89. 喫茶店にて
クリス先生に連れられて、喫茶店に入った。
昼のピーク時は過ぎたというのに店内には多くの人がいた。
クリス先生がコーヒーを口にしたあと、
「ここまでよく勝ち進んだな。―――良くやった」
「え……。クリス先生に褒められた……」
普通にビックリした。
危うく手に持っていたカップを落としそうになった。
最近、クリス先生の俺に対する扱いがどんどん雑になってきており、めったに褒められなくなったからだ。
以前からほめられることは少なかったけど。
「お前は私をなんだと思っている? 成果を出した生徒を称賛する。教師として当然のことだ」
「教師の当然とクリス先生の当然は違いますから……」
「……お前のそういうところが褒める気をなくさせるんだ」
クリス先生の声には呆れが含まれていた。
「まあ良い。それで、どうかしたのか?」
「なんですか? 急に」
「お前が悩んでそうだったから、こうして喫茶店まで連れてきたんだ」
「あれ? クリス先生の休憩のためではないんですか?」
「そういう体だ。……気づけ」
「いや、普通にそんなのわかりませんって。ていうか、それならそうと普通に言ってくださいよ」
「お前は鈍感だからな。それだからお前はモテないんだ」
自分がモテないことくらい知っとるわ。
彼女ができたことはあっても、女子にモテたことはない。
俺には一生モテキなんてこないんだ。
だがな、一つだけ言わせもらうぞ。
「独身で彼氏なしの先生には言われたくないです!」
「何か―――言ったか?」
クリス先生が急に声を低くした。
その瞬間、急に体が冷えたように感じた。
物理的な寒さではない。
本能から危険を察知し、恐怖による寒さだ。
そして、
「おう……っ……」
クリス先生が教師が生徒に向けるべきでない表情をしていた。
あれは人殺しの目だ。
……殺される。
「せ……先生?」
「おう。すまんな。目の前の小僧をどう料理してやろうか考えていた」
それって完全に俺のことだよな。
なに、この人。
まじで怖かったんだけど。
「あはははは。冗談ですよ。こんな素敵な先生を見向きもしない男がおかしいだけですよ」
顔をひきつらせながら、先生をよいしょしておく。
実際、クリス先生って超ハイスペックなんだよな。
家柄が良くて、少しきつめの印象を受けるが文句なしの美人。
そして、若くして三ツ星になった天才。
逆にハイスペック過ぎて男が気後れしてしまうだろう。
「お前ももうちょっと女心がわかればいいんだけど。……ナタリーのこととかな」
「な、な、なんでそうなるんですか!」
つい先程のナタリーとの出来事を思い出して、顔が赤くなる。
「はっはっは。若いな! 青春だな!」
クリス先生は機嫌よさそうに笑った。
「先生が思っている悩みとは違いますからね! その……なんていうか……」
俺がもごもごと呟いていると、
「ユリアンのことだろ?」
クリス先生は、ストレートに聞いてきた。
「まあ、そうなんですけど……。僕はユリアンさんに勝てると思いますか?」
「無理だな」
クリス先生はばっさりと切り捨てるように言った。
「え、即答って……」
「あれの強さは他とは一線を画してる。あと2年……いや1年後のお前なら、いい勝負ができるかもしれん。だが現状、ユリアンに勝てるとは思えない。会場全体を陰魔法で覆いながらもナタリーと互角に戦う魔力制御。……どうして、そんな面倒なことをしたかわからんが。あれは頭ひとつ抜けてるぞ」
「まわりくどい?」
「陰魔法を使いながらの雷魔法。わざわざ二重魔法を行使し続けるのは正直言って効率が悪いだろ」
確かにそのとおりだ。
自分の力を誇示したかったのだろうか。
ひょっとしたら、本当に妹を傷つけたくなかったのかもしれん。
いや……それはないな。
ユリアンとは少し話しただけだが、彼がナタリーのことを想っているようには見えなかった。
そうでなければ、ナタリーがあそこまで苦手になるはずがない。
「ユリアンに深手を追わせたナタリーはさすがだと思うが、それも油断があってのこと。正直、学生のレベルを超えているからな」
「そう……ですよね……。でも、僕は勝ちたいです」
クリス先生は目を合わせてきた。
「誰もが勝ちを望んでいる。勝ちたいのはお前だけじゃないし、勝ちたい気持ちだけで勝てるほど甘くはない―――が、お前なら何かやってくれそうな気がする」
「今日はやけに持ち上げてきますね」
「お前にも期待してるからな。まあ、1ペニーぐらいの期待だけどな」
「安すぎません?」
「マイナスよりはマシだろ」
「いや、そこはせめてゼロよりはマシと言ってくださいよ。……コーヒー代にもならない程度の期待ですけど、応えてみせますよ」
俺はそう言って残り少なくなったコーヒーを飲み干した。
ちょうど、今口に入れたのが1ペニー分くらいだな。
やっぱり、期待値低すぎない?




