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92. 記憶回廊①

「ここは……どこだ?」


 周りに見えるのは……会社の―――オフィス?


 ん?


 どういうことだ?


 俺はユリアンと戦っていたはずだ。


 あれ?


「ユリアンって誰だ?」


「なぁに、寝ぼけたこと言ってんですか?」


 俺は声のしたほうを向くと、黒髪の美人がいた。


「あれ? 深雪……?」


「深雪ですよ……。寝ぼけてるんですか?」


「あ……いや……その」


 そうだ、昨日は飲みすぎたんだ……。


 俺が担当していたプロジェクトのお疲れ会があった。


 お酒に弱いのに羽目を外してしまったようだ。


「まあ、佐々木先輩なら仕事はしっかりやるんでしょうけど……」


 深雪はやけに俺のことを信頼している節がある。


 彼女が1年目のときに教育を任されて……それもあって、深雪とは親しい仲だ。


 深雪は可愛く男ばっかの職場の中で華がある。


 同僚にはあんな美人の後輩がいていいよなって羨ましがれもした。


 実際、深雪は人気があり……よく男同士の話題に彼女の名前が上がる。


 だが、彼氏はいないらしい。


 ……まあ、俺とは釣り合わんだろうけど。


 なんたって、今まで彼女いたことがないんだからな。


 青春時代は漫画やゲームに費やしたと言っても過言ではない!


 そして今は念願のゲーム会社で働いている……ことはなく、大手のIT系の企業で働いている。


「飲むのはいいですけど……ほどほどにしてくださいね」


「俺、そんなに飲んでた?」


「べろんべろんに酔っ払ってましたよ……それとは別件ですけど……日曜日のことで……」


「日曜日……? なんのことだ?」


 俺は記憶を呼び覚まそうとする。


 ……俺の記憶……?


 俺は誰だ?


 ダメだ……全く思い出せない。


 きっと、昨日酒が弱いくせに調子乗って飲んだせいで……色々と忘れてしまったんだな。


 まあ、プロジェクトの一つが無事終了し、解放感があったのもあるけど。


「え……。それはさすがにないです。先輩」


 深雪はガチで引いた目で見てきた。


 ……やばいぞ。


 俺の警戒センサーが最大限に引き上がる。


 深雪がこういう目をするときは、本当にやらかしたときだ。


 以前、冗談のつもりで言ったギャグが面白くなさ過ぎたときの反応に似ている。


 いや、それよりもひどいか。


 まるで虫けらを見るような目。


 俺って一応君の先輩だよね?


 OJTだよね?


 そんなことを内心思いながら、


「えっと、それで……どうしたんですか?」


 つい敬語になってしまうのも無理はない。


 だって怖いんだもん。


「ほんとに覚えてないんですか……?」


 深雪がジト目で尋ねてくる。


 うーん。


 全く覚えがない。


 俺が首を傾げていると、深雪は「はあぁぁぁぁ」とわざとらしく深い溜め息をついた。


「もう知りません」


 深雪はプイッとそっぽを向いた。


 ほんと、何があったんだ?


「頼む! 教えてくれ!」


 すると、


「……デートのことですよ」


 深雪は顔を少し赤くして言った。


 え、そんなの約束してたの?


 本当に全くこれっぽっちも記憶にないんだけど。


「先輩から誘ったじゃないですか……もしかして、本当に忘れたんですか?」


 忘れてた……と正直にいうことはしない。


 27歳彼女歴なしの俺からすると願ってもない機会。


 それをみすみす棒に振ることはしない!


 記憶が欠落しているが……なんにしろ、グッジョブ俺!


「あ、そうだよな! うん! 覚えてるぞ!」


 俺はぶんぶんと首を縦に振った。


「日曜日……楽しみにしてますね」


 そういって深雪はその場を離れていった。


 うおおおおおお。


 なんかよくわからんけど……やったぜ!


 後輩に手を出しだゲス野郎?


 ははははは。


 そんなの知らん!


 勝てば官軍負ければ賊軍なのだよ。


◼️ ◼️ ◼️


 仕事が終わり家に着く。


「ただいま」


 誰もいない。


 まあ、一人暮らしだから仕方ないか……。


 帰り道のスーパーで買ってきた弁当をレンジで温める。


 今日は……金曜日か。


 スマホの画面には『9月11日 金曜日』と表示されている。


 そしてホーム画面の背景には、とあるアニメの金髪碧眼キャラが甲冑に身を包み、凛々しく剣を携えている姿。


 金髪碧眼……?


 俺は金髪碧眼キャラが好きだ。


 だが、今スマホに映し出されているようなアニメキャラのこと。


 だけど……何かが引っかかる。


 うーん、と頭を捻っているが何も思い出せない。


 と、そんなとき―――ピコン、とスマホが鳴った……limeの通知音だ。


『日曜日、10時に時計台の前に集合ですよ!』


 念を押すように深雪から連絡がきた。


『了解!』


 俺は短く返信をしておく。


 limeも仕事のメールも短く簡潔に。


 それが俺のモットーだ!


 コミュ障だからじゃないぞ!


 さて、日曜日の予定は決まったが……明日は何しようか?


 独身の一人暮らし。


 特にやることはないな。


 いつもどおりゲームでもやるか。


 ファイナルストーリー―――通称FSがやりかけだったな。


 ようやく、イフリートを手に入れた段階。


 イフリートは最初の方は使われるが、話が進むにつれて使う機会がなくなるキャラだ。


 でも、俺はこの炎の魔神が気に入っている。


 土曜日はゲームだな……と、そう決めたときだ。


 ぶーぶーぶーぶー。


 スマホが振動する。


 画面に表示されているのは【母親】。


 俺はスマホを手にとって、


「もしもし、母さん?」


「裕太? 元気にしている? たまには顔だしなさいよ」


 ゆうた……?


 一瞬、自分の名前なのに反応に遅れた。


 佐々木祐太……それが俺の名前だ。


「え……あ、うん。……明日帰るよ」


 今は無性に両親の顔が見たい。


 そして……なぜか、会わないといけない気がした。


「明日? 随分と急ね……。何かあったの?」


「いや、何もないよ……。久しぶりに実家に帰るのもいいかなって思っただけ」


「そう……。じゃあ、気をつけて来なさい」


 そのあと、しばらく話したあと電話を切る。


 仕事どう? とか、彼女はいるの? といったいつも通りお節介な母親。


 あんたは奥手なんだから、良い人見つけたら絶対に離しちゃダメよ……と。


 もう社会人なんだから、放っといてくれよ……。


 と、ちょっと鬱陶しく思ったのだが―――あれ?


 一粒の滴が頬を伝った……。


 俺は……どうして泣いているんだろう?

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