38. 敗北の少年
開始の合図とともに、目の前にいたトールの姿が消える。
そして、
「ぐはっ……」
腹に痛みが走る。
トールに殴られた。
とっさに、身体強化で腹に魔力を込めたものの、間に合わなかった。
続けて、左の脇腹を蹴られ、横に転がされる。
「おい、てめぇ。寝ぼけてんじゃねーぞ」
トールはそういって、俺を睨む。
こいつはほんとにトールか?
さっきまであんなにオドオドしていたじゃないか。
「さっきもチンタラ組み手やっていたが、てめぇ、相当雑魚だな」
トールって戦闘態勢に入ると、乱暴な性格になるのか?
同じコミュ障同士、仲良くできると思ったのに。
「ざ……雑魚で悪かったな」
俺は立ち上がり、魔力循環を行い、身体強化をする。
そして、トールに向かって走り出し、
「おりゃあー――ぐほっ……」
殴りかかったが、避けられた上にカウンターを食らった。
後ろに吹き飛ばされる。
いってええぇぇぇ。
この野郎。
容赦なしかよ。
「レン先生! これではあまりにも、不利です! せめて、魔法の使用許可を!」
ナタリーが抗議に入る。
「駄目です。これはそういう授業ですので」
「そんな……理不尽じゃない」
「ナタリー、理不尽も何も、ここで魔法を使ってはいけないというルールなんだ。黙ってオーウェンを見守ろう」
ベルクがレン先生とナタリーの間に入って言った。
ナタリーはベルクを一瞥すると、
「わかったわ」
しぶしぶといった感じで頷いた。
ベルクの言う通りだ。
サッカーにおいてキーパー以外の選手が、「なぜ手を使ってはいけないんだ! 手を使えれば、誰にも負けない!」と、言ったところで、意味がない。
サッカーをするなら、足を使って勝負しないといけない。
それと、同じように、俺は身体強化を使って戦わなければならない。
「おいおい、こんなんで終わりじゃねーよな」
「……当たり前だ」
勝機はない。
だけど、やられっぱなしは嫌だ。
俺は負けず嫌いなんだ。
起き上がって、トールをきりっと睨む。
「おお、いいぜ。滾ってんな! そうだ! お前に一本だけ攻撃させてやろう。どこからでもいいぞ。かかってこい」
舐めんなよ。
俺には必殺技があるんだ。
意識を集中して、魔力循環を始める。
魔力循環しながらも、特定の部位に集中して、魔力を込めることができる。
魔力を込めたい箇所でループさせればいい。
例えば、右手に魔力を込めたいなら、魔力を右手で2回転させてから、循環させれば良いのだ。
「とっておきを見せてやる」
俺は身体強化を行った状態で、右手で魔力を込める。
「いくぞ、トール。俺の本気だ!」
俺は走り込み、そして、
「鉄拳……!」
トールの腹めがけて右手の掌を突き出した。
―――が、しかし
「馬鹿か、てめぇ」
俺の一撃は綺麗に空振りする。
「……ゴホッ」
そして、前かがみになったところで、背中に衝撃が走った。
おい、攻撃させてくれんじゃないのかよ。
さらに、腹を思いっきり蹴られ、俺はその場にうずくまった。
「ガッ……ゲホッゲホ……」
息が苦しい。
「ちょ、あんた! さっきの言葉は嘘だったの!?」
「外野は黙ってろ! そもそもよぉ、相手に一本殴らせる馬鹿がどこにいるんだよ」
くそっ、騙された。
少年ジャ○プの世界では、こういうときに一発殴らせてくれるのに。
「勝負はつきましたね。オーウェン君。怪我が酷いようなら、医務室まで運びますが」
「い、いえ、大丈夫です」
確かに痛みはあるが、医務室に行くほどではない。
「わかりました。では、簡単な手当てだけさせてください」
レン先生が俺の体に触れると、暖かいものが体中をめぐる感じがした。
しばらくすると、体の痛みが和らいだ。
「すみません。私は君のことを過大評価していたようです。カザリーナさんの弟子ということでしたので」
「カザリーナ先生をご存知なのですか?」
「はい。学園時代に大変お世話になりました。最近、カザリーナさんにお会いしたときに、君の名前が出てきたので。どんなものかと期待していたのですが……残念です」
そんなこと言われると、なんか、悔しいな。
「お、オーウェン君。ご、ごめん。僕、戦闘態勢に入ると、自制できなくて……。こ、こんな風にするつもりはなかったんだ」
やめろよ。
謝るなよ。
「大丈夫だ。気にしてない」
俺はトールに笑いかける。
嘘だ。
俺だって魔法が使えれば、もっとやれたのに。
言い訳でしかないが、そう思ってしまう自分がいた。




