40. 特訓
「カイザフさん。やめましょうよ」
この人、真面目そうな雰囲気とは裏腹に、随分とはっちゃけた性格をしている。
「どうしてだい? こっそり女子寮に入るだけで、何も悪いことはしない」
いや、その発言が駄目だから。
犯罪者だから。
「そんな簡単に潜入できるんですか?」
俺たちが泊まっている寮から、少し離れたところに女子寮がある。
女子寮は3メートルほどのフェンスに囲まれている。
入り込もうと思えば、できるかもしれないが、見つかったらアウトだ。
「君は飛行魔法が使えたね。それを使えば―――」
「使いませんよ」
「冗談だ。まあ、体が侵入したら怒られるけど、声だけなら問題ないだろう」
「声だけ?」
「そう。風魔法を使えば、声を届けることもできる。―――風よ、言葉を導け」
カイザフはそう言って魔法を使った。
「あの……」
俺が何か言おうとしたら、口に人差し指を当てられる。
そして、カイザフは何もない空間に向かって話し始めた。
「あー、もしもし、モネ。聞こえるかい? ―――ん? なになに? どこから声がしてるかって? いつもの風魔法さ。なんだ、シャワーの音がするな……。君は今、裸なのか。それはすまないことをした。え? くたばれって? 俺と君の仲じゃないか。……死ねとは良くないな。あっ、そうだ。用件だけ言っておくよ。オーウェンが君に頼み事がある。女子寮の前で待ってるよ。じゃあね」
カイザフは会話が終わってこちらを向く。
「―――モネは今、シャワー中らしい」
「……聞いてましたよ」
カイザフってふざけた奴だよな。
もっと、真面目な人だと思っていた。
「あと30分もすれば、モネがこちらに来るから、それまでここで待っておこう」
「あの、カイザフさん」
「なんだい?」
「さっきの魔法、今度教えてもらってもいいですか?」
「いいよ。これで好きな子のシャワーも聞き放題だね」
「そんなことしませんよ!」
単純に有用そうだと思っただけだ。
それからしばらく待つと、モネがやってきた。
「あ、あ、あんたね! ぶっ殺してやるわ」
そういって、一気にカイザフとの距離を詰めて
「ごべぱっ……!」
カイザフの腹にモネの右手がのめり込んだ。
あまりの速さに、動きを目で追うので精一杯だった。
「ふー、すっきりしたわ。それで、オーウェン君。あたしに何の用?」
「用って言うより……カイザフさんに連れられたので……」
そこで死んでいる彼に理由を聞いて下さい。
「オーウェンが悩んでいたから、相談に乗ってあげてほしい」
さっきまで腹を抑えていたカイザフはいつのまにか、俺の隣に立っていた。
立ち直り早いな。
「相談?」
「相談っていうより、特訓かな。授業で打ち負かされたのが原因で夜も眠れない。さっきも俺に泣きついてきたもんで、どうしようかと考えていたんだ」
おい、そこまでは言ってないぞ。
勝手に話を盛るな。
「もしかして、その相手ってトールのこと……?」
「は、はい。そうです。交流戦でリベンジしたいです」
交流会の最終日には、サンザール学園とセントラル学園の代表同士の交流戦がある
そこで、おそらくトールが出てくる。
「そういうことね。いいわ、手伝いましょう」
「え、いいんですか?」
「当たり前よ。もともとオーウェン君の頼みならなんでも聞くつもりだったわ。それに、弟のためにもなりそうだからね」
「お願いします」
「じゃあ、場所を変えましょう。……カイザフ。あんたもついてくるのよ」
「デートのお誘いかい? もちろんだとも」
「は? バッカじゃないの」
モネの目が呆れを通り越して、感情が抜け落ちたような目をしていた。
好きの正反対は無関心っていうけど、このことかな?
■ ■ ■
俺は歩いている中で、今日のことをモネに話した。
「それは、大変だったわね。あの子……トールは、昔から戦いになると、乱暴な性格になっていたのよ」
「そうなんですか。でも、僕が弱かっただけなので」
「君、謙虚だねぇ。どっかの馬鹿カイザフと違ってね」
「何を言っている? 俺は謙虚だよ」
「嘘よ。あんたはいつも自信満々じゃない」
「自分と相手の実力を正しく把握しているだけさ」
「それで、オーウェン君に負けたの? なっさけないわね」
「ははは。それを言われると痛いな」
カイザフが頬をかく。
しばらく歩くと、先程座っていた芝生についた。
さっきカイザフと話していた場所に戻ってきたのだ。
「それで、リベンジを果たしたいってことだけど、あたしは魔法についてはほとんど教えられないわ。魔法についてなら、そこにいる馬鹿に聞いたほうがいいわよ」
「いえ、魔法ではなくて、身体強化を学びたいです」
「身体強化を……? それは今日の敗北があったから?」
「……はい」
「別にいいけど、今日明日でどうにかなるものでもないわ。付け焼き刃でトールに勝てるとは思えないけど」
「大丈夫です。勝てなくても、一泡吹かせてやりたいので」
「そう……わかったわ。じゃあ、あたしがトールやるわ」
「……どういうことですか?」
「トールの動きを再現するだけよ」
「そんなことできるんですか!?」
俺の驚きに、カイザフが応答する。
「モネは天才だからね。セントラル学園初等部では、モネに勝てる者はいない」
「それは皮肉? あんたには一度も勝ったことがないのに。それと、動きを真似られるのは、トールだけよ。弟の動きは飽きるほど見てきたから」
それでもすごい。
俺は武術に関しては、人並みの才能しかないから尊敬する。
「用意はいい?」
「はい!」
「じゃあ、行くわよ」
こうして夜の特訓が始まった。




