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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
19/48

十六章 天球儀の中の人達

 畜生と誰かが叫んだ。

 空に浮かぶ天球儀の中で、口々に叫ぶ内容は、嫉妬と言うしかない罵声であった。

 エースの祭典と言うしかない、歴代の機動戦の中でも随一の戦いは、二対一と言う状況であっても一人の方が有利という展開である。

 戦闘機関同士の戦いは、この要塞列車の世界で最大の娯楽である。

 その為、色々な人間がこの娯楽に対して、それ相応の知識を持っていると言う事だ。観客の目自体が肥えている中で、エースの戦いと言えば予測不可能な事態を起こす事という認識を誰もがしている。


 その中にあって、ありえないと誰かが呟く。


 機動を舞などに例えたりする事はそれになりにある。だがここに来てその機動はそれを絶していた。

 ヒサシゲの機動はもはや、機動と呼ぶに相応しい形を見失っている。

 二機を相手取りながら、まだ撃墜されていないのだ。それだけでも狂っている自体である、どう言い繕っても数は暴力であり、それだけで力になる代物だ。

 まして本来なら同格とも言うべき三人のエースの戦いだった筈なのに、なぜ一機にここまで彼らが弄ばれると思うほど、ヒサシゲの機動はここに来て更なる鋭さを備えていた。まるで蜘蛛が空に巣を張り移動しているような、奇妙奇天烈というしかない路線図だ。


 路線に対する考え方が、エースの中でもヒサシゲは異常過ぎる。必要ならば当たり前の様に、路線を消し去り、第四とも言うべき路線を作り上げてしまう。

 その発想はどう考えてもズレているのだ。重機関という装甲の厚さもあるだろう。耐久度からして軽機関とは差がある。必要ならやる事は全部やるというヒサシゲは、あまりにも容易く、本来であるなら自殺紛いの行動を平然と機動の中の組立に平然と入れてくる。


 本来であるなら埒外とも言うべき行動だ。

 だからどうあっても、ヒサシゲは彼らの予測を上回る機動をやってのけるのだ。そもそもだ、本来エースの戦いは、外にある闘技場で見られるものであり、つまりは赤い大地の中での戦いであるのだ。

 その中で路線を消すとは、ただの自殺行為である。なのにだ、誰よりも赤い大地に喧嘩を売るための性格をしている男は、行動の組立段階に当たり前のようにそれを盛り込んでいるのだ。


 それはある意味では誰よりも、あの大地を知らない暴挙であり、同時にその精神性こそが西を目指す男の気概でもある。だが恐ろしというしかないだろう。

 命に対する考えが軽すぎる、死を当たり前に感じすぎている。何より、誰よりも赤い大地を目指す男は、その大地に対して危機感こそあれど恐怖心など抱いていないのだ。多分だがその差が絶大なまで現状の差を作り上げている。


 フィルターを貼り続けて逃げるのではなく。命を削るような状況にあっても踏み込む一歩を持つヒサシゲとでは、あまりにも彼らの心構えは緩すぎた。

 単純な話である、フィルターから逃げないという事は、あの大地に対して恐怖を抱いている事にほかならない。恐怖が悪い訳ではない、ヒサシゲだって恐怖心ぐらい持っているのは間違いないが、そこに対するスタンスが違いすぎる。


 挑む対象ととらえるヒサシゲ、抗う意味すら持たない暴力と考える彼ら、だからこそ当たり前に対する認識が違いすぎた。

 はなから負けている存在が、抗い続ける彼に大して絶対的な優位などあるわけがない。その差を完全に見切られた彼らは、声を上げる、己の無様さか、それともまた別のものか、だがたとえヒサシゲがここで撃墜されるようなことになったとしても、彼らに植えつけられるのは敗北感だけだろう。


 なにせ現状で二対一出すら無い事を知っているのだ。

 コルグートによって極端と言っていい程下げられた、干渉率が今の状況ですらヒサシゲの機動を妨げていると言うのにこの現状だ。

 本来ならヒサシゲの機動は更に上という状況を知っているから余計にだろう。きっと二人は、ヒサシゲの三下扱いをようやく身を持って知らされている。踏み込むべき領域の差なのだこれは、二人は結局の所は死にたくないから、アレから目をそらしたのだ。


 だた一人命を注ぎ込みながら、目を逸らさないヒサシゲは、その領域に踏み込めると言うだけ。

 素質だけならはっきり言って、二人だってヒサシゲに劣る物ではないはずなのだ。それがここまでの差を導く事になったのは、結局はそれだけの差に過ぎない。

 その差がプライドの高い二人に許されるもので無いのは明白だ。


 だから敗北が口から漏れる。許されざる状況に、二人は声を上げるしか許されなかった。

 知らなかったのだ。重機関があれほど軽やかに舞えると、あれほど淀みなく宙を駆けられると、ヒサシゲの今までの機動を見てきていた筈なのに、生まれて初めて目にした様な感覚は、きっとヒサシゲが手を抜いていた証明なのだろう。

 それを見て実力を見切っていた独覚の恥は、羞恥よりも先に絶望を生んだ。


 それは膿んだ傷跡のようなものだ。ただ見苦しく痛みを伝えつづける。

 己の無様を見に刻みながら、痛い痛いと呻く事しか出来ない。自分たちを蹂躙しようとする、現代エースの中でも最強の存在に対して、見苦しいまでの嫉妬を向ける。

 当然だがヒサシゲも、それほど余裕のある状況ではない。戦闘開始と同時に、機動の四割が削られたのだ。明らかに、コルグートの所為であるが、また手を抜かれているという確信はある。


 あの化物なら、ここにマイクロブラックホールの一つや二つ作って、すべてを台無しにするぐらいのことはやってのける力がある。

 まだ様子見なのだろうが、ある意味あれほどわかりやすい化物はいない。その気を出せばだが、間違いなくコルグートは、ヒサシゲを蹂躙する力を持つ。ポーオレ辺りの策なのだろうが、それでもエース二人は、なかなかに手間だ。


 彼らのセンスは、猛禽のそれだ。

 どこまで腕で劣ろうとも、自分の何かを引きずり出せる存在。それがヒサシゲの認識であり、実際彼らはそれをやってのける資質がある。

 だが油断など出来る訳もない。手負いの獣に、好きなど見せれば喉元を抉り取られる。


 ヒサシゲは油断が出来ない人物であるが、それはどちらの意味でも通ってしまうのだ。

 彼が敵対するあの世界は、一瞬の空白が命取りなる世界である。だからこそ無意識下にあったとしても彼は、ペナダレンに乗っているな限り油断などない。

 絶対という可能性を切除し、ただ見るだけいいと思考を水平に導く。人工物の瞳はただ見下ろすだけだ、ただ存在する事実だけを容認する。

 ある意味では仙人と変わらぬ思考、ただ自然という大河に身を任せているだけの愚行だ。


 彼という精神性があって初めて、西と言う自然に挑む狂気となり得る。

 その一点の杭を一切変えない彼だからこそ、動き出せば揺ぎがない。間違っているとすら感じることはない、一寸の隙間に全てを振り込む。


 「ギャンブルだってまだましにリスクを取るだろうに」と、愚痴の様に言葉が吐き出される。確かにしというリスクを背負いながらも、ヒサシゲはギリギリを詰めていく。そこにはマージンという名の余裕は一切ない。

 研ぎ澄まされる機動は、それだけで切れ味をまし、彼らの精神を削り取る鑢になる。「そんなもの、あいつには必要ないのよ。あの機動見ればわかるでしょう」そのマトモとは言い難い機動に、リスクよりも必要な何かがあるとヒサシゲは証明する。


 旋回速度一つとっても、その差が圧倒的なものと変わり、作り上げられる形はひとつの教材としては完成系として語り継がれるだろう。

 だが完成系といえど、その機動の全ては無駄ではなく、己の絶対的な自信を持ってもなお足りない領域だ。その死の線に沿う様な移動は、教えるものからすれば、参考にするべきか、教材にするべきかを悩む代物だろう。


 出来るものが、彼以外に存在するのか、疑問をていするべき代物だ。

 コルディオスの結び目の用に、ただ歪に絡み続ける天球儀は、宵闇の中にひどく映える色彩で描かれた絵画のようにすら見える。

 全てが己の技量の極地を描きながら、動き続ける彼らの軌跡は、ひとつの線を中心に食らいつこうとする線たちの集合体が、彩り続けるのは黒にさえ栄える路線図の絵画となっている。

 誰もが息を飲み感情を震わせた。なんて光景だ、と。


 食らいつくように見ていた誰かが言う、有り得ない、と。

 そんな風に声が次々に声が上がっていく、まるで鳳仙花の種の様に弾けて飛び散ってしまうように、人の声は響いていく。

 人々は三人の戦いを、違う言葉で表現してみせた。ある者は楽しそうと、ある人物はいかれてると、誰かは非常識だと、そんな言葉が重なりながら、十重二十重と、重なる言葉はすべてが意外を表すものだった。

 そりゃそうだ、真夜中に狂ったような軌跡を描き続ける戦いである。その実はテロリストに対する処断作業であったが、そんな事を考えるものは、もはやいなかった。線路で埋め尽くされる世界が狭い、天と地の間の空間がこれほどに、狭いとは誰も思わない。


 彼ら位はこれでは手狭なのだ。縦横無尽に動く彼らの路線図は、まだ上を目指せると、自分たちはまだ駆け出す事が出来るのだと言うかのように、路線図は世界を埋めていく。


「これがヒースくんの軌跡、凄い、凄いんですよね」

「そりゃ凄いわな。あいつ今、機動の四割は死んでんだぞ。それであれだ、どこまで突き詰めてるんだ、あれはマトモじゃないと言うより正気じゃないぞ」

「そんなのは言わなくても分かってますよ。彼にそんな自己保存を求めるだけで無駄です」


 その中でどこか場違いな感想を漏らすポーオレは、コルグートによって映像化されたエース達の戦いに、なんとも言い難い言葉で首を傾げていた。

 同時にどこかで納得している。あれがヒサシゲの機動ならば納得だ、疑わないの一言で語れる動きは、それだけでヒサシゲを彷彿とさせるものである。絶対的な安全マージンを取らない、詰りは自分にとってこの動きが、必要であるという確信だけで、彼は動いているのだ。


 だから揺るがない。簡単に変えられないどころか、最後まで変わらない、自分に疑問など抱いてもいないことの証明だ。

 こんな人間は二人といて欲しくない。ポーオレは一人は愛する事は出来たとしても、きっともうひとりは殺す事しか出来ないと思ったから。


「それでどうするんだ」


 物思いにふけっていた彼女、コルグートの言葉で正気を取り戻す。

 ハッとした感情は、自分の思考が恋煩いを抱えていたと言うだけだが、患っているだけではただの病だ。成就させなきゃ、草津の湯だろうが変わりゃしない。


「そんなの決まってるじゃないですか。ただ終わるのを見ておきましょう。ヒースくんの機動なんて、誰もまともに見た事がないんですよ」

「自慢か、それとも自分も見たいのか。あいつあんまり人に努力を見せないやつだしな」

「どっちもですね。けど、あれは凄い、あれで四割も削られてるなんて思えない」


 楽しそうと彼女は言うが、ヒサシゲはあんまり楽しくなかった。

 当然である、自分の思い通りに機体を動かせない。それだけでストレスと言うものは溜まっていく、本来だったらと、思考の中に、そんな気持ちが掠めるのは、仕方のないことだろう。

 しかし基本的には前向きな男だ。もしこんな状況があるとしたらと考えると、やらないよりはやった方がマシだと、そう考えればこの男に後ろはなくなり、前しかなくなる。


 だったらと、彼は今できる全ての可能性を模索するだけだ。

 丁度いい敵もいる。敵ばかりは自分の選べるものではない。だから水平の感情が消え失せた、むしろこれからが、彼にとっての本領とも言うべき状況である。

 基本的にはゲームで言うなら縛りプレイが好きな馬鹿だ。困難に挑戦し続けるその性癖からしてもわかるだろう。必要と考えればあとは動くだけ、直流回路のような性格をしている。


 スイッチ一つで、燃え尽きるまで動き続ける。

 だから、二人のエース達は、愕然とする。無駄がない完全な機動と思っていた、ヒサシゲの動きがここに来て更に狂ってくるのだ。

 今までの動きは綺麗というしかない形だった。全てを削って、必要な動きだけを最小限の領域でこなす。ある意味では崇拝に足る動きであったのは間違いないが、ヒサシゲはそんなものに興味はない。


 完全であろうと、比較対象が常にあの大地である以上、完全は不完全に変わり、無駄がないと言うのは、ただの残骸と変わるだけだ。

 必要なのは踏破に足るだけの力である。だから誰もが愕然とするのだ、ヒサシゲは清廉とも言うべき軌跡を変える。その動きは、まともじゃないとは当たり前、さらにそこから踏み込み、いかれていると言われて二流、さらに踏み込みド三流、それでも足りぬと踏み込んだ領域。

 馬鹿だと言われて上々、それ以外の言葉など誰が発せられようかと言う非常識。


 エース達もヒサシゲの機動に慣れてきた所だったと言うのに、それをすべてひっくり返す所業だ。

 それを最も至近距離で見かけたのは、戦の天才ヒタギである。ヒサシゲの後ろをようやく盗ったと、喜びの感情を上げた瞬間。


 場が凍った。


 ヒサシゲの機動の中には、コブラと呼ばれる機動があるが、それにているといえば似ている。

 彼は僅かに路線を斜め上に向けた。それからループでもして、オーバーシュートを狙ったのかもしれないと、ヒタギは判断したが、そこで起きたのは、その場での百八十度のターンである。

 突如として目の前でぐるりと回った機体に、エース二人は流石に度肝を抜かれた。普通に考えておかしいと言うしかない、ターン自体がおかしい訳ではない。

 その場でのと、付けられた瞬間狂うのだ。自転車でもいい、車でもいいが、運転中その場で、百八十度回ってくださいと言われて、出来るのはよっぽどだし、そこからスピードを変えずに移動しろと言われているのだ。

 どうあってもまず無理である。

 さらに言うのならそれは横軸ではなく、縦軸の回転、基本直進しか出来ない機体が、その場でそんな事をやらかしたのだ。

 狂っているというしかない。機首を軸として、縦に機体がグルリと回る。目の前で見せられたヒタギは、たまったものじゃない。機体の制御すら一瞬忘れてしまった程だ。 


 この機動の種を明かせば、あまり難しいものではないかもしれない。単純に言えば、固定型の路線を機首側の前輪にだけ派生させ、そこを軸にしてそのまま加速した勢いを使っての縦軸回転である。

 言ってなんだが無茶苦茶だ。若干のピッチアップは、運動ベクトルの固定が目的であったのだろう。さらに路線に使う結晶のリソースを自分が使うことにより、回転後の減速を徹底的に削ぎ立ち上げの無駄を無くし、そのまま移動した。

 これがヒサシゲが先程した移動の顛末だ。


 こんな無茶苦茶ができるのは、重機関だけである。路線を三つ発生させる事が出来る機体だからこそ、部分的な発生が可能となっているが、普通はどう考えてもするという発想が起きない機動ではある。

 結晶操作との併用が不可欠であり、それをここまで器用にこなせるのは、ヒサシゲを除けはコルグートぐらいだが、彼にはそこまで自由に機体を動かせる能力はない。実質ヒサシゲぐらいしか、こんな機動はできない。

 彼としては冗談に近かったが、かなり有用だと判断するしかない、路線部分的な展開。それを周りに見せつけると、彼の移動は一変した。発生リソースを使った機動により、さらに複雑怪奇な動きが可能になったのである。


 その機動は優雅さの欠片もない。無駄と矛盾を押し通し、勢いとハッタリを武器にしたようなものだ。

 しかしこの機動はヒサシゲの性格に会っていた。綺麗に動くなっていうのは、彼の本領とはかなりかけ離れたものであったのは間違いない。

 自分を自分のままに押し通す。それこそが彼の気質であり、変わらざる本質だ。


 だからこそ非常識極まる機動が、どうにもシックリ来たのだろう。自由奔放と言うしかないその機動は、彼にとっては何より自分らしいものであったのかもしれない。

 最もその性格に振り回され続ける人々にとってはたまったものではない。あらゆる戦闘機関の機動の前提を打ち砕くような非常識に、もう呆れるやら、尊敬するやらと、無駄な感情ばかりが入り混じる。


「なんだな、あいつ馬鹿とか以前に、本当に好きに生きてんだな。あそこまで機体の為に、結晶操作を使うエースなんて聞いたことないし、なによりこっち側にも居なかったぞ」

「楽しそうなんですけどね。多分ですが、ヒースくんはあれがしたかったんですよ。あんな風に動き回りたかった、だからそのための手段を模索してたんでしょうね。本人は、その事実に気付いてもいないでしょうけど」

「だが、こっちもこれ以上は結晶を削れない。と、なれば、どうやってあいつを止めるんだ。狙いはあるんだろう。嬢ちゃんは少なくともここまでは予想していたんだ」


 そういえばふと止めるという事を思い出す。視界を自分に向けることばかりに、彼女は腐心していた。

 どうやってあれを止めるんでしょうか、それこそ外の世界を引きずり出さないと何も出来ません。などと考えたところで、彼を止める術を彼女は持たない。

 とは言うが、彼女もさすがにそんな事は分かっていた。そもそも止めるのなら、コルグートを使って命を絶ったほうが早い。


「別に止める必要もないです。ただ方法がない訳じゃないですから、その時に邪魔しないでください。普通の感性ならきっと誰もが止めに入ります。ですから止めないで下さい」

「そうか、言われた以上は守るが、お嬢ちゃんもあいつと変わらないぐらいには予想がつかないぞ」

「それは当然です。けど私からすれば、お爺さんだって変わらないですよ。そもそも人に対して予想なんてするべきじゃないんでしょうね。良い意味でも、悪い意味でも、きっとどこかで覆されます」


 目の前にその証明行為が存在している。コルグートは、ポーオレの言動に、少しの驚きを感じるが、そういう考えこそが、彼女の言葉を納得させる理由になっているのだろう。

 大なり小なり人は違うのだ。だから予想は覆されて当然、不可能は全て可能に変わる。


「それまであの理解不能なゴーストダンスでも楽しみましょう」

「それじゃあいつか銃弾に当たって、虐殺になるが」

「大丈夫ですよ。いつかの言葉ですがきっと誰もが止められませんをヒースくんを」


 時間が違っただけなのだきっと、言葉は壁になる、願いは形になる。

 その銃弾など彼には触れられない。きっと誰もが、今のヒサシゲには、近寄れないだろう。


 踊るのか、跳ねるのか、どちらにせよ彼には誰も触れられない。

 全ての干渉が、無為に帰す。ただ彼の前に、その何もかもを、ただ一つの踊りとペナダレンというシャツが防いでしまう。

 彼らを支配した象徴である列車が彼らを肯定する。皮肉染みた話だが、技術に罪など無い、あるのは人だけだ。この世界を馬鹿にする声が響く、狭められた世界ではなく、ヒサシゲが目指すあの赤い大地は、その世界に感謝をささげる汽笛が鳴った。


 空に描かれる路線図は、夜の終わりまで描かれ続ける。全て緊張と言う一本の線を引かれたまま、切れう事も無く張り詰める。

 弓弦の緊張を続けるエース達の戦いは、人を魅了しながら何もかもを巻き込む渦となって、人々に西を思い出させる。この世界にとって忘れることの無い一つの真実だった筈なのに、久しぶりに人々は赤い大地を思い出した。


 全てが壊れ果てた、理解の及ばない境界の向こうにある世界。それを引き連れるようにヒサシゲは、彼らを見る全ての人たちに見せ付けた。

 西に向かうべき開拓者の象徴を、忘れていたはずの五十年に上にわたる情熱を、西に向かう人の意思を、病原菌の様に彼は人々の身体に植えつけたのだ。


「とめられないってな、それじゃ敗北宣言だぞ」

「別に、私はヒース君と一緒に西を目指すつもりですから。彼を止める理由なんて一切無いですよ」

「そうか、そうれなら止める必要がってな。止めなきゃ、アレには乗れないだろうがお嬢ちゃん」


 当たり前の言葉に、言葉の綾ですよと言う事もないポーオレは、コルグートの言葉に笑って、「大丈夫ですよ。絶対に大丈夫です」と、答える。何が大丈夫なのか分からない老人は、「若いもんの考えることなんざ分からん」と、頭を抱えた。

 ここに着て若い二人に振り回される老人だが、これはこれで見ていた楽しいとは思う。世界は今まさに、色々と変貌を重ねているのだ。それをただ他者としてぼんやり見るだけで、コルグートは自分を満たしてしまっている。


 きっと何を言うわけでもない。彼にとっては、ただ人を見ることが最大の娯楽なのかもしれない。

 そういう意味ではヒサシゲは、最大の予想外であり、最高の素材であったのだろう。何しろ何をしなくても、何かを動かし続ける男だ。

 彼を見ているだけで状況は目まぐるしく変わって行く。


 この空と大地の間を狭いと思った人々は、ヒサシゲを見てそう思ったのだろう。

 彼にとって、箱庭の世界はあまりに手狭なのだ。何もかもが彼の動きを邪魔する物でしかない。その窮屈さが、人々にも見えてしまっているのだろう。

 今になって、その枷すら千切れてきているようだが、だからいっそう飛び立つ鳥にとって、この世界は狭すぎるのだと理解するしかない。


 早く旅立ってしまえばいいのに、開拓者の中に人にそう思わせた人は、今までいるのだろうか。いたとしたきっと、ヒサシゲと並び立つ大馬鹿者だろう。

 ここまで好きに遣っていたヒサシゲを見ても、誰もが不自由に見える不可思議な光景だ。


 だがその中にあって二人のエースはそんな事考えてなどいられなかった。

 出来ると分かれば、命を振り込む事なんて、屁でもない男であるヒサシゲを相手にさせられているのだ。彼らのほうが命を危機を感じずに入られなかっただろう。

 あのどうする事もできない狂ったターンや、さらに切れを増す曲がり、加えるなら底に路線消しなどの不確定要素もあるのだ。あらゆる方向で、ヒサシゲの機動が読みきれなくなっている。


 それでも戦いになっているのは、一重に彼らの今までの熟練のなせる業だ。

 ヒサシゲの機動を予測するのではなく、その行動が起きても仕方ないと言う諦観を武器にしているだけだが、そういった考えが無ければ、瞬く間に撃墜されかねない。

 びっくり箱だと知っているから耐えられるようなそんな感覚だ。


 ポーオレに弱みを握られていなければ間違いなく、シルカルストを方は逃げているだろう。

 ヒタギは基本的にはバトルジャンキーである為、この状況下にあっても楽しむ余裕があるが、彼にはそんなものは一切無い。ただへし折られ続けるプライドを、必死になって埋めようと足掻いているだけだ。

 だが流石はエースである、そんな精神状況であっても操作に一切のよどみは無い。ヒサシゲの変体機動に、必死になって食いつこうとしている。


 どちらもが、この土壇場に会って成長していると断言するべきだろう。

 ヒサシゲの変化が著しいから気付かないかもしれないが、二人はまだ撃墜されていないだけでも奇跡に近い。何度も落とされる機会があったはずなのに、ぎりぎりで逃げ切っている。

 油断の無いはずのヒサシゲ相手に、今の状況下で生き延びることが出来る。つまりは未だに首筋に暗い付く獣の気性を二人は忘れていないのだ。


 逃げる選択肢が無いからこそ二人は研ぎ澄まされて行く。

 このとき初めて二人は、己の機体の鈍重さに気付いたのかもしれない。だが機関乗りが己の相棒を決めたのなら、一生涯その機体以外に乗らない気概が無ければ、突き詰めることなど出来ない。

 だから二人は軽機関の可能性を突き詰める方向で、きっと強さを増して行くのだろう。赤い大地を踏破する為の機体を相手に、戦争の為の期待が立ち向かう光景は、技術革新に対する一つの罵声のようにも見えた。


 どちらにせよ。重機関がこれを機に見直される事になるのは間違いないだろう。

 なにせ軽機関をここまで蹂躙して見せた代物だ。評価されない方がおかしいと言うべきである。


 最も乗り手を選びすぎる機体が、評価されたところで、アレが例外扱いを受けるだけだろうが、その例外候補とも言うべきお嬢様は呆れた声で、斜め上の男に話しかける。


「機動がもはや人間業じゃない人、一つ確認このままだと相手に食いつぶされない」

「かもな、だが、慣らし運転はそろそろ仕舞いだ。ある程度は把握したからな」

「それ聞いたら絶対絶望するよあの二人」


 挙句がこれである。今までの機動は断じて遊びというわけでは無いが、最初から完全にその領域を操れるかと言えば不可能だ。

 歯車があったからと言って、簡単に完全を突き詰められるほど、操作と言う行動は、簡単な行為ではない。一つ領域を上に上げて、今までの全てを置き去りにする。


 ラディアンスは、その機動を見て今の自分には無理と判断を下したが、不思議と届かないとは思わなかった。自分が目指す一つの形をした男は、呆れ返っている少女の言葉に一つの重さが混じったのを理解する。

 芯が決まったかと、その事にヒサシゲは楽しくなってきた。エースに追い掛け回される現状よりも、彼をせかすように追い立てるのは、何も出来ないお嬢様だったのだ。それはきっと、彼女が西を目指すことを理解し始めているからだろう。


 当然のことだが、東より追い立てる風は、西に向かって吹いているのだ。


 そんな風が彼をとらえている。胸に沸く自分を追い立てる感情、それは後ろから彼を追いかけてくる、西を目指す者の感情なのだろう。

 必死になってヒサシゲを追い立てる風は、彼の胸を燻るかのように湧き出してくる。その胸を焼かんばかりの感情の動きを、人は焦燥と言う名前呼ぶのだ。

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