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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
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十六章 路線図

 馬鹿が馬鹿を遣り通すその結末の始まりは、重機関がいきなりトップスピードで駆け抜ける所から始まった。

 旧仮想敵アグレッサー部隊であり、三人のエースの仲でも特に戦いに、秀でているとされるヒタギ=ヤマカワによって鍛え上げられた元教導隊である。

 集団、および対人戦における精鋭達であり、エースの機動を見慣れたはずのプロだ。そんな彼らも、ヒサシゲの行った異常事態に、流石に動揺を感じずには居られない。


 常識として起きたことを軽く上回ると言うのは、それだけで思考の隙間を作る事である。

 動揺を作り上げた男は、己の感情を平面状に変えながら、警戒とはまた違う一つのラインを精神に作り上げて行く。

 どこか見下ろすような空気と、まるで世界を見通すような静けさを持った瞳は、音も届かない世界を作り上げたような錯覚を感じる。それをたとえるなら鳥の視点か、だがそれも違うといえるだろう。

 これはきもっと別の視点だ。


 この世界にはきっと存在しない。存在したとしても知られることは無いだろう。

 空の果てからのぞく無機質な観測者の様な、ただ見通すだけの感情の水平を感じさせるものだ。

 高い峰から、それよりもさらに高くと覗くその視点は、酷く無機質にすら感じられる。


 なんだろうとラディアンスは思うだろう。この世界の人間にはきっと思い浮かびもしないものだ。空の無いこの世界ではきっと気付かない、存在しないものを知れなどと言う理不尽をする意味は無い。

 人が作った空の目だ。ただ観測し続ける、星を冠する空の目。人が作った神様の視点だ。


 人工衛星、ただの世界を俯瞰視点でのみとらえるその目は、自分と世界の境界すら曖昧にしてしまうのだろう。

 これが三十人抜きを行うヒサシゲの目、よく鷹の目などとエースの目は語られるが、人では足りない、生物では意味が無い。赤い大地に挑むのであれば人である理由は無い、とは言えヒサシゲのそれは所詮は人の技だ。


 ただ万能結晶を操り一種のレーダーのようにして、本当に全てを見通しているだけに過ぎない。ここまでなら無意識にしていエースは今までにも存在している。

 だがそれもであの大地には意味が無い。認識していても何の価値も無い、ただ観測することが必要なだけだ。


 しかし今の状況では使い勝手の良いものであるのだ。

 ヒサシゲは視線を正面に向けたまま、全方位の視点から予測航路を作り出す。そのために必要な路線をくみ上げるが、座標指定である路線は未だに作り上げられない。これは発生させれば自分の路線図を把握される為であるが、同時に最小限の行動で移動を行う為の必須技能だ。

 バラッカをエースとして活躍させた技術であり、彼の得意技として今でもアノラックの中では有名な技術である。だがそれを行うには、路線図を引ききる技術が必要であり、未来を見るような非常識な予測を立てるか、相手を誘導する技術のどちらかが必要がある。


 ちなみにだがバラッカは前者であり、ヒサシゲは後者である。

 どちらもが逸脱した技術であるが、遣られるほうはたまった物じゃない。本来だが戦闘機関同士の戦いは、その発生する路線から相手の行動を予想し、詰み将棋のよう布石を重ねて王手を掛けるものだ。


 最初からその前提をエースクラスは、容易く覆してくる。

 戦うほうからしてみればこんなの悪夢だと言うしかないだろう。だが彼らとて教導隊の面々だ、非常識なエースの行動を目の前で見てきて鍛えられた者達である。

 動揺の隙間を技量で埋め程度の実力はあるのだ。だが問題があるとするならヒサシゲはその隙間を一瞬で膿ませるほどの厄介な存在であることだろう。


 エースの技が、彼らを人外呼ばわりさせるわけではない。彼らが戦闘機関に乗って、その技を操り駆る事で起きる結果をエースと言う。

 いきなり加速したと思えば、その加速をとめる事もなく、機体を傾け変則的な印目ルマンターンを行う。

 シャンデルと呼ばれるマニューバーであるが、あまり実戦で使われるには何度の高いものであり、気負いも無くやり通す彼の技量の高さを証明している。


 彼自体は表情に変化一つ無いが、一瞬にして後ろを取られた精鋭たちは、背筋に冷たいものが走っただろう。本来のマニューバーと違いヒサシゲは、そこに加速をつけることが出来る為、減速などのマイナスが存在しない。

 何よりこの機動は、小さく回れることにある。本来であるなら格闘能力に優れていない重機関を操るには最小限の行動をするしかない。


 急制動を操ったとしても、加速因子の掌握に軽機関よりも時間が掛かるのだ。

 反発する因子を動かすまでの一瞬の緩み、それをゼロにする為に彼クラスのエースは動く事が多い。

 物理現象からすら逸脱したように見える動きであったとしても、戦闘機関は物理の壁に縛られる。ゼロに近くなったとしても、それがゼロでないのなら、命を消し去るだけの力を持つことになる。


 今は人間だからいいが、そうならないのでない最大の敵であるのなら、その隙間すらも埋めて行く必要があるのだ。


 周りから見ればもはや直角に近いレベルで曲がっているように錯覚する挙動に、背筋を冷たくする教導隊の面々は、エースが本当の意味で牙を剥いた時の恐怖を理解するだろう。完全に隙を突かれ後ろを取られたのだ。

 これはあとはどうとでも料理してくださいと、人生を諦めたほうがまだ早いレベルの敗北である。


 いくらでも撃墜できる状況ではあったが、ヒサシゲがそんな事をするわけも無い。

 ただ線路の輪転機を破壊しただけで済ましている。移動は出来ないが、流石にここまで手心を加えられれば、どれ程彼らとエースの差が分かるだろう。

 最もだ、これで飯を食っているプロである彼らに、ここで諦めると言う選択肢は無い。


「一瞬で五機を撃墜って、事実上の完全なエースですよ。いやそれ以上になんですか、あの非常識な機動と撃墜の仕方、戦時中の映像にだって残ってないですよ」


 通常の戦いではまず有り得ない事であるが、ヒサシゲの行った行為は彼だからできる技術である。

 本来であるなら輪転機から発生された停止因子の濃度が低い後方からの攻撃によって、機体自体を破壊してしまうのが、この時代では一般的な撃墜の光景である。


 しかしヒサシゲは相手の線路に車輪を当て、輪転機に無理な停止因子を発生させる演算を行わせた。車両を守る筈の路線の停止現象を、ヒサシゲは無理矢理に分散させ、自分の干渉できる余地を作り出したのだ。


 そこからはヒサシゲなら、どうにでもなってしまうのは目に見えることだろう。

 あとはお得意の結晶干渉による王手をかければ良いだけだ。


「どうでもいだろうそんな事」


 しかしヒサシゲはそれを喜ぶような人間でもない。こういってはアレだが、この程度は呼吸をするのと変わらないのである。

 ただ当たり前を行い。当たり前の様に撃墜した事に対して喜び一つ感じていない。出来て当然の事を喜ぶ人間は居ない、自分なら当たり前の事だとでも告げる言動なのだろう。

 実際エースであるのならこの程度はやり遂げるだろう。だがエース達であっても、お前の機動なんか出来るかと、最大加速を行えば音速すら叩き出せる機体で、寸分違わずに線路と車輪の軸を合わせる。

 2フィート10インチ(860mm)に音速近い機体が、微調整もせずに車輪を合わせるのだ。

 狂っていると言っても差し支えの無い、ヒサシゲの操作精度は、無茶苦茶過ぎると言うしかない。


 まして戦闘機関は自由に動き回れる機体ではない。

 基本的に戦闘機関は列車と同じで線路から逃れることはできない。しかしヒサシゲはそこに路線操作を行いながら、無理矢理に三次元的軌道を作りあげる。

 通常の路線図を見てもらえればわかるが、本来線路以上の機動はできない。だが彼はそれをやってのけてみせる、ここまで語ってみせたが基本戦闘機関の戦いは、現実の戦闘機の戦いに似ている。その為一撃離脱の法則からは外れることは本来考えられる事ではない。


 だがその路線図を見てもらえれば、何を考えているんだこいつと、納得するしかない路線が刻まれている。精鋭たちが動くその一瞬で、纏めて五機を同一の方法で撃墜、マトモじゃないと断言するしかない。 縦横無尽の路線図がそこには存在していた。


 シャン出るより始まる路線図は、最初の一気を撃墜すると路線をヒサシゲは停止させ自由落下による方向反転を実行しそのまま流れ作業のように二機目の線路に合わせて撃墜。そこからは彼の持ち前の結晶操作と合わせた、加速とピッチアップにより機体を垂直に立てた。

 それはコブラと呼ばれる機動であるが、どちらかといえば無理やりの加速によって、空中で自分の機体を制御しながら投げ捨てたような行為だ。そもそもが戦闘機と違う為、ヒサシゲの考えは別にある。


 輪転機を再度停止させ、ただ機体を縦にしたまま空を舞っているだけの状況を作り上げた。

 だがそれ自体は悪手といっても差し支えなはなかっただろう。

 相手が警戒していなければこのまま撃墜される可能性もあるような暴挙だったのだ。だがそこまでの誘導をヒサシゲは行った。

 彼が欲しかったのは警戒という感情であった。

 ペナダレンが完全に垂直になる瞬間、輪転機の起動を開始し投げ捨てられ自由落下を行う一瞬に起きる運動現象を加速因子として掌握し、さながらロケットのように縦に飛び上がった。


 その時に響いたガタンという音は二つ、冗談だろうと呆れるたくもなるが、まとめて二機それで撃墜だ。だが機体はまだ一騎残っているのだ、ただの俯瞰者であるヒサシゲは撃墜にさしたる興味も感じていないんだろう、発射の余力を使いそのままま宙返りを行うと最後の一機を油断すらなく切って捨てた。


 これがラディアンスの見たヒサシゲと言う男が行った路線図の説明になるだろう。

 目に焼きついて離れる事などないだろうトップエースの機動は、もはや真似できる領域ではない。背筋が冷たく、感動と恐怖に似た感情に体を彼女は震わせた。

 この程度と言い切って、ラディアンスはヒサシゲの土俵に上がれるのだ。


 届くのかと、まざまざと見せつけたヒサシゲの動きは、この道を目指すものだろうが、そうでなかろうが、不気味というしかないほどに狂った機動であった。同じエースであるヒタギ達がいたら、一緒にするなというほどの変態機動であったのだ。

 そもそも普通、移動中に線路の展開をやめるなんていう無茶を普通は行わない。命に対する安全領域がなく、最悪首一つあればいいとしか思っていない。必要ならどこまでも死を受け入れるような動きは、彼女には、許容できる内容ではなかった。


 伸ばそうとした手をヒサシゲは弾くように、彼女の事を視界になどいれない。

 もう彼のなかに彼女はいない。話をしても結局は、西へと向かうだけ、何一つラディアンスは西に届かないと見せ付けるように、ヒサシゲがそのままであるかぎり道の果てなさに、途方に暮れた一人ができないと突きつけられる様に瞳を滲ませた。

 赤い大地の象徴の様な男は、ただ目指し始めた少女に世界を突きつける。ここまで来ても足りない世界だと、目指す世界はこんなものだと、どこかで甘く世界を見ていた彼女にとっては、絶望的な差に見えただろう。


 それはヒサシゲが感じた絶望でもある。

 だが絶望は当たり前にあるものだ。問題はその先をどうするかという事だけである。

 逃げるのか、変えるのか、それとも立ち向かうのか、選択はそれだけしかないのだ。選ぶのはその程度続けるかどうかは、本人が決めることだ。

 決定権の全てが、自分にあるのだ。人生を決める決定権はどうあっても自分の手にしかない。


 同じことをきっと誰もが繰り返すが、彼女の選ぶ道は彼女にしかない。

 そして諦める事が出来なければ、涙を流して絶望しながら反吐を吐き続けるだけ、結末に何があるかも分からない代物に、そんな辛い思いをし続ける。

 ずるいと、口に出したのかも分からない声で彼女は呟く。揺るがないヒサシゲを見て思うのはそんな言葉だけだろう。彼と彼女は違うものだ、同じ方向性でも何一つ違う。


 フォローなどヒサシゲは入れない。勝手に潰れたきゃ潰れればいい、その程度の願いだっただけだと言い切るだろう。

 最もヒサシゲは彼女が潰れる訳がないとは思っていた。涙を滲ませようが、絶望しようが、ラディアンスという少女は諦めてはいないのだ。ただ自分がそこに届かないことが悔しくて、また自分にその器がない事が許せない。


 腑甲斐無いのは自分という名の停滞の象徴である姿だろう。

 出来ない事を有り得ないと言う自分の浅ましさだろう。出来ない事等存在しない、今出来ないだけに過ぎない、常に想像を現実は超えていくのだ。

 西に行きたい。その思いが彼女は、ヒサシゲを見るたびに強くなっていく。あの世界へ、私も旅立ちたいと、だがラディアンスでは足りない。決意だけでは足りない、意思だけでも足りない、彼女はただ力が足りない。


 今はすべてが無い無い尽くしの雛鳥だ。

 空へと羽をばたつかせて、必死になって力を得ようとする。彼女は今その真っ只中にいる、諦めるという考えのない止まらない少女は、自分がヒサシゲと同じ表情をしている事にすら気付いていない。

 彼らはやはり本質的には、魂の兄妹といっても否定できないほど、似たり寄ったりな部分が多いが、それは似ていると言うよりは、ただ自分の意志への捉え方が同じなだけなのだろう。


 二人して、己の決意を自覚したのなら、前しか見ずにただ歩く。

 その行為が同一であるのだ。絶望しても、何があっても、諦めるという選択肢を持たずに、泣きながらでも歩き続ける。足がないと言うのならこいつらなら、這ってでも前に進もうとするだろう貪欲さが存在している。


「なんで、輪転機を止めたの」


 自分が劣っていると自覚した瞬間、前に進むためにラディアンスはヒサシゲに追いすがる。

 お前だけが前に行くんじゃないとでも言うように、だが伸ばされる彼女の手はヒサシゲに触れる事も今は出来ないだろう。


「手段が必要が、俺たちには結果が必要なんだろう。その為に死ぬぐらいの賭け、一つや二つすると気が絶対来るだろう。それにただ止めただけで、死ぬわけじゃない、ただの使い方だろうこんなもの」


 それは分かっていたが、彼女は聞かなくてはならない。

 今しかないのだ。自分が目指すべき一つの完成形として存在する開拓者に、なぜ、どうして、なんでと、自分よりも前に進む存在に問いただす事は幾らでもある。

 開拓者における最終目標は確かに西だ。だがその土俵に上がれる人間は、この世界ではもう僅かしか残されていないのだ。ただ熱に浮かされるだけでは足りない世界、覚悟があろうと死に、技術だけでもしに、どちらを持っても死に、結局はそういった人間たちは西へ行く器ではなかっただけだ。


 自殺と言われるだけの開拓事業で、彼ならと思わせてしまった。

 自分が西に向かう為に、使えるものが目の前にあるのだ。

 彼女が思う限り最良にして最高の教材、自分がたどり着くべき領域が目の前に、悔しさに緩んでいた涙腺を涙ごと拭う。

 自然と鋭くなった目は、これから起きる非常識の全てを捕らえようとする彼女の意思だった。


「だからお前も好きにやれって、俺が正解って訳でもない。俺にとってこれが正しいだけだ」

「私の正解ってどんな形なんですかね。と言ったって私が見つけるしかないんですが」

「そりゃそうだ。誰だって、他人を思い通りに完全に動かすなんて出来ないんだ。唯一出来るのが自分だけなら、自分の形を自分で作るしかないだろう」


 変えてやると言う決意はまるで、枯れた松の短枝のごとく燃え上がる。

 火は必ず燃え尽きる様な苛烈な勢いを持つ。ラディアンスはその典型と言うべき意思を持つが、彼女は火が消えない為なら我が身さえも、火中に放り込むような精神の持ち主だ。

 ウサギのように食われるのを是とする訳ではないが、視界を絞りながらヒサシゲを見る彼女は、獣のように獲物を狙うべく狩りをしているようにすら感じられる。


「そうやって精々指を加えて見てればいい。お前が西に向かうまで、俺とお前の開きなんてのは絶望的だ。相棒が居て、敵がいて、世界がある、お前にはこんな素晴らしい世界で人の猿真似しか出来ていない。

 くだらない、全くもってくだらない。世界に目指す形なんか無い、お前の世界はお前だけが作らなくちゃいけないってのに、他人にすがって何を見るつもりだ」


 そんな前を向く彼女を容易くヒサシゲは否定する。

 それどころか侮蔑に近い言動だ。


「見るものはそんなんじゃない。俺やお前みたいな奴が論理立ててうまくいく訳が無いだろうが、それができるのはポーオレや他の人間だけだ。お前が見るのは西であって俺じゃない、世界であって俺じゃない。そういう猿真似は、最低限が出来てそこからだ。

 相棒の癖を把握しろ、相棒の限界を把握しろ、己の無様さを掌握しろ。その三つが出来てから、初めて限界を超える為の猿真似を行え、そんな高尚なことなんかは後でいい」


 己を知れと、自分を知らずに自分を変えるなんて出来ない。

 そもそも自覚して自分を帰られるのなら人は聖人だらけだ。だから一度鏡のように自分と向き合う必要がある、己が揺るがないと言うのなら、揺るがない理由を知るべきだ。

 見るものは西であり、それを目指す自分の内面こそが、ラディアンスにとっての世界であるべきだ。


 ヒサシゲは簡潔に、かつ迂遠にその事彼女に告げているが、その意味の分からない彼女はお前が見ろといったんじゃないかと不服だろう。


「不服だろうな。当然のことだが、それでいいだろうが別に、お前はこれから失敗するんだ。それこそ何度も何度も、一度じゃきかないだろう、千、それとも万か、それよりもっと多いだろう。

 人生の九割は失敗だ。一割の成功は、次の失敗へ足掛かりだ。だが失敗が無くて、次があると思うな。失敗するって事は成功しようとしてたんだよ」

「理不尽は失敗とは言わない。今らか西を目指すからって適当な事ばかり、私の人生を台無しにして、父親に娘を殺させようとさせたり、挙句に今まで言ってたことさえひっくり返して」

「別に変えちゃいないだろう。確かに俺とお前は似てるが、だが一緒である理由があるか、お前はお前の為に西に向かう、その為の一つの方向性を見せているだけだ。そしてその西に向かう為に、最低限得るべきなのがこの程度の技量ってだけだ」


 だがその前にする事はいくらでもある。

 猿真似の前に、まねをする前の段階に自分を連れて行く必要がある。ヒサシゲはペナダレンに乗って、何よりもその機体を理解して、自分の動かす手段を作り上げてきた。

 それでも足りないと思ったから、コルグートを頼り、エースの技術を盗み、自然と技術を手に入れた。


「だから技術じゃない、最初は対話から始めろ、お前がそうやって気がはやっているのも結局は、相棒がいないからだろう。開拓者の中でもきっとお前は揺るがない奴だ。そんな人間が、手段を手元に置かないなんてのは、苦痛でしかない」

「ペナダレンを奪われたあなたが言うと、すごい説得力を感じるよ。それでも見とけって事は意味があるって事だろうけど」

「当然だろう、言っておくがあの程度は当たり前にこなせて三流だ。というより人間に手間取ってりゃ三流と思え、エース相手で二流半って所だろう。そして俺の現状での評価はそこだ」


 お前が目指すのなら何を見るのかと、ヒサシゲは西に目を向けながら敵であるポーオレを見ている。

 アレを倒せてようやく彼は自分を二流だと言うだろう。

 だからこそ彼女に見て色というのだ。お前も目指すのならこれぐらいにはなれと、自分はポーオレに勝てるとも思わないくせに、彼女にはそれを強要する。


「当たり前って、あれでも届かないなら」

「上を決めてたら、西なんて目が曇って見えなくなる。自分より上なんて幾らでもいるんだ、お前にとって俺が上限なら、俺はそれより上を知っているだけだ。

 そうだな、もし俺がここを出たなら。シュベーレに乗ってあの世界を見て来い、何もかもがあそこでは平等に人より上だ」


 そうすりゃ分かると、ヒサシゲは頷いた。

 それまでは分からないかもしれないと、人は判断基準を自分の経験から作り上げるが、ペナダレンに乗った日に選別始発を行った彼だからこその発言だろう。

 確かに彼女はシュベーレを操る事は出来るが、だからと言って今から踏み込んでも、死を感じさせないはずが無い。


「理論立てるよりもそれが簡単だ。どうせ死ぬか生きるかしかない人生だ、二分の一ならそれぐらいが賭け時か」

「それは気が狂ってるって言うんですよ。人生は結局それですけど、そこまで大雑把に命賭けろって言われたの初めてです」

「いいからやってみろって、どうせ悪くても死ぬだけだ。ほら、結果が分かってるぶん楽でいいだろう」


 ヒサシゲの言動に固まるラディアンスは、彼の言葉に本気で何を言っているんだこいつと、いろんな意味で驚愕する。

 そもそもだ。ヒサシゲは命の賭け時に躊躇いを持たない。

 リスクジャンキーと言う訳でもないくせに、冷静にやるしかないと思えば、地獄の淵にすら飛び込むだろう。


「自覚しても自覚しなくても、何でそんなに無茶に対して躊躇いがないんですか」

「興味ないな。それを理解する為に、一回外に出てこいって言ってるんだよ。お前と俺じゃ生きてる土俵が今は違うんだ、今のまま死ぬのが怖いのか、西に行けないのが怖いのかも分からず、ただリスクが高いなんてのは、結局はどこまで行っても言い訳だろうが、そんな考えなら死んだほうが楽だろう」


 どうせそんな考えでは、西に挑めば死ぬんだと、選別始発だろうが西に向かおうが、結局お前はどうあっても死ぬんだと、ラディアンスの及び腰をヒサシゲは見下す。

 それはポーオレの教育か、それとも別のものか、そんなのはヒサシゲには興味はない。だがお前の生き方の結末はどうあっても道半ばで死ぬだけだという。

 反論したくてもラディアンスは、ヒサシゲの言葉に言い返せるだけの力を持つ重みがない。

 でも、だって、なんて言葉は、結局は自己弁護に過ぎないのは、誰が証明する訳でもなく、生きている人間なら人生の中で簡単に理解してしまう代物だ。


 言い返せないのではなく、そのままじゃ言い訳ばかりに固まった言葉になる。

 それを言い訳にして何も動かないかもしれない。意思が優れているからなんになる、それに伴う行動がなくては、ただ地面に立っているだけだ。

 歩いていないのなら何一つ進むことはない。


「お前が西を目指すなら必要なのは、反論じゃないだろう」


 図星を突きつけられるように、お前は意思だけしかない口だけ崇高な弁者に過ぎないという。

 それを否定できない彼女は、感情を食いしばるように、必死になって反論を考える。だがそんなものに何一つ価値はないだろう。

 意思と行動が伴っている相手に、口だけで反論したところで価値などあるわけがない。自分自身が行動を持って見せつける以外に、ヒサシゲに対する反論は何一つ証明する術はないのだ。


「とりあえずだ。今は何を言ったってお前の言葉は、所詮は言い訳にしかならない。だからとりあえず見てろ、何一つ考えなくていいから、後輩に開拓者ってのを見せてやる。

 どうも俺は説明下手のようだしな。技術なんかは後でいいんだ、全部は発露とそれに伴う行動だ」


 結局ヒサシゲの言いたいことの結論が出たが、それと同時に追撃部隊がペナダレンに向けられていた。

 射撃などが停止領域を掠めているが、後ろに視線をやるでもなく、最低限の路線操作を行いながら、ラディアンスに話しかける。

 本来と言うか、ドックファイトにおいて後ろを取られるというのは、それだけで絶対的不利である。当然のことながら戦闘機関の戦いにおいて、ヘッドオンからの攻撃は全て無力化される。あくまで後方をとっての撃墜しかない。


 相手との距離が離せずに、完全に後ろを取られた状況であるが、慌てることもないのは、それすら彼にとっては意味のないものだという証明ないのだろう。

 多分だが彼らはヒサシゲ相手に優位に立ったと勘違いしているだろう。ヒサシゲがエースとして最も優れた点は、結晶操作を基盤とする三次元機動であるが、その根幹はいたってシンプルである。加速因子と言われる運動ベクトルを掌握している事だ。


 そしてその加速因子を掌握することによって出来るのは、機体を上回る領域での急制動である。

 完全に速度に乗った後方の機体を尻目に、ヒサシゲはその速度を一瞬にしてゼロに変える。その結果起こるのは相手とヒサシゲの位置の変化、オーバーシュートと言った方がわかり易いだろうか。

 数秒に満たない間で変わる戦いの情勢、移り変わるや否やの急加速は六機を撃墜すると言う状況を作り上げた。


 化け物じみているが、本来のペナダレンなど重機関は全て、これに対応するために設計されている。

 ある意味ではこれが本来の動きとも言えるのだ。ちなみにであるが当然線路から外れた移動なども出来るにはできるのだが、下手に使用すると接触変化によって擂り潰されかねない為、多用できるものではない。

 コルグートならともかく、ヒサシゲでは戦闘機関を操りながら結晶操作に路線操作を行うのはさすがに無茶である。結晶操作に関しても、同時にいくつもを行うことは出来ない。

 一度に十も二十も同時に作業するなんてのは、人の領域では中々に難しい行動だ。


「一日で十機以上撃墜って、エースだってこんな無茶苦茶」


 アノラックらしい言動だが、ただ見ているだけだった。

 今の彼女にはそれだけしかできない。悔しいと思いながら、ヒサシゲの言動の意味を少しだけ彼女は理解しつつあった。

 自分に足りないものが何か、きっと西を目指すなら御託は要らないのだろう。ただ彼女がここで見るべきはきっと、ポーオレとヒサシゲの痴話喧嘩なのだ。こんな三下じゃない、精鋭たちであろうと関係ない、きっと敵として存在するポーオレとの戦い。


 愛情があったとしても、それでも貫くような精神性。己を疑わないだけの価値証明。

 自分はたどり着くという絶対的な自負、その全てを持った傲慢なオトコは、すべてを振り払ってでも前に行く。

 壁外と壁内を繋ぐ門を突き破り、絶対に後の事なんて考えてない事を見せつけながら、世界をひとつ覆す。


「ここからだ。ここからだぞお嬢様、あの傲岸不遜の反則女の領域は、お前はただ見てろ、ただ見ているだけでいい。口を出すな関わるな、俺の開拓者としての道を一度だけ目にしておけ。

 それで理解しろ、お前の考えがどれだけ甘いか、お前の願いがどれだけ無意味か、絶対に目指すお前の道がどれだけの価値があるか」

「どっちだよ。結局何が言いたいのかさっぱりわからない」

「ああ、今から喋べる余裕もなくなるから、簡単簡潔に言い切ってやるよ」


 既に彼の視覚の中ではエース二人を見つけ出している。まだ距離は空いているが、三下であったとしてもエース二人は彼にとってもかなりきつい。何より、ヒサシゲは既にポーオレを見ていた。

 絶対に彼女のいる場所は一つだけだという確信があったからこそだろうが、そこに見たくもない爺の姿があった。


「人生ってのはな、徹底的に馬鹿やったほうが楽しいんだ」


 やけくそになっているのをヒサシゲは自覚していた。

 これから余裕どころか、敗北以上の恐怖を感じなくてはならない。そんな状況でのうのうと語りなどやってられる訳もない。

 だが、律儀というか、それでもヒサシゲは言うべきであった。


「だからこれは俺の自慢だ。羨ましいだろう、俺はお前と違って、自分の為の生きていけるんだ。自分のためににしに迎えるんだ。ヘタレて言い訳してるお前と違って、俺は俺のままで有り続けられる」


 度し難い言動だろう。

 結局はこんなものだと、呆れかえる人だっているかもしれない。

 だがヒサシゲは何度だって言ってみせる。


「お前ならきっと悔しがるだろう。これは俺の自慢だ、自慢に決まっている。ああだこうだ言っていたが結局は、西に向えないお前に自慢しているだけだ。

 たかだがか死ぬぐらいの事で、言い訳をしているお前にゃわからんかもな。俺は生きてるんだ、お前の違って死ねるんだ、どうだ羨ましいだろう」


 死ねないお前となんか違うんだと、無駄な死を厭うのじゃなく、無駄な死であっても構わない、西を目指せるのなら命をかけられる。

 お前なんかと似ていても全く違うのだ。


 見てみやがれ、お前程度の言い訳が通用する世界じゃないのだ。よく見ていろ、これが西を目指す形であるのだと、彼女を見下し笑う。限りなく似ている考えの二人だが、そこにこそ絶望的な差がある。

 自分で決めて自分で歩くヒサシゲと、ヒサシゲによって仕向けられた彼女では、願いが違う、思いが違う、価値が違う、存在意義が違う。


 だからこそ、ヒサシゲは羨ましいだろというのだ。

 その言葉に感情的になるラディアンスは、緩んだ涙腺から視界を滲ませて声を上げた。


「当然でしょうが、今からでも私は西に行きたいのに、己の無様だけを突きつけられるんですよ。羨ましくて仕方がない、けれど私は何もかもが足りない、悔しくないわけがない、羨ましくないわけがないじゃないですか」

「そうやってりゃいいんだ。俺はジオドレに嫉妬した、お前だって俺に嫉妬する。当然だろう、夢を叶えた奴が自慢してるんだぞ、そうやって貪欲で有り続けろよ。命を使うってのはそういう事だ」


 吐き出される感情だけの言葉にヒサシゲは満足そうに笑う。

 細かい小細工や言い訳はいらない。西を目指すのなら、その感情であがき続けろと言う。手玉に取られる自分が、まだ飛び立てない雛鳥であることを知るが、その現状を認めても羽ばたこうとすから飛び降りる気概を止めるヒサシゲは、容赦なく彼女をすから蹴り落とした。


 その中で雛に羽ばたけと無茶振りをする。だがラディアンス飛べないわけがないと羽ばたき続けるだろう。だって彼女は飛べるのだ、巣から落ちたヒナは落ち続けるが、地面に叩きつけられる間であっても、空を飛びつづけている。

 あとはそれを続けられる何かを彼女が持てばいい。


「知りません。知ったことじゃないです。私があなたに言うことはそんな言葉じゃない。もっと単純で簡単な言葉以外にありません」

「そうか、なら教えてもらいたいね。その単純で簡単な言葉とやらを」


 ラディアンスは息を吸って声を張り上げる。

 自分が感情のままに吐き出す言葉なんてただ一つだけだ。だがその言葉は正直に言ってヒサシゲを驚かせ、何より同時に彼女の出自からするには随分と汚い代物だった。

 ヒサシゲに罵倒されすぎて、色々と頭が回ってなかったのだろうが、それ以上に不甲斐ない自分と、これから開拓者として生きる自分の感情をぶちまけた所為だろう。


「あんたの御託なんか知らない。ただ、西域で待っていればいい、私は絶対にそっちに辿り着く」


 響いた彼女の声は、そりゃ簡単だとヒサシゲを笑わせたが、確かにそれぐらいしかないかと納得する。

 それで楽しい後輩との談義は終了。後は行動でヒサシゲは彼女に答えるだけのことだ。

 なによりそれ以上に楽しい戦いがこれから始まる。楽しいと笑いながらも、夢を繋げる瀬戸際にヒサシゲは僅かながらの緊張を感じ、それを上回る興奮を手にしていた。

 水平にした感情が、まるで海のように波打つが、一つ呼吸を置いて緊張ごと感情を吐き出す。


「それはいい、楽しみにしてる。またいつか西域でってな。最も戦いが終わるまでは、ペナダレンから出してやれないが、金を取れる見世物だ楽しんでいけ」

「それはアノラック的に考えても、絶対に見逃せない。最高の席で楽しませてもらいます」


 ヒサシゲの軽口に彼女も軽口で答える。余裕が出来てきた証だろうが、瞳からは先ほど滲んだ涙が零れていた。だがそれは終わった涙であり、その涙とは不釣合なほどラディアンスは、挑発的にヒサシゲを睨みながら笑っていた。


「飽きさせる事だけはしない。だが観客への配慮は知らん、せいぜい撃墜されないことを祈ってな」

「ええ、楽しみにしていますよそこは」

「じゃあ、それ以外は悔しがれ。こっちは今からちょっとばかり、ポーオレさんとの痴話喧嘩でな」


 彼女よりもヒサシゲは痛快に笑ってみせる。もはや邪悪というしかないほど自分勝手な笑みだったが、焦点を合わせた視界は今やクルワカミネ全土を見渡してるだろう。

 空から見下ろすような目は、ただポーオレを見ていた。ここに来ても、彼にとって最大の敵といえば彼女だけである。どれだけコルグートが存在していようと変わらない、結局はどうあがいても敵になるのは彼女だけだ。

 手折る百合のような弱さをしたポーオレは、ヒサシゲから見られているのを分かっているのか、一度だけ頭を下げて、ただ口を動かして彼に伝える。


 その口の動きにさすがのヒサシゲも呆れてしまうが、よりにもよってここかと、さすがはポーオレと感心してしまう。


「ばっかじゃねーのアイツ、あそこまで来ると男冥利に尽きるね。あんな宣戦布告、ポーオレさん意外にできやしないわ」

「何か知らないですが、独り言とは言え私には狂ったようにパントマイムいているようにしか見えないんですが」

「そこまで面倒見きれるか、悔しけりゃ結晶操作を覚えろ。コルグートって爺に頭下げりゃ教えてもらえる」


 あまり話す気はないのだろう、殆ど勢いだけで口にしているだけだ。

 実際ヒサシゲはポーオレの口の動きにひどく動揺していた。


「それでポーオレが何か言ったんですよね。なんかひどく愉快なことを」

「ああ愉快も愉快だ。あのダブルスタックカーの根性の悪さを再確認して惚れ直したね」

「そこまで言うと答えだけ教えてもらいたくなります」

「別に構わん、ちょっと自慢したくなるだけだ」


 だがラディアンスは聞いて後悔することになる。

 そんなのお前らだけでやってろと、だが自慢したいヒサシゲは彼女が嫌がっても言っただろう。それぐらいには彼にとっては、喜ばしいことではあった。


「プロポーズお受けいたしますだとよ。よりにもよってこのタイミングで」


 よりにもよって、開戦の言葉がそんな代物で始まる。

 とはいえ、所詮この戦い自体痴話喧嘩だ。そんな代物で始まるのが一番正しい形なのかもしれない。

 巻き込まれる面々は最悪の一言であろうが、始まったもんは仕方ない。

 

 

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