94. 記憶回廊③
神社から帰ったあと、体がベタついていたためシャワーを浴びた。
そして、テレビを見ながらゆっくりしていると、夕食の時間になった。
家族3人で囲む食卓。
最近は、ずっと一人で食べていたから、親との食事が随分と昔のことのように感じる。
里芋の煮物に漬物とたまご焼き。
それにご飯と味噌汁といった和食だ。
俺は好物の里芋の煮物を口に入れる。
ねっとりとした食感で、だし汁がしっかり染み込んでいる。
「美味い……!」
「裕太は昔から煮っころがし好きだからねぇ」
「ずっとコンビニ弁当だったから……たまに帰ってきたときの母さんの料理が美味しく感じる」
「一人暮らしだから仕方ないでしょうけど……そろそろ良い人見つけて、ご飯作ってもらいなさい」
「……そういうの古いから。今は結婚しても共働きの時代なんだって」
収入だってそんなに多くもらえないし、先の見えない時代だ。
一人の収入に頼っているのでは心もとない。
「あら、そう? どっちにしろ、早く孫が見たいわ。ね、父さん?」
「ああ、そうだな」
「子供って……。まだ、彼女もいないんだし……」
「その歳になってまだ彼女がいないのか?」
「やめてくれ、父さん。その言葉、結構傷つくから……」
年齢イコール彼女なしってのは10代前半なら笑い話しにもできるが……もう20代後半だ。
お、俺だって彼女欲しいと思ってたぞ!
別に二次元に嫁がいると考えるほど重症じゃない。
もちろん男が好きだとか、変な趣味があるとかでもない。
欲しいと思ったけど、彼女ができなかっただけだ!
ふはははは……なんか、悲しくなってきた。
「まあ、でも……俺だって……」
頭に浮かぶのは……金髪碧眼の少女。
……って、いやいや、誰?
一瞬、金髪碧眼の天使のような美少女が頭に浮かんできたが、そんな可愛い子……俺は知らない。
じゃなくて、深雪だ。
今度、デートの約束をしているし、これは人生初の彼女!?
と期待なんかもしちゃっている。
「もしかして、良い人でもいるの?」
「いや……いないよ」
母さん……変なところで鋭いからな。
まだ付き合ってもいなのに、親に報告とはできんわ。
「そう……。裕太はお父さんに似て奥手なんだから、しっかりと自分の気持ち相手に伝えなさいよ。お父さんも中々告白してこなかったんだから」
「ははは……そういえば、『私のこと好きなの? どうなの?』 って問い詰め寄めらたな……。その流れで好きと言ってしまい……いまでもちょっと夢に出てくる……」
父さんがどこか遠い目をする。
「あなたがはっきりしないからよ。『好きなら、なんか言うことあるでしょ!』 って聞いて、ようやく告白したのよ」
「それって告白させてんじゃ……。ていうか、親の馴れ初めとか聞きたくないわ!」
「そんなこと言うなよ。お前が生まれてきたのも俺たち2人の愛があってのものなんだから」
「子供の前でそういう話はしない! 背中がゾワっとしたわ。うわぁ、気持ち悪っ」
「そうよ、あなた。裕太には……まだ早いわ」
「そうだな。お前はまだどうて―――」
「ストオオオップ! それ以上言わないで! そのワードを親に言われるのって、結構しんどいから! 心えぐられるから!」
童貞ってのは禁句だからな。
いや、ほんとまじで。
「すまんな。だけど、お前……彼女の1人や2人ぐらい、とっとと作らんのか? 父さんが言えることじゃないが、好きな人がいるなら告白した方が良いぞ」
「……告白って……そんな簡単にできんよ」
告白できる勇気があれば、この歳まで彼女いない、なんてゆゆしき事態には陥らない。
「そうよ。うじうじしてないので好きな人がいるなら好きって伝えなさい。一生伝えれなくなることもあるんだから」
「一生伝えれない……か。そんな今生の別れみたいなこと……」
伝えれないこと?
今生の別れ……?
俺は……何かとても重要なことを忘れている気がする。
眉間を指で抑えながら、思い出そうとする。
なんだ……?
何かがおかしい。
そもそも……なぜ俺はここにいる?
「深刻な顔してどうした?」
父さんが頼りなさげな眉を曲げて、俺の顔を覗き込んできた。
父さん……?
なんで、父さんがいるんだ……?
「裕太……? 大丈夫?」
続いて、母さんが心配そうに表情を向けてくる。
母さんも……どうしてここにいるんだ……?
二人共、もう一生会えないと思っていた。
一生会えないってなんだ?
父さんも母さんもここにいるじゃないか。
さっきから、本当におかしい……。
だって俺は……魔法がある異世界に転生して――― ―――そうだ。
思い出した。
俺はもう佐々木裕太ではない―――オーウェン・ペッパーだ。
それならここは……どこだ?
俺の記憶か?
「裕太……どうして、泣いてるの?」
「え……あれ? おっかしいな……」
俺は服の袖で目を拭って涙を止める。
だけど―――、
「なんで……」
なんで、涙が止まらないんだよ……。
突然、泣き出した俺に両親はオロオロし始める。
この2人も、俺の記憶が作り出したものなんだ。
本当の両親には二度と会えない……。
そう思うと、
「父さん……母さん…………親不孝者でごめん」
もっとしてやれることはあった。
母さんからの電話を面倒だと思って出ないこともあった。
父さんがぎっくり腰になったときも帰ってこなかった。
「なんのことかわからんが……。お前は親不孝な子じゃない」
「そうよ。裕太が私たちの子供で良かったわ」
違う……。
2人が思ってるほど、良い子供じゃない。
親よりも先に死んでしまった。
……両親を悲しませた。
魔法が使えても、元の世界に戻ることはできない。
もう―――言葉を交わすことはないんだ。




