97. 記憶回廊⑥
感謝を伝えることすらできずに死んでしまった。
それが前世での心残りだった。
だから、これが記憶の中の出来事であっても……それでも俺は満足していた。
自己満足だと言われればそこまで。
2人に別れと感謝を告げられたのだから。
実家を出発した俺は車を使って、深雪との待ち合わせ場所まで向かう。
今から―――佐々木裕太としても生を終わらせに行く。
昨日考えていて、一つ推測をたてた。
俺は9月中に死ぬだろう。
もっと言えば、9月13日の日曜日の今日―――俺が死んだ日だと考えている。
なぜなら、俺は深雪とデートした記憶がないからだ。
その代わり、デートに誘ったときの記憶を思い出すことができた。
飲み会の場で酔った勢いに任せてデートの約束を取り付けた。
酒の勢いを借りるとは、なんてヘタレなやつだと思われるかもしれないが、俺は彼女ができたことがないんだ。
酒の力を借りるくらい大目に見て欲しい。
つまり、佐々木裕太は後輩の深雪が好きだった。
そして、デートに誘ってOKをもらえた。
そこまでは思い出すことができた。
だが、その後……深雪とデートした記憶が全くない。
人生初の彼女ができるかもしれないほどのイベントを忘れるはずがない。
と、考えると……俺はデートの日になんらか理由で死んだ。
そう思うとしっくりくる。
だから俺は、佐々木裕太としての人生の終止符を打ちにいく。
車を走らせ1時間半。
目的地に到着した。
深雪との待ち合わせ場所―――時計台の下。
すぐ隣には1車線の県道がある。
深雪よりも先に着いて待つこと10分。
時計台の時刻を確認すると9時50分になっていた。
時計の針が進むにつれて、心臓がバクバクし始めた。
深雪がもうすぐ来るからか?
いや、でも俺の記憶の中なんだし……緊張っておかしいよな。
それより……ここの光景……何か思い出せそうだ。
と、考えているとき赤信号で待機している深雪を発見。
俺を見つけた深雪は車道を挟んだ向こう側から小さく手を振ってきた。
手を振り返す。
白いワンピース姿。
遠くから見ても可愛いな、と思える。
白いワンピース……と、血。
ん?
今一瞬、頭の中で血に染まったワンピースが浮かんできた。
深雪が信号が赤から青になった瞬間に動き出す。
嫌な予感がした。
と、そのとき……唐突に自分の最後を思い出した。
今から車が突っ込んでくる。
俺はパッと顔を動かして状況を確認すると―――車が一台。
ものすごいスピードで突っ込んできていた。
赤信号で止まる様子がない。
その瞬間、体が勝手に動いていた。
キョトンと状況が把握できていない彼女に対し、
「深雪!」
俺は深雪のもとへ走り―――そして、彼女を道路のわきへ飛ばした。
その代わり―――ドンッ―――体に衝撃が走る。
地面に肩から倒れた。
「が……はっ……」
口から血が出てきた。
体からおびただしい量の血が流れ出ていた。
なるほど……俺はこうやって死んだんだな。
自分の死に際を理解し、驚くほど冷静な頭で考えた。
「……さき………先輩……?」
呆然と俺をみる深雪。
安心させるように「大丈夫だ」と伝えようとするが、声が出ない。
深雪が俺の手を掴む。
彼女の瞳からこぼれ落ちる涙が、俺の頬を濡らす。
「せ………い…わ……せ……ことが……す……」
意識が遠のき、深雪の言葉が上手く聞き取れない。
これが俺の最後。
深雪の悲しむ姿を目に映しながら、視界がだんだんと黒に染まっていく。
俺は……誰かを守れて死んだんだな……。
良かった……
恐怖よりも安堵が勝る。
佐々木裕太としての人生に意味があったんだ。




