140、作戦成功、その直後に鳴り響くのは
囮作戦を見事成功させ、情報取得、マリエラの帰還を成功させたアオイたち。しかし作戦が成功したというのにライゼはどこか不満げな表情で。
釣り野伏、というものがある。九州のとある武将が使ったとされる戦術で、その方法は部隊を三つに分け、一隊が戦った後、逃げて敵を引き付けているうちに隠れていた残りの二隊で追撃、最終的に三方向から囲って殲滅するという、簡単に言ってしまえば囮作戦だ。
この戦術で最も重要なのは囮である。どれだけ敵の気を引き、隙を作れるかは逃げ出す囮にかかっているのだ。だから、準備は入念に慎重にしなければならなかった。市民に祝福を使って俺を捕まえたことをマイクロチップ越しに報告、傷を作り痛めつけられた偽装。囮なんて弱いほどいい。だって、弱っている獲物ほど追いかけたくなるものだろう。
「必要なことだったんですってば」
「……」
「拗ねないでくださいよ」
「拗ねてなどいない」
いや、拗ねているだろうその顔は。
作戦終了後、一切こちらと目を合わせないライゼの傍らでは部屋の外で待機していたマリエラの護衛たちが伸びている。拗ねていても仕事は完璧にこなしてくれたようで何よりだ。
マリエラは帰還させたし、もし目を覚ましてもこれ以上率先して俺たちの邪魔をしてくることはないだろう。何せ、理由がないのだ。
「傷を負い、お前がわざわざ一対一で片付けるより、俺が仕留めた方が早かっただろうと思っているだけだ」
「だって、もし騒ぎになったらフレイラが飛んでくるかもしれないですから。そう説明したでしょう?」
「時間がないから説得している暇はないとも言われたがな」
やや強引に事を押し進めた自覚はある。が、しょうがないのだ。本当に時間が惜しかったし、嫌な想像がいくつも思い浮かんでしまったから。
もし護衛の人数が多かったら、もしライゼたちがマリエラを拘束するのに手間取ったら。その間に逃げ出されたら。
俺の脳みそでは、今回の作戦以上にいいものは思いつかなかった。
ライゼたちを信用していないわけではない。だが、この作戦が失敗したら俺たちだけでなくマイカたちにも危険が及ぶ。だからこそ確実に成功させるために、こんな回りくどい方法をとった。怪我なんて必要経費だ。
何はともあれ、こうして無事に済んだのだから、それでよかったじゃないか。無茶ではあったが、マリエラから色々な情報を得ることができたわけだし。まさかグレンドの両親殺害の黒幕までわかるとは思っていなかったけれど。
俺はそう続けようとした。が、こちらを見下ろす黒の双眸に気づき、思わず口を閉ざす。
「……気が気じゃなかった」
ライゼが俺の頬に節くれだった指を滑らせると、その先端に乾きかけの赤がまばらにへばりつく。恐らくマリエラともみ合った時、新しく傷ができたのだろう。
わかっているが納得はしていないと、視線が訴えていた。
まいった、と俺は内心で手を上げる。頭ごなしに否定するのならばこちらも反抗心丸出しで返答できた。が、そうやって素直に心配した、という顔をされると何も言えない。俺の作戦は確実ではあったが、ライゼに任せた方が安全なのも確かだった。
「お前の言う方法が最善だったのは理解する。だが、立場が立場だ。お前に何かあれば大勢の人間が悲しむ。それを忘れるな」
「……そう、ですね」
街は静かだった。フレイラによる全体放送でみな引っ込んでしまったのだろう。移動車両が行きかう音も、話し声も聞こえない。宙に映し出される広告用ホログラムは「外出禁止」の無機質な文字を浮き出したまま沈黙を貫き、投影用の機械は武骨なオブジェとなって街を飾っている。
動いている人間が自分たちだけだと錯覚するほどの静けさのなか、俺の声はずいぶん頼りなく転がった。
続いた言葉に意地を張ることなく、大人しく「すみません」とだけ口にする。ライゼの言う通り、今やかなりの大人数の信仰者を抱える女神がしていいことではなかった。俺の勝手な行動で、彼らの女神を奪ってはならない。
自惚れるな。
そう己の声が耳元で囁く声を聞く。
彼らが心配しているのはお前じゃない。お前が女神だからだ。自惚れるな。勘違いをするな。お前には、なんの価値もないのだから。
その声を遮るように頭を振って、俺はいつの間にか俯いていた顔を上げた。
わかっている。死ぬ前から、その程度のこと。
「あなたの言う通りです。信仰する女神が急にいなくなりでもしたら、不安にさせてしまうでしょうし」
「? それもあるだろうが、オレが言いたいのは」
ライゼが口を開く。その瞬間だった。
「うへぁぃっ?!」
「っ──、なんだ、これは?」
突如として外から耳を突き抜けるようにして鳴り響くけたたましいサイレンに、息を潜めるようにしてこちらを伺っていたサトルが椅子の上から飛び上がり、ライゼは音の甲高さに不快感を露わにして耳をたたんだ。
「……警報、だ」
「警報?」
「この音は、一級警報、です。国にとっての危機が訪れた時にしか、鳴りません。訓練以外で聞いたのは、初めてだ……」
囮作戦のために、祝福を施した住民が呆然としたように声を上げる。その顔は驚愕と恐れに染まっていた。
何かが起きたのだ。俺たちがこうしている間に、国を揺るがすような何かが。
国にとっての危機。それを聞いて思い浮かぶのはただひとり。その名前は俺の声にするより先に、住民の口から転がり出る。
「もしかしてフレイラ様に、何か」
「……どうする」
俺より早くライゼが口を開く。何か予想しているのか口には出さないが、その表情は険しい。
「……情報共有は、移動しながらで。マイカたちと合流後、フレイラの元に急ぎましょう。何かが起きたのかもしれません」
言葉もそこそこに、俺たちは家の外へと走り出す。不安を煽るように、動くことのない青空の下、サイレンの音が長く尾を引いていた。
作戦成功その矢先、聞こえる音は不吉の象徴か、それとも
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