93. 記憶回廊②
翌日の土曜日、俺は昼前に家を出た。
朝、準備していたらなんだかんだ出る時間が遅くなった。
実家に向かって車を走らせ、着いたのはちょうど13時。
実家は2階建ての築20年以上、木造の家。
ところどころ色あせており、懐かしさを感じる。
「ただいま……」
「あら、おかえりなさい」
母さんが玄関で出迎えてくれた。
「……母さん……久しぶり」
「どうしたのよ。そんな顔して?」
「あ、いや……なんでもない。母さんも老けたなって」
「馬鹿なこと言わないで頂戴。それより、昼ごはんは食べた?」
「食べたよ」
「それなら、お父さんに挨拶してきなさい」
玄関を上がると、歩くたびにギィギィと床が軋む音がする。
階段を使って2階に上がり、いつも父さんがいる部屋に向かう。
「父さん、ただいま!」
父さんは書斎におり椅子に座って本を読んでいた。
久しぶりにみる父さんは白髪が生えてきおり、昔と比べて皺が増えた。
もうすぐ還暦だからな……。
還暦にはお祝いでもしてあげるか。
父さんは本を閉じて、
「裕太か……久しぶりだな。元気にしてたか?」
「元気だよ。父さんも……相変わらず元気そうだね。そういえばぎっくり腰は大丈夫?」
一ヶ月ほど前に父さんがぎっくり腰で入院したことがある。
「裕太が俺の心配か。これは雪でも降るな」
「俺だって心配くらいするよ。……父さんも、もう歳なんだから、無理すんなよ」
「ははは! そうだな」
父さんは機嫌良さそうに笑う。
笑うと目尻に皺ができるのは昔からだ。
そんな父さんの優しい顔が好きだった。
「今から空いてる?」
「どうした……突然?」
「ちょっと散歩でもしない?」
「そうだな。……そう言えば今日は全く動いてないからな」
父さんはそう言って立ち上がると、
「行くか」
家を出てしばらく父さんと並んで歩く。
懐かしい光景が広がっていた。
田舎特有のゆっくりと時が流れているような穏やかな雰囲気。
今は稲の収穫時期……黄金色に輝く稲が風に揺れる。
道端では年寄りのじいさんばあさんが、前で楽しそうにおしゃべりしている。
その横を通りながら、この景色を噛み締める。
「前もこうやって歩いたときあったな。確か……裕太が高校受験に落ちたときに」
「よく覚えてるね」
「お前……相当落ち込んでたからなぁ。連れ出すの大変だった」
「仕方ないじゃん。本番に弱いのは……父さん譲りだよ」
「ははは、そうだな。裕太は俺に似て緊張に弱い。でも―――ここ一番では力を発揮する」
「そう……?」
父さんにまじまじと褒められると恥ずかしい。
「それで……今日はどうしたんだ? 急に帰ってきて散歩になんか誘って……」
「なに? 嫌だったん?」
「嫌じゃないが……お前の雰囲気がいつもと違う」
雰囲気が違う……のか?
いつも通りだと思うけど。
でも……何か……父さんにどうしても伝えたいことがある……気がする。
今言わないと一生言えなくなるような、そんな感じがした。
「たまにはこういうのも良いだろ? 親子水入らずって感じでさ」
家の近くにある神社に着く。
年末には、毎年この神社でカウントダウンをする。
夏と秋に小さな祭りが行われ、子供の頃はそれを何よりも楽しみにしていた。
そして、祭りの終わり。
帰りたくないと泣いて父さんを困らせたことがあったな。
鳥居をくぐって境内に入る。
木々に囲まれたこの空間では、秋だというのにまだまだ蝉の鳴き声が聞こえてくる。
「もし……もしの話だけど、俺が先に死んだら……父さんはどう思う?」
参道を歩きながら父さんに質問する。
「それを……俺に答えさせるか?」
「ごめん。忘れて。なんとなく……聞いてみただけ」
「なんとなくで聞くな……。親よりも先に死なないでくれ。俺が言えるのはそれだけだ」
その言葉がなぜだか胸に刺さる。
秋風が頬を触れ、やるせない気持ちになった。
拝殿の前に着くと、財布から取り出した5円玉を賽銭箱に入れる。
そして、二礼二拍手一礼。
俺は手を合わせて神様にお祈りをする。
そうして、目を開けると父さんが目を閉じてお祈りをしていた。
父さんのお祈りはいつも長い。
あまりに長すぎて、後ろの人が時折迷惑そうな顔をする。
それだけ大事な願いがあるってことだろう。
ちなみに、俺の願いは「父さんと母さんがこれからも健康に暮らしていけますように」だ。
それが……親不孝の子供ができる精一杯の祈りだ。
まあ、これから親孝行すればいいんだけどね。




