六章 夢の広がり
きれいなものとして夢を語るのは間違ってはいない。
なにせ夢のままだったら綺麗なままだ。だが叶え様となると話は変わってくる。それは苦難の道だろう、そして何より犠牲の道だ。そこに対して手段を選ばなければもはや害悪ですらある。
それを目の前で見てしまえば、二通りの反応しかないのは当然だ。そして過半数が拒絶を選ぶのも間違いではないだろう。
何せそれは存在だけで狂っている。
人と共通の考えがずれるだけで排斥されるのが人間の常であるのに、その人という存在自体をないがしろにし始めれば、たいていの人間はそいつらを総じて狂人扱いするだろう。
偶然結果を出してしまえば、それから偉人に代わるかもしれないが、その手のひら返しも利益によってという前提で以外は結びつく事も無い。
そのラインだけは人類が社会を作った以上絶対に消えない場所だ。
「西か、いまだに誰一人辿り着いた事の無い世界に何の価値があるのか」
ジェイルドは、娘が目指す道の下らなさを笑う。
まして彼にとっては無駄でしかない世界だ。いや詳細を知っているからこそ、開拓戦争の始端を知るものだからこそ、彼はそういっているのかもしれない。
「誰一人言った事の無い場所に、何があっても勝ちは無いだろう」
人類史に西域開拓者などまだ存在していない。ルート1は、所詮は0であり、ジオドレはやはりただの詐欺師だったのかだろうか。
言ったところで何も解決しないだろう。
結局ジオドレの事実は、百を越える要塞列車間に亀裂を与え、人類事態が絶滅一歩手前にまで落ち込んだ西域開拓戦争の発端であるのは間違いない。その戦争の原因もジェイルドはこれ以上語らないだろう。
ただ彼はその事自体を下らないと捨てる程度の代物であったのは間違いない。西に価値は無い、事実を知っている彼はそう断言するが、知っている人間でこれなのである。
娘を引き止めるために西域が何たるかを語るのもありかも知れないが、どうせあれは行くに決まっているのだ。ならば事実は自分の目で把握するしかない。
ルート0の意味も、西域開拓に命をかけた者達が居た理由も、どうせあちら側には全てあるのだ。
「言って後悔するのが人間の常だろう。そもそも帰ってこれるのか、死ぬならそれで構わないが、死んだと言う報告は欲しいところだな。私も父親だ、少しは娘の死には涙を流したい」
愛情があるのか無いのか一切分からない言動だが、彼にとっては全てが愛情の上で語っている代物である。娘は可愛いし贔屓をしたい。だが同時にクルワカミネにいらない存在だらさっさと解決したい事案であるのは間違いない。
だからその折衝の結果が、死んだ事実だけは知りたいと言う着地点に落ち着くのである。
一応正解に限りなく近いものだが、面倒な考え方が頭に染み付いている男の考えなどこんなものだ。
彼が彼女に渡したデータの中には、彼女の死を伝えるための代物が含まれている。
メインはこちらであり、渡した理由も自分勝手なものだったが、生ゴミを食わせ続けるのも、流石にかわいそうだろうと思い渡した程度だ。
元々実装する筈だったデータである為、彼にとってマイナスが無いのも織り込み済みだ。面倒な自分の性質とすり合わせながら、妥協点がこの辺りだったのだろうが、ここまで自分と折衝しなければ彼は娘に手を出す事が出来なかった。
そしてこれ以上は彼には無い。
「しかしよくやったものだ。これで一つ悩みが解消された」
体を崩すからといって吸うのをやめたタバコに火をつける。この世界ではこういった自然由来のものは現代でいう金と同価値があるが、気にした様子も無いのは王様の特権だろう。何より久しぶりに吸いたくなったのは、自分の性分の面倒臭さと、流石に感じるストレスからの解放だろう。
紫煙を燻らせながら、完全に娘を封殺する手段をとっていく自分と、さっさと夢を叶えろと思う父としての自分、私より公を優先させる自分の形を見ながら、随分と歪んでいるとなんともなしに思うが、変えられる訳が無い。
この姿こそがジェイルドと言う男が望み続ける夢の形だ。
ヒサシゲたちの様に明確な形なんてありはしない。彼は発展と継続を願い続けるだけだ。現状の維持ともいえる状況こそが、彼にとって最大の存在理由でもある。だから無駄に近い事でも自分で秩序を乱しながら、その秩序を守ろうとする二律背反が成立する。
現実と夢とのすり合わせの結果とはいえ、きっとだが誰にだってある当たり前の葛藤だ。ならば娘はどのような葛藤をするのか、そして彼女はそれをどうやって乗り越えるのか、それは永遠の命題のように扱われる代物だ。
もっともそれしか見えない奴らが、そんな摺り合わせの状況になって、躊躇う様な存在かと言われればいささか疑問の余地もあるが、それでも壁は存在し続ける。
それはジェイルドとて同じ事だ。変わらない情勢が存在しない様に、状況は常に変化し続ける。
なら娘はどこまでいけるのか、自分と言う壁を乗り越えて、更にあの赤い大地を乗り越えて、じゃあ次は、次の壁は彼女にとってどれほどのものなのだろう。心が折れて諦めるのか、それは今から見る事が出来るだろうが、二度にわたる騒動で間違いなくクルワカミネの弱い柱が折れていくだろう。
一度徹底的に破壊しなくてはどうしようもない世界である。若い自分の突貫工事の結果とは言え、改装工事をしなくてはどうしようもない。
その原因である吹き溜まりたちを引きずり出すには、クルワカミネの弱みを引きずり出してやればいい。
屋台骨が揺らぐと言うのはつまり、自分の世界がもろい事を宣言しているだけだ。
そこに喰らうシロアリの除去をするには、面倒なく柱を別物に変えてやったほうが早い。
その為に揺らがせる自身の世界の脆弱さに、いまだに自分が目的を成し遂げられていない事を知らされる。それが身を切るような痛みとなって心を刻み、自分の手元からまた何かがこぼれて行く冷たさを感じてしまう。
だが進んでいる。自分が死ぬまでに、一つの形が出来上がると彼は確信する。
その為に娘すらも都合よく使って見せるのだ。どういう状況になっても自分の為、これが結局は夢を叶えようとする人間の執着の帰結。
感情の何もかもを使って、自分の都合を操り結果を引きずり出す。ほほを触って分かる、これから自分が起こすであろうクルワカミネの激変は、ある程度の形をきっと作り出すだろう。そんな当たり前の結果を認識してるから、ジェイルドと言う男は娘との別れを喜んでいた。
鉄面皮とも言うべき表情が歪んでいる。酷く歪ながらそれは、人の顔としては分かりやすいほどに醜悪だ。自分の為、自分の都合、それだけで夢を望む人々は世界を見る。
綺麗な夢なんて無い。夢を掴み取ろうとする信念以外は、その全てにいたる行動は傍迷惑と言うしかないだろう。だが仕方ない、そこまでの代償を払って始めて夢はその手が届く場所への足掛かりとなる。居やそこまでの決意が無く、手が伸ばせる筈も無い場所にあるのだ。
幾千幾万の夢の残骸の土台の上に、初めて夢は形となって一つの価値となる。
それを一代で成し遂げようと言うのなら、何もかもを使うしかないのだ。だから彩る色は既に彼だけの色に染まり、ありとあらゆる存在が彼らにとって道具となる。
確かに父としての愛情がある筈の娘すらも道具と扱う事が、ごく自然に行えてしまう。そして娘が消える寂しさよりも、まず最初に浮かぶのは、居やそれを忘れるほどの達成感。
よくやったと、よくここまで都合よくに私の為に動いてくれた。それは彼の心の九割を占める感情である。狙い通りであり、自分にとっての最高のタイミングで行ってくれた暴挙だったのだ。
はっきり言おう彼は、ここまでの事をある程度起きるとは考えていた。正確に言うのなら起きてくれと願っていた。
全て偽り無く事実である感情も、自分さえ駒にしてしまったレーティングである。
今までの会話はここの状況を作る為のただの布石に過ぎない。自分にとっての最高の展開を迎える為の道具を使ったお遊戯遊びである。
自分が状況に対して苛立つのが分かっていながら、それさえ利用して、動かない状況に一石を投じたのだ。
つまりだラディアンスの決意の全ては、彼が望む展開であり続けた事は間違いない。それが夢の亡者ではなく災害の形、ここまで人の願いや夢を自分の都合のいい道具に変えてしまう精神性こそが、人を別の形に変える方法であるのだ。
王様はそれを使いこなせる人物だ。
緩んだ頬を矯正するように、感情をごと歯をかみ締めて、動く一歩で喜びの感情を抑えるが、とめられるのかと思うほどの激しい衝動が彼の心臓でも叩くように何度も鉄の門を殴りつけている。
喜悦とも言うべき表情が顔にしわを刻もうとする中で、適当に彼はタバコを地面に捨てて踏み潰した。これをもし見つけたものが居たら壁内の一般家庭の二月分の収入を手にすることになるが、ジェイルドは気にするそぶりも見せずに歩みを進める。
愛情よりも夢を選んだ時点で、こんな風に人間は落ちぶれるのか、それとも駆け上がれるのか、だがこれ以上は蛇足なのだろう。この男の選ぶ道は、全てこの夢の為にしか存在しない。娘に渡した餞別も父親としての最後ではなく、少しは納得されてしまった娘の言動による報酬に過ぎない。
ならばとくと足掻け、娘にはそう言うしかないのだ。ある意味での先達である彼は、夢に支援など求めない。全て自分が引きずり出すものだと言うのが彼の考えである。夢とは個人によって全て違う内容であり目的だ。
独立独歩で無ければ夢を語る前提を破棄しているのは間違いない。
だからあくまで彼女の言動の価値としての選別であった。あのデータは彼女が自分の手で勝ち取ったものであり、ジェイルドにとってはいらない物であっても、すり合わせの中で引きずり出せる最大限を彼女は引っ張っていった。
自分の願いも夢も、その全てを手にするのなら支援を求めるなんていう発想は消える。
あのすり合わせとはつまり、自分の感情とのすり合わせであると同時に、娘の感情とのすり合わせでも会ったのだろう。
そう言った物は自分で手に入れることが第一義に変わるのだ。プライドが居るのか、それとも他の何が居るのか分からないが、己の道理がここでは重要になるだけだ。中にはあそこで頭を下げてでも手に入れようとするものもいるだろうし、力尽くというのも考えられる。
だがラディアンスはいらないと言ったのだ。西に行くには支援なんて要らないと、だから彼が手渡したのは最低限であり、ある意味では最上限でもあった。
企業との支援で無く父としての餞別、それが結局彼らの上による妥協ラインであった。
「私だからか、確かにある意味ではもっとも説得力がある。私の娘なのだから、あれでなくてはどうしようもないか。あの状況なら、私だってそう言うだろう」
自分以外には出来ない。もっと言うのなら、自分以外にはさせるつもりは無い。
ラディアンスにしろ、ジェイルドにしろだが、これが本音であるのだ。自分以外には出来ないし、使用というものが居るのなら蹴落としてでも、ここに居座って自分を通す。
だから彼は父を殺したし、ヒサシゲはポーオレを殺せるのだ。自分だけがと言う絶対の自負、誰が目指したとしても自分以外にはありえないと言う独尊こそが、彼らが持ち合わせる共通点である。
もはや呆れるほどの自分本位が、彼らの根幹であるのだから当然の帰結とは言え、口にされてみれば納得の一言である。
夢とは結局は自分のためであり、自分は夢の為にしか存在できない。そんな意味合いさえあるのが、自分だからという結論なのだ。
「だが誰もそれでは納得してくれない。現実のすり合わせは出来ているようだが、あれには無駄な説教だったな」
ラディアンスは間違いなく、すり合わせる現実を削り殺す。
夢で現実を押しつぶすような意思を感じさせてもらえれば、誰でもそう納得するしかない。あれで彼女はまだ全力に離れないのだ。
たった二つの存在だけ、それが彼女にとって全力を注げる存在であり、それ以上の存在は無い。
自分と居る土俵が違いすぎる存在に、彼は少しの敬服を抱いた。そしてそれ以上の危機感を感じずには居られない。
彼女は存在するだけで自分の夢を削る。
さっさと消えろと言う自分の内心があるのは間違いない。だがこの世界の王としての威信がある以上生ぬるく等と考えられるはずも無い。
だからもう一度だけ、この世界の戦力における機動戦最強のエースを引きずり出す。一度は絶大な実力差と機動力によって手玉を取られた彼らを、こう言っては何だが評価するものは存在しない。
だが昔となった三人のエースの実力の順位表は出されている。
彼らは二人掛りですら劣ると証明されているのだ。あれは明らかにヒサシゲが、機動戦の定石どころか常識を打ち砕く、変態どころか人外の機動を見せたからだ。あれと戦う土俵にこれる事が奇跡とも言えるレベルである。
そう言う意味では機動戦の未来とも言うべき世界であったが、あれは仕方ないと言う声も多いのは事実だろう。
だから彼はエースたちのプライドを刺激する。彼らは心を折られたのか、それを見るのにもちょうどいい。所詮は娯楽のお話なのか、それとも戦争の話なのか、使える戦力の確認の上でも娘は都合のいい試金石になる。
これを気に全ての膿を引きずり出す。ラディアンスによって削られるであろう現実として使用する。
研磨機にかける場所を選ぶ選択肢ぐらいは此方にあると、弱った体に無知を打ちながら彼はまた動き出す。
「これが終わるころには、私も寿命だろう。よくもここまでの騒動を起こしてくれたものだ。やはり、壁外は残しておくべき価値があった」
そうだろうと、笑って見せるが、一体誰に向けたものだったのか。
だが予想外にその正解の声は、彼によって当たり前のように紡がれる。
「なあ、ジオドレよ。私は人を使う方が好きなのだ。だから無駄な事はしないし、価値のある損失を以外を認めない。お前のような可能性だけの存在と一緒にしてくれるな」
ちょうど同時間、ラディアンスはシュベーレに頬擦りをしていた。
父親がこの世界に関する何か大切な事を言っていた時間であるが、彼女にはそんな成り立ち構った事ではないし、自分の大切な愛機が戻った事に咽ぶような勢いである。
それをはたから見ていたポーオレは、ただ気持ち悪いと思ったが、大なり小なり開拓者は自分の愛機に対して、不必要な愛情を向け続ける。ヒサシゲもそうだったが、愛情の示し方が直接過ぎて、嫉妬のあまり何度がペナダレンを破壊しようと計画してヒサシゲに脅された事もある。
開拓者にとっては命よりも大切な存在。それが愛機とも呼ばれる機体達だ。
中には手段と割り切って機体を乗るものも居るが、そう言うもの性質は侮蔑の対象とされ、阿婆擦れやら淫乱やらと馬鹿にされるのが常である。
何より開拓を行う上で、別の機体に乗り換える機会など存在せず、ただその期待に対しての熟練度をあげ続けるのが、常識として存在する。
そんな常識がある所為か、開拓者たちは愛機を定めるとそれだけを使い続ける。
その際に軽機関か、重機関で、かなりの派閥があるにはあるが、今となっては後者は下火であるんのだが、どっかの馬鹿がエースを二人相手取って完封を成し遂げる無茶苦茶を行っているので、扱いとしてはどうなるのやらと言う話だ。
あれの光景に憧れなかった人はそうは居ない。彼らにとってはレシプロ機でジェット機を落とすような無茶苦茶をやったのと変わらない認識だ。そう言うのはファンタジーの中だけの話であり、それを現実で成し遂げてしまえば、それだけで認識は無理矢理変えられる。
妄想は塗り替えられる。などと言うが、これで重機関派閥が少しばかり息を吹き返すだろう。
と言ってもあそこまでの非常識な機動が出来るようになるには、それ相応の時間と糞度胸が必要だが、乗りこなせれば凄まじいというのは、間違いなく全ての人間に刻まれただろう。
一対九の派閥比率も少しは変わるのではないだろうか。
それに貢献できるか分からないが、乗り物酔いの所為で実はまともに操作できるか怪しいラディアンスは、いまだにその事実に気付く事も無く、これで道が見えたと本気で思っている。
「やっと道が出来たけど、私ここまでの過程でいい所無しだったよね」
「足らないのは事実ですよ。必死になったって、結果がついて来ないなんてよくある話です」
「それは空回りしているだけだよ。目指す方向性が決まっているのにそれってことは、まだ私は道を間違えてると言えるのかな」
間違っているのは人間性だ。
「あなたの道なんか知りもしないです。とりあえずですが、データのアップデートは終了していますし、動き出しませんか。正直に言って状況は最悪ですよ」
鉄道警察も間違いなく動くだろうと言うのに、目の前の災害扱いを受けるラディアンスは、自分の操作と言う実力を忘れている。
その辺りに関しては実際低いのだけは確実だと言うのに、この楽天家はシュベーレが手に入った事に喜びっぱなしだ。
ポーオレはあくまで冷徹に彼女の実力を判断しているが、正直に言って自分が操作したほうがましだと言う事実をあえて伏せている。
足りないのは、今からのスパルタでどうにかなるのだ。
「何でと言う表情はいいですが、自分がゴミ以下と言う実力である事を忘れてないですか。こういっては何ですが、ヒース君はクルワカミネにおけるたぶんですが最強のエースでしたよ。
あなたは乗り物酔いである程度の操作しか出来なかった三下というのが、私の中での認識です」
「うん、言われればショックだけど間違いない事実だね。多分だけどポーオレのほうが実力的に言えば上であるのも変えられないと思うよ」
「そして、あなたの父上は愛情か分からないですが、クルワカミネの戦力をつぎ込んであなたを磨り潰そうとします。この程度超えられないなら、お前の夢に価値は無いとでも言い放つつもりなんでしょう」
これが愛情ならひねくれている。そしてこれがただの義務ならばエースを使う必要は無い。
実はだが愛情でもなんでもなく、娘がその程度には厄介であると言う認識を持っているからこその決断である。
彼の中で娘の評価はかなり高い。ヒサシゲと同等に近い評価を与えていると言ってもさして否定できない。
だから娘基準ではなく、あくまでヒサシゲ基準に合わせて敵を用意するしかなかったのだ
彼の中で娘は最大の警戒と力を持って潰すに値する相手であると、決意させる程の評価を与えていた。それが幼子にマウントをとって殴りつける行為と変らない暴威であったが、その事実に気付くものは現状では存在しない。
最悪を考えてポーオレが予想の一つでは浮かべてはいるのだが、そこまでするとは考えていない。
現実から見れば過剰戦力なんてものじゃないのだ。
それを一人の存在に当てるのは、果たしてだがジェイルドの目が曇っているのか、ポーオレの目が曇っているのか、限りなく前者であろうが、成長をここで引けなければ、ラディアンスには道が無いのも実情である。
無駄に精神面だけ成長した弊害だが、そこまで評価される程度には伸びたと言う事だ。
「私の実力に関してはどうしようもないかな。忘れてたけど、今はなくなったけれど、乗り物酔いとかでそう言えば最低限しか使えなかったんだよね」
ラディアンスは少しポーオレが驚くほど冷静だった。
忘れていたようでは在るが、それは仕方ないと言えるほどには余裕がある。少しだけ雰囲気が変ったような、腰が据わったような落ち着き振りである。
「おや、冷静な一言。随分と余裕が出来たと言うか、落ち着いてきたと言うか」
「あわててるけどさ、やっぱり体の一部が戻ってくれば、少しは余裕も出来るよ。あの化物もペナダレンとあった時に、こんな風に思ったんだろうね」
「首絞めますよ。私にジェラシーを感じさせないでください」
「無理だよ。これは開拓者共通の意識だから、ポーオレには一生かかっても分からない、私があいつに抱くポーオレの恋慕が分からないようにね」
これは感覚の問題だから嫉妬を抱く意味が無いと言う。
その事に彼女は不服そうだが、別に思考まで一緒である必要は無いのだ。同じ存在が二人いたって潰しあいが関の山だ。だから違う存在で無ければ二人になる必要は無い。
言葉足らずだがラディアンスの言いたい事はそんな所だった。だが伝わるわけも無くラディアンスは、同説明していいものやらと、鎖を弄りながら言葉を考えるが浮かばないようだ。
「確かに分かりませんが、理解が出来ないですよ」
「する必要も無いって事だよ。無駄なんだから無駄な事せずに、さっさと追いかけるとしましょう」
コンとシュベーレの機体をノックする。本来はその合図も必要ないのだが、開始の祝砲代わりには丁度いい。
ここは夢を語る為の人間の土壇場だ。ここを一歩踏み越えるだけで、世界は変質するのだろう。だがラディアンスにとっては望んだ世界であり、そしてポーオレにとっては、最後の足掛かりでもあった。
地獄の門でも開くように緩やかに開かれる扉は、城攻めの虎口とも言うべき様相であった。実際にそんなことは無いのだが少なくともそう錯覚させる程には、ポーオレの感情は忌避の物であったのは間違いない。
それに当たり前のように飛び込むのは、やはりラディアンスが最初である。地獄に踏み込むと言うのに、今迄で一番軽い足取りだったとさえ錯覚する。と言うか実際そうだ。
当然である彼女にとってそれは呼吸するより当たり前の行為だ。むしろここに来て彼女は開放されているとさえ言える。感情を溜め込んでいたと言うのに、彼女の全てはここから始まるとでも言うほどに、何もかもが吐き出されている。
それは成層圏の広さだろうか、ただ下に白い空を見て上に蒼穹を望むような、孤独を感じさせる場所。
だがそこに一人立ち尽くすのがラディアンスと言う少女の形のようにすら見える。やはり彼女は自分とは違うと思わされながら、これが自分が見たかったヒサシゲの領域なのだろうとポーオレは納得する。
ただ青と白だけの世界、そこに一人宙ぶらりんにいる。その世界で始めて自分を確認できる存在が彼らだ。
だがここで大気の冷たさに悲鳴を上げるような無様をするわけにはいかない。
自身も踏み入れるしかないのだ。世界の全てを埋め尽くした赤い大地に向かって、白と青じゃない、ただ消えない赤が続く世界に踏み出さなくては何にもならない。
もう躊躇う時間は無いだろう。本当の意味で彼女もこの世界とサヨナラしなくてはいけない。
欲しいものを手に入れるために、今を捨てる時だって必要なのだ。
まるでがけを飛び降りる緊迫感で、彼女を足を一歩踏み出した。
そしてもう二度と後ろを振り返る事が出来ない状況に彼女は自分を追い込んで、自分にとって最大の予測をラディアンスに問いかけた。
もう自分は逃げられないと自覚して、それでも自分には欲しいものがあると理解して、この世界に対する離別を決意させた。
「さてディン、いまからあなたには二つの道がありま。そのどちらを選びますか、楽な道か苦難の道か」
「そんなの選ぶ必要も無いよ。今の私は劣っているんでしょう。だったら苦難の道しかありえない、なら現状で楽をしたって何も変えられない、苦難を選ばなければ私はきっと後悔する」
「思いのほかあっさりと選びましたね。ならばあなたの道は使えない。そうなると選択肢は随分と狭いです」
一歩この中に入ればここが自分の棺桶に変るだけだ。
とりあえずの心の決着をつけた彼女は、よりにもよってヒサシゲと同じ道を選んだ。いや少しでも自分の何かを引きずり出す為の選択を選んだ、ラディアンスの解答に満足するように棺桶の蓋を閉じた。
「ならばここからは、地獄でしょう。運が悪ければエースだって現れる。その全てから逃げ切る事があなたの仕事になります」
自分で苦難を選んだのだ。秘匿路線は使えない。
と、言うよりは彼女が使わせない。
「出来ますかとは聞かない辺りは、やれってことでしょう」
「当然ですよ。出来ないならここから先は命が無いと思ってください。今かから必死に駆け出す世界は、出来ないなんて下らない言い訳が通用する場所じゃないんです」
「それは知ってる。ポーオレよりも絶対に私の方が詳しいぐらい」
「立ったらもう一度言います。私が言う課題を全て成功させなさい、その代わりの私の命に関して、全てを代償にして成長させてあげます」
重すぎる言葉だったが、ポーオレでは不可能なのだ。
彼女では欲望が足りない。夢への意思が足りない。目的の土俵が違いすぎて、全霊をこめても足りないのである。
行為っては何だが、彼女の夢なんてちんけと言えばちんけだ。なにせ『素敵なお嫁さん』である。どう考えても素敵の部分が無敵とかになりそうだが、その夢を目指そうとしてなぜ死地に飛び込むのか。
「だから絶対にヒース君を私の前に引きずり出してください。その為なら私はどのような方法でも用いると思います」
全ては惚れた男が悪かっただけだが、彼女がそれにたると思えば結局はそれだけの価値があるのだ。
何せ人の価値観は千差万別なのだ。そこに他者の価値観など無意味である。
そうして吐き出した決意と機動戦への備え、秘匿路線から行政区の駅を使い壁内の表に現れる路線を設定し、ポーオレは確実に敵が居るであろう激戦区を想定しながら、全てにぶち当たるようにと経路を作り上げた。
「では、その足掛かりです。とりあえず二人してここから生き抜き、心と命を削る地獄に旅立つ準備を完了させましょう」
「自分の都合ばっかりだけど、これが夢を叶える難しさって奴だね。視覚化されると、壁ばかりだ」
だがそれでも進んでいると思える彼女は、困難な夢への道が見えると言うだけでも嬉しそうであったのは間違いない。
自分がもう夢の為に何も抑える必要が無いのを理解できたのだろう。この充足があればここで死んだって満足だと思えるほど、そしてここで死んでたまるかと思うほど、反抗心と充足感が満たされていき、その車輪は音を立てて回り始めた。
それは決別の音だ。もうクルワカミネには用は無いと言う、そして自分の故郷を捨てる音。
この世界から出られるかが分かったからじゃなく、この瞬間二人はクルワカミネを捨てたのだ。生きてきてから離れた事の無い世界から、夢の為にその全てを費やす意思を宣言した。
後はただその車輪の音が夢に届くまで響き続ければ、それ以上に望むことはもう無いのだろう。もう誰も彼もが、止まれない場所に辿り着いた。
世界はそうやって変って行くでも言うように、その車輪の音は変革を刻む一つの始まりを告げていた。




