142、スピーカー越しに聞こえた声に振り向かず、走り出す
バスに乗り込みフレイラの拠点である巨大ビルへと乗り込んだアオイ一行。しかしロボットたちが侵入者を素直に通すわけもなく、激しい攻撃がアオイたちを襲う。そして攻撃を潜り抜けた先、スピーカーから聞こえてきたある人物の声。その人物が伝えようとした内容は。
「しっかり掴まっとけ、よ!」
大型車両が余裕で通れるほどのガラス扉を突き破り、俺たちを乗せたバスは白いエントランスへと乗り上げる。車体が大きく揺れ、バスのタイヤが無人の受付を踏み越え、その巨体を一瞬宙に浮かす。
バウンドする座席に必死にしがみつきながら見下ろした窓の外には、こちらを見つめる無数のレンズたち。それらは一斉にバスへと狙いを定め、力をためるように光を収束させる。
瞼の裏に蘇る、ロボットによる攻撃。閃光と共に放たれる太いビームによる焦げ跡と穿たれできた黒々とした深い穴。
数秒後にどうなるか、なんて結末が簡単に想像できてしまって、おびただしい量の冷や汗が俺の背を流れ落ちた。
「ちょっ……これ、さすがに危険、なんじゃ……!」
「まあまあ、まぁーかせとけって」
あんなものが大量に撃ち込まれたらどうなるかなんて目に見えている。蜂の巣なんて可愛いものだ。最悪、何も残らないかもしれない。
だというのに、運転席のおやじときたら慌てもしない。ただハンドルを切り、バスを床へと着地させ、再びアクセルを踏む。ぐんとスピードが上がり、一気に窓の外景色が後ろへと流れていくが、ロボットたちが逃げる獲物を逃がすわけもない。音もなく、眩い光と共に無数のビームが車体の後ろへと迫り、死の一文字が頭をよぎる。
「……え?」
「だから言ったろ、任せとけって」
が、車体に穴を開けると思ったその瞬間、それらは見えない何かに阻まれ、バチッと火花を上げた。過ぎ去っていくバスの後を追うように次から次へとビームが放たれるが結果は変わらない。ビームは寸でのところで阻まれ、宙に光の軌跡を残しながら消失する。
「光のメタマテリアルを組み込んだ偏光シールドさ。ああいった光線系の攻撃を相殺する。ま、旧式だから何度もくらうと危ないけどな。さっきもあんたのとこのにいちゃんが防いでくれて助かったぜ」
「は、ははは……すごいバス、ですね」
「おう! こいつの開発に関われたのは数少ない俺の自慢よ」
死ぬかと思った。本気で。
さすがの癒しの女神もビームで突然どてっぱらに風穴が開きましたとなれば何もできないと思う。というか、考えたくもない。
力が抜けて乾いた笑いを上げるしかできない俺に対し、おやじはご機嫌だ。軽快にハンドルを捌き、慣れた手つきで手元のボタンを押す。ガションという音と共にバスの側面が開き、どこに収納されていたのか縦にずらりと並んだミサイルが顔を覗かせた。
「いやー、まさか生きてる間にこいつで暴れられるとは思ってなかったぜ、っと!」
目覚まし時計を止めるかの如く気軽に押されるボタン。そして発射されるミサイル。それらは煙を上げながら後ろへと飛んでいき、追いかけてきていたロボットたちに命中、爆発する。かなり大きな爆発音と振動に、車内は一瞬ミシミシと揺れた。
「いよっしゃ、命中!」
「……車両強奪犯用って言ってたけど」
「……はい」
「対戦車とかの間違いだと思うの……」
「……私もそう思います」
俺は哀れにも犯行に及んだバスジャック犯を想像する。きっと骨どころか塵も残らないことだろう。それとも異世界ではこのくらいが当たり前なのか。
「入口の連中はこれで蹴散らせただろ。あとは肝心のグレンドさんがどこにいるかっつー話なんだが……」
ロボットたちの姿も追いかけてくるビームも見えなくなったところを見計らい、スピードが緩まる。
おやじの言う通り、まずグレンドがどこにいるか見当をつけなければ話にならない。何せ、このビルは縦にも横にもとんでもなく巨大なのだ。まさか一階一階見て回るというわけにもいかない。恐らくはフレイラがいる場所か、いそうな場所にグレンドもいるのだろうが。
「私が攫われた時、結構高い階でしたから……フレイラがいるとしたら最上階か、その付近でしょうか」
「確か、最上階はフレイラの居住区の。そこに、グレンドもいるかも」
「で、でも、こんな騒ぎになってるんですよ? どこかにもう避難してるんじゃないかなぁ……」
「……その避難先とやらがわからない以上、当てにはできん意見だな」
互いに意見を出し合うものの、明確な答えは誰も口にできない。ライゼに意見を当てにできないと言われたサトルは肩を落とし、いつの間に馴染んだのか周りのレジスタンスによしよしと慰められていた。
バスが何かを踏んづけたのか一瞬ガタンと浮き上がり、おやじが「よし」と言いながらハンドルを握りなおす。
「なら、とりあえず目指すのは最上階だな。エレベーター使うわけにもいかねえし、かといって階段ってのもな。このバスの大きさじゃ非常用階段は通れそうにねえし──」
バスがスピードを緩めたまま巨大エントランスの出口へと差し掛かる。幸いなことに天井は高いまま、横幅が広い廊下が続いていた。バスは端に置かれたベンチをガリガリと削りながらタイヤを進めていく。
その時だった。
『──か、だれ────……』
「あ?」
突然ぶつ、とマイクのスイッチを入れた音がビル内のスピーカーに乗って広々としたエントランスに響き渡る。しかし続いた声は途切れ途切れでうまく聞こえない。
マイクの故障かスピーカーがこの騒動で壊れたのか。が、マイクの前で必死に何かを伝えようとしている空気感に、俺たちは思わず声を潜め、耳をスピーカーへと集中させた。スピーカー越しに聞こえる浅い呼吸音が胸の内に嫌な焦りを生む。
『──だれ、か──たすけ、助け、て──くださ──このまま──死んじゃ────』
バギャン、と激しい衝撃音を最後にスピーカーは完全に沈黙する。スイッチを切った音ではない。マイクを根元からへし折ったかのような、それは明確な破壊音だった。
「今のは……」
「フレイラ……フレイラ、だった、よね?」
マイカの言葉に頷く。聞き間違えなどしない。今の声は確かにフレイラのものだ。俺たちに立ちふさがった女神がどうしてか、スピーカーの先で助けを求めている。
あの女神に何が起きているのか。その場にいる全員心がひとつになり、顔を見合わせる。地響きのような衝撃音が聞こえてきたのはその最中の事だった。
「な、なんだあ今の」
「奥から、でしたよね。マイカ、この先は」
「この先はおっきいホールになってるはずなの。フレイラがみんなを集めて話をしたり、祝福とかもそこでするような……」
そう説明を受けている間にもさらに二度、続けて振動が伝わってくる。皆の視線がフロントガラスをすり抜け、通路の奥へと向かう。おやじが言った。
「この先、か」
誰に命じられるでもなく、おやじの足が自然とアクセルを踏み込み、車体がぐんと加速する。いきなりの加速に俺の身体は座席へと押し付けられ──おやじの舌打ちと共に突然横へと投げ出された。
シートベルトが俺の腹に思い切り食い込み、衝撃でぐえと息が抜ける。
おやじが車体を横に向け、通路を塞ぐ形で急停止したのだと、座席横の窓から見えるエントランスで理解する。俺は突然なんだと文句のひとつでも上げようと口を開きかけ、そのまま固まった。言葉が出ない。文句も疑問も窓の向こうを前に引っ込んでしまった。
「……こりゃとんでもない客が来たな」
ギチギチと、もしくはガチガチと。
ロボット同士のアームが組み合う。蜘蛛と似た脚部が絡み合う。レンズがその巨体を構成する部品の一部となり、俺たちへと向けられる。ロボットたちが敬虔な殉教者の如く巨体へと身を投じていく。
大量のロボットを素材とした、巨大なロボット。
目の前で新たな脅威が、今まさに生れ落ちようとしていた。
「新しい警備システムってやつか? ったく、厄介なもんばっか作りやがる」
誰も何も言わない中、おやじの声だけがやけに大きく聞こえる。突如として出現した敵を前に、皆が言葉を失っていた。
ただおやじがカチカチとボタンを操作する音だけが響く。
「じゃ、先行ってこい」
「……へ?」
「この先にグレンドさんがいて、まあ多分、面倒なことになってんだろ? なら、こんなとこで油売ってるわけにはいかねえよな。なあ?」
「待ってください、あなたまさか──」
「そのまさか、だ」
車体が揺れ、ミサイルが、アームが、バスに取り付けられた兵器たちがその姿をずらりと並べ、形を作ろうと蠢く巨大ロボットへと照準を合わせる。床が横へスライドして開き、武器が新品の輝きを照明の下に晒す。
おやじが、にいっと笑った。
「俺だけじゃ無理だから仲間は置いてってもらうけどな。ま、そこのにいちゃんはやべえくらい強ええし、それに、正直俺たちじゃあんたらのお荷物だ」
「無茶です! あれ相手にこんな、バスとみんなだけなんて」
「丈夫だっつったろ。武器もある。シールドも無事だし、なんとかなるさ」
でも、と続けようとした俺の口をレジスタンスの表情が塞ぐ。その顔には未知への恐れがあった。これからへの恐怖があった。けれどそれ以上に、覚悟があった。この一瞬で、全員がそれぞれの形で、目の前の脅威と戦う決意を固めていた。
「……おじさんの言う通りなの、アオイちゃん」
「マイカ……」
「この先で、多分……ううん、絶対グレンドが何かしてる。ひとりで勝手に、私たちに黙っていないとできないようなことを。それがいいことなのか悪いことなのかはわからないし、グレンドを止める権利があるのかって言われると、正直わかんないけど、でも」
マイカが立ち上がり、スカートの裾がふわりと揺れる。銀の髪から覗く顔は震えていて、けれど酷く穏やかだった。
「……私は、グレンドにはあの馬鹿でまっすぐで明るいグレンドでいてほしいって思うから」
これも、ただのわがままかもしれないけれど。
そう付け足しながら足元の銃を拾い、マイカは俺へと笑いかけておどけたように決めポーズを作る。手元は揺れ、不格好な決めポーズは武器を構え慣れていないのが丸わかりだった。
「だから、マイカたちが止めてる間にグレンドを」
「なに言ってんだ嬢ちゃん。あんたもあっちだよ」
「……え?」
「慣れねえもんなんて持つな持つな危なっかしい」
が、背後から伸びたおやじの手により銃をあっさりと取り上げられ、マイカは後ろ向いたまま目を瞬かせ、戸惑ったように周囲を見渡すも、他のレジスタンスも意見は同じのようだった。
「で、でも、おじさん!」
「……大体よ、あの人が嬢ちゃん以外の話を聞いたことがあったかってんだ。なあ?」
おやじの呼びかけにレジスタンスたちがそうだそうだと頷く。おやじをそれをぐるりと見渡すと、わざとらしく「ほれみたことか」と肩を竦めてみせた。
「……嬢ちゃんよ、俺たちゃあの女神をぶっとばして気持ちよくなれりゃそれでいいって思ってる」
「……」
「だがよ、そのためにグレンドさんひとりで化け物になってほしくはねえんだぜ。化け物になるときゃ、俺たちも一緒だ。……大体あの人も水臭せえよなあ。勝手に何でもかんでもひとりでやっちまってよ」
泣き出しそうな顔で唇を噛みしめ俯くマイカの頭を、おやじの手が乱暴に撫でる。揃えられた銀髪がぐしゃりと乱れたが、マイカは何も言わずにその手を受け入れていた。
「だからよ、俺たちの代わりに何勝手やってんだって、言ってくれ。んで、もし何もなかったら戻ってきて、こっち手伝ってくれ」
「……おじさんたちも、死んだりしたら許さないの」
「ははっ、わかってるって」
マイカに手を引かれ、おやじに促されるままライゼたちとバスを降りる。巨大ロボットはずるりとその頭をもたげ、ついに完全な形を成そうとしていた。けれど、そんなものと相対しているのにおやじたちの表情は明るいもので。
「行ってこい!」
威勢のいい声を背後に、俺たちは奥のホールへと走り出す。沈黙を貫くスピーカーのその向こうへ、手を伸ばすために。
ひとりで変わらせないために、走り出す。
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