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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第二部 今日死ぬにはもってこいの日だ
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二章 負けを認める自由

 恐怖とは最も分かりやすく、人の根源的に訴えかける警告である。

 近寄るな、触れるな、関わるな、そう身体が拒絶反応まで見せて、我が身を助けようとしている必死な叫び声である。

 だからこそ本質的に、それは避ける事の出来ない感覚なのだ。

 赤い大地に立てば普通はその恐怖によって心を潰される。エースと呼ばれる二人ですら、あの大地に戦いを挑もうと考えた事など無い。

 その程度には、赤い大地は恐怖の象徴である。だが人はその恐怖を自覚して乗り越えると言う、生物から逸脱した力を持つ存在でもある。


 もっともラディアンスは、赤い大地に対して恐怖心などかけらも持っていないのだが、それは人が持ちえる許容範囲を明らかに逸脱している。

 彼女にとっての恐怖とは、自分が抗う事も出来ずに負ける事であり、それ以前に戦いの場に迎えない絶望こそが恐怖なのだ。明らかに気にする部分が、自分の命を勘定に入れていないが、価値観と言うか、常識と言うかが、完全にラディアンスの中で何か別物に変わっている。

 その変質はヒサシゲの所為であるのは間違いないが、実は変わったというよりは戻ったに近い。


 ラディアンスは祖父に育てられたと言えるほど、物心つく前から祖父に連れられて、彼の思想を受け継ぐようにして生きてきた。

 彼女の祖父は息子と違い、完全に開拓者としての思考が染み付いた開拓信者であり、理性的なところもあったが、孫娘に対して骨身に染みるほどに、開拓について語り、ラディアンスを自分よりに仕立て上げたのである。


 息子はクルワカミネの継承者が、そんな安定してきた世界を台無しにするような真似を認める筈も無く、ポーオレと言う教育係を当てて思考を無理矢理に変貌させたのである。

 祖父としてはそんな事をするつもりは無かったのだろうが、戦争経験者はやはり西域到達と言う根源目標を撤回する思考が浮かばない程度には常識として染み付いている。しかし彼の功績である提案して作り上げたクルワカミネの世界は、西を目指すこともない安定した世界である。

 だがそれは彼自身が己の開拓にかける意思を否定した事実の証明である。

 そのトラウマからか、孫に語る時に必要以上の力が入っている可能性が無いとは言い切れない。


 彼女の性格構成の段階で重要な方向性を持たせたのは間違いない安寧の王様は、孫に公私の分別を教えていなかったようである

 実際には彼女は祖父の願いを知っていたし、それでもこの世界を作り上げようとした理由も分かっている。ここは雛鳥の為の巣であり、空を飛ぶことを待つ羽根の城砦であったはずなのだ。

 戦争の為に鍛えられ、特化しすぎた対人戦闘の結果、彼女の祖父は戦争に強いだけのトップエースでしかなかった。開拓と言う意味では自分が二流以下である事を理解し、礎足らん事を決意していたようだが、根っからの秩序の狂人である息子には全く意味の無いものであったようだ。


 そもそも息子からして彼の影響を過分に受けている。

 当然のことながら五十年程度で、世界として安定しているのかと問われれば嘘になる。

 そこに安定だけに執心する化け物が生まれるのは仕方の無い事だろう。まして絶世の混乱期であった要塞列車は混迷を極めていた。ここで妥協をすれば本当に世界が壊れるほどの状況である。

 ほかの要塞勢力などの介入など様々な問題が重なり、政治当面においては最悪とも言うべき形を迎えているのだ。武力で徹底的に潰せればよかったが、殆どが疲弊に疲弊を重ねた上の妥協の中であり、少しでも舵取りを失敗すれば、内部分裂による崩壊だって有り得た。

 実際三巨頭の勢力も一応は百十五番車両リョウシュウ、三十八番車両イハミ、六番車両クルワカミネの派閥に分かれていたりするのだから、一応今も弊害は残っているのだ。


 そんな状況の舵取りや、定住の為のシステムである固定移動技術の開発、その他政策などもろもろを、ラディアンスの祖父は息子にぶん投げるという暴挙をやらかす。実質的な今の世界の父である彼の息子は思っている以上にクルワカミネが砂上の城である事を理解し、それを確固たる者にしようと足掻いた結果、人間性を無くすほどの冷徹な判断を下せる人間が出来てしまったわけだ。

 しかしこういっては何だが、結果がついて来ているから誰も言わないが、本当に厄介事だけを落としていく爺である。


 片や父の心血をあげて作り上げた世界を破壊しようとした孫娘、父の願いなんか無視してひたすらに安定に血道をささげる息子、二人を並べて書いてみるが、何故か最終的に流石家族と言うしかない気がするから驚きだ。

 どうにもこうにもこの家系は、父親の願いを潰す事をするのが当たり前のようである。


 何処か歪んだ形ではあるが、ある意味この二人も似ているのだろう。

 そもそもだ、人はどこまでも似ている様で違いすぎる単体こそが本質である。こうじゃあなければ人じゃない、同じ部分を探せばどんな嫌いな奴とだって共通点は存在し、違う部分を探せば存在するのだ。

 人間が人間である部分を問えば、きっとだがその共通点を洗い出した後に、残る何かこそが人の本質だ。それは必ず存在し、それこそが単体としての人のあり方だ。


 それを異常者とも言うべき精神を持つ人間は、それが人より明らかになりやすい。

 そしてきっとそういう意味では家系なのだろう。どいつもこいつも自分の本質を引きずり出して、その為だけに動いてしまう。

 誰もが思うだろうが、こんなのがトップにいる世界なんてごめんだ。


 ある意味で籠の鳥であったラディアンスは、羽ばたくべきであったのだろう。

 ポーオレはそう解釈するしかない。彼女はきっとこのクルワカミネに居れば壊れる。それは彼女もだろうが、同時にこの世界もだ。

 規則に縛られるのが悪いわけではない。安定に潰されるのが悪いわけでも、ただ彼女にはそれが無理なだけ。


 鳥が飛び立つのが当たり前であるように、彼女が西に向かうのは当たり前なのだ。

 その機能が失われるならきっと遅かれ早かれ、ラディアンスは壊れていた。


 だが羽ばたくべきではなかった。そうもポーオレは思っている。

 彼女は自由であればあるほど、容赦がなくなるのだ。本来存在していた王様としての素質は、実際高かったのは間違いないだろう。民を慈しむ優しくも厳しい女王様になれた、その素養は確実にあった。

 しかしヒサシゲを見て気付いてしまった、己の願望と気質は、どこまでも続く赤い大地の様に苛烈である。


 彼女はきっと自然にそうなる。人に恐怖を与えるような赤い大地のように、きっと何もかもを台無しにしてしまう。

 実際に壁外その一角は、ただ邪魔だからと言う理由だけで吹き飛ばされた。

 彼女の道を阻む、理由はそれだけで理由に値してしまう。優しい女王様も、厳しい女王様も存在しない、ただ暴君が歓楽街の閨を破壊する。


 吹き飛ばされるのは、何も関係の無い一般人もいたというのに、邪魔もしていない存在ごと、一瞬の空白と共に悲鳴も残らず雨となって、クルワカミネの貴重な有機資源に変わっていく。

 死んだ理由を知らない人々はどれ程マシか、その中で悲鳴を上げるだけの人々を無視して、ラディアンスは無人の野を歩くように、その全ての現象を一切合財無視する。


 普通人を殺すというのは、それなりの抵抗があるのが人間だ。

 同属殺しとは、本来はそれそのものが禁忌とも言うべき代物なのは、いまさら語るべくも無い事だが、だと言うのに生まれながらの人殺し、それはまるで数字で人を数える上の人間の所業。

 最もそれが出来ない人間が人の上に立つ素質があるとは思わないが、ラディアンスの所業は草刈以上ではない。


 彼女は細かい結晶操作は不可能である。だからこそ大雑把かつ確実な爆破を選んで、殺戮を行ったのだが、巻き込まれる人間にまで構っていられない。

 もう彼女は始まってしまったのだ。なら地べたを這いずり、気勢を上げるように意志を押し通すしかない。

 こんな存在になった理由も原因も、起源はきっと祖父からだっただろう。彼女は彼の願いを継いだだけかもしれない、だが継いだとしても、それでも彼女の西に行くその性根は最早曲がらない。

 動き出す心臓の鼓動から、呼吸をする呼吸から、踏み出す足の一歩目から、目を見開き向ける視線の先から、全ての行動が最早彼女は西に向かう為だけに最適化されている。


 しかしポーオレにとってその最適化の行為は無駄でしかない。

 草刈と言うのは結局の所は、定期的に行わなければ無駄な行為であり、また邪魔は生えてくると言う事でしかない。

 それすら煩わしいのなら、元を断つしか方法は無い。

 ヒース君だってまだマシな方向を取ると言うのに、ここが二人の経験の差と呆れて溜息を吐く。だがそれは別にラディアンスの行為だけではない、無駄と言うだけなら婦人とて彼女にとっては同じだった。


「婦人も、お嬢様も、本当に無駄な事をしますね」


 彼女にとってラディアンスの無駄は、経験で片付く事だったが、婦人に関しては疑問しか抱かない。

 ポーオレは人の心の機微に疎いようだが、ラディアンスの無茶苦茶を見て、婦人ははっきりと言えば恐怖を抱いた。その狼狽振りは周りが驚くほどで、彼女に刻み付けられたヒサシゲの恐怖は、婦人にとって呪いでしかなかった。

 そして年齢的にも余裕の無い彼女は、恐怖を乗り越えようとしているのではなく、ただ恐怖から逃げたい一心で部下をけしかけた。

 これが本来の彼女ならば策に嵌めて、ラディアンスを風呂の一つにでも落とそうとしただろうが、ただけしかけるだけなら草刈のプロフェショナルは刈り取って見せるだけだ。


 その行為にさらに恐怖すると言う悪循環に陥っているのだ。


「無駄って何が、私は結構最善を選んだと思っているんだけど」

「邪魔するのを払ってですか、そんな行為は無駄でしかないでしょう。私なら一刻も早く元を断ちますよ」

「元、元って、私は壁外の事情知らないから、そこから説明してもらわないと困ると思います」


 あっ、そんな言葉がポーオレからこぼれる。

 そういえばラディアンスは壁内の住人で、一応だが純粋培養のお嬢様だったのだ。ちゃりんと鳴った片眼鏡は彼女の憤慨を伝えているようだが、あまりにもヒサシゲと同じ位に西の匂いのする開拓者が、壁内から産まれるわけがないとどこかで思っていたのだろうか。

 何より彼女の流儀は間違いなく壁外のモノだ。

 何処かで錯覚していたのだろう。ポーオレは自分の思考に疑念を抱くほど、ラディアンスを見間違えていた。こういっては何だが、彼女は天才の部類で語られる人間であると言うのに、その人間すらお嬢様は狂わせてしまう。


 そもそもお嬢様と言うにはラディアンスは随分と野蛮だ。

 どこの世界に邪魔だからと言う理由だけで虐殺を行うお姫様がいる。それは今までの教育が狂っていただけだとラディアンすは言い切るだろうが、その教育したのはポーオレである。

 廻り回って自分に返ってきた結果だが、そもそも自分はこんな教育してないと、声を大にして言うだろう。

 誰だって言いたくなるだろう。特にポーオレは彼女を抑え続けてきた実績がある。しかしここにコルグートでもいたらそれを否定しただろう。

 彼女をこうしたのはポーオレであると、きっちりと断言してくれたに違いない。

 容量いっぱい異常に詰め込まれた感情は、物質と違って蓄積していく。限界など知らずに、ただ無意識に感情は蓄積され続けるのなら、そのふたの役目であったポーオレは、感情を溜めさせ過ぎたのだ。吐き出す感情の方向性を作るなどと言う、決壊している川の制御などと言う無茶が出来ないからこそ、ダムのように水を溜めたと言うのに、それがそもそもの問題だというのだから、最初から無茶を彼女はさせられていたのだろう。


 現在、彼女はあふれ出し感情のままに動いている。

 ラディアンスの方向性は確かにこちら側が正解なのだろう。ならば確かにポーオレの教育は狂っていたと言うしかない。

 なぜなら、元々まともじゃない奴に、正しい教育を施したところで、まともな教育はそいつからすれば狂っているのと変わりはしない。


 だが人は無意識に自分の正しさを肯定する生き物だ。

 天才であろうともそれは結局変えられない人の性である。それに連なるようにポーオレもまた、自分が間違っている事には、気付いても認めようとしないだろう。

 彼女の本質が善人である以上は、己の結果としてその光景を見るなんて出来ない。


 悲劇を受け入れる事なんて、中々出来る筈も無い。それが出来るのは、生き死にに興味の無い奴か、それを悲劇と思わないやつだけである。有り体に言ってまともな人間とはいいがたい連中であるのは間違いない。

 ポーオレはその素質はあるが、それ以上に人の命よりは自分の命を賭ける人間だ。

 それはもうヒサシゲとの戦いで証明済みだが、そんな彼女だからこそ、ラディアンスの行為を無駄と言い切れるのかもしれない。焼き尽くすのは他人の命ではなく、自分の命でなければポーオレは価値を持とうとしない。


 今のラディアンスは、無駄に無駄を重ねただけの無駄でしかない行為なのだ。

 命の浪費に過ぎない行為は、どちらの意味でも価値の無い行為でしかない。急がば回れなんて言葉があるが、焦っている時に楽をしようとしても、ろくな結果が帰ってくるわけが無いのである。

 それが今のラディアンスである。ただ時間を消費し、恐怖心を煽って無駄を作る。結果だけを言えば、彼女はそれだけしか出来ていない。


 原因も理解せずに暴れまわればそりゃそうなるわけであるが、補助として存在しているポーオレにも問題はある。普段なら十全にサポートをこなせたポーオレの不調が、この状況に拍車をかけたのだ。

 現在彼女は燃え尽き居るような状態である。

 ヒサシゲと大立ち回りを行なった挙句に、命がけの賭けにまで出たのだ。彼女の中で何かが消えていてもそれは仕方ないが、それが現在彼女の不調として現れている。

 さらにそこにヒサシゲに依存していた所のある彼女は、自分の芯の部分がなくなって抜けているのだろう。


 確かにラディアンスの野蛮さは壁外の流儀であるが、ポーオレも緊張感が抜けている所為と言うのも大いにある。

 ヒサシゲが居ない所為と言う以外にも、自分の限界を尽くした結果の緩みをここで自覚する。

 彼女にとって、彼のいない喪失感は耐え難い物であるのは間違いない。何時どことも知れず羽ばたく彼が、ポーオレを張り詰めさせていたのだ。それを十数年以上続けていたからこそ、その対象が居なくなって力が抜けただけだ。


「そうですね、そうです、確かにそうでした。そういえばお嬢様でしたから、まだ教えてもいませんでしたね」

「そういえばお嬢様って、私はクルワカミネでも代表的なお嬢様だと思うんだけど」

「あなたの形容詞にお嬢様がつくなんて発想を、誰が思いつくんですか。気狂いか、殺人鬼の二択が現状でしょう」


 当たり前だが、ラディアンスは否定できる言葉を持ち合わせていない。

 だがふざけた事に、確かに彼女の言う通り事実なのだから笑える話である。令嬢と言うのなら彼女であり、お姫様と言うのなら間違いなく彼女であると言うのは、一般市民からすれば当然の事である。

 現在進行形で虐殺を行なっている暴力の塊とは思えない形容だが、事実は事実なのだからどうしようもない。


 ポーオレのお前なんかどう考えたって、頭のおかしい殺人鬼だと言う暴言を、彼女自身が否定できない程度には、自分がやっている行為がどういうことか自覚しているのだろう。あくまで邪魔だから仕方なしに殺しているだけであり、それなりの良心を持っている彼女からすれば、不本意ではあるのだ。


「大雑把に説明するのなら、壁外には壁内にある旧要塞列車派閥が存在し、血で血を洗う抗争を行なっていた筈なのに、関係ない理不尽に潰されたと言う過去があります。

 そしてこの場所はその派閥の長の一人、通称ですが火傷醜女と言う老婆の派閥が支配する領域である遊郭群だったりします」


 普通は婦人の方が定着しているし、普段のポーオレは婦人を使っているが、あながち間違っていない形容ではあるので嘘をついてみた。それを疑いもしないお嬢様は、そうなのかと頷いて首をかしげる。


「けどそれが私と何の関係があるの、その火傷婆に別に私は特に何もしていないわけだけど、ポーオレから否定されたお嬢様だった私の経歴辺りが強いのかな」

「いや、私怨でしょう。正直に言って壁内の王様相手に喧嘩を挑めるほど、三巨頭は強くは在りません。ただ潰されるだけですから、メインの標的は私でありお嬢様……いえ、ちょっとその前に提案が」

「ちょっと待って、言葉聞く限りだと、私は無関係で人を殺した感があるから、結構罪悪感にとらわれてるんだけど。そんな状況での提案って中々ハードルが」


 しかしあまり彼女の意見を無視するポーオレは、彼女の言葉をさえぎった。


「考えても見れば、これから私とあなたは、遺憾ながら共同戦線を張る関係になるわけです。それが以前の関係を保つというのも不思議な話。ここは私も呼び方を変えて、連帯感を高めようと思い立ちまして」

「今の状況で、よりにもよって、それが今する提案なの」

「どこでやっても変わりはしません。それにどうせ、何が起きたってやる事は変わらないのならば、状況の如何に関係は無いでしょう。と言うわけで、ネリネとか呼んであげたいですが、ポラリスとか、いや普通にゴキブリでよくないですか」

「あのね、最後、最後は流石に残酷だと思うんだよ私としても、ほら普通にディンでいいよ。男みたいな感じだけど、ネリネは私らしくないし、ポラリスってのも今は見えないから価値を感じないし」


 不服そうなポーオレの顔に、お前は人をゴキブリ呼ばわりしたいのかと異論を抱くが、彼女は自分の父親をビーフジャーキー呼ばわりしようとした男の恋人候補である。ネーミングセンスに期待するだけ無駄だ。


「いえ、女性をそう呼ぶのは流石にナンセンスかと」

「大丈夫だよ。女性をゴキブリ呼ばわりするより絶対にいいから」

「そうですか残念ですね。では、ディンと呼ばせてもらいますが、本当にいいんですよね」

「むしろ、それ以外で呼ばないでください。ポーオレさんのジョークは、重すぎて吐き出しそうだから」


 一応だがポーオレの頭の中にはエラキスと呼んで見たかったというのもあった。

 赤く輝く星、道の導である天の北極に近づく星の名前。どうせ星なんて見えない世界なのだ、だったら選ばれない赤い星を呼び名にしたって何にも不思議ではない。

 だが無駄に光り輝くこの大地の星としては相応しいなどと思いもしたが、それは今更の話だ。話を元に戻そうと一度手をパンと手を叩き、この話題はおしまいと慣れない呼び名を使う。


「さてディン、無駄はここまでにして、余裕の無さを自覚し落ち着いたのなら、走りきるための思考に変えましょう。と言うより経緯の説明要りますか、ただ理由も聞かずに潰すのもありだと思ってるんですが」

「聞いておく、その方が色々と納得できそうだから。私の良心が罪悪感によって悲鳴を上げてるからお願い」

「そうですね、大雑把に言うと全部ヒースくんの所為です。そして詳しく説明するとやっぱりヒースくんのがやらかした所為です」


 かわんねーよ。その一言を飲み込む事が出来なかったラディアンスは、やっぱりと思いながらもその一言で納得できてしまう自分が嫌になった。

 彼女にとってのヒサシゲは理不尽の塊である。そして彼女が生きていた中で最も苛烈で、過酷な人物だ。化け物だとラディアンスは言うが、それは偽り無く彼女が考える最悪の象徴としての評価である。


 彼女はヒサシゲを認められない。だが同時に能力も性格も力も全てを認めて、尊敬を否定できないで居る。彼女にとって憧れであり続けた存在は、化け物であろうと、理不尽であろうと、目標であり続けるのだ。

 自分がなりたかった姿が、ラディアンスにとってはヒサシゲだった。

 その入り混じった嫉妬を彼女は飲み込みながら、あの化け物が歩んだ道を一つなぞるだけだと、そしてその事に彼女は亀裂の入る月の笑みを作った。


「その結果で私も含めて恨まれ過ぎている訳ですよ。再生処理のできない顔に自分がしただけだというのに、逆恨みもいいところだとは思いますがね」

「逆恨みでは無いけれど、あっちが藪を突いて蛇を出したってことだよね。なら仕方ない、相手を見誤るなんて、派閥のトップがするなんてのは、それこそナンセンスだよ」


 火打石の音が胸に響く。火を起こせと心ががなる。

 今までと何か違う手ごたえを現状から感じたのか、相剥ぎのような薄さで感じられるラディアンスの微笑みは、自分が乗り越える壁を明確に感じられたからかもしれない。

 自分が存在する土台の中に、きっとヒサシゲを捉えられたと言う感覚があったのだ。その感覚に彼女は身を任せる、間違いなくずれても居ない。あの化け物がどこかで人間に見えた確信に、彼女は道を違えていない証明を感じた。


「原因はあっち、応報されるのも仕方なしと言うものです。あなたの立場でもそうなるでしょう。今からそうするつもりなんですから」


 ラディアンスの心胆を見通すようにポーオレは言う。

 だが図星をつかれた所でいつもの事であり、ポーオレはそう言うのが得意な人物だ。彼女の言動を黙らせたければ、行動とそれに伴う結果だけ、それを見せ続けてた男の隣にいた彼女にとって、何よりも雄弁な言動になる。


「そりゃそうでしょう。それが最短で最高の結果になるなら、私は粛々とそれを行なうだけに決まっているじゃない」

「じゃあ、分りやすく相手に邪魔するなら潰すって意思表示をしてあげましょう。これで三巨頭の一つ婦人の派閥は台無しになるでしょう」


 視点が定まればそれ以外見えなくなるのがラディアンスの欠点であり長所だが、ポーオレの言葉に彼女は何の反応も示す事は無かった。

 何をしたら良いか、それだけが彼女の欲しがる言葉であり、それ以上の言葉は雑音でしかないのだろう。凄まじい集中力であるが、よくも一人の人間の全てを台無しにしようと言う心持ちではなく、餌をお預けされた獣のような飢餓感を感じさせられる。


 垂れ下がる金色のチェーンが少しの震えで音を鳴らせ、自分の赤い髪をそのまま引き抜きそうなほど激しく握って、自分の感情を抑えようとしているラディアンスの姿にポーオレは絶句する。

 たった一つの引き金で、濁流のように溢れ出す彼女の感情に、このまま何かを口にしていいのかと悩んでしまう。もしかしてここで彼女を動かしてしまえば、この場所が更地になる可能性を捨てきれないのだ。


 けれどそれをラディアンスはさせない気迫で彼女を見る。

 早く次をと、私に進ませる一言を頂戴と、世界に亀裂を入れる言葉を早くと急かす。ポーオレは核兵器の発射ボタンでも渡された心境だ、弾丸と変わらない真っ直ぐにしか進めない人間の舵取りなんて、ヒサシゲでなれているはずだというのに、それでも彼女は二の足を踏みそうになる。


 それでも動く先も何も変わらないのだ。

 少しだけ馬鹿になろうと彼女は思う。やる事が決まっているのだ、進むべき場所も決まっている、名のに何故自分は二の足を踏むのか。

 それはきっと郷愁なのだろう。自分がこの場所に立つ事が二度と出来ないという確信を得てしまう。今の自分を捨て去る恐怖と同じだ、この自分と言う枠を捨てる懐古に彼女は躊躇いを覚えた。


 何度も同じ堂々巡りを人は繰り返す。だがそれは当たり前の事であり、変わらないことであり続ける。

 その枠から外れる為には、動き出すしかなくて、それ以外に彼女は無いから、この場所で最も目立つ建物を指差した。


「あれに向けて砲撃の一つでもぶちかましなさい」


 自己顕示欲だけは人一倍じゃすまない婦人。その結果立てられた建物は、無駄に派手で無駄に豪華だ。

 自分は凄いと表現しつくす為だけに作られたその住処を、ポーオレは悪趣味といい、ラディアンスは無駄と言う。

 王様はここに居ますと表現するのは、支配の分りやすい形であり、力を見せ付ける方法だ。

 だがここにおいてそれはマイナスの形にしかならない。ラディアンスとって、その婦人の住処はでかい的でしかない。


「了解っ」


 引き千切るようにして掴んでいた髪を離すと、左目を閉じて片眼鏡のほうに視界集中させた。

 元々だが別にラディアンスの視力は悪くない。現在もそうだし片眼鏡自体は一種のファッションであるが、これはアノラックである彼女が機動戦を把握する為に用意させた多目的観測機である。

 これを使い彼女は標準を定める。人の限界を容易く超える視界を得た彼女は、自分が使える接触反応を用いて砲撃を作り上げた。


 加速因子といわれるヒサシゲがメインで操る因子だが、これ運動ベクトルを発生させる現象の総称であり、結晶操作の中でも開くまで結晶使い限定になるが、通信に次いで使い勝手の良い現象である。

 何よりこれを操りきらなくては、赤い大地における重機関の価値は存在しない。だが素人と言っていいラディアンスは、まだこの技術自体を完全に己の物にしたわけではない。

 その実験ついでに放たれた一撃は、音も無くただ動きだけを作り上げながら、婦人の居城の一角を吹き飛ばして見せた。


 だがその被害自体に彼女は落胆の声を上げる。


「命中率は最悪か、重力抵抗なんて意味が無いはずなのに、操作自体が下手糞だってことだねこれは」

「その通りでしょうね。課題が一つ浮かべばそれを修正する努力をしましょう。さし当たっては、婦人の穴倉に乗り込むところから始めましょうか。

 それの練習には都合が良いと思いますよディン」


 彼女の操作が下手糞なのは仕方が無い。直感で覚えて、どうにか操れるだけでもポーオレからすれば奇跡だ。だから彼女は下手糞を比較的マシに変えるために婦人を教材に選ぶ。

 シュベーレに乗ったとしても、彼女はきっとだが、結晶操作を使えないだろう。だから最低限でも体に染み付かせる土壌を付ける。


「無駄だと思うんだけど。それよりさっさとシュベーレに」

「それこそ今は無駄です。都合のいい道具があるなら、都合よく使ってあげるべきです。どうせヒース君には絶対に追いつけますから、さっさと動く、そうやって苦言を呈する無駄を省きなさい」

「厳しいけど、そっちが本来のポーオレの教育法なんだ。昔もそうやって教えてくれたら頑張れたのに」


 本来の自分なんて、夫人の城を指差した時に捨ててしまったと思う。

 だが成し遂げる為にはきっと何かを捨てなくてはいけない。何より今の間まではきっとヒサシゲにあったとき自分はまた置いていかれるのだ。

 彼女にとってその二度目は絶対にあってはならない。


「あなたを王にする。それが目的であった時と、あなたを成長させるが目的になった今では、教える内容が違うだけです。今は性格の矯正なんて邪魔な物が無いから、一番伸びやすい方法を選んでるんですよ」

「本当に、本当に伸びやすいのこれが、ただ暴れてるだけなのに、それ以前に私の性格そんなに最悪でしたか」

「当然でしょう。私の予定では、十五時間後には私達は成長するだけして、あの地獄に飛び立つんですから、ディンは動きなさい。何も考えなくても良いから、止まらないでいなさい。立ち止まっていても心だけは動き続けなさい」


 ラディアンスが発生させる加速因子に体を預ける。

 目標にきちんと向かえるかどうか、そこからして既に賭けの領域だという状況だが、一歩踏み出せばもう躊躇う理由は無い。

 ポーオレもラディアンスも、そもそも止まる理由が存在しないのだ。


「性格の部分を肯定しないでください」


 ポーオレが軽く断言した事実に悲鳴のような声を上げるが、言動と行動は一致していなかった。

 ラディアンスは婦人に、敵対するべきではなかったと後悔させる暇も与えない。それほどの即断即決で動き出したのだ。二人のそんな姿は、クルワカミネにきっと、いい影響だけは与えないだろう。


「そんなどうでもいい事実は後回しにしなさい。

 どうせ出発してもヒースくんには当分勝てないんです。だったら私達は開き直って成長するために自分を追い詰めなくちゃどうにもならないんですよ」

「どうでもいい事実って、事実なんだ……。もう、ああ、もう、今は忘れる、忘れないと心が折れる。

 それで結局どういう事、私の性格対する暴言以外、よく理解出来なかったんだけど」


 察しが悪いと舌打ちするポーオレに若干だが怯え気味であるが、言葉足らずなのは間違いない。


「つまりですねこういうことですよ。どうせ今のままなら、私もディンも勝てるわけが無い。負けっぱなしの惨敗ですよ。つまり私達が何をやったって何をしたって、ヒースくんよりは絶対にマシなんです」

「ああ、なるほど分った、分った。そういうことなら分りやすい、つまりこういうことだよね」


 二人の声が重なる。自由に、自分勝手に、やりたい放題の化身がまた生れる。

 その声は楽しそうで、弾んだテンポで響き渡る。その声を聞き届けた物がいるならきっと声を大にして否定するだろう。

 だが、あいにくと聞き届けている物は存在せず、二人の自由なリズムが響く。

 その言動だけなら間違いなく後ろ向きだったのに、誰もが前向きであったというだろう開き直りに飛んだ歌声のようであった。


「あいつよりマシなら、劣っている私達は、何をやっても許される」


 そんなわけねーよ。そんな否定の言葉を賭けられる人間は、今はこの狭い世界には存在せず。

 彼女達はその存在を追い立てる為の声を上げたのだ。 


 人の感情なんて蹂躙する理不尽な解答は、宣戦布告の音色を響かせる敗北宣言であった。


 

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