96. 記憶回廊⑤
その後ドライヤーで髪を乾かしたあと、ベットで横になり、この世界から抜け出す方法を考える。
そもそもここは俺の記憶なのか?
例えば、ユリアンが俺に見せている幻術とか……。
いや、それはないか。
ここまでリアルな幻術が魔法で再現できるとは思えない。
まあ、そんなことよりも現実世界に帰る方法を考えないとな。
何か、糸口は……。
「あー、ダメだ。なんも思い浮かばん!」
俺はベッドから起き上がって、家の中をウロウロしてみる。
どっからどう見ても前世の俺の実家なんだよな。
この家の中に、記憶から抜け出す扉があったりは……しないよな。
と、そんな感じで家の中を歩き回っていると、母さんがリビングでアルバムを見ているのを発見した。
「何やってんの?」
「裕太の小さい頃のアルバムを見てるのよ」
アルバムの中には高校生の俺が写っている。
写真の端っこで、つまらなさそうに立っている俺。
昔から中心にいるようなリーダーキャラではなかった。
母さんはぺらぺらとアルバムを捲り、そしてある写真のところで手を止めた。
「ねえ……この写真。覚えている?」
そういって見せてくれたのは、高校生のときの自分。
顔がパンパンに腫れている……喧嘩したのだ。
「なんで、この写真が残ってんだよ」
俺の顔が面白いことになってるってことで母さんが撮った写真。
「面白いじゃない?」
「そんな理由で……」
「冗談よ。これは裕太が喧嘩したときのものね。あのときは驚いたわ。普段大人しい裕太が喧嘩するなんて」
それは、学校でチャラチャラした奴らを殴って……ボコボコに殴り返されたときのものだ。
別にイケてるのが羨ましいと思って、妬みで喧嘩したんじゃないぞ!
「あいつら……ムカついたし」
「友達のためでしょ?」
「え……なんで知っているの?」
「お母さんのネットワーク舐めないで。お父さんは……未だに、ただの子供同士の喧嘩だと思ってるけどね」
「そうか。知ってたんだ」
親友の夢を壊された。
漫画家を目指していた友人がいた。
周りからは無理だって言われるから、誰にも見せていない絵を……俺にだけは見せてくれた。
絵は……そこまで上手くない。
ストーリーだって、高校生にしてはよく考えられているものの、引き込まれるほどではなかった。
でも、友人は本気で漫画家を目指していた。
だけど、ある日。
友人の漫画がネットにアップされた。
クラスでイケて、人生楽しんでますって感じのリア充たち。
そいつらがたまたま見つけた友人の漫画を、面白半分にネットに載せたらしい。
おそらく、反響が欲しかったんだろ。
その結果……酷評。
ネット世界の恐ろしさを知った。
誰とでも繋がれて、いつでも世界中に発信できる。
その反面、常にいろんな人から見られ評価されて……友人は、見ず知らずの人から嘲笑を浴びせられて……炎上。
―――小学生の落書き以下。
―――なんの捻りも面白みもないストーリー。
一つ一つの言葉が彼の心にグサグサと刺さり……やる気をなくした彼は、小さい頃からの夢だった漫画家を目指さなくなった。
リア充たちは、面白半分……ただのいたずらのつもりだったのかもしれない。
悪いのはネットで罵声や心無い言葉を放った人たちかもしれない。
それでも、俺は許せなくて、あいつらを殴った。
そして、停学。
そのときの写真だ。
「……この子はしっかり育ってるって、そう感じたの。他人のために怒る事が出来る裕太を誇りに思ったわ」
「え……? そうなの? めちゃめちゃ怒ってたじゃん」
「当たり前じゃない。停学になったのよ。何を馬鹿なことをって…校長や担任の先生にも頭を下げて……大変だったわ」
「その……ごめん……。いつも母さんに迷惑をかけて……」
「いいのよ。昔のことだわ」
「違うんだ……いやそれもそうなんだけど……そのことだけじゃなくて……」
俺は口をモゴモゴさせる。
「裕太に何があったかは……聞かないわ。でも、裕太が謝ることは何一つないわ」
「だって、俺は何もしてやれなかった」
「そんなこと言わないで……。裕太との思い出はお母さんの宝物だわ……。あら、やだわ。しょぼくれた表情してるから、つい感情的になっちゃったや」
「しょぼくれたって……いつもこういう表情だよ」
「そうね。お父さんに似て、頼りなさそうで……とても頼りになる表情ね」
それはそれで、どういう表情かわからん。
ただ悪くない気分だ。
■ ■ ■
翌日、玄関で両親に別れの挨拶をする。
「じゃあ……行ってきます」
「元気でね」
「母さんも元気で……」
「風邪……引くんじゃないぞ」
「うん、わかったよ。父さんも……ぎっくり腰には気をつけて」
俺は扉を開けて家を出る。
これで……もう二度と両親には会えないーーー会わないつもりだ。
ずっとここにいられたら、と考えてしまう。
甘えてしまいたくなる弱い自分がいる。
だから、両親と会うのはこれが最後。
もう俺は佐々木裕太ではないのだから。
「裕太!」
玄関を出ようとしたとき……父さんが俺を呼び止めた。
「俺たちの子供に生まれてきてくれて―――ありがとう」
父さんはそう言って力強く頷いた。
その隣で母さんが「そうよ」と優しく微笑む。
これは俺の記憶だ。
本当の両親の言葉じゃない。
それはわかっている。
でも、大切な記憶――――俺が佐々木裕太として生きていた証なんだ。
「父さん、母さん……ありがとう」
――――――――愛してくれて、ありがとう。




