表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
22/48

十九章 ただの痴話喧嘩の結果

 ヒース君の思考をできるだけ集中させてください。

 それが彼女の言葉だった。コルグートは、その言葉通りの舞台を作り上げ、あの男が策であろうが、なんだろうが、食いつく餌を用意した。

 これはもはやヒサシゲの生態を使った代物で、この地球上で水が上ではなく、下に落ちるのと同じ道理と変わらない方法だ。

 あの男なら絶対に食いつく。そして仮初であろうとも、この状況で世界を食い尽くすように、駆け巡るだろう。それは、こう言ってはなんだが、ポーオレは分かっていても取りたくない方法でもあった。ヒサシゲを一瞬でも奪われるのと変わらない。


 だが手段をどうのこうのと言っていられない。誰も彼もを置いてく速度で走る男を捕まえるためには、あの男を遠回りさせて待ち構えるしかない。だから彼女には、これ以外の手段を取ることが出来なかった。たとえ奪われても、それでもという、自分でも呆れるほどの独占欲を知っても、やめるという考えが浮かばない。

 感情で許さない行為をしてでも、ポーオレという女は、諦めを知るわけには行かなかった。


 自分の事如くを変えてみせたヒサシゲ。出会いからしてヒサシゲは、好き勝手に生きていたが、彼女はその姿の中にもっと違うモノを見た。いつしか惹かれていた感情も、きっとそこから引きずられた物だと、なんとなく自分を冷静に判断するが、だからどうしたとしか思わない。

 惚れた方が負けなのだ恋愛なんてのは、なら自分はその点においては完敗しているだけ、彼女は結止められた髪を掻き乱すようにして頭を掴む。まだなにか失点はないか、まだ模索するべき何がかるのではないか、ヒサシゲを知っていたからこそ、彼女は必死になって脳髄からすべてを引きずり出そうとする。


 ヒサシゲの敵になると厄介と言うだけじゃない。

 どこかで嫌われるんじゃないかというジレンマがある。彼の夢を食い潰すための戦いだ。嫌われない理由の方が少ない。

 それでもやめる事の出来ない感情は、思考を鈍らせる原因であるが、それでも彼女の知る男であるなら、むしろこうしなければ嫌われるのである。ヒサシゲは別に西に向かう事をしない者達を馬鹿にはしないが、人の意思をあざ笑うものだけは、苛烈な姿勢をとる。


 実際にお天道様に喧嘩を売った理由も九割がそれだ。なにより彼が、ラディアンスの父を殺さなかった理由は、実際の所でその生き様を認めてしまったからと言うのもある。殺すのはつまらないといったが、それは彼にとっての問題であり、相手が嫌がるのであればしても構わない程度の考えだ。

 何より殺すのはつまらないと言うよりは、殺さない方が人は面白いが正解である。その考えからラディアンスの父をヒサシゲは認めたのだ。この人間は生かしていたほうが絶対に面白いと、自分の娯楽のために生かしている節がある。


 これが一つズレれるだけで、大量殺人鬼の完成であっただろうが、同時にポーオレと対をなす事になるお天道様の片腕にだってなれただろう。だが素直に成長したのか、歪んだ成長をしたのか、壁外における一般的な開拓者としての方向に成長した為に、彼はここまで厄介なことになっている。

 ある意味では、周りにとって迷惑をかけるだけの男に変わっただけだが、その顛末が壁外の第七であるのだから、ふざけんなと石を投げたくなるだろう。あれは存在するだけで人々にとっては悪夢であり、怯えて逃げ出すだけの価値を持つものだ。


 そして世界の均衡を台無しする暴挙である。


 その光景を本当の意味で作り上げたのは、コルグートではない。惚れた男に嫌われるんじゃないか、なんて怯えて躊躇っている他称鉄の女ポーオレさんである。

 だが彼女はブレない。怯えても、躊躇っても、ヒサシゲがあんな形であり続けるように、彼女はこうあり続ける。そんな二人だからぶつかり合って、ここまで周りに迷惑をかけるのだ。

 しかし譲れない願いというのは厄介である。ひとつの世界すら馬鹿にするが如き暴挙に発展するのだから。


 それに彼女は負けないだろう。ヒサシゲを知るから、きっとヒサシゲが彼女を知っていても、彼が思うほどには、彼女の思いをヒサシゲを知らない。

 ここまで全てが彼女の思考通りだとしたらどうするだろう。ここまで読み着られるかというほど、彼という成長を予見していたとしたら、そしてそれはすべて肯定で語り尽くされるだろう。どれだけ知っていてもヒサシゲは目をそらせないのだ。


 彼が彼であり続ける限り、あの似非赤い大地に、彼は魅了されてしまう。その揺るがない彼の性格が、ポーオレに思考を読み切られるのだ。

 どれだけ必死になって世界に挑んでも、彼の世界は所詮はお釈迦様の手の上でしかない。その状況下にありながらポーオレは、どうにも自信なさ気であるが、あくまでここまでは彼女にとっては舞台設定でしかない。

 状況を決め、実行し、最後の結果を出す段階が今で有り、今まで起こした戦いも全ては、彼と彼女の一対一を演出するためである。


 結局これは痴話喧嘩であるのだ。

 だから結末はヒサシゲとポーオレが作らなくては、その意味すらなくなる。だから第七の絶望をの中から這い出るその男を彼女は怯えながら待つのだ。

 あなたの意思がどこまでか、あなたの決意がどこまでか、黄泉路を抜けたって赤い大地は変わらないのだから、私だって変わらないと、手を伸ばしたのだ。

 どうにかして一対一の盤面を作り上げるためには、己が認めたくない事実を受け入れてでも、状況を作り上げる必要があった。

 なぜなら戦闘機関戦に置いて、彼女はエースになれる素質はあっても、技量という点で残念ながらヒサシゲどころかあの二人にすら格段に劣る。

 あの天球儀を彼女はヒサシゲと共に描けないのである。そもそもヒサシゲの土俵では、ポーオレは勝てず、ポーオレの土俵では、ヒサシゲはポーオレに勝つ事はない。そんな中で同等の条件に持ち込むという選択肢を選んだポーオレは、自分でも愚かなことをしたと思っている。


 けれどだ、言いたいことも言えずに、そして言わせずに、ただ勝利を望んだところで、男女間なんてのは破局しかありはしない。言いたいことを言ったとしても破局するの男女であるが、それはご縁がなかったという事ですませばいい。

 恋愛を資本主義の産物だと馬鹿にする人間もいるのだ。愛情などいくらでも量産できる、そして廃棄たやすくできる代物である。ただ代替が効かないだけであり、だからこそ大切な代ものである証明なのだ。

 だが大切であって、必要であっても、数はあるのだ。今となっては液晶の愛情は大量生産されている。

 だから恋は熱病に例えられるのだろう。一瞬で燃え盛って、燃え尽きる程度の代物だと、知らぬ人は笑うのだ。だが全てを焼き尽くす程の熱を感じるぐらいしなければ、容易く熱なんて冷めてしまう。

 そんなやすい気持ちじゃないと言い張りたくて、それを証明するように。彼女は感情でヒサシゲを殴りつけようとする。


 あなたはどうなのかと、私の気持ちはあなたの夢に劣るのか、あなたの夢は私の気持ちを蹴散らすのか、ただそれを問いただしたいだけなのに、一つ間違えばヒサシゲは死に、このクルワカミネという世界は滅びるかもしれないのだ。

 だがポーオレは、滅びてしまっても構わないと思う。

 つまり自分の恋とは世界を滅ぼす程の情であると証明できたから、ヒサシゲへの思いとは世界程度では釣り合いにならない感情だと認めることができるのだから。

 だからこれはきっと世界を滅ぼす恋なのだと思う。そんなフレーズを頭に思い浮かべ、自分にもまだそんな乙女心がある事に少しの恥じらいを感じ頬を染めてみせるが、お前が染める赤色なんてのは真っ赤な血に決まっていると、空気の読めない開拓狂いはいうだろう。


 だがそんな声さえ自分は愛おしく感じるのだと考えると、失笑どころか胸を張りたくなる。

 自分に向けられる事のない情念で、彼女はヒサシゲに対して、何度も監禁を実行している。栄養失調や病気になった治療が理由であり、実際そうであったのも間違いないが、それが自分の独占欲である事も知っている。

 外に出ようとするヒサシゲの足を切り落としたかった。首輪を付け、鎖で繋ぎ、永遠に人の目につかないようにしたいという感情があった。外なんかに目をやらずに、ペナダレンに感情を向けずに、自分だけのものにしたいと何度も考えた。


 重い女どころか、面倒くさい女で、煩わしい女である自分を惨めだと思った事が何度あっただろう。

 けれどそんな事が出来る訳がなかった。そうしたとしてもヒサシゲは間違いなくあの場所にたどり着こうとする。諦めるという思考のない彼は、必ず西を目指し続ける。

 何よりそんな事をすれば、ヒサシゲはどうあってもポーオレを殺しただろう。そうなった時の彼の容赦なさは、ポーオレが何より知っているであろう。

 その事実がなければ、きっと彼女は今頃、達磨のヒサシゲと一つ屋根の下で暮らしていたかもしれない。


 そんな彼女だからこそ、ヒサシゲの治療という名の同棲生活は、唯一といっていいほどの楽しみであった。

 自分の独占欲の強さを過分に理解している彼女は、そうやって自分を抑制していたが、ヒサシゲも彼女の危うさを知ってたのか、知らなかったのか、少なくとも彼女が小康状態の間に精神を落ち着かせていたフシがある。

 地雷原でタップダンスできる人間なのだから、意外と自覚ありでやっていたのかもしれないが、生憎とそんなことを小器用にこなせる男ではないので無自覚だろう。


「あと何分で出てきますヒースくんは」

「さあな。何をするかわからんがこっちの手助けはここまでだぞ、約束じゃあここからお嬢ちゃんの番だ」


 声が耳に届いた時、一瞬だが彼女自身もヒサシゲを見逃していた。

 考えるという泥沼にはまっていたことに反省しながら、思考を怯えから抵抗へ、躊躇いを慎重に変えて、実はあんまり変わらないんじゃと心で笑いながら、ヒサシゲとのチキンレースの終わりを用意する。

 コルグートはある意味では二人に平等であった。とは言うが、若干だがポーオレよりである。それは仕事妨害に対する報復であり、それ以上の他意はなく、あくまで舞台の同時者でありながら、一歩後ろからその光景を眺めるという役割で言うなら傍観者を崩さない。


 だからここからは二人の出番だと、軽口ならともかく、これ以上の手助けをする気はなかった。

 若い二人にあとは任せる。見合いの世話人みたいな事をしていると、自分の役割に頭をかくが、これ以上の手助けをする理由は実際存在しない。

 ポーオレの策をすべて聞いたわけではないが、これ以上の小細工を彼女は必要ともしていないし、する意義すらないらしい。


 ヒサシゲは既に視線をポーレから外している。そのことに胸を痛めているようだが、それが彼女の考え通りなら、ヒサシゲは食い破る以外の選択肢はないだろう。

 どちらが勝つかというよりは、どちらが先にゴメンなさいを言うかという感じだが、あの二人の意地っ張りにいちいち口を出すだけ年寄りの冷や水である。


「勝てるかい。あのバカに」

「本来であるなら、負けるのは難しいですが、相手が、相手ですから、難しいかもしれません」

「実際、本気であの馬鹿の相手を出来るのは、嬢ちゃんぐらいだ。老骨が出来る事は、あいつを殺すことぐらいだからな。そんなつまらんオチは、こっちも期待していない」

「その言い方はヒースくんにそっくりですけど。やっぱり弟子と師匠って言うのは、似てくるものなんですかね。意外と血の繋がりがあるかもしれませんよ」


 しかしコルグートは、やんわりと否定する。

 その事に驚きはしないが、つい何故と聞き返してしまった。


「こっちは種なしでな。治療も出来んので、独り身を通しとるんだよ」

「それでもヒース君にとっては、おじいさんはきっと父親の代わりには違いないんだと思いますよ。どこか二人は似ていますから、性格の根幹がまるで鏡合わせみたいです」

「褒め言葉にしては、侮辱的だな。あいつと一緒なんざ嬉しくもない。それになあれは天然だ、こっちの養殖とは違う、ああいうのはこっちと違って変わらんよ」


 一瞬彼女は、どちらにとってと口を挟みたくなる。

 養殖と言った時、コルグートはひどく自嘲するような表情を作った。


「こっちは黒歴史だが、あっちはあれが変わらんのだ。過去を誇れるのなら、それはあいつと俺の根幹が違うだけなんだよ」

「わかりませんが、それでもお爺さんは、私にとってはお爺さんですし、ヒースにとってはお師匠様です。言い方は違っても、私たち二人はやっぱりお爺さんのおかげでここにいる訳ですから、自分を否定する言動はやめて欲しいですよ」


 二人の世界を広げたのは、方法はどうあれコルグートであるのは間違いない。

 結晶操作を教わるために、偶然ではあるがヒサシゲは彼という可能性を手に入れた。そしてポーオレは意外とインテリだったコルグートの蔵書をあさりながら知性をつけた。

 何が繋がるのなら、門を開く鍵があるとするのなら、二人にとってやはりコルグートは、切っても切れない縁であり、感謝するべき人物である。


 そんな人物に最後までおんぶに抱っこだが、手段がないのだから仕方がないのだ。

 これを出せる人間はこの世界で、コルグート以外にいるわけがない。


「否定なんてしないが、嬢ちゃんはともかく、あのバカとこっちを一緒にするのやめてくれ。あいつほどには人に迷惑をかけるほど落ちぶれちゃおらんよ」

「それに対して私が挟める異論はありませんが、可愛い弟子の不始末だと思って」

「あいつが可愛いとか言われるタマか、死んでしまえといっておけばいいんだよ。大体人の望みの逆方向の結果になる」


 なんとなく納得してしまう。人の思惑を覆すヒサシゲと言うのは、ポーオレにとっても、コルグーとにとっても、当たり前の事の様に見えてしまうのだろう。

 ヒサシゲから言わせれば、お前ら二人だって変わりはしないと言い返すだろうが、こういうことは自覚しないからこその強みである。


 人が人の思い通りに動くことなんて、期待するのは神様だけで十分だ。

 そんなものを期待して生きていくのは、はっきり言って無駄であり価値がない。人に望むというのは常に裏切られる事である。

 ヒサシゲはそれを引きすぎではあるが、期待など最初から価値のない言葉でしかない。所詮は希望的観測以外のなんと捉えるべきであろう程度の言葉だ。


 そうは言うがヒサシゲを自在に動かしてみせたポーオレがその実践をしている。

 だが予測と結果が常に同一である訳もなく。最後の一線でその結果を引きずり出すのが、一体どちらであるかが問題であるだけだ。

 

「納得ですが、それすら裏切られますよ。私の知りうる限りの彼なら、絶対に私程度を引きがはしてしまう」


 何よりポーオレが、絶対を信じることのない人間だ。

 特にヒサシゲに関して、そのありとあらゆる可能性を引き出しても、自分に自信を持てないのは結局はそういうことなのである。

 だから今回はただ真っ向からぶち当たるだけと決めていた。


「ですから、今回ばかりは、私に惚れているという彼の愛情を試させてもらいます。ここで彼に捨てられるなら、どうせ私は自殺してしまうでしょうし」

「こっちより若い奴らが死ぬと言うな。どんなことをするか分からないが、あの馬鹿が外との戦いと勘違いしている限り、嬢ちゃんは正解を引くんだろう」

「最も相手が、正解をは不正解に変えるたぐいの人間なので困っているわけです」


 自分の言葉を反芻して、本当に厄介な存在だと思う二人だが、ポーオレは覚悟だけは既に完了している。

 やることは一歩踏み出すだけなのだから、呼吸と同レベルの話なのだ。だがその簡単な作業を覆されると考えている。


「だがあれがないと馬鹿弟子とは思えないのが難点だ」

「たしかにそうですが、そうですが、そうなんですよ。あれがないとヒース君じゃないんですよ」


 そういうところが大好きなんですと、彼女は胸を張ってみせるが、老人に何を聞かさせるのだと、呆れた顔をしてしまう。

 若干だが鉄面皮に近いポーオレの表情が緩んでることからも分かるが、相変わらず男女の関係中でもこの二人は面倒な方なのだと再認識する。少なくとも普通はここまで、やらかすような痴話喧嘩など存在しないだろう。


 人間が厄介というだけで、世界はここまで様相を変えてしまう。

 誰も世界を台無しにしてしまう感情ではなく、状況であったのか、考えても詮無いことではあるが、自分すら巻き込んだ痴話喧嘩の行く末が、どうにも気になって仕方がないコルグートであったが、その原因の一人はのろけている状況に、ため息を吐いてしまうのは仕方のないことだろう。

 やらかした事と、やっている事の現状が不釣合であるのは、間違いないことなのだ。だがポーオレにとっては間違いなく世界にも勝る内容。


 ふと彼は昔聞いた言葉を思い出す。そして自分の口癖だったと呆れてしまう。


「世界で遊べか、懐かしくて反吐の出る言葉を思い出す」


 あれもこんな心持ちだったのかと思うと、世界という脆さと共に、人の歪さに納得しなくてはいけない。

 そしてかつての自分は彼らのようだったのだと、認めるしかないのだろう。西域到達戦争末期のまだ十代であった時、ただ好奇心のみで故郷を破壊した愚かな男と、あの二人は結局は変わらない。

 二人して、ただ必要だからという理由でやり遂げられる存在だ。


「お爺さんの口癖でしょう。それにその言葉を今になっていい言葉だと思えるようになりました」

「ろくでもない男の戯言だぞ、世界を滅ぼすような大馬鹿者が語った内容だ」

「仕方ないじゃないですか、世界なんていつか滅びるんです。ならその世界を楽しむ以外に、私たちが許された権利なんてないですよ。それに私も方向性はどうあれ、必要であるなら世界の一つや二つ滅ぼしてみせますよ」


 きっとそれはお爺さんも、ヒースくんも、変わらないことでしょうと、ポーオレは笑ってみせた。

 その言葉に背筋を冷たくしたコルグートは、目を広げて恐怖する。

 また一人と、世界を笑うものが現れてしまった。あの男は病原菌かと、自分の弟子に対して罵声をかけたくなる。そういう人間は一人いれば十分だ、保菌者は隔離されてしまえ、と。


 そしてだからこそ、このお嬢ちゃんは出来たのかと、こんな状況を作り上げたのかと納得する。

 どこか曖昧だった引っ掛かりに納得するしかない。ヒサシゲが近づいていくにつれて、ポーオレは間違いなくヒサシゲ側の思考をしていた。

 それは自分の願いのために、全てを焼き尽くすような意思。命の代償をすらも必要な損失であると笑える一線。


「忠告にもならんが、そう言えるのならお嬢ちゃんは、いやもう嬢ちゃんとも言えんか。ポーオレよ、間違いなくお前はこの世界にいてはならん存在だよ」

「何を言うんですか、乙女の恋愛は、私の恋は、ただ世界滅ぼすに足るだけのものなだけ、ヒースくんは世界を滅ぼしても足るだけの価値があるだけ、それを拒絶するなら世界のことごとくが私を殺しに来なさいと言うだけです」

「おめでとうと言うべきか、その言動が出来るなら、ましてそこまで揺るがないのなら、きっとお前はヒサシゲの隣にいつかたどり着くよ」


 それが今回かは分からないが、ヒサシゲの願いすら押しつぶしてしまう程、ポーオレの言葉には偽りがなかった。ならば、その言葉は全て事実であり、その決意は全て変えようもない。

 エゴで全てをねじ伏せるというのなら、世界に滅ぼされるであろう覚悟は足りている。そして自分のはいた言葉は全て真実であると肯定する事だ。そんな存在になってしまえば、世界を滅ぼすと冗談のように出た言葉すらも事実なのだ。


 本来であるならこうなってしまえば、同じ存在というだけで水と油のようなものなのだが、二人の未来予想図の中にコルグートは不和を考えることができなかった。

 彼の言葉にただほころんだポーオレは、「ですよね。そうですよ」などと言って、小型犬を彷彿とさせるような喜び方を見せるが、その時静かな音が響いた。


 かたんかたんと、そして擦れるような鉄の悲鳴を、本当に静かな音だった。

 だがそれだけで身がすくむほど、何もかもが冷たくなった。来たのだと分かったからじゃない、あの音はきっと世界を楽しんでいる男の歓喜だ。

 震えるほどに自分がいる場所を見つけた男の笑い声だ。

 そしてその声のなかん自分がきっと含まれていないことを知っているから、ただ月に一人ぼっちになったような錯覚があった。


 今までの喜びが冷めて、自分が相手にする男の感情を読んでしまったのだろう。

 こうなることは分かっていたが、それでも寂しさがあるのは仕方がない。そして近づく音は激しさを増す、時折響くヒサシゲの歓喜の声は、彼女を深く傷つける。

 何よりも自由な彼の声を聞いた気がした。私はそんな声を知らないと泣きそうになる。


「ポーオレ準備はいいのか、そのまま泣いて俯くなら、世界を滅ぼすなんて言葉は嘘になるぞ。それにお前はこうなるってわかってたんだろうが、だったらお前のすることはあのバカを殴りつけてでもこっちに目を向けさせることだろう」

「いえ分かっていますが、分かっていますがそこは複雑な乙女心です。好きな相手に眼中にないって突きつけられたらこうなります。繊細なんですよ私は、傷つきやすいんです」

「そうかい、爺としては、お前さんは傷つける方が得意だった気がするがな。それになそんな奴を手に入れようとするんなら、できる形でやり遂げればいい。所詮あっちは馬鹿だ、正攻法でこられりゃ対策なんて浮かびはしない」


 それを分かっているなら傷ついている暇はないはずだ。


 コルグートは彼女を諭すように言葉をかける。その事に反論よりも、傷つく事よりも、先にするべき事を引きずり出した。痛む胸は仕方のない、泣きそうな感情は仕方ない、それは今から彼女がヒサシゲに与えるであろう感情と同じだ。

 深呼吸を一度、体内に入ってくる空気の冷たさに目を瞑り、私はと、心の中で一度呟いてみせた。


 ようやく傍観者の位置に座ったコルグートは、これから先に自分が手を出さぬようにと、自分の周りから消し去り状況を待った。響く音は遠くから近くへ、正直に言って抜けるとは思っていたが、これほど早くだとは思っていなかったと思いながら、厄災のまがい物を抜けてくる弟子に賞賛を心で送る。

 あれ以上の妨害も出来るが、それでも彼は師匠を乗り越えていた。黄泉路抜ける音が、今か、今かと、鳴り響き、ゆっくりと世界に伝えていた。西に向かう音が響いていたのだ、厄災は抜けられると、人々に教えるように、東の風を追い風にする。


 嫌でも聞こええくる風の声、そちらに向かうと、ただ前に進むんだと、列車の音が響き続ける。

 荒野に響く車輪の音、世界に響く馬鹿の声、たった一つの出口から現れる、やりたい放題の自由の化身は、世界には値を広げるように駆け出してくる。

 ポーオレは目を閉じた。深く、深く、ただヒサシゲの鳴らし続ける西への声を聞き届けようと、耳を澄まして音を聞く。


 ただ激しいだけの車輪の音、時折壁にぶつけてるのか酷い音がしているが、連鎖的に起こる接触反応が彼女の耳を痺れさせる。

 それはひどく甘い痺れだった。口の唾液すら甘くなったように、ネットリと舌に絡みつく。粘性の液体を舌で遊びながら、その甘露を楽しむが、別にヒサシゲのことを忘れているわけではない。むしろヒサシゲの唇をなぞった指の残滓を楽しんでいるようなものだ。


 まるで啄む様な仕草だが、最後に人差し指を口に含んで、一時の逢瀬は終わった。

 無自覚とはいえ随分な行為だが、ヒサシゲの前でやった行為に比べれば少しはましだろう。コルグートも流石にポーオレを見るのは目に毒だったようで視線をそらしているが、どうにも彼女はその事自体気づいていないようである。

 ある意味では彼女にとって、集中するための前段階のようなものなのだろう。

 いろいろとあるが、ヒサシゲの匂いを嗅いだりするのが意外と好きな人なので、二十を超えてからしなくなったが、ヒサシゲに噛み付いたりと言うのをよくやっていた人である。


 たぶん彼女からすればマーキングの一種だったのだろうが、それが精神制御に役に立つのだから、ただの匂いフェチだと思っておけばいいだろう。

 それ以外に例えようがないのだから仕方がない。だがそんなよくわからない行動はともかく、耳だけは先鋭的にヒサシゲを捉えている。あと何秒か、音から吐き出されるヒサシゲの到達時間、空気の振動屋微細な振動、接触変化による胎動、その全てを利用して彼女はペナダレンの位置を正確に予測していた。


 ヒサシゲが現れるまで数秒。タイミングを図ったポーオレは、大きく息を吸って吐き出し、呼吸を整えると全力で走り出した。敵を見誤ったヒースくんと、ポーオレは笑いながら高所から飛び降りたのだ。

 今まで全ての騒動は、ポーオレこの一瞬にかけた策でしかない。身一つで何もつけずに、ただ高所から飛び降りただけ、ただそれだけが彼女にとって行える最大の意地の張り方。


 これが惚れた腫れたの恋愛に血道を捧げる女の花道。

 言い換えればただの飛び降り自殺に過ぎない。

 だがこれが彼女にとって最善の物であり、これ以外の選択肢を彼女は思いつかなかった。


 ポーオレが飛び降りようとする瞬間現れたペナダレン、そして彼女が宙を舞う刹那で二人の視線が重なる。

 その光景にヒサシゲは背筋を冷たくする。あらゆる状況の中で、敵を最期に見誤った男は、彼女に対して負けを認めるしかない。

 そしてポーオレは凄絶に笑ってみせた。ここに来て最後に選んでもらおうと、あなたの夢と私、さあ一体どちらが大切なのと、何もかもが空白になった頭に問いかける。


 その問いかけにかかる制限時間は、ポーオレが地面に激突するまでの三秒程度。

 それが彼らに残された痴話喧嘩に残された最大の時間であった。

特に意味のない設定ですが、主人公は列車王の子供だったりします。彼が行きずりの女と関係を持った時の息子で、列車王は存在すら知らないです。ちなみにヒタギとは腹違いの兄になりますよ。

しかしこの設定は本編にはなんの意味もないです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ