママを」
「グレンドは、今どこに?」
外で合流後、起きたことと、マリエラから手に入れた情報を端的に説明し、グレンドの居場所について尋ねると、マイカは沈痛な面持ちのまま首を横に振った。
「思いつく場所は、全部探してみたの。エネルギープラントとか、フレイラと関係のありそうな場所とか。でも、見つからなくて」
青くなった顔が俺に縋るように向けられる。不気味なサイレンの音は国の中央部、俺が捕らえられていた巨大ビルから止まることなく鳴り響き、ミラクロに迫っている危機を知らせ続け、そんな状況でフレイラに強い恨みを抱いているだろうグレンドは姿を見せない。
曖昧だった不安が明確な輪郭を持ち始め、胸を重くする。
吸い寄せられるように互いの視線が巨大ビルへと向く。俺もマイカも、考えていることは同じようだった。
「もしかしたら、グレンドは」
「……行ってみましょう。それでもし、彼が何かおかしなことや危険なことをしていたら」
少し離れた距離から伝わってくる微かな震え。しかし俺が口を開くと同時に、それはすぐに収まった。
「一緒に怒ってやりましょうね」
「……うん!」
力強く頷き、他のレジスタンスのメンバーたちにも伝えてくると駆け出して行ったマイカの背中を見送る。
相変わらず、街は不気味ほど静かだ。一級警報なんてものが鳴っているくらいなのだからもう少し騒動になっているかと思ったのだが、通りに人はおらず、広告用モニターも黙ったままだ。あまりの静かさにサイレンが鳴っていなければ何も起きていないと勘違いしそうになる。
「……もしあの男を見つけても、不用意に近づくなよ」
「……何か、悪い予感でもしましたか」
「経験則だ」
俺の横でビルに視線を送りながら、ライゼが言う。こいつもグレンドと同じく、女神という名の災害に奪われた側の人間だ。人に似た姿をしているというのに思想がまるで通じない上、遥か上の力を持つ相手。その力に晒され振り回されることは彼らにとっては暴力に等しいか、もはやそれ以上だろう。
同じだからこそ、嫌でもわかってしまうものなのかもしれない。追い詰められ、苦しんだ人間がどんな行動を起こすのかなんて。
「理不尽に奪われた人間は攻撃を躊躇わない。祈願成就の邪魔と判断されれば、たとえ味方であっても牙を剥くやもしれん」
「そう思ったことが?」
「……父親を殺された時、何度も同じことを考えた。あの女神をどんな手を使ってでも殺してやると。胸の内で憎しみを燃やし続けた。殺す夢を見たのも一度や二度じゃない」
獣の面影を残す横顔が、どこか遠くを見つめるような表情を作る。
この男は何度飛び起き、夢で成したそれが現実ではないと気づくその度に悔しさで顔を歪ませたのだろうか。
「だがチャンスは訪れなかった。今になって思えば、それで良かったんだ」
「……どうして、そう思えるんです?」
「もし奴が現れでもしたらオレは怒りに我を忘れ、より酷い結末になっていた。アルルもポールも、今のようには笑えなかったかもしれん。いや、その未来自体すら、危うかったかもしれんな」
「……」
「それに、待つことも無駄じゃなかった。……お前が現れて、救ってくれた」
「……買いかぶりすぎです」
「いや、お前がいなければオレはまだ怒りに支配されていただろう」
違う、と言いたかった。今の状況を勝ち取ったのはライゼの強さ故だ。こいつならいくらだって殴り込みをかけることぐらいできただろうに。自暴自棄にならず、憎しみに燃えながらも怒りを御した。何もかもを放り投げず、己にできることを地道に積み上げ貫いたライゼだからこそ、この未来をつかみ取ったのだ。俺の手柄じゃない。
「オレは間違いなく、お前に救われたんだ」
だというのに、こちらを向いたその顔が酷く眩しくて。細められた目が、いつもより柔らかな口調が、腹を見せるようにさらけ出された本心が、俺の脳みそをぢり、と焼く。
何だよ。俺はそんなんじゃないのに、眩しいものでも見たような顔をして。
「……あなたにそんな風に言われると、後が怖いですね」
「そんな風とはなんだ」
「急に素直になられると反応に困るってことです」
結局、俺の口から出たのは茶化すような言葉だけ。それは人気のないビルの間で細く反響し、風に呑まれて掻き消える。目の端で、こちらに戻ってくるマイカの姿を捉えた。
悲鳴のようなサイレンは、途切れることなく鳴り続けている。
巨大ビルにたどり着くまでの間は快適そのものだった。何せ道を通る人もいなければ車両もない。
「住民の方たちは、一体どこにいったんでしょうか」
「多分、自宅シェルターの中なの。ミラクロではシェルターの建設と緊急時の避難に使うことが義務付けられてるから……あ、ここも傷ついてる。アオイちゃん、どれだけ無茶したの?!」
マイカが呼び寄せた数台の大型無人バスは俺たちを乗せ、信号に遮られることもなくビルへと到着した。巨大なその足元から見上げると、迫りくる建造物の威圧感がぐんと増す。白さも相まって、建物自体から拒絶されている気分になる。
「……中で何が起きているかわかりません。警戒して──」
俺が言い終わるより早く、さっさと降りろとでも言いたげに無人バスの扉がひとりでに開く。と、同時に俺の身体は隣から伸びてきたライゼの腕によって抱え込まれた。
「な、何し、」
「伏せていろ!」
続けざまに、その足がバスの扉を思い切り蹴り上げる。ばきゃ、と扉は金具を飛ばしながら車体から剥がれすさまじい勢いで飛んでいき、陰からこちらへと照準を合わせていたレンズにぶち当たった。蜘蛛に似た脚がガシャンと崩れ落ち、黒い煙が吹き上がる。
「あのロボットって、食料培養施設にもあった……」
「……どうやら異常事態に間違いないらしいな。見てみろ」
ライゼに促されるまま頭を低くした状態でビルの入口とその周辺を注視する。すると、おびただしい量のレンズが建物の中、また陰からこちらを覗き込んでいることがわかり、ぞわりと寒気が走った。食料培養施設襲撃時とは違い、レンズを赤く発光させたロボットたちはひと言も発することなくこちらを見つめている。それがより事態の異常性を際立たせていた。
「部外者を入らせないようにしているのか、それとも内部の人間を逃がさないためか。どちらにしても厄介だな」
「……そうですね。さすがにこの量を相手するのは骨が折れそうです」
数体であればライゼだけでどうにかなっただろうが、数が数だ。見えるレンズの数だけでも数十体以上が確認できる。レジスタンス全員と共に相手取るという選択もあるが、内部から増援がこないとも限らない。
どうする。
そう考えている間にも時間は刻一刻と過ぎていく。入り口で手をこまねいている場合ではないというのに。
「あのよお」
重苦しい沈黙が流れた車内、その中で聞き覚えのある声と共にゆらりと手が上がった。
「何も馬鹿正直に降りて入ってかなくてもいいんじゃねえの」
「……え?」
「突っ込みゃいいじゃねえか。これで」
俺に何度か話しかけてきた、ひげ面のおやじだった。おやじはバスの壁をコンコンと叩きながら、唖然とする俺たちにつらつらと話し続ける。
「色と運転席の形からしてM05596型。こいつには最低限の迎撃システムも積んである。最新のにゃ劣るが装甲だってそこらのロボットと同じくらい頑丈だぜ。丸腰で歩いていくよか安心だろ」
「げ、迎撃システム? 何で無人バスにそんなのが……」
無人バスに迎撃システムという言葉が馴染まないのかサトルが目を丸くする。平和を謳歌していた現代人として、俺も同じ気分だった。もし乗っているバスに銃やら武器やらがガチャガチャと積まれていたらひっくり返る自信がある。
しかし彼らにとっては別に不思議なものでもないらしく、ひげ面おやじは何てことなさげに話を進めていく。
「対車両強奪犯用のシステムだよ。当時はいらねえだろって思ってたが……いやあ何が起きるかわかんねえもんだ」
「で、でもこういう公用車両は事故とか犯罪に使われないよう基本は決められたルートしか通らない自動運転仕様なはずなの。突っ込むっていってもどうやって……」
「まあ見てろって」
不安そうに口を開いたマイカの前でおやじは立ちあがると無人の運転席へと腰かけると、慣れた手つきでパネルに何かを入力する。するとパネル上部がひっくり返り、複数のボタンが姿を現した。おやじはその中の「緊急手動モード」と書かれたそれを、迷うことなく押す。
ピンポン、という軽快な音と共に「手動モードに変更されました」と無機質にアナウンスが告げる。
「これで問題解決だ。古い型で助かったな。新型だとこれ、削除されてるからよ」
「……な、何者なの……?」
「昔、こいつのメンテと開発にちょっとな。ま、すぐ自動化されてお役御免になっちまったけどよ。てか、んなこたどうでもいいんだよ」
「さっさと行こうぜ」と、笑いながら、しかし真剣さを帯びた目でひげ面おやじがロックの切れたハンドルをポンと叩く。
「グレンドさんのためにも、早くいかなきゃだろ。安心しな。運転には自信がある」
「……っお願いします!」
「おう、任された!」
異世界にきて大体のことは経験したと思っていたけれど、まさかバスで建物に突っ込む経験までするとは思わなかった。
ハードボイルドな映画に似た展開に内心若干のときめきを覚えながら、俺は舌を噛まないようぐっと口に力を入れる。
威勢のいい掛け声と共にハンドルが回り、おやじの足がアクセルを踏み込む。その途端、バスはお行儀のいい走行を忘れ、勢いよくビルの入口へと突っ込んでいった。
自分にない強さが眩しくて。
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