四章 太陽の王様
お天道様は不機嫌だった。
というよりも次世代が使えなくなった為、予備を作ろうとしたが、妻は死亡している。しかたなく予備(愛人)でも使うかと思ったが、意外とこの男は純情というか、その辺りの事に関しては磨耗し切っている為、愛人なにそれという状況であった。
もっと言うのなら彼は生物的には落伍者である。不能という訳ではないが無精子症と診断される程度には、男としての機能は低下している。
娘の誘拐や家出によって心身共に、それなりの衝撃を受けたのだろう。冷静という言葉だけで作られたような男は、少しばかりの人らしさを見せていた。それは彼にとって初めての経験であり、自分もそれなりに人らしい感情をもっていたのかと驚くほどであった。
だがこういっては何だが、彼はそこまでまともな人間性を持ち合わせているわけではない。
むしろそれは建前に近い。
彼は彼というだけで、ヒサシゲと同等の化物の一人だ。彼が抱いているのは、娘の素質に対する後悔が大半なのである。
ラディアンスはポーオレに縛られて育てられたのなら間違いなく、自分を越える器だと信じた存在であった。だからこそヒサシゲはそれを読み取ってぶち壊したわけだが、そこで彼女の素養の幅を見てよりいっそう惜しくなったと言うのは否定できない。
優れた王になる。ラディアンスはその素養だけは持って生まれた存在なのだ。
だが結局はあれだ。ああなってしまっては、役に糞にも立たないゴロツキである。あれから二度彼女の姿をお天道様は見ているが、やはりというか、納得の出来となった完全無欠のゴミに変貌をしていた。
彼としても注視している三巨頭の争いも、既に首領が他の派閥を上回るのは確定し、長きに渡った壁外の派閥争いも一先ずの決着が着く。
あとは首領の頭を抑えればそれだけで、クルワカミネが抱えていた戦争世代の害悪の九割消し去れるのだ。あの男が残した結果の首切り祭りも二年以内に決着がつくだろうと考えながら、とりあえずの創業から安定までの土台をこの男は一人で作り上げつつある。
そう思ったとき困るのはやはり後継者であるが、今のところ妻の卵子と、保存してある自分の精子による予備の人工授精であるが、ここに来て未練かラディアンスが惜しくなってきている。
彼にとってその未練が不愉快極まりなかったのだ。
娘としてみた場合、ラディアンスは目に入れても惜しくない程にかわいい娘であるが、後継者としてみた場合は、はっきり言ってゴミだ。もっと言うならいない方がいい存在である。
にも拘らず、ジェイルドはラディアンスを欲しがった。それは娘に対する贔屓目か、自分のその感情の無様さが許せない。
彼は心血を注ぎこの世界を守ると決めたのだ。
そんな男が、歩く核弾頭化した娘に後を継がせようと惜しむ。そんな事があって良い筈がないのである。それは停滞に対する侮辱、安定を求めた世界に対する罵倒である。
終戦より必死になって彼は命を絞ってきた。父の考えた世界構築は確かに、自分では想像もつかないものであったが、こうやって形にしてきたのは彼自身である。
「存外人の子と言う事か。私も甘くなったものだ、何のために親父殿を殺したのやら」
だが必要のない殺人など価値はない。結果に意味がないのだ。彼女は既に政治的に死んだ人間であり、それに伴う全ての結果は無駄でしない。
彼女の死は、既に安定の対価としてクルワカミネに支払われている。それだというのにこれ以上の無駄をする意味は一切ない。これは彼の精神的な問題であり、このある意味では理性の狂人であるこの男にとって、一切合財の無駄など言う命の消耗が許せるはずもない。
父親は必要だから殺した。これ以上開拓という言葉に煩わされるわけにはいかなかった。
だが、娘は違いすぎた。自分で勝手に自殺しようとしているだけ、こんな事をする存在に時間を掛けるのは無駄であるのは間違いないだろう。
なのにだ、彼はそれを惜しんでいる。その矛盾が彼には納得がいくはずもなく、感情を食い縛る様に耐えることしか出来なかった。
「使える時間を無駄に割り振って、何をしているのだろうな私は。それも全部あの男の所為か、余計なことばかりしてくれたものだ」
これが普通の親だったら、娘の事を気にしているだけとも取れるが、彼にそういう感情がないわけではないだろうが、それ以上にあまりにも自制が強すぎて、自分の感情に対してひどく鈍感なのである。
それが彼の利点でもあり欠点でもある。自分という存在自体に価値を作らない所為で、自分の欲求に気付けない。娘が王として欲しい訳じゃない、ただ娘が心で欲しくないだけだと、ジェイルドは死ぬまできっと気付けない。
不器用すぎるが、彼にとってこれが当たり前の事なのである。
安定の狂人、だからこそ結局彼は娘を捨てるのは間違いないが、人間らしさがそれを邪魔している。
彼はそれを認める事が出来ない。苛立ちをあたりに振りまく事もせず、ただ自分を傷つけるように感情を溜め込んだ。
渦巻くその感情を必死になって取り繕ってしまうからこそ、溜め込んでしまい続けるのだろうが、このままで良い筈がない。
そんな彼の感情を見越しているかのように、随分と意外な人物から連絡があった。
「お久しぶりです総長、少しばかりお話があってまいりました」
それは淑女と呼ばれ壁外で恐れられる次世代の有力者の一人である。
本名もあるがそちらは、既に婦人によって消されている為、彼女の心の名前を知るものは、婦人を除けばクルワカミネには存在しない。
随分と落ち着いた様子の声ではあったが、明らかに様子が最低限の取り繕い鹿しか感じさせなかった。一応だが三巨頭はクルワカミネを統括するジェイルドに対してホットラインを持っている。あえて触れない事で、汚い部分や隠したい事情のある場所を封鎖しているのが、そもそもの壁外の役割である。
その事を考えれば、当然のように役職としては総長と称されるクルワカミネのトップである彼にと何かしらの接点がないわけがある筈も無い。
そもそも壁内に行くには、三巨頭の許可が必要な辺りからもそれが分かることだろう。
彼らは何かしらのコネクションを壁内と持っていて、相応の権限を与えられている事ぐらいは予想がつく。
しかし本来はよっぽどの事が無ければ、彼に連絡などしない。隠すべきクルワカミネの暗部の一つであるのだから当然だ。その暗黙の了解を破っての連絡であるのだから、相応の意味があるのだろうと、娘のことを忘れて思考を集中させた。
何より彼女の様子からして、よっぽどの事が起きたと言うべきなのである。
「少しお耳に入れたい事がありまして」
「私は、そう言う建前は無駄だと信仰している。私にとって利益を話しなさい、それにと対しての対価を払おう」
「順序を踏むと言うのも、一つの嗜みですよ。機能美ばかり見ないで、もっと別の美しさを楽しむべきなのでは、余裕が無くては力の出しどころも分からなくなりますよ」
「しらないな。こういっては何だが、私は死ぬまでこれを変えない、変える理由が一切無い。もう一度だけ言う、さっさと言え」
ヒサシゲと話したときと違い随分と感情がないが、それはいつもの事と淑女は肩をすくめる。
彼女としても早々に本題を出したかったのは事実だ。
「本日ですが、婦人は壊滅しました。トップはいるので再生は可能でしょうが、その前に首領に潰されるでしょう」
「そうか、随分と早い結末だった。やはり首領が上を取るか、予定通り過ぎて何も言えんな」
「こういっては何ですが、予想通りの返答でした。しかし本題はそれではなく、その壊滅の要因がそちらに向かうことです」
それを聞いたとき、どこかほっとした感情が表れた。
そんな事をこの世界でするのは一人だけなのである。開拓者、それも飛び切り最悪な奴だけだ。しかもそこには性格がと言う添え書きつきである。
「馬鹿娘か」
「その通りです。どうにもそちらの鴉の最新型を狙っているようですが」
「そう言えばそうだったな。どうにも開拓者は自分の愛機を可愛がる傾向にある。ともなればの娘も、それなりに必死になる訳か、どれでも変わらんだろうに」
だが彼らからすれば、所詮砂上の城であるクルワカミネなんて、すぐに壊れるのだ。さっさと見捨ててしまえばいいと言い換えられてしまう。
人にとっての価値が、他人にとっての価値とイコールになるかなどと言うのは、本当に論ずるだけ無駄な行為の一つである。だがその無駄を口にしたくなる程度には、開拓と言う行為に価値を覚えていない。
そんな無駄な行為に必死になる娘を惜しいと思う自分がいる事に、彼は不快感を隠せない。
「伝えたところで貴様らには何をする気も無いが、しいて言うなら情報機関としての役割を果たせ。その程度の価値は認めている。少なくともこちらの公安よりはましな働きをする」
「そちらの公安は力ではなく、権力を使った邪魔の処分でしょう。差に開きがありすぎます」
特高よろしく、この世界に必要の無いものを処分したりするだけの政府の暴力機関である。
それを合えて情報機関といった理由も対外であるが、彼らにとって情報は得る物ではなく作るものでしかないのだと言う証明だろう。
とは言え、婦人の情報収集力はクルワカミネの中でも随一だ。それを手放す理由は、今のところ彼には存在しない。
「それでだ。その情報を巻いたところでお前に価値は無いだろう」
「そうですね。これははっきり言っておきますが私怨です。今から来る二人はただの理不尽に過ぎません、そうです、ただの理不尽なんです」
怨念すら篭っていた言葉だった。理不尽、その言葉をここ最近何度聞いただろう。
そう言えばこの心のわだかまりも、全てあの男が始点であったと彼は笑った。この世界に波紋が立ったのは、きっとそれが始まりだった。わかってしまえば彼は、自分のこの感情が何かを理解する。
己がどれほど度し難い人間か、己がどれほど感情が無い人間か、その非人間染みた思考に、自分が本当に人間なのか、自身に疑問を呈したくなるほどであった。
「あの男と同じか、なるほどな、それで私が思うわけか」
呟く様に洩らした言葉は、あいにくと淑女には聞き届けられ端なかったが、随分と嬉しそうな表情を見て、なぜか彼女はヒサシゲの存在を頭に浮かべてしまい一つの納得を引き摺りだしてしまう。
ここにも居たのか、と。それに気付いた時には既に遅かった。災害は気付くものだけじゃない。いつの間にか存在する事だってある。
「こんなものがこの世界の王なのか」と彼女は叫びそうになった。
「感謝する。それ相応の便宜を図ってやろう。娘の価値にようやく気付かされた男の瑣末ながらの選別だ」
引きつる声に、何も返す事が出来ないまま、必死になって頭を下げた。
彼女は既に災害に心を一度折られている。そこに一つの完成した災害と出会えば、癒えない傷が心を切り裂き続ける。
悲鳴を上げたい衝動も全て恐怖によって駆逐され、笑っているのか泣いているのか分からない表情でありがとう御座いますと頭を下げる。
そして逃げるように彼女は、恐怖を吐き出した。
「私には彼女達に対して何が出来る何ていう事は在りませんでした。ただ必要な道具として踊らされただけです。そしてあなたの娘はただの発展途上であり、真に警戒するべきは鉄血の女だけです。
彼女は人を駒としてしか見ません。自分にとって都合のいい存在としか思っておりません」
感情の中で自分が踊らされ続けた恐怖を彼女は語り、警戒する存在について告げるが、分かっていないのはお前だとでも言うように、ジェイルドはあきれた様に声を上げる。
「何を言っているお前は、それのどこが警戒するべき相手だ」
「どう言う事です」
「鉄血か、随分悪名高いようだが、そんな物に価値は無い。警戒する、その程度も食い破れなかった己の弱さを恥じる事から始めろ。彼女の能力が高い事なんてこちらは知っている。そして彼女程度なら、私にとっては敵にはならん」
それこそなぜだと思うだろう。ポーオレの警戒するべき場所が間違っているのである。
真に怯えるべきは、彼女の育成能力の高さだ。踊らせたんじゃない、必要だからそうしただけの事であり、そこまでしなければ成長できないのが自分の娘である。
最悪の一言だ。だから惜しいと思ったのだと彼は断言する。
彼の娘は、クルワカミネを継ぐのに、相応しいだけの素質と才能を持っていた、と言うだけの事であり、親子の情などそこには存在しなかった。ただクルワカミネのために彼女が使えるという事実しかないのである。
そして同時にその未練が消えた瞬間がここであった。彼女が最後に見せた姿は、まだ元に戻れたのだ。だがもう遅すぎる。何もかもが価値を失ってしまった。
ヒサシゲの胸倉を掴んだその時に、ラディアンスはクルワカミネに対する価値を失ったのである。あれほどの素質を無駄にした自分の愚かさに対して、苛立ちを向け続けていたのだ。
度し難い、自分に親子の情があると思っていた事が、自分がまだ人間の感情が在ると思っていた事が、彼にとってはあまりにも幻想染みた話だったのである。
「婦人で潰されたようだが、もう同じ事は二度無い。あれは、私と同じ人種だ。どうにもぶれていた様だが、次はもう絶対にない。よりにもよってあのポーオレが、正しい教育をしたのだからな」
「どういう事ですか。身内びいきと言われても否定できませんよ」
「情報を集めるのは、私以上のようだが、人を見る目はこちらの方が上だ。そして何よりな、お前はヒサシゲといったか、認めたくは無いがあれと同じ人種である私の目を否定するのか」
「出来ないだろう」と彼は言う。彼女はヒサシゲとこの男を、似ても似付かぬ二人を同じ存在だと見てしまっている。
まるで餌を求める鯉のように、口をパクパクと動かしながら次の言葉が出せないまま少し間が空いた。
「理解できたら、一つ頼みを聞いてもらおうか。あの男に敗れたエースを呼んでおけ、少しばかり試してみたい事が出来た」
ああ、まさかと思う。ジェイルドはまさか自分が、こんな感情を抱えているんて思いもしなかった。
これが多分だが自分が認識した自分であり、自覚してしまった自分なのだ。この六十に差し掛かった男は、自分が本当に狂っていたのだと自覚してしまった。
それはスタッカートの心臓の鼓動、キャブレーターの吼える様な音のような錯覚で体響く感覚は、自然と彼を一つ上の段階に跳ね上げる。
この男の笑みなんて、多分だが彼の妻ぐらいしか見た事は無い。そう言う意味では貴重な表情であるが、彼女がからしてみれば、なんでこんなものを見なくてはならないという憤慨だけだろう。
災害と一度でも思われた人間の笑みは重い。
それは粘性の唾液に似た代物だ。無駄の喉に絡み付いて、異物感として喉に残る。その不快感を象徴させるような代物である。
どれだけ可憐な笑みを取り繕ったところで、彼らの性根など総じて腐っている。それは状況を作り出す表情である。それは人を駒にするような侮辱の舞台である。自分の意思すらも都合のいい道具として扱われ、無残に操られ尽くす、それが彼らの結末だ。
「断っても構わんが、どうせ私に思惑通りにお前は動くだろう。こう言っては何だが、そう言う状況を作るのは得意でな」
それを隠そうともしないジェイルドは、淑女を既に駒としてしか見ていない。
同時に彼女は理解してしまう。こうなるのは全て自分の力が足り居ないからである事を、しかしだルールの存在する世界を作られ底で踊らされるものが、その鎖を食い破る事など簡単に出来るわけも無い。
そんなむちゃくちゃが出来る、出来て当然だと思うからこそ、いまここ畏怖の化物として彼らは存在する。
そしてそんな災害から無駄に高評価を受ける存在が、ただ一蹴されただけの小娘なのだ。
災害だと認識されながら一瞬で潰された彼女を、淑女は劣っているという視点でしか見れない。情報を仕入れる事は得意でも、それ以上になれない彼女達の悲哀だろう。
ラディアンスが厄介な理由、彼女を警戒するだけの理由を仕入れる事が出来ないから、どうしても下に見てしまう。
厄介ならその理由をくれと、ヒサシゲにも、ポーオレにも、そしてこの王様にも、彼女は警戒をするということの意味が理解できない。
「逆らう事が出来ますか、この治世で生きる事をよしとする雛鳥が」
「それでいい。便宜は図ってやる、それ相応の価値のある事だ。こっちの利益のほうが強いだろうがな」
そうやってまたお前らは私達を躍らせるのか、そんな感情が浮かび冷静な顔が歪みそうになる。
だがその全てに納得がいっていないという表情は、どれほど隠したところで、ジェイルドには読み取れてしまう程度には、彼女は不満だらけであったのは間違いない。
自分はこの程度の人間だと刷り込まれるような不快感。お前にそれほどの価値は無いと告げるような態度は、彼女にとって許せる代物であるわけも無く、だからこそ彼女はジェイルドと、ポーオレの盤面で踊るのには最適な駒となる。
間違いなくだが、ポーオレはここまでの状況を作り、自分がのる事も理解している。現状ではジェイルドもまたポーオレの盤面の駒でしかない。
しかしそれに逆らう必要も無いだろう。彼女が求めている事は結局一つであり、それをお粉枠てはこっちとしても、次に勧めない程度には重い内容であるというだけだ。
「分かりました。すぐに終わらせます」
「それとだが、今こうやってお前が私に連絡する事も、ポーオレは織り込み済みだ。もしだが、お前が壁外でのし上ろうとするのなら、狐のままで居てもたいした価値は無いぞ。
お前は本当なら自分でこの場面をどうにかするべきだった。それが出来ないから駒のままなのだ」
最高の権力を使って潰そうとした彼女は所詮狐であると、その事実を突きつけられて、後悔よりも先に恥を感じたのは彼女のあり方としては当然である。弱さとは、己の楽から始まる代物だ。己でどうにかしようとしないから出る言葉だ。都合の悪い事から目をそらす人間の卑称である。
その事実を突きつけられれば、目を見開いて彼女は否定の声を上げなくてはいけない。だがそれが出来ない彼女は、己の無様を認識できたという事だ。
ここでただ激昂するだけなら誰でも出来るだろう。
だがここで自覚し恥を認識できるのであれば、次が彼女にはある。ここで怒りを吐き出すのは、ただの逃げ以外ではない。怒りで目を曇らせて自分を認識しない。それが弱さというものだ。
ただ感情的であるだけが、強さである訳が無い。
己の無様を自覚し、認識して、次に踏み出す力を溜める事を人は絶対に弱さとは言わない。
「至言として、心に留めさせていただきます」
「婦人に言っておけ、どうせポーオレ辺り骨の一つも折られているだろうが、次代はまだましな方で良かったな、と。何せ家のはじゃじゃ馬が過ぎた所為でな」
「それを私どもは身をもって知っておりますので、私たちが返せる言葉はこれぐらいですか、子供の養育の失敗を人に押し付けるなと」
確かにそうだな、彼は二度頷いて肯定する。あれはどう考えても失敗であるし、確かに随分と迷惑を振りまいている様である。
だがこれで未練は立てるだろう。そう言えば親子ながらに、道具という視点で以外で、自分の娘を見た事が無かったと自嘲する。自分が人間として欠陥品である自覚はあったが、開拓に関してうるさかった娘という視点しか彼は持ち合わせていなかった。
だったらましに少しは教育してみるか、と。娘の姿を思い出して覚悟してみる。
あの娘は折れるのならば、一度では決して足りないだろう。それは多分だが無駄な行為である。本来であるなら無視しておくべきである。
鴉型の機体は珍しいが、乗れるものがラディアンスしか居ないゴミだ。好事家に売ろうとしたところで運搬の金のほうが高くつく代物であり、商業的価値は複々線による多重フィルター生成技術ぐらいだが、既にそれは大型化してクルワカミネに吸収されている。
そもそも技術自体クルワカミネ発信の技術である為、強いて言うなら程度の代物である。
つまり適当に渡してバイバイでもさしたる問題は無いが、彼は娘に付加価値をつけようとしているのである。つまりだ娘にとっても自分にとっても価値のある出発に変える。
娘は政治的には死んでいるが、別人として扱ってもさしたる問題は無い。
「可能性をとってみるか、最後の事業としては十二分に価値がある」
だがそのためには娘の現状を知り、彼女自体の価値を吊り上げる必要がある。
であるのなら、彼が認めた天才であるポーオレの力を信じて、駒として踊ってやるのが最適であるのだ。しかし彼もただで踊ってやるほど優しくは無い。
取引は常に妥協点の折衝である。ポーオレはその中で両者に利益を与える最高のポイントを用意してきているが、それだけでは足りない。そんなもので足りるほど、クルワカミネは安くは無いのである。だがからきっちりと吊り上げて見せるだろう。
ポーオレはジェイルドというクルワカミネの総長が、狂人であることは理解しているが、自分と同じタイプの分からない災害に近い存在であると気付けなかった。彼女がこうなってしまったのは、ヒサシゲとの戦いの結果だ。
それ以前のことなど知るはずも無いのである。
知らない事で分析した所で変わらない。それを一人知るラディアンスは、ポーオレがそれを知らないはずが無いと思って何も言わないから、彼女に伝わる情報のリソースが存在しない。
彼女がもう少しだけ、ジェイルドに対して関心を払っていれば別の状況になっただろうが、基本の記憶容量の中にヒサシゲが入っている彼女に無茶を言ってはいけない。
彼女も大概にはヒサシゲ狂いである。一歩間違えれば監禁の挙句に、心中までしていた様な女である。
彼との戦いの際に自殺をしようとした前歴を考えれば、彼女もよっぽどである事が手に取るように分かるだろう。
まともな奴なんか存在していない。
クルワカミネは狂っている。
ここは地獄の釜の底だ。
通信を切った淑女は、失礼という言葉の中に罵倒をいくつも込めた。状況を利用する奴、状況を作る奴、状況を見る奴、どいつもこいつも他人を都合のいい道具かなんかだと勘違いしている。人を馬鹿にしすぎているのに、彼らはそれが呼吸するように当然だと思っているのだ。
これが人の思考かと罵倒したくなる。
しかしそれを否定するには、彼女では力が足りない。そして間違っている事を、間違っていると言えるだけの力を持つ人間は本当に少ないのだ。そして彼女はそういわれる側の人間である。
だから全ての貫目が足りない。だからこそこうやってまた唇を噛んで苦しみ、駒のまま道化を演じなくてはならないのだ。あれと向き合って否定できる力が欲しい。そのためならどんな事でも出来る気がした。そのためだったら、そのためだったら何なのだろう。
「世界を滅ぼして見せるとでも言うつもりですか」
それこそ間違っている。自分の間違いを真っ先に否定する。
だってそれはあちら側の思考だ。そうじゃないのだ、もっと違う何かが欲しい、それが何かも分からず淑女は友人の一人と連絡を取る。
とても面白いものが見れますと言って、最悪の劇場に勧誘してしまう。
だがそれを彼らが見る事は出来ないだろう。本当に面白かったのはきっと彼女が、二人を呼ぶ前のほうだったのだ。
そして彼女はやはり自分がどういうものに挑もうとしているかを再確認させられる。
狂っている。この世界がじゃない、何もかもが狂っているのだ。
そのゆがみの象徴が集まった場所を連絡が終わってから覗いた映像に彼女は目を剥いた。
「ラディアンスに聞くが、邪魔を殺して解決なのか。それは資源の無駄であり時間の無駄、その程度の意味も理解できなかったのか」
「必要ならば消すのもいとわないのがお父様だったと思いますよ。今までそうしてきてますよね」
それは親子の対面である。狂人でありながら秩序の化身として存在する父、そしてただ存在するだけの暴挙である娘、それを一歩離れた場所から見学する最後の理不尽であるポーオレ。
お父様と弱く響く声が、その質問に対する解答には程遠い。その中でジェイルドの姿を見て、自分の失策を理解するポーオレは、何より冷静に状況を見ていただろう。
だが彼女にはここにいたって何をする力も無い。なぜなら彼女が特化しているのは、状況を作り上げる事であり、その状況にありながら存在するだけで歪みになる存在にはめっぽう弱い。
ポーオレはその事を反省するように、二人の会話に割って入った。
「これはまた、私の人を見る目も甘いと言うことでしょうか」
「気にする必要も無い。君は優秀だ、私が惜しむほどに、だが人は成長するものだろう。君の思い人と違って、私に焦点を合わせる必要性があるわけでもない以上これは当然の帰結だ」
「起きるべくして起きたと、納得でしめてしまっていいのでしょうか」
「好きにすればいい。それにこれから君がどれほど努力しようと、主導権はくれてやれない事も覚えておいて欲しい」
状況を作る手順の中で、彼女は一つの目測を誤った。
だがこう言う時に二人居るのは都合がよろしいだろう。しかしだ、ここにいたってモチベーションと言う問題が存在する。
「お久しぶりですお父様、正直勘当した娘を連れ戻すほど首相でもないのに、何でここに」
「そうだな娘としての価値をお前にもう求めては居ない。だがその前にお前には一つの価値が出来た。その為に、私が確認をする必要があってな」
「価値、一番分かりやすい言葉だったけど、もしかしてそれは商品価値だったりするのかな」
首を傾げるジェイルドは、むしろそれ以外に何があるのだといわんばかりである。
娘に掛ける言葉じゃないが、こういっては何だがさすがはお父様とラディアンスは思って噴出しそうになる。
普通の理由じゃない方が彼らしいと思うのは、これが肉親同士だからだろうか。
「それでディンの価値を以下ほどまで吊り上げられれば、その機体を受領できるので」
「こんな個人しか乗れない機体、しかも所有者が決まっているものを奪うのは、先の経験から厄介だと勉強ささせられているのでな。吊り上げる必要も無い、そもそも私はこう言うものを欲しない」
「だったら私に何の価値を求める気なの」
「お前の商品価値だろう。この世界には、無価値としか思えないながらも、無駄に長く続く事業があるのだ」
そんなものは一つしかない。
そして彼女にはそれだけの価値があるのかと問うのは、それだけの侮辱の領域である。一瞬で目の据わった彼女は、次の発言しだいでは父を殺してしまうだろう殺意を見せていた。
出来る事を否定されるのは誰だって不快でしかない。
「単刀直入に言うが、私はあの男は西にたどり着くだろうと確信している。死ぬと言いたいが、あれはやると言った以上変えないだろうからな。だがラディアンス、お前にそれほどの価値があるとは到底思えない」
だから手が出るのは当然だ。
自分が劣っているのも理解しているが、それでも今の彼女には痛烈すぎた。吐き出そうとする感情が火のように炸裂し、気付いたときには感情のままに全てが振るわれる。
加速因子を使った、音速を超えるであろう力の本流。しかしその破壊の意思は、直撃する事も無く消えうせた。
その事に愕然としているのは、多分ジェイルド以外でこの状況を見ている全ての人間だっただろう。
「こういっては何だが、お前は私がただの馬鹿だと思っているのか。お前が相応に力をもっているのも理解はしているが、それは特別と言うものではない。その程度は何度も見せられたのだ。出来ない訳が無いだろう」
あきれたように問い掛ける声は、あまりにも遠く響き、ラディアンスの歩みを止めるほどの力を持っていた。
「この程度は出来て当然の部類だ。それでお前は次に私に何を見せるのだ。西域開拓事業が達成可能か否か、なにより少しばかり身内びいきをして、そして少しばかりの支援をしてやろうというのに、お前の商品価値はその程度なのか」
ジェイルドはその中で彼女に聞くのだ。止まるのか、それとも動くのか、道半ばで止まるだけがお前の力なら、早々に死ねとでも言うように、娘に対して罵声の限りを尽くす。
彼は娘に対してここまで問いかけた事は無い。お前が使えるのか、使えないのか、そんな事を問うべき立場でなかった。彼女は使えるようになる以外の価値を認めていなかったからだ。だからこれは始めての親としての娘に対する進路相談なのである。
こういっては何だが、そう言うには随分「ひどすぎる内容ではないでしょうか」と、ポーオレですらあきれて言いたくなるような内容であったのは間違いない。
もっともだ。
「流石お父様だ。こう愛情の欠片も無い感じに、久しぶりの私は愛情を感じた気がしたよ。ただ見積もる価値が低すぎる、ついかっとなって殺しそうになったよ。
そこはもう少し娘を信用しよう。最低でも到達して帰ってくるまでの商品価値を認めて欲しいかな」
娘も大概だから何の問題も無いのかもしれない。




