十二章 ただ飛び立ち堕ちる
呆気なかった。
エースの機体は空中でばらばらになって、クルワカミネの装甲に破壊の雨となって降り注ぐ。呆気なく作られる地獄は、ただ破滅の光景を世界に再現するが、素人とエースの戦いとして考えるのならば、奇跡が起きたような光景であった。
薄氷の上で戦っていたはずの素人は、きっと何かを犠牲にしたのは間違いないのに、誰からもそうは見られない現実があって、その中でエースと言う輝かしい軌跡を描いた二人は落とされた。エースの技術と技能の全てを吐き出させた。
まして片方の命を代償にしてまでの機会すらも乗り越えて見せた。
その全霊を食い散らかしたシュベーレの乗り手に、このままクルワカミネが蹂躙されると思わなかった物はいない。
そして自分達が抗う術無く、それを受け入れる事が決まってしまった瞬間に、誰もが膝を着いてたった一人の人間に屈服した。ただ空の上に鎮座するシュベーレを見て、恐怖を感じ頭を垂れる。さながらそれは、首切り役と罪人の関係にも似た、終わりしかないそんな繋がりだ。
だがその絵図の中で、ラディアンスが思っていたことはまったく別だった。
アノラックとなってから数年が経つが、自分がこの場所に立つとは考えた事は無い。自分に出来るのは、戦闘機関に対して憧れを抱き続け、エースに対して尊敬を見せる事だけ。
その筈だったのに、たった数日で変わった自分の現状は、いつの間にか自分がクルワカミネにおけるトップエースである事実と、別にその結果に何の意味も無いと言う事だけだろう。
自分はまだ道半ばどころか、道にすら立っていない。
なのにこの世界の中では、戦闘機関の乗り手としては最上位と変わってしまった。立場に関して、これほど無意味な物はあるのだろうかと、機体の修理と体の治療のために、流石に機体を停止させる選択肢を取らなくてはならなかった、自分の状況を整理しているラディアンスは、死に近い状況にまで体が追い詰められている事も知らず、現状の自分の距離を測り続けていた。
体を自分の思うとおりに動かす行為は、それ相応の代償を体に要求している。
ただ彼女を見るだけでも分かりやすい。体中が青く滲み、少しの動作で激痛が走る。それを気にせず体自体は動かせるだろうが、彼女の体は動かす力そのものを失いつつある。体を気力で支えているというのは聞こえは良いが、彼女の場合は自分の都合のために体を動かしすぎて、生命自体を意味も無く消費させかねない。
流石にこれだけの無茶をした彼女の姿を見て、ポーオレは無理矢理にラディアンスの体を治療するが、既に目は手遅れで再生治療も間に合わない。
エースの攻撃によって体中を穴だけにされた代償も考えれば、一月は動くなと怒鳴ってもいい症状である。が、それをポーオレは認めず、ラディアンスは拒絶するだろう。
命を削る事を良しとしたのは、彼女の考えであり、それがヒサシゲに追い付く唯一の手段だと決めたからだ。そしてポーオレの目的はそれであり、ラディアンスの目的もそれだ。
二人の協力関係は酷く歪だ。何しろ利用していると言うのであれば同じなのに、実際の所はポーオレはラディアンスには必要ない。少なくともまだ、現状では役には立たないだろう。
ポーオレにだって、あのラディアンスの行動を見続ければ分かってしまう。
この少女は勝手に成長していく。自分の力なんて全くと言って良いほど必要ない。彼女が自分を必要とする場面は、多分だが別にあるのだろう。
彼女は先を見越しているわけじゃない。自分に足りないものを、自分が持ってはいけない何かを、ポーオレに求めているからこそ、ここに居る事を許している。
少しづつだった変貌が、エースとの戦いの中で隔絶した何かを作り上げた。
だがそれでも何が不満なのか、ラディアンスの表情は常に何かを滲ませ続ける。
立場が自分を作るわけではないが、エースとなる事で自分の何かが変わると思ったのか、自分の変貌など自分が理解できるわけも無いのに、彼女は変わった自分を理解できないままに、敗北感だけを滲ませた。
この戦いの結末と、目標とした男との結果の差に、ラディアンスはまだ及ばぬと感情を内に吐き出す。
この世界で、この場所で、ヒサシゲと言う男は世界で遊んで見せた。
ラディアンスは敵として、この世界を蹂躙する事しか出来なかった。
世界を玩具になんか出来ずに、敵以外になる事が出来なかった。ただそれだけで彼女は敗北を認めた事と変わりなくて、前を歩くために振り返った結果に、知らず知らずの内に彼女は涙を頬に流し、どうしようもない敗北感を必死になってかみ殺そうとしていた。
これが彼と彼女の距離だ。必死になって命を削っても、あの男はこの世界で遊ぶだろうが、自分にはそれが出来ないという力の差は、絶望的な距離となって現れる。眼窩から毀れた眼球、半分に変わった視界、体の怪我や、それに至る全ての欠落を彼女の敵は無傷で乗り越えている。
ラディアンスはそれを目の前で見ていた。眼前で見せ付けられ、その姿に憧れて、嫉妬して、現状の認識にまで至るが、あまりにも隔絶した差として存在するヒサシゲという壁は、隔絶という言葉で表現して有り余るほどの差として、彼女の視界一杯に広がり西を見せる事を許さない。
その状態で、もはや打ち付けられる様に敗北感を体に押し込まれ、身動きさえ取れなくなると感じるほど、心は体を屈服させた。だがそれでも立ち止らないのがラディアンスである。
折れそうになる足を切り落として義足にしてでも、使えない足を使える足にするような精神性を彼女は備えてしまっている。可哀想とすら例えてやれる。ラディアンスは、そういう存在になりあがったのか、それとも成り下がったのか。
折れる前に進む一歩を掴み取る存在は、崩れかけた体勢を前に向けて、次の足で支えていくのだ。
周りから見ればそれ自然体に見えるかもしれない。心と共に折れる体を無理矢理に動かしているのがラディアンスの現状だ。それは死人の歩みに近いものが在る。倒れそうになる体を、力だけで支えながら歩くような、酷く負担のかかる動作は必ず無理が来ていつか破綻する。
現状でこんな状態だ。一つ山を越えるたびに、彼女の体には乗り越えたとしてもその傷跡が刻まれ、最後には見るも無残な傷跡を体に残し続ける事になるだろう。
結果として起こる破綻の証明は、自分の失った眼球が答えてくれている。
ラディアンスは間違いなく、この後を考えていない。そもそも考える意味が無いのが彼女の生き方だが、それが年頃の娘の思考かと思えるのは勿論の事であるが、それ以上に彼女が感じる屈辱の全てを見通してもなお、その相貌はヘドロと唱えて差支えが無いほど感情の坩堝と化している。
匂いさえ放ちそうな感情の塊は、笑いながら泣いて、憎しみながら憧れ続け、希望を抱きながら絶望を重ねて、奇形と言うしかない形として表情に表れていた。
それを気持ち悪いと唱えて何が悪い。
吐き気がすると言ってしまっても誰も否定できない。少なくともポーオレはそう思っていた。夢を叶える怪物は、ここまでの姿になりえるのかと、心が餌付いて吐き出しそうになる。
それは罵倒か、それとも違う別の代物か、どちらでもろくでもない物であったのは間違いないだろう。ポーオレを通してみるその姿は、彼女が変わり果てた事と同時に、災害の意味を履き違えていた事を理解させられる。
そういいきれるほどに彼女は、間違いなく何かを間違えてしまっていた。
泣いているのは間違いない。だが喜んでいるのも間違いではない。
そして怒っている事さえも、そして何よりもそれを全て含んだ上で彼女は楽しんでいた。
飴玉を口で転がすように、その現状を認めながらに、丹念に嘗め尽くしているのだ。
ラディアンス自身は、きっと遠い場所に居る存在に対して絶望しているだろう。だが体は違う、本当の意味での心の芯が違う。
これが、これが、これななのか。
叫びだしたいと言うのに、ラディアンスの気味の悪さがそれを許さない。それで何かが変わってしまう気がしたから、この少女にとってただの風の動きすらも変貌の要因に変わる。そう無意識に彼女は判断し、本来なら優先するべき内容を途絶させた。
ふと、少し前の言葉がポーオレの頭の中によぎる。それは最悪の言葉で、最低の言葉、なにより人でなし達の自己満足を体現するような、ろくでもない言葉。
「遊ぶ、遊ぶ。これが」
「遊」その漢字一つで神事を表す事もあるが、それ以上にもう一つ意味を持つ。
それはただ道を行く事、ゆっくりでも道を歩く事だ。
「お爺さん。これがこう言う事ですか」
世界で遊ぶ、人で遊ぶ、全ての価値観を台無しにしてでも自我を通そうとするヒサシゲという男が、それ以上にかつての誰かが言った言葉だ。今更になってポーオレはこの言葉の本質とも言うべき意味に気づくが、もう既に遅く、後悔は果てなく遠い。
この言葉はつまりだ。あの言葉には自己しかない、あの言葉には自分しかない、そして何よりあの言葉にある人という言葉は、自分を含めた全ての存在に突きつけた言葉だ。確かにそんな世界は自分にとっては楽しいかもしれない。
いじめと同じだ。やってる側は楽しくて、やられている側は死すら考える代物。
ヒサシゲやラディアンスのやっているのは、世界と言う定義に存在する全てに対しての一体多数の単数側のいじめと言えなくもない。
単数の小さな世界で、彼らのやる事はただ自分を押し通すだけの暴挙だ。結果は既に目の前に広がっているだろう。破綻に近いだけの赤い世界が広がっている。それがただ自分を振るっただけの個人の結果だ。
もう何人死んだか、何人が何も出来ずに彼女の夢にすり潰されたか。
数えるのならば、後に分かる数だが五千六百十八人。後々の死者も含めるのなら一万二千三十九人。これが夢と言う名の横暴の結果であり、ラディアンスの成長に必要だった生贄の数とも言える。
数が多くなれば虐殺とでも言うのであろうが、戯けた事この上ないだろうが、どう言い繕っても、これはイジメの延長線上なのだ。
いつの時代だって、一方的な遊びなんてのは、片方だけが都合のいいだけの暴力だ。だが前に進むならその暴力的なご都合主義が必要だった。
これが愛情のフィルターを通さないヒサシゲと言う人間の同類の形なのだろう。
見るだけで言い切れてしまう。こんな理不尽なんて死んでしまえと、喉に引っ掛かる言葉が、舌先で吐き出すことを拒絶する。それを言ってしまえば、これから先の旅路は、随分と殺伐とした者になるのは、常識に照らし合わせれば証明できるだろう。
「ポーオレさん、そう言う目で見るのはいいけど、別に私は気にしないよ」
だがそんな彼女の心を読み取るように、と言うよりもあからさま過ぎた態度を見て、別に好きにしたらいいよと彼女は笑う。鉄と呼ばれた彼女の表情すらも、どろどろと溶かしてしまうほど感情の坩堝に、課ラディアンスの暴力的な意思を見せ付けられる。
とは言え、ポーオレからすればまだ化け物とは言え、そういった機微には疎いはずのお嬢様にまで読まれてしまった自分の失態を恥じる様に、口元をあわてて押さえようとした。
だがラディアンスの視点から見るポーオレの表情は、他人に鈍感になりつつあるラディアンスですら読めてしまうほどだったと言うだけだ。
「分かりましたか」
「分からない訳ないじゃない。今のポーオレだったら、私程度でも十分読めるからね」
成長したと言う考えよりも先に、自分がそこまで飲まれた事実に彼女は悔しさを滲ませる。
感情を前に出すのはヒサシゲの時ぐらいだと思っていたのに、まさかこんな序盤で引きずり出されるとは思いもしなかった。
「それに関してはもう分かっているでしょうからあえて言いません。思いのほか、毒性が強いと言うことだけは身にしみて分かりましたから」
「自分だって同類の癖に、よくしらふでそんな言葉が言えると私は思うけどね」
「私はヒース君が居なければ、あんな事にはなりません。だから私は、まともなんですよ」
よく言うと、手をたたいてラディアンスは笑う。その後に激痛で呻くのは愛嬌みたいな物だ。
痛みなのか、笑いを耐えているのか、目尻に涙が滲む。嫌いじゃない、嫌いじゃないと繰り返しながら、溜まった雫が頬を伝う前に拭う。そこで伽藍となった眼窩の喪失を触感で彼女は認識した。
べったりと滲んだ腕の血に、喪失感以上にこみ上げる物を押さえる。
「そう言うのは、お酒が入って言う言葉だから、共通認識から私もポーオレも外れちゃったんだよ。それだけはきちんと理解しておこう。ポーオレが抱いた感情は、私が二人に抱いた感情だだからね。もう、私もポーオレも、どうしようもない所まで来てるんだ」
「それを楽しげに言うのですか。ここにきて、一番分かりやすく感情を表していますが、それは酷く心外な物言いです」
「楽しげって、それこそ心外だよ。私は身も心も傷ついているんだよ」
それでもそう見えると、ラディアンスは首を傾げるながら答える。
同時に自分が楽しげに見える事実に対して、余裕を持った受け答えをしていたが、内心では少しだけ驚いても居た。彼女の内面に渦巻くのは、どう言い繕ったって変えられないほどの醜い嫉妬だ。
劣る事実だけを突きつけられ続けて、距離の遠さばかりに常に認識させられる。それを感じても、自分は楽しげで居られているのかと、少しだけ不思議な感覚の解が不思議と浮かんでしまう。
「冗談が言えるうちはまだ余裕がありますよ」
「そりゃ、ね。ただちょっと引っ掛かる感じが、酷い違和感だこれ、なんとなく分かるけど」
「体の調子、と言う感じじゃないですが、どうしたのでしょうか」
「ちょっと考え事に引っ掛かりが出来て、んーこれは、うん、これしかないか」
理解が出来れば、後は流れるように彼女はその意味を頷いて納得し、表情を喜色に変えて、天真爛漫なあだ花咲き乱れた。
その一瞬で、幼い子供は一つの怪物に変貌する。背筋に爪立てられた様な激痛が、錯覚と分かっていながらも感じて体を彼女はびくりと振るわせた。
「そっかぁ、そうなんだ」
自分に言い聞かせるような口調だ。彼女のそんな言葉に、ポーオレは何を言い出すのかと息を呑んだ。
しかしその割には、ラディアンスの言葉は酷く普通の物で、緊張してしまった分だけ、変わり方が尋常ではない。それ以上に何もかもが、彼女を中心に台無しになっていることが分かる。
破綻の音階を口からつむぐラディアンスは、自分の頬にふれ表情を確認する。今は視覚よりも、直感よりも、感覚が大切な気がしたから。
そこで彼女は心底安心したのか、ゆっくりと普通の音階で、世界を誰よりもこの瞬間震わせた。
「私はこの状況で、笑えるんだ。凄い、新事実の発見だ」
奥底にねじ込まれる感情は、その事実を容認して笑えるんだと、疑問に思いながらも納得する。
自分はきっと楽しんでいるのだ。追い付けない状況は、始まる前から分かっていた事実だ。彼女がたぶん到達する場所が目に見えてしまった。
「けどそりゃそうだよね。ここが分かってしまったら、ここが私は笑えなかったら、絶対におしまいだった。自分で気づいたけど、これはある意味最悪のネタバレだ」
最終厄災地点の場所が分かってしまった。
そしてどういう代物かも理解してしまう。
「ネタバレですか」
「ネタバレもネタバレさ、ポーオレは厄災地点が一つ追加されたと言って納得できる」
「と言うよりも、今更気付いてもどうあってもそうにしかならないでしょう。だからあなた達は災害呼ばわりされているんですよ」
だがそれは今更の事だ。必死に前だけを向きすぎたラディアンスは気付けなかったが、それ以外の可能性があるはずも無い。ウーンデットニーの先にある最後の厄災地点、西の果て最後の難関はヒサシゲ以外にいる筈がないのだ。
知っていたが、彼女はそこまでの状況を見る力も余裕もなかった。だが一つ乗り越えた状況によって、完全な意味で肝が据わった。格が上がったとでも言えば良いのか、間違いなく一つ何かを乗り越えたことによって、彼女の一歩は力強くなっているのだ。
「人が厄災地点って、自然現象馬鹿にしすぎてると思うけど、けどなぁ」
「それでもやり通すからこそ、否定しないんじゃないですか。絶対にヒース君がそこに居ないって」
有り得ないなんて言えない。
言えるなら彼女はこの場に居ないし、彼女がこう言う状況になる事もなかった。
そしてまだ成長しても変わらないほどに鈍感なラディアンスに、ポーオレはまだ以前の愛嬌とも言うべき愚鈍さが残っている事に少しだけ驚く。
そこまで予想できたならもう一つの可能性に気付いても、さほどおかしくないのに、などと考えて見るが、ポーオレは自身で納得できる理由が思い浮かばなかった。だがその感情の坩堝は、一番重要なことを間違えているというのだけは、理解するしかないのだろうと嘆息する。
「ん、いきなり溜息なんて、何か間違った事でも言った」
彼女は間違いなく自分の事を見忘れているのだ。
何より自分と言う存在が、もう一人の存在と比べると言う発想が浮かばないで居る。それが今のヒサシゲとラディアンスの距離を最も分かりやすく示しているのだろう。
もう一つの最終厄災地点は、自分が既にどういう立場であるかを、全くと言って良いほど理解できていないのだ。
例え現状で劣るとしても、ラディアンスは世界でたった一人だけのヒサシゲという災害に対して、対等に戦える存在であり、どちらもが敵と認識しえる間である以上は、彼らの関係は生涯終ぞ変わる事はない。
彼女たちの関係をきっとポーオレは歯痒く思う。
どう想っても、彼女はその場所に立てない。彼女はその場所に立つ選択だけは出来ないが、それでも対等と言う言葉に対して、彼女は望外の願いを抱く。
寄り添う事は出来ても、対等には絶対にはなれない事を知っているから、一瞬言い出しそうになった言葉を嫉妬で塗りつぶす。
無自覚な少女に対しての感情が嫉妬となって黒く塗りつぶされ、滲む衝動が殺意に変わるように、歪んだ者ものへと変貌しかける。ラディアンスやヒサシゲが特筆して分かりやすいが、彼女とて目の前の存在と同等の感情の化け物だ。
それを見せる対象が一人だけだから分からないだけで、彼女はたった一人だけこの世界でヒサシゲに勝利してしまった人間であるのだ。そんな存在がまともなどと考えるほうが、盲目と言えるかもしれない。
しかしだ一度その感情の動きをラディアンスが見通してみれば、やっぱり抱くのは普通の感想であり、その感情の渦を見て想う事は気持ち悪いでしかないのだ。
想う事は崇高な事ではない、限りなく貪欲で、人類の食欲にも似た苛烈さを持つ行為だ。
だから他人が何かを望む姿を、時として浅ましく感じ、場合によっては笑う。
しかしだその欲求が、度を越したときには、妄想の産物だと見下ろし始めるだろう。明日には俺が世界を滅ぼすなんて口にする奴にかける言葉は、何時だって嘲笑と、侮蔑だけだ。
だがもう遅い。それを現実に書き換える者が出た時点で、嘲笑は恐怖に変わり、侮蔑は崇拝に変わる。
やり遂げる者と言うのはそれだけで、もはや一つの暴力だ。だがその無自覚な暴力は、自分がそんな代物だとは中々気付く事は出来ない。
なにせ人の目は世界は見えても自分は見えない。何時だって自分には盲目なのだ。
だから本来同類としか言いようのない二人は、自分の有様にも気付かないまま、目の前の存在に対して嫉妬と同じく侮蔑を抱き続けている。仲が良かろうとも、受け入れられない一線は、確実にひかれて断絶していく。
その境界線に相対するような二人、寄り添う事が出来ず対立する事しか本質的には出来ない。
利用され、利用しあう関係は、この程度に殺伐としている物なのだろうか。
そんな関係の二人だが、ポーオレはあえてその言葉を言及しなかった。知らないままの方がいいというわけでもなく、ただ教えてやる義理もないと、打ち捨てただけに過ぎない。
彼女は自分の嫉妬から、本来存在するもう一つの最終厄災地点に対しての言葉を伏せる。
「いえ、特筆する事は別に」
対等と言う事実を認めたくないからと言うのも理由の一つだっただろう。気付けない程度の差が開いているのだら精進しろと言う嫌味かも知れない。
だが教えたくない事実は、理由と言う過程を無視してしまう。彼女自身その程度の事で何が変わるわけもないと知っているのに、自分の感情の不安定な部分に、若干ながらもどかしさを感じるが、彼女にとってはそれが正しいのだ。
「そう言う時は絶対何か隠してるってぐらい流石に分かるけど、その顔は教える気一切ないよね」
「知っているなら、追求しても変わらないですよ」
「分かってるけど、そう隠されるときになるのが人情だと想うけどね」
「その人情と言うのがあるのなら、いまここに広がる光景に対して、罪悪感の一つも浮かんで首を吊るものでしょう」
話を逸らすために、彼女のしでかした軌跡に誘導するが、ラディアンスはどうあってもその光景に対して冷淡だった。
彼女にはこの光景が無駄には見えないし、仕方ないとしか思えない。今広がるこの世界の地獄に対して、たった一人だけだろうがそれを無駄と思っていないのが彼女だ。
自分にとって絶対出るべきであった犠牲であり、必要経費の一つに過ぎないと、本気で想っているからこそ、罪悪感ではなくその光景に納得という感情を用意してしまう。
自分の都合が世界の中心にあるからこそだろうが、一応その被害を見て、罪悪感と言う言葉を考えてみるが、ラディアンスにはやっぱりと言うか当然の言葉しか出てこない。
「ご愁傷様ぐらいかな」
「そのどこに人情があるのやら」
あるのは感情だけなのだからどうしようもないのだろう。
狩りの獲物に同情する者は居ない。スーパーで売られる精肉に同情する者は居ない。ラディアンスの感情はそれに似ているとしかいえないが、限りなくそれに近い心の運用をしている為に、罪悪感を一切感じない。
「仕方ないでしょう。それ以外には仕方ないしか出てこないし、それ以上にそんな事を考える時間が無駄なんだから」
「殺しておきながら、随分と図太い事で、地獄に着いた時にはどれ程の罵声が待っているのでしょうか」
「そのときにはご愁傷様といってあげるよ。私と同じ時代に生まれたのが悪かったねって」
彼女には夢がある。
彼女達には夢がある。
本日はこの世界で人が死んだ。一人を越えて千を超えて万と言う桁の人が、それは一人の少女の夢の為の犠牲に過ぎなかった。誰もがきっと納得の出来ない話だろう。必要だから刈り取られただけの命達であり、その彼らにも夢があったのだろう。
だがその全てはこの日無駄になった。努力した人間には、努力が足りないとはき捨てるような存在が、夢に必死になっていた人々の願いを根絶やしにしたのだ。希望があったはずの世界は、ただ真っ赤に染まった災害が通り過ぎるだけの東からの風が吹き荒れている。
「私の夢は止まらないよ。何より止められなかったのなら、それは全て私の夢より劣っただけの下らない希望だって言い捨てる。その程度の願い方だから、お前らは私に殺されたんだって」
傲慢の限りの言葉は、一万を超えた人の願いを下らないと吐き捨てる。
自分の夢に劣る程度の価値しかない。だから私に殺されるなどと、当たり前のように言葉を出し切った。
「やはりその程度なんですね。貴方にとっては、貴方が想う事は、どこまでもあっち側なんでしょう」
「あっちが西なら変わらないよ。私の先はあちらにしかないって、もう決めているのは知ってるでしょう。なら、私は絶対に変えないよ」
一言一言が傲慢でしかないが、彼女は変えない、絶対にその生き方にブレがない。
その言葉を偽りにしないために、当たり前のように次の一歩を踏み出そうとする。いつかはきっと限界が来て崩れ落ちるだろう存在は、崩れ落ちるその一瞬ですら、己を曲げないのだろう。
犠牲に価値を求めず、自分の中にある全てが、彼女の世界において全てであり続ける限り、その踏み出す足を止められる者は、もう誰一人として存在せず、ただ足引きの沼の精霊だけが、その存在をのろい続けるだけだ。
「知っていますともそんな事は、だからこそ言うのです。だからこそ拒絶するんです。その生き方は、何も残さないか、自分にしか残らない代物ですから」
「自分だけが後悔して、周りからは賞賛なんてごめんだよ。私は私の賞賛だけが欲しいし、この願いは私が私のためだけに必要な、私の為だけの願いなんだ」
残る必要を求めない。そういいきる彼女は、麻酔の掛かった体を動かし辛そうに、どれだけ抜けたかを確認する仕草を取る。もう辛抱出来ないとでも言うように、彼女は次の道を考えて必死に、己の動かぬ体を叱咤して次を探していた。
この少女にはきっと、何もかもが無意味なのだろうと想いながら、その目的のための道に対する医師に何度目か分からない戦慄を覚えるポーオレは、二時間は動けないはずの体を、ただ無造作に動かそうとするラディアンスを見ながら、再確認をさせられる。
もう体が終わっていると、いくら薬をかけても止まらない。動く事を止められない彼女は、命を削っている自覚もなく動き続けるだろう。
それは磨耗していく機械、努力を重ねてもどうにもならない破滅だけの道だ。
その道に必死になって縋り付き、止まらないと前を向く。
だがそこまで死なければヒサシゲと彼女の距離は変わらない、動き続けなければ何一つ変わらない。世界を変えたければ、どんな事があっても自分で動かなければ、望み通り等と言う奇跡は起きない。
現状を必死になって変えようとする少女は、命を削って、体を削って、きっと磨耗に磨耗を重ねて朽ち果てる。
だが人生なんてそんな代物だ。何時も何かによって削られていく事を誰もが経験してる。
なら削り殺されるのも好きな代物で、ラディアンスはそう考えているだけだ。夢を叶えようとする意味なんて、生きている内の暇つぶしの一つだ。ただ生きている以上最大の目的になる場合だってある。
だから彼女は夢を叶えるために、何よりそれが彼女にとって生きている全ての理由だから、動かない理由はなく、動き出すだけの理由だけで走り続ける。
「それにまだ私は道半ばも着ていないんだよ。まだ道の始まりですらない半端者なんだから、自分の願いのためには先に、もっと前に行かないと」
道は続かないのだ。
最後の厄災地点であるはずのもう一人は、最後どころか最初すらまだ見ていない。その道を目指すために、知らず機体は動き出し始めていた。血は止まり、必要部位の修復も体の蘇生も終了した。ならば動き出す理由しか存在せず、止まる理由はもうないのだ。
「さ、出発進行だ。汽笛を鳴らして、扉を開けて、赤い大地はもうすぐだ」
ラディアンスは世界から飛び出す言葉を張り上げる。夢を語る為の最後の準備を完成させる様に、何より自分に言い聞かせるために、ポーオレしか聞いていない場所で、何度も同じ言葉はつむがれた。
「私の居場所はすぐそこだ。夢の始まりはもうそこだ」
夢は今始まったばかりで、道はいまこの場所から繋がって行く。
一人の少女の夢と希望にだけは溢れた血塗れの道は、いま間違いなく始発の汽笛を鳴らし、車輪の音はこの日赤い大地に甲高く響き渡った。
その音が彼女の周りに落雷を降らせてながら、凍った火がフィルターを焼いて、開拓者様いらっしゃいとでも言う様に、いつも以上の結晶反応を見せて世界を脅かしている。
その歓迎の声に、答えるかのように籠の鳥は、どこまでも獰猛な感情を世界に向ける。
「私の全てはすぐそこだ」
自分に相応しい世界と、自分だけの世界がそこにあると、世界を開くための機体と共に、太陽すらも奪い去る黒い羽の機体は、制圧の行進を始めた。




