55. 魔法の力
初めて生き物を殺したのはいつだったっけな。
そんなこと覚えていない。
虫を殺すのに、心をかき乱したりはしない。
魔物相手であっても、同じだ。
ゴブリンを倒したときに、心が痛むことはなかった。
でも、殺す相手が人間だったら?
考えたことがなかった。
人を殺せるだけの力を手にしながら、そんな未来を予想だしなかった。
昔、カザリーナ先生に言われたことがある。
「オーウェン様は、何のために魔法を学んでいますか?」
そのときはなんて答えたっけな?
「あんまり考えたことがないです。純粋に魔法を学びたいから……ではいけませんか?」
「今はそれでも良いですよ。魔法は便利ですが、凶器にもなり得ます。それだけは覚えておいて下さい」
カザリーナ先生は優しい笑みを浮かべながらそういった。
俺は常に凶器を持ち歩いているのだ。
何十人、何百人を殺せるほどの凶器を。
「オーウェン。ここで何があった?」
クリス先生が俺の前に立って聞いてきた。
「ドミニクを……」
そう言おうとした瞬間、胃の中のものを石畳にぶちまけた。
気持ちが悪い。
吐き気が止まらない。
「立てるか?」
「はい……」
「少し、場所を移そう。ファーレンも一緒に来い」
クリス先生のあとに続いて、人気のない路地裏に来た。
先生は、俺が落ち着くまで待っていてくれた。
「気分はどうだ?」
「はい。もう大丈夫です」
「そうか……。単刀直入に聞くが、ここで何が起きた?」
事の経緯を細かく説明した。
と言っても、ここに到着したらドミニクが化け物になっており、そんなドミニクを俺が殺した。
ただ、それだけのことだ。
話を聞き終えたクリス先生は、重々しく頷く。
「ドミニクが、魔物がお前たちに襲いかかり、お前たちがそれを退治したということだな」
「……はい。そうです」
「なぜ、ここにきた? この件には関わるなと言ったはずだ」
ファーレンが口を開く。
「ドミニクさんを助けたかったからです」
「助ける? 自惚れるなよ」
クリス先生はファーレンを睨む。
「私は―――!」
「なあ、ファーレン。お前はお前だ。他の誰でもない」
「そんなこと……。知っています。知っていて私は……」
ファーレンは、悔しげに下を向いた。
「オーウェン。お前が魔物を倒したんだな?」
「僕が……ドミニクを殺しました」
「お前たちの無謀な行動は褒められることではない。だが、それで救われた人もいる。そんなに気に病むな」
「……魔法ってなんですか?」
「願いだと、私は思っている」
「僕は、何を願ったんでしょうか? 僕は……ドミニクの死を―――」
「オーウェン。今日は休め」
クリス先生は俺の肩に手を置き、
「帰って寝ろ」
と、言ってこの場を後にした。
先生が見えなくなったところで、ファーレンが俺の方を見た。
「すみませんでした。オーウェンさんが悪いわけじゃないのに責めるようなことを言ってしまって……」
「いや、大丈夫」
俺は笑ってみせた。
何が大丈夫なんだろう?
「ドミニクさんを救えませんでした」
「なんでもかんでも救おうってのは無理だ」
俺が好きなアニメの有名なセリフがある。
誰かを助けるってのは誰かを助けないってことなんだ、と。
「1人を救って大勢を殺すか。大勢のために1人を殺すか。その1人が友人だったら? 恋人だったら? 家族だったら? もしくは、恋人と家族のどちらかを殺す必要がある。ファーレンならどうする?」
「私には……決められません」
「俺だって決められない」
そんなの決められるわけがない。
でも、そこまで極端な選択でなくても、選ばなくちゃいけないときがある。
「きっと両方に手を差し伸べます」
「全部を助けるってのは傲慢だ。いつか本当に大切なもの、手放す事になるぞ」
ファーレンの考え、正義感にイライラする。
いや、違うな。
自分の浅はかさにイラつく。
魔法が使えるようになって、舞い上がっていた。
ドミニクのことでも、もしかしたら何かできるかもしれないと思っていた。
その結果、俺の手でドミニクを殺した。
関わるべきではなかった。
今回のことで正解があるのなら、最初から関わらないことだった。
そして、自分の知らないところでドミニクが処分される。
それが最も正しい選択で、答えだった。
「オーウェンさん……」
ファーレンがポツリとつぶやく。
俺はそれを尻目に、その場を去った。
人を殺すって、案外簡単なことだったな。
人指し指を突き立てて、「銃弾」と言って魔法を放つだけで良い。
そうすれば、相手の胸に綺麗な穴が開く。
収まったと思っていたのに、胃から何かが込み上がってくる。
俺は壁に手を起き、下を向いた。
気持ち悪い。
全部、吐き出してしまいたい。
魔法が使えるようになって、ヒーローにでもなったつもりでいた。
俺はヒーローなんかじゃないのに。
漫画の主人公のように、すべて解決してハッピーエンドとはいかない。
「あああああ、くそっ!」
ありったけの力を込めて、壁を殴った。




