一章 お嬢様の変貌過程
世界は空から雨が降っていた時代があった。それを歴史でしか知らない人々は、空を仰いで、今日も空から落雷と炎が滝の様に降り注ぐ、外の天気にいつも通りの天気だとため息を吐いていた。
そんな中、ろくに準備もせずにお嬢様は、秘匿路線の駅の一つである壁外の婦人が支配するエリアに向かっていた。足早に目的地を目指すが、中央部にあるヒサシゲの駅を使用していた二人は、近場とは言え随分と厄介な場所に入り込もうとしていた。
婦人、壁外における三巨頭の一人であり、ヒサシゲに殺されかけた人物でもある。
裏では情報を扱い、表では娼館などの性風俗を扱う風俗街の支配者だ。実際にはどちらも兼用といった具合だが、壁内からも集まる高級娼館なども手にしている為、純粋な意味での影響力は内外問わずといった感じだろう。
そう言う意味では、ほかの二人は彼女に劣るといっても差し支えないが、ヒサシゲの一件のあとあまり彼女が人と顔を合わせることは少なくなった。
実際は、ヒサシゲが彼女の顔を焼き尽くしたことに問題があった。
あの事件自体は、はっきり言ってヒサシゲという爆弾を三巨頭が理解するだけの事件に過ぎない。大老コルグートの支配権と認知されている壁外中央部、事実はただ誰の支配権にもない中立地帯だが、ここには結晶街道と呼ばれる生成職人達が軒を連ねる場所がある。
壁外の人間は、結晶に対する感度が高い為、簡単な結晶操作なら行えるが、その為か結晶精製技術に関しては壁外を上回る技術力を持つ。大量生産などが出来ないが、壁内の企業ですら壁外の技術に関して垂涎の視線を向けている。
お天道様自体が壁外の住人の特異な能力に興味を示しているが、時折高名な人間を招いたりして技術指導をしてもらう程度に留まっている。
彼がポーオレを壁内に誘ったのも、この技術指導を行った職人の一人が、異常な才能を見せていたポーオレの事を話題にしたからである。
ポーオレのことはさて置き、壁内も興味を示し続ける結晶街。この世界最先端の技術をもつ場所である。
そこを手にすれば壁外だけではない、壁打ちにも絶大な権限を持つ事になるのだ。そのため三巨頭はこぞってこの場所を手に入れようとしていた。
それに待ったをかけたのだが、コルグートであり、ヒサシゲなのである。彼らの既得権益を奪ったりすることはないが、目の前にある金脈にて出しすることを許されないという状況は、彼らにとってどれほどもどかしい状況だっただろうか。
その壁を打ち破ろうと婦人が絵図を引いた事件こそ、三巨頭襲撃事件と語られるヒサシゲという名の暴虐を世に出す事になる騒動だったのだ。
その襲撃事件、会合を開いた十八統合駅(中央部旧鉄道省)目掛けてヒサシゲが突貫するという策など一切ない大暴挙である。これにより警護を含めた百五十名が死亡し、六百人近い怪我人をだしたが、あまりの死者の多さに有機資源回収業が成金になったりした。
変な経済効果を及ぼしたが、それによって十八統合駅は廃墟と変貌し、列車王はコレクションであったFT-FLY02シリーズを破壊され、腕を切り落とされた挙句に意味もなくポーオレに殴られている。首領に関しては、ぶっちゃけるとただのとばっちりである。
ヒサシゲが彼にあったとき詫びと言ったが、その辺の話が実はこの辺の事なのである。
そして婦人は若年処理を施していたと言うのに、顔をケロイド状にされ、自慢であった美貌さえも台無しにされたのだ。
それ以来人と顔を合わせる事を嫌がり、彼女の存在はともかく姿を見るものは少なくなった。
莫大な資金のかかる若年処理であるが、寿命が伸びるわけでもなくただ見た目の年齢が変わらないだけに過ぎない。
実際見た目に騙される男も腐る程存在していた。
しかしそれも昔の話、この若年処理というのはある意味では爆弾でもある。極端に人体を弄るせいで、本来可能な再生処理ができなくなるのだ。
ヒサシゲはそんな女の顔を焼き払ったのである。絶望に呻く悲鳴は、彼が行った様々な暴挙を上塗りするように、中央部の十八統合駅に響き渡らせた。
体を弄り回した結果としての副産物だ。滝の水が空に上がる世界ではあるが、世界の真理はやはり上から下だ。その摂理に逆らった無茶をすれば、どこかで負担がかかるのは当然のことである。
その結果として婦人と呼ばれていた妖艶な女の姿は消え、仮面をつけた包帯女というが彼女の現在の姿である。
自分の美貌に自信を持っていた彼女にとって、ヒサシゲの行った行為は存在の否定であり、完全な絶望であったのだろう。それ以来、彼女が人前に現れることは減り、その姿は僅かな側近にしか見せることはなかった。
そしてこの日から、若さと美貌を持つ者に対して苛烈な嫉妬を抱くようになっていく。
何より恐怖の対象となっていたヒサシゲはもういない。あの理不尽の塊のような男は最後までこの世界を荒らし回って自殺を始めた。
彼が死ぬ事にほくそ笑み、一つの復讐が終わった事に彼女は歓喜していた。しかし人の怨念は、ゆるくもなければヌルくもない。ひたすらに粘性のに満ちたコールタールと何一つ変わりはしない。
彼女はヒサシゲの系列を許すことはない。
己の焼き尽くされて歪んだ顔と変わらない性根は、異臭をまき散らしながら己の俗念を晴らす為に、蜘蛛の領域に入るふたりの女を逃がすことはない。
まして人は、人を憎むことに関してなら、どの存在にも勝る存在だ。
その心に抱える淀みは、婦人の生涯にわたって存在しないだろう。ヒサシゲという存在の怯え続ける彼女にとって、ヒサシゲに劣ると思っているポーオレは格好の獲物でしかない。
そんな事を本気で思っている時点で、彼女は情報屋としての素質を疑うべきではあるが、厄災とも言える性質を備えた男の隣にいる女の能力などを、ヒサシゲに怯えていた婦人が完全に把握など出来るはずもなかった。
いや、なまじ情報を手に入れることが、出来ていたからこそなのかもしれない。
彼女は確かに情報を手に入れて精査する事には優れていたかもしれないが、活用することに関しては無能なのだろう。
あのヒサシゲと勝利してみせたポーオレと、彼が認めた開拓者の情報を手に入れる事ができなかった。それだけで既に致命的であったのに、あの戦いをコルグートとヒサシゲの戦いだと勘違いした彼女だからこそ、今から起きる秩序の崩壊は明確なものになっていく。
ひとつの勢力として見られいた存在の消失は、クルワカミネの中に様々な動揺をもたらした。
どはいえ列車狂いの列車王は最初から戦いに参加もしれないだろう。彼自体は既にヒサシゲの件以来第一線を引いてただ周り睨みを効かせているだけだ。
首領は、ヒサシゲからの情報から約一日で変貌した世界に対応するために、色々と対処に追われている。それでもある程度の心構えが出来ていたおかげで対処はどうにかなりそうであった。
そんな状況下の壁外だが、こんな時に他の二勢力に対して目を向ける事が出来ず、放置しても問題ない二人に注視した婦人は、それだけで勢力争いから離脱しているようなものであり、感情で動く情報屋に価値などはない。
ちなみに一応のもう一派閥は、ヒサシゲが首領に渡した単一結晶の所為で地獄を見ている。
この中で壁外の覇権を握りそうなのはもはや一人だけだが、その彼もそれほど力を行使することは難しいだろう。
たった一人の行為が世界にひとつの変貌を与えた。
その事をポーオレはまだ理解もしていないだろう。もう彼女にとってこの世界の内容は全て他人事でしかない。
だからまるで彼女は、サファリパークで動物を見るような心境で、自分の故郷を目に見ていた。ヒサシゲももしかしてこんなふうに世界を見ていたのかもしれないと思うと、少しだけ彼女は寂しさを覚えたが、それを声に出しても彼に届くことはないだろう。
それは出来のいい人形劇の様な世界。なんでみんなそこに留まっているのだろうと、君たちを支える糸もないのに、舞台の上でしか彼らは動けない。
その閉塞感にヒサシゲが感じていたであろうこの世界の疑問を見る。
彼と彼女では目的の地点は違う。それでも思う、この世界は牢獄だ、この世界はただ逃げているだけの敗残者のたまり場なんだと。
事実は違うかもしれない。
けれどポーオレにはそう見えてしまった。しかしだ彼女の感じたことはきっと違う。この世界は負け犬のたまり場なんかじゃない。彼らは力を蓄えているだけなのかもしれない。
人は進歩や発展を世界に刻まれた異端の集合体である。世界に及ぼす究極の意味での進化の暴虐の塊だ。
楽をしようとする、遊ぼうとする、ただ生きようとする。
その全てが人が生きていく為の進歩であり発展だ。
人は歩く事を、前に進む事を、その全てを強要される存在であり、留まる事が許される存在ではない。だからポーオレに見えた世界は断じてヒサシゲが見た世界ではない。
それは刃を研ぐような停滞、人の全てがまえを向いている様に見えるのに、今は足りないと留まる発展の蓄積である。だからここは武器庫なのだ、ヒサシゲが殺意を振りまかなった理由、最も楽な手段を選ばなかった結論。
あれほど自分勝手な男ながら、彼は人間信者にほかならないのである。
ヒサシゲは信じきっている人間の理不尽を、彼は信じ尽くしている人が、人という存在であるかぎり抗う事を辞めるはずがないと、そんな事を言われてもと、大抵の人間は思うだろうし、事実としてそんな人間ばかりではないだろう。
だが狂信者にそんなことを説いた所で、何の意味もありはしない。
ヒサシゲが感じていた閉塞感と、その溜まりに溜まった火薬庫の緊迫感であり、もしかすると今回の行動もどこかで火を着けただけと思っているかもしれない。
まさかそれが、燃焼焼却レベルのものだったと誰が気づくだろうか。
彼のあまりの熱は、周りの熱気さえ奪って燃え盛ってしまった。自分たちもと思っていた人々全ての熱をもってしてもヒサシゲの熱には及ばず、ただ一人だけが火を上げているだけなのだ。
だからそこにいるのは今は一人を除けば、間違いなく燃えカスの残骸の世界であるのは間違いない。
しかし燃えカスは火種でもあるのだ。熱を持ち続けていつ何かに火を灯す。
その燃え上がる火は、いつか天上さえも焼き尽くすように、きっとこの世界の全てを焼き払うだろう。ヒサシゲは見るのはその世界であり、ポーオレが観るのは今の世界である。
それは本人の気質の問題であるから、優劣を問うのは無駄であるが、先を見る男と、今を見通す女では、見るものが違うのは当然だ。では、ラディアンスはといえば、前を見る女である。
このあたりは説明してもわかりづらいだろうが、ヒサシゲは未来を見て、ポーオレは現在を見る、しかしラディアンスは一歩前しか見ていない。
意外と後先を考えるヒサシゲだが、彼は本質は保守的な人間ではあるのだ。むしろラディアンスの方がいろいろと革新的というか、本当の意味で後先を考えない人物である。
だからこそ彼女はあの赤い大地に飛び出そうとしているだろうが、その後先を考えない癖に、自分がにしに到達できないと思わないその傲慢さに、自分にはきっとそんな事はできないと、ヒサシゲは敗北感を覚えたのだ。
だから婦人に告げておくべきだろう。敵にすると厄介なのはヒサシゲなのは間違いない。
しかしだ敵にしてはいけない存在は間違いなくラディアンスであると、彼女は自分の行動の結果のいかん等関係ない。邪魔なら潰し、道を阻むならなぎ払う、相手の心情も決意も意味はなく、そして興味もなくただ自分にとっての結果だけを求める。
邪魔なら、邪魔のまま消し去るだけなのだ。
厄介な事にその上いま彼女に余裕はない。手痛い反撃で済めばまだまし、ヘタをしなくてもそれ以上の被害を及ぼしかねないのだ。そもそも少し前まで、クルワカミネ自体を滅ぼそうと考えていた女に、敵対しようというのが無茶苦茶なのだ。
婦人は侮る等と言う暴挙をするべきではなく、彼女と敵対するならヒサシゲの様に敵として扱うか、彼女が意識する間もなくさっさと殺してしまえばいいのだ。
少なくともポーオレであるなら、ヒサシゲでもないラディアンスに対して、侮ることもなく命を奪っただろう。その侮りこの世界で許されるのは、いま仕事でヒーヒー言ってるであろうコルグートぐらいのものだ。
理不尽には、それを上回る理不尽を当ててやればいい。
だがコルグートはあくまで傍観者であり、そのスタンスを崩す事はもう二度とないだろう。今回はただのサービスであり、孫のように可愛がっていたポーオレに対するサービスと、弟子に対する報復が理由であり、これ以上の干渉はないといってもいいだろう。
そして彼の時代はすでに終わっている。
既に時代は、ポーオレやラディアンスそしてヒサシゲの様な人間の世界に移っている。時代を終えた男は、手助けこそすれ介入などという無粋な事はしようと思わない。それにそもそも、コルグーとは本来この立ち位置にいるべき人間である。
彼の過去を語れば理由も理解できるかもしれないが、かつて故郷を滅ぼした男は、そのことを秘したまま死んでいくだろう。
話はそれたが、ポーオレにとって最悪とも言うべき敵は、クルワカミネの世界には存在しない。
もしこの時に、ポーオレが情報を調べていたのならきっと夫人に同情したはずだ。現状で最も厄介どころか、まともに相手をしてはいけない存在に向かって喧嘩を売るのだ。
そのやけどで歪んだ表情と感情すらねじ伏せる傲慢の極みを婦人はまだ知らない。ヒサシゲが認めるどころか敗北を認めた彼女の気質、その始端は爆発音からであった。
まずはジャブといった具合に、婦人のはいかが彼女たちを力尽く捕らえ様とする刹那の事、まるで虫でも払うようにポーオレは待機に存在する微細な万能結晶に干渉した。
干渉というが、クルワカミネでもここまで優れた結晶操作を出来る人間は稀だ。おとぎ話の存在といったが、過去にはこうやって結晶を操っていた人間自体は存在している。かつての時代、人がまだ太陽を見ていた時代だ。
その時代は間違いなく存在し、結晶はその時代から存在していた。
本来それを制御する為の道具が存在し、それによって人は文明の発展を加速させていた筈だった。その結果がこの赤い大地であるのだから、加速させた結果は世界の破滅でしかなかったのだろう。
要塞列車や重機関はその時代からの遺物であり、結晶をまだ人が操っていた時代の残滓である。そしてそんな存在をかつては、万能結晶によってあらゆる物を用意してみせる存在として、錬金術師と言っていた。
むしろ操れない今の世界こそ、本来の世界から外れる物なのかもしれないが、結晶使いとは錬金術師達の残滓なのである。人がまだ青い世界を望める可能性という意味でも。
しかしながら、結晶を操るにはある程度の才能の様な物が必要だ。使える人間は必ず使えるようになるが、使えない人間は一生使えない。かつては制御するためのシステムがあったが、今はそれすら存在しない。
そう言う意味では、世界に三人も存在する希少な才能だ。
しかしだ。お天道様はそれだけの事をした筈の存在を完全に見逃している。存在自体はもはや隠しようもないが、出来る存在に関しては彼は沈黙を保ち続けた。
本来であるなら、確保しておきたい可能性ではある。しかし同時に厄災をクルワカミネに持ち込める存在を許容できるほど、世界は寛容にはなれない。
確かにラディアンスは、素質と言うだけなら王様の器だったのかもしれない。
なにせ厄災を持ち込める王様だ。もはや暴君であろうとも人々は逆らう事が出来なかったであろう。だからきっと現段階ですらポーオレは婦人に同情しただろう。
それはきっと彼女が王様になった時の予想図なのだ。彼女はまだ十五の子供だ。すでに子供を産める体であろうが、そういう事ではなく精神的には間違いなく子供なのだ。
「お馬鹿様、いとも容易く処女を辞めましたね」
「それにまだ私は生娘です。ポーオレは私を馬鹿にしたり、淫売扱いしない」
「そういう事じゃないです。今一瞬で二人ほど殺害しましたけど、何でそんなに何も変わらないんですか」
爆破された死体は粉砕というよりは、千切れると言うのが正確だ。加速と熱が生み出す暴力は、圧倒的に加速の方が早い。その暴威はまず最初に人の体を引き千切り、そして燃やすのである。だから爆死体は粉微塵ではなく、バラバラ死体というのが正しい。
ラディアンスの行った爆発の方向にバラバラに吹き飛ばされた死体は、まるで空からの恵みのように肉片を撒き散らした。降り積もる雪というよりは、随分と鈍く響く音は果実が地面に落ちるような音に似ている。
ぶら下がるの奇妙な果実と同じだ。それが地面に落ちるだけなのだから、歌と同じ皮肉にまみれてはいる。
その果実に興味もないのか、ラディアンスはポーオレの言動に首を傾げる。
邪魔なら殺す。簡単かつ異常な光景であるが、彼女にとっては最も面倒のない解決法だ。死体は喋らないし、何も出来ないのは、生きる存在なら納得の光景である。
彼女の邪魔を彼らは二度と出来はしないだろう。安全だと思っていた最初の一歩目から、邪魔という理由だけで殺害された死体は、無価値という意味を証明するようにラディアンスの視界から消滅していた。
「あ、うん、今更な気がするんだけど。私は余裕なんてないから、手段を選べないの。あの男と比べないで、絶対に負けてるから。少なくとも今のままじゃ、絶対に勝てないって理解しているんだよ私も」
「そういうことじゃなく、殺人のあとのトラウマとかそういうイベントは」
「何言ってるの、ただ邪魔な石をずらしたのと同じでしょう。みんな同じ事を大なり小なりしているじゃない。それにどちらにしたって今更過ぎるよ。私にとって邪魔な物は全て邪魔でしかない、私の夢に邪魔はいらないの」
どうすればこうなれる。いや自分もきっとこうなのだと思いながら、背筋を伝う冷たさに彼女は息を呑む。
覚悟も決意もない。彼女にあるのはきっと夢と憧れだけだ。
だがそれだけで、ここまで人は変われて、同時にここまで落ちぶれる事が出来る。なにか生まれてはいけないものが生まれたような錯覚に、目眩と同時に平静な自分の心が、この状況を当たり前と言ってくる。
ラディアンスの正しい姿がよりにもよってこれなのだ。
本来刻まれるべき支配者としての傲慢、そして求道者としての欲望、この二つが混じり合いひとつの血統として明らかになった開拓者の形は、まさに王様の凱旋にも似た変貌ぶりである。
自分の道を邪魔するのなら捩じ伏せる宣言を、何も言わずとも表現して見せる暴力的な意志の力は、ヒサシゲとは全く別の存在だと否応なしに認識させられ、そしてただ彼女に逆らう者たちは屈服の文字だけに彩られる。
運がない火傷女の包帯女は、よりにもよって最悪の火薬庫に火を着けやがった。
そんな言葉が、心にさえ余裕なく、口汚くポーオレの心の声が自身に認識させる為だけに、何度も頭の中を反響した。
邪魔をするのなら羽虫を払うように、このお嬢様という厄災は力を振るってしまう。理解するしかない、これはヒサシゲのもう一つの形だったのだ。彼の遊びと言う余裕が愛しくなってくる、出来る事をつまらないと言い切るあの気質がなければ、彼はこんな風になっていたのだ。
何度止めてもこうなれば無意味だ。
騒然とする街中をただ当たり前のように歩きながらお嬢様の姿に、息を呑むしかなくなっていく。誰もが怯えるように人ゴミは割れて悲鳴と混乱が溢れている。
当たり前の行為の様に殺人という禁忌を行ったラディアンスの目には、その民衆に対して何の価値も移していない邪魔なだけの存在でしかない。
それをたやすく理解させる空気と行動の結果は、あたり一面は恐怖に引き攣って怯える人々の姿だけを残すだけだった。王様の機嫌を損なう様に、ただ無価値に殺される姿を見て、一瞬だけ沸き立った人々の混乱は、喋るだけで殺されると言う恐怖に変わって勝手に鎮圧された。
本来殺人程度であるなら、この界隈の人間は日常茶飯事と言うべきイベントごとでしかない。そんな場所の住人の心を容易くへし折る彼女の暴挙は、彼らの死を全くの無価値としてしか扱わないからなのだろう。
邪魔だけだ。それ以上の理由はこれから先すらも存在しない。
「けど人殺しって言ってもね。今日死ぬか、明日死ぬかの差でしかないし、誤差でしょ正直に言って、どせここで死ぬならどこで死んでも差なんてないと思うけど」
「本来あるべき人としての良識はどこに消えたんでしょうか。ヒース君だってまだ、マシでしたよ」
「ひどい冗談で、最悪の侮辱だよそれ。あの化物は、人が面白いと思ってたんだ、人が死んだら面白くないと思っていただけだ。彼はただ人を玩具だと思っていだけ、あれが本当の意味での人でなしだ。私の方が人間らしいに決まっている」
価値観の相違というが、ラディアンスにとってのヒサシゲは、全てを遊具としてみていたような存在なのだろう。
世界を玩具扱いするように、何もかもを遊びと言い切ってしまうような異形の存在。少なくともラディアンスにとっては、彼はそういう存在であり続けるだろう。だから自分はマシだと言い、ヒサシゲよりはマシでなのだと言い張れる。
自分の夢の為に必死になるのはどちらも同じで、なにより二人してただ生きているだけで、人を侮辱し続けるだけの存在であると言うのに、片方はヒサシゲの考えを許容しない。それは若いからこその頑固か、それとも人として認められない一線をヒサシゲが超えているからか。
愛情があろうとも、ポーオレですら、ラィデアンスですら、ヒサシゲの考えの中では都合のいい存在でしかない。
「私は絶対に認めない。ポーオレが好きな人ならそれでいい、あれは最悪だ、あんな最悪見たことがない。存在そのものが人に対する侮辱、何もかもを自分の為の道具にして、それを人の意思に見立てる。
こんな悪意があって良いはずがない。ヒサシゲって言う男は、ポーオレが思うほどまともじゃない。あれは化物なの、厄災ですら生ぬるい、彼は彼というだけで人の全てを罵倒する」
ラディアンスにとってのヒサシゲ、ポーオレにとってのヒサシゲ、どちらも余りにも評価が違いすぎるが、ポーオレはラディアンスの言葉を否定で返せなかった。
彼女もどこかで納得しているのだろう。確かにヒサシゲは全てを平等に玩具として扱っている。
確実に人を道具としてしか見ていないだけでなく、それを本人の意思に仕立て上げる。本人の夢を利用して、自分のための使い倒す。
傲慢どころじゃない。どこまでも人の可能性を信じている彼は、だからこそ人を都合よく利用するのだ。
「許せるわけないじゃない。けどあの化物には勝てない、今の私じゃ絶対にね。そのためなら鬼だろうが外道だろうが、どっちでも結局構わない。最短で駆けて、最高の結果を引きずり出す、遊びなんて私には今は邪魔、そんな余裕は今はいらないの」
「否定出来る所がないのがすごいですよ。確かに何もないですね、あなたの結論がきっと正しい、あなたが外道なら、きっと彼は我道。ですが、結局変わらないんですよ。
五十歩百歩って教えてあげましたよね。結局どちらも変わらないだけ迷惑で、厄介で最悪なんです」
「すっごい侮辱だけど、今は知らない事にしないとやってられない。とりあえず邪魔するなら、私はこのスタンスを変えるつもりはないよ。あと凄くどうでもいいけど人を殺して思った感想って、人間って死んだら臭いんだねってが一番の感想だよ」
所詮は糞袋が意識を持って動くだけのことだ。
中身が散らばれば糞尿匂いが広がるのは当然である。しかしそれが人殺しの感想なら、確かに彼女は殺人鬼の才能はないだろうが、暗殺者としてなら素質は高いかもしれない。
どちらにせよ本当に最悪なのだが、それを本当に言いたいのは、こんな人間と同じ空間にいる住人だ。地雷原が全速力で踏んでくれと近づいてくる、考えるだけでホラーである。
なにせどこまで行っても彼女の言動は、ヒサシゲと同じく自分しかない。
自分のために不快な男を打倒する邪魔をするなと言っているだけだ。結局はこの二人は、似ていないが限りなく存在が近いのである。
どちらが嫌いではない。どちらも平等に、なおかつこれでもかと言う厄介を詰め込んだ存在でしかない。苛烈な火を持つラディアンスはまだ遊びを必要としない、自分はまだ走り続けられるという自負がある。
ヒサシゲに辿り着くその時まで、二人は結局止まらず走り続けるのは間違いない。
だが婦人はまさか錬金術師がまだ存在しているとは思っていなかった。
そして同時に恐怖する。彼女にとって結晶を操る存在は、己の顔を焼き払った存在なのだ。そしてなにより彼女の欲望の全てを台無しにし続けた存在である。
心に刻まれた恐怖は消えることもなく彼女の顔と心に刻まれ続け、歪み続ける表情に牡牛の様な悲鳴が響く。
まさかそんなことになってるなんて知るはずもなく、なにより興味も有るはずのない二人は、ズレにズレた常識について必死に語り合っていた。




