間章 飛び立つ鳥の周りの人達
コルグートはもう一人の孫娘とでも言うべきポーオレの旅立ちを外から覗いていた。
彼女の親はポーオレに関しては、全てを諦め切っている為に、口出しも何一つせずに居たが、コルグートは生憎とそこまで彼女に対して諦めてなど居ないし、ヒサシゲと言う害悪に比べれば数千倍可愛い孫である為に、彼女との別れを惜しむように空を見上げていた。
あの戦闘機関の持ち主であるお嬢様とは、あまり会話をする事もなかったが、随分と染まっていた少女である事だけはコルグートとて理解できていた。だが随分と派手すぎる旅立ちを行う事に、納得と、それ以上の呆れ徒もいうべき感情が、彼の頬の皺を深くさせた。
あの少女の姿は、本来であれば弟子であるヒサシゲが行っていたであろう行為だ。
かれは彼女の年よりも前に、ああ言う事をしでかしてでも西に向かっていた筈の存在である。自分とポーオレが、あの手この手と彼を誘導していたのは間違いない事実だ。
この世界に縛り、いつか来るはずの別れを引き伸ばそうとした。その結果の余波は、世界にとって大きな爪痕となって残る事になるが、種無し爺の道楽の結果だ。
彼は随分と満足そうな笑みを浮かべてその結果を見た。
目をつぶれば思い出せるヒサシゲとの出会いからの日々、波乱ばかりで、もはや存在一つが動乱に近い存在であったが、その出会いから今までの時間は決してつまらない分けもなく。まだ故郷に居た時の記憶を髣髴とさせた。
それは彼にとって、懐かしくも忌まわしく、だが誇るべき最低最悪の青春。
しかしそれはより鮮烈だった。主役と言う立場から傍観者へと変わって、自分をフラグとした世界の変貌は、きっと世界に凄まじいほどの波紋を作り上げた。
ただ西の果てに、あそこには唯の一つも何もない場所だと言うのに、誰一人として疑問に思わず駆け出した。そこは世界の終着点だ、その場所に辿り着いたことすらない男はそう断言する。
ただかつて最果てを見た事があるからこそ言い切る。
西の果てには何もない。
だが自分が作り上げた本来の勝者とは違う西域到達戦争の結末。同盟を破綻させ、常識を瓦解させ、残りに残った絞りかすであるかつての時代の残滓に過ぎない屈伏艦と呼ばれた機体の世界から、何より自分の手元から雛であった二人は飛び出した。
世界はかくも変わってしまった。かつては最強艦と不沈艦、そして無敗艦の同盟であるフライこそが、西域に到達すると信じられていた時代。武勲艦の一両、駆逐艦コタマワリより始まる第六次西域到達戦争から、最大同盟すら自分で破壊して残された人類最後の一両であるクルワカミネ。
そこに残った人類は、平穏を愛しながらたった一つの異端によって、一つの破綻を迎えてしまった。
だがコルグートはその世界を見ながら、傍観者のまま一人世界の動きを楽しむ。
何せその平穏を維持する為の狂人は、この状況を全て利用しつくしている。狙い通りというしかないほどに確実に、結晶操作と言う特殊技術をもってしてようやく成し遂げられる状況支配によって、お天道様は一人だけは機会としてとらえていた。
「どいつもこいつも、どこか頭の螺子が抜けておる。ご都合主義とはあるが、一体これは誰の都合で回っているのだ」
観測できるからこその笑み。
ヒサシゲは楽しんでいた。ポーオレはヒサシゲを追いかける事しか考えていない。ラディアンスはただ目の前を一歩進む事だけに必死になって、誰もが違う場所を向いて目的を遂げようとしている。
その目的を遂げた一人は、つまらなそうに、何より白々しく口角を吊り上げていた。
「運が悪いな。災害とは言え、随分と私の腹心たちが死んでしまった」
必要があればその場で涙を流す程度の事はするだろう男は、邪魔な派閥の人間が不幸な事故で死んでしまった事実を聞いて、とてもとても悲しそうな表情を作った。
彼らは優秀な人材だった。だからこそ独裁政権の中で、ひとかどの地位を築き、王にさえ口に出せない権利を得るまでに至った人物たちだ。
彼らはこの世界において正しく重鎮だっただろう。ただ彼には邪魔だっただけの事だ。都合が悪かったから、『偶然』に『運悪く』起きた『災害』によって『犠牲』となっただけ、それを観測していたコルグートを除けば、誰も知りえる者は存在しない。
いや、一人居るが、残念ながら彼女には、それを口にする力も権限もない。
首領によって封殺されつつある婦人の派閥には、もはやそれを立てに脅す力すらも存在しない。
多分ラディアンスが、それに乗る段階から彼はこれを計画していた。娘と言う災害を使いこなし、誰よりも自分の都合の言い様に世界を動かして見せた。
だからこそなのかも知れないが、彼女はヒサシゲとの距離を図る事が出来なかった。まだ未熟だと告げるように、彼女の行為の全ては一人の男の利益に帰結する。
これからもきっとラディアンスはそれを知る事はない。
誰よりもこの世界を誇示しようとする男は、狂的なまでに冷静な顔で笑っている。まるで口元と表情が別もとの思えるほどに、流石あの化け物の娘だと納得させられるほど歪な感情を表現している。
彼にとって、人材の補填など今は価値がない。後継者が居なくなった時点で彼は全てを切り替えた。ラディアンスと言う存在を惜しくも想ったが、使えない道具に彼は価値を持たず、それは自分を含めた全ての人間に適応する代物だ。
これからの始まりに対して、残念ながら彼らの影響力は大きすぎ、なにより力が足らなさ過ぎる。
要らない頭は挿げ替えるのが一番楽で早い。自分にとって数時間前には使えた駒だが、使えない頭となってしまっては、後腐れなく事故で死んで貰うのが一番ありがたい。
だから遠慮なく構造を変えることが出来る。この災害で起きた死者は、悲しい事にそう言う支社とごまかし程度の偶然を装う被害者の数だけだ。
降ってわいた災害で、人がしぬ事などはっきり言って現代でも往々にある話であり、意図的に災害を操る人間を想定して生きている奴など、この世界にはそう存在しないものである。
偶然その技術を手にした男は、使えると言う理由だけで、この世界における中枢である純結晶を操りそれをなした。
「恐ろしいお天道様だ。使えないなら何もかも捨てる。随分と正気の沙汰じゃないな」
「なに、娘とあの男と変わらん。私は私の夢があるだけのことだ。その為に今まで壁外に干渉しないでおいてやっただろう鉄道大臣。少しばかり掌握するのが遅すぎると思うが」
「あそこには、先の大戦の勝者が居る。それはそちらも記憶していたと思うが、そしてあの二人も私よりは格上の存在だった。所詮私は戦闘機関乗りだ、彼らのように政治の場面では役にもたたんよ」
先の大戦の勝者その言葉を聞いて、彼は不快な顔を隠さない。
大老コルグート、タイシャにおける鉄道省の統合幕僚長だった男だ。本来であるのなら、彼が欲しがった存在の一人であるが、絶対に手に入らないと言い切れる人物であった。
彼はもう存在自体が傍観者である男。使える力がありながら、何もしようとしない木偶であるというのが、彼の結論である。
目的を持ち動き出す人物を彼は肯定し、邪魔であるなら殺すが、殺す価値もないと言うのに力だけはあるコルグートを毛嫌いしていた。
「あれは物の役にもたちはしない。お前以上に使えるものがこの世界にいるか。だからこそ壁外の運営は、表向きは全てお前に任せる」
「こちらが使える限りは、だろ」
「今までそこを変えたつもりはないと思うが、私の側付だったお前がそれを理解していないのか」
「嫌と言うほど理解している。だからこその確認だお坊ちゃま」
首領の皮肉に彼は、まだ夢を持つ前の間隔を思い出すが、ふんと鼻で笑うだけで踵を返した。
これを機に三つの要塞列車派閥は消え、完全にクルワカミネの派閥の一本化がなされる。少なくとも、彼が存命であり続ける限りの話だが、それを知っているからこそ、さらに容赦のない手腕が振るわれるが、西の果ての二人には関係のない話だ。
それをただ歯噛みしながら耐える淑女は、こんな情報なんて知りたくなかったと涙を流した。
ここまで利用されつくしても、利用と言う言葉を止めない化け物は、彼女を鉄道省の情報本部に配属させ、本部長として名前を与えられる事になる。
躍進であるのは間違いないが、利用ばかりを積み重ねられる心中はどれ程の屈辱で染まっているだろうか。
多分一人の男の偶然で、あるお姫様は発起しこの状況を作り出し、その父親はその状況を利用しつくしている。全てが偶然だろうが、その仲でただ宙で踊らされ続けた淑女は、屈辱に耐え切れるはずがなかった。
覆してやると、涙を溜めた瞳で空を翔るラディアンスの機体を睨み付けた。
お前が居なければと、そしてお前が堕ちれば、この状況の全てを覆す事が出来ると理解しているからだろう。
この機体の乗り手が分かれば、誰もがこの世界の構造を認めなくなる。
そうなればあの男の願いはきっと破綻するだろうと考えた。
彼女はもう一人の男に屈伏していた。それを覆したくて、ただ利用される状況を認めたくなくて、盤面をひっくり返そうと足掻き続けていた。
ラディアンスは前しか見ていなかった。
淑女の意思なんて、足引くその感情の全てを待ったくいに返していなかった。
走り出し続ける彼女に、息が切れて足が千切れても動こうとするだけの怪物を捕まえようと、気付いたときには彼女は、戦闘機関に乗っていた。
BT-EDGE07 川蝉と呼ばれ軽機関の原型ともなる07型のオリジナル。フィルターを超えて攻撃する事に特化した代物で、戦争時代最も戦闘機関乗りを殺した戦闘機関である。
軽機関は全てここからの派生である為、準軽機関として扱われる事もある機体だ。その優れた殺傷性は、間違いなく全戦闘機関の中でもトップクラスであり、衝角戦闘の意味を成さない事から、最も優れた重機関扱いを受ける機体である。
彼女がそれを動かしたのは、少しでも殺害の可能性が挙げられる機体を求めたからだ。
しかし彼女は冷静な部分が抜け落ちているからと言う理由でもある。その期待は優れた殺傷性を保有するが、その大雑把な特性は運動エネルギーの増幅と放射である。自分と相手の衝突エネルギーを増幅させ、相手のフィルター内で発生させる機能だ。
これはラディアンスがエースとの最後の戦いの際に使った自爆による回避に近いものだ。それをフィルター内で炸裂させれば、容易く戦闘機関でも破壊されてしまう威力がある。
何よりこの機体が優れている面は、エース技能を機械制御によって発生させる事に成功させた唯一の戦闘機関である事だ。
それが戦闘機関乗りを最も殺したと称された機体の本領だ。
後にこの機体を基盤として軽機関は完成されたが、エース技能の保有は情報能力の制限からも不可能であり、最も優れた戦闘特機は現存六両、全て政府所有の機体であったが、そもそもペナダレンの様な、存在すら危うかった機体すら駅に死蔵されている
機体の特色など正直に言って彼女には関係ないだろうが、命を刈り取れる機体が存在して、自分が行動できる機械があるのならそれで十分なのだ。
彼女は前を目指せない。相手を自分の前に落とす事しか出来ないから、辿り着こうと言う思考がそもそも存在しない。だがそんな彼女だって、目指そうとしたいし、届きたいと願う。だから現状を覆そうと必死になるのだ。
ラディアンスと言う死体が見つかれば、それだけでこの世界は確実に覆る。
それを彼女は知っているからこそ、太陽を翳らせてやろうと必死になった。
「私はただではいらない。ただじゃそんなもの」
自分の今を台無しにした奴らと、それを利用し尽くした奴に、何一つ抵抗もせずに現状を認めることが出来なかった。
彼女は次世代の一人として育てられた。
だがこの世界で次世代のひとりとなるには、血によるつながり意外にもう一つ絶対的な理由が必要だ。薄皮一枚隔てた世界は、生物たちが生きるには絶望的な世界で、そこで生き抜くには当然力が必要だった。
淑女もそれは変わらない。三巨頭の一人である婦人の後継者、そこに行き着くまでにはそれ相応の対価を必要としていた。所詮は彼女の生い立ちなんてのは娼婦の一人が孕んでおちた子供に過ぎない。ただこの世界において人的資源は、いくら居ても足りない代物だ。
全人類総数百万人程度。
クルワカミネの一機の本来の最低収容スペックはその十倍である事からも考えれば、人的資源が存在しないのかも分かりやすいだろう。枯渇と言ってもいいほど人が足りないのは事実だ。
これは機械的な意味でもなく、ただ人類と言う種族の破滅を予想させるといっても過言ではない。っそれほどの危機をただ漫然と生きていく人は気付けないだろうし、当たり前となった現状ではそれほど気付く者は多くないかもしれない。
最盛期億を越えた人類は、百万程度までに落ち込んだと言えば、どれ程世界の現状が絶望的なのか想像もつくだろうか。
その中から生まれで差別するのは、教育を受けたかそうでないかの差だけである。
最もそれを特権階級だと受け取ってしまう人間が増えてきたのは、間違いない事実であった。もっともだがそういった垣根を越えるために、お天道様は現状を塗り替えるために効率のいい手段をとった。
この大災害だが、ふざけた事にと言うか、当然の事と言うべきか、壁内で以外起きて居ないのである。いまさらこうなった理由と原因がどこにあるかなど語る必要も無いが、結果としてそう言う状態なのだ。
徹底的に破綻したのはあくまで壁内であり、壁外にはなんら被害は無い。
現状における壁外と壁内の状況は一変したと言っても否定できないほど、優位性に関しての天秤が変貌している。だが片方に揺れていた天秤の逆側に度程度の錘が来たところで、均衡しか作り上げられない。
お天道様の手のひらの上の世界は、間違い一つ無く動いていると勘違いするほどに、二つの関係を均衡させてしまった。
いつかは崩れる関係なのだろうが、多分だがそのお天道様は織り込んでいる。
人に堺を作ったこの状況に、一つの変貌を加えようとしているのだろう。それが出来る機会が出来たのなら、彼はためらい無く行うだろう。
そんな世界となった現状で、ただ一人手のひらで回る淑女と言う名の女は、まだ差別が残るはずの世界で選ばれた存在の一人であった。今までの世界から、これからの世界に彼女はまだ追い付けない。その喪失感と孤独は、憤怒となって一人の路線に追いすがろうとする。
今までと変わった自分が無価値となる世界。淑女にはそれが許されない。
だから落としてやると決意する。この世界が始まる前に、ただ進むだけの機械が消えれば、この建前すら消えるからだ。
この一手で全てが変わる。そう言う事実はあるし、そうである事も変わらないかもしれないが、何もしないで終われるほど、彼女の今までの行き方は決して弱いものではない。
数少ない人から掴み取ったと言う自分の自負が、ただの道楽の限りを尽くして暴れまわる人間を許せない。
道楽を尽くすそれは、立場があった、能力もあった、さらに言うなら自分以上の環境もあった。
だがそれは全て捨てて、自分の全てを台無しにして見せた。
そして彼女が放った言葉の全ては、『運が悪かった』だの『仕方ない』挙句に『ご愁傷さま』である。これをよりにもよってラディアンスは全域通信で言ってのけたのだ。
罪悪感の欠片も無い言葉は、何も揺るぎもしない自己価値観だけで形成された傲慢だ。
だが届かない。いや落とせるはずのその一歩が踏み出せない。
彼女の世界に広がるそれは別世界だった。赤い砂礫が、稲光と共に炎に変化する世界が、肉の目となって風を渦巻かせる世界。光の乱反射が水となって燃え出し、後部ととなって融け始める。
人の住まうべきではない本当の壁の外。人類を封殺した世界と言う名の現実が、門の果てに存在している。のどさえ冷えつくような恐怖に、機体の速度は本来の性能を引き出す事が出来ずに、それどころか速度は緩やかにだが間違いなく動きを止めていく。
ただ真向かいに見せ付けられた世界。知っているだけだが、踏み込む一歩すら恐怖で歪む現実の中に、楽しそうに汽笛をあげながら踏み込む機体に彼女は追いすがれなかった。
呼吸が止まり体が動かず、機体は何をする事もなく止まった。目尻滲む感情は、その悪意に届かない現実と、踏み出せない自分の体に対する激怒。
それでも届かない。
動かない機体の代わりに自分の手を伸ばしても、届くはずがない事なんて分かっているのに、動けない自分に何でと、何でと、分かっていながら分からない振りをしながら罵声を上げる。
死んでもいいという感情が合ったくせに、彼女は目の前で怯えただけ、まだ何もなしていないと言い切る自分が、こんな下らない事でしぬと考えてしまった瞬間に、淑女は身を竦ませた。
目の前に開いているのは化け物の口だ。ただ食い散らかす為だけに開かれた世界と言うしかない。分かりやすく見せられた世界の一片は、ラディアンスにとっては自分の領域であるのかもしれないが、異形としか言えないその場所は、目指す者たちですら受け入れない地獄だ。
ただ落してやると言うだけでは辿り着けない。そこを踏み荒らすと決めて、一歩を確かにして始めてその場所には道は出来る。
無遠慮に獣道すら見えずに樹海に踏み込む輩よりは、危機感を持つと言う意味では優れているのだろう。
だがその危機感と、目的と言う名の欠如が彼女に二の足を踏ませたのは間違いない。
ここに嬉々として飛び込む馬鹿はそうは居ないのだ。その馬鹿は現実なんて無視して、夢だけで押し通るのだが、そんな簡単そうな事が、難しすぎて誰にでも出来る事ではないのも現実だ。
随分と皮肉の効いた矛盾だが、それが出来る事が夢を叶える一歩なのかもしれない。
「あんな、あんな、何で、何でですか。何で、何で、あれに、わたしは、私が」
あんな脳の枷が外れた様な、人類の恥の極点のような輩になぜ、自分は届かないのかと悲鳴の等しい声を吐き出す。誰に問いかける訳でもない言葉ではあったが、納得できる理由なんて何一つ浮かばなくて、床を殴りつけた。
「私が、何で……」
追い付く事も出来なかった。この世界の怨念を背に、鼻歌でも歌う様に、人類馬鹿筆頭の一人はらんらんと眼を輝かせていた。
誰の声も意思も感じても聞こえてもいない。ただ前だけを見て、全てを置き去りにしながら動き続けている。
響く汽笛の音が、彼女の後悔の全てをきっと置き去りにして、慙愧の声すら届かないまま、目的だけをまっすぐに見据えている。脚の動きは揺るがず、踏み出す先はいつでも同じで、そんな彼女を見る眼はいくつもあった。
期待する者も、都合のいい道具だと思う者も、ただ怨嗟の声を上げる者も、その全てを意に介さずに彼女はのたまい続ける。それは夢追い人の妄言であり、妄想ばかりの戯言だ。しかしもしかしてそれは、狼少年の後に起きる物語かもしれない。
子供の嘘を無視して、子供は殺され、集落は狼に襲われる悲劇がそこにはある。
それも起きるかどうかも分からない。もしかしたらがつく程度のお話だ。
だが少女は間違いなく道を進んだ。その世界の全てのてが彼女をつかんで止めても、何もかもを置き去りにしながら世界に布告した。
この日に、ラディアンスは間違いなく。誰もが諦めた世界に宣戦布告した。
自分が持ちえる全ての感情の集約点であるその世界を追い立てるために、東から吹き荒れる風を全て置き去りしながら、この世界最後の東の風は間違いなく吹き荒れていたのだ。
「私はまだ、まだなにも」
その風に必死に追いすがろうとする淑女は、もはやその美貌すら忘れて半狂乱と言うしかないほどに、届かないラディアンスたちに声をかけ続ける。
止まれ、止まってくれと、機体も体も動かず、何も出来ないとわかっていても、彼女は屈服を認めたくは無かった。自分はやれる、まだ、まだ、諦めていないと、心に言い聞かせるようにして、必死に鳴って声でとめようと叫び続けていた。
声が枯れても、ラディアンスがその門を抜けてもまだ、縋り付く様な声は消えず、伸ばされた手は何にも触れる事は無く、甲高い絶望の声が旅立った自殺志願者への怨嗟となって響き続けていた。
感じたことも無い敗北感と言う感覚が、四肢を縛り感情を抉り続ける。
だがそんな彼女の意思も絶望も、ラディアンスにとっては、どうでもいいことだった。視界にすら入る事のなかった世界は、彼女にとってはもう意味の無い者で、その怨嗟の価値も無く過ぎ去っていくだけの過去の風景でしかない。
だから響くだけの声は、誰にも届かず、何も出来ないままの声がただ響いているだけだった。
この章で出てきた設定の九割は本編にかかわってきません




