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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
14/48

十二章 接触不良


「慎重すぎないか」


 ヒサシゲはポツリと漏らした。未だ観測塔ではしゃいでいたが、クルワカミネの対応は随分と慎重かつ確実なものを選んでいる。

 あれだけ愉快犯として、やりたい放題やっていると言うのに、相手が自分を侮るという状況が発生していない事にヒサシゲは驚くしかなかった。


 寒空に身を縮めるお嬢様を尻目に、その慎重さがひどく気味が悪いものにヒサシゲは写ってしまう。あれだけの馬鹿を繰り広げておきながら、対応に関しては酷く冷静の一手、侮ることもせずただ粛々とこの事態を収めようという鋭利な冷たさがある。


 面倒なと浮かぶ心を笑うように、口元を少しだけ緩めた。

 これはつまり相手が本気である事の証左だ。この馬鹿げた要求と行動しかしていない男に、この世界の王様は、本気で戦ってくれると言っている様なものである。

 こんな楽しいことがあるだろうか、あくまで相手を油断させるつもりの道化だったが、ここに至って認識を変える必要があると、ヒサシゲは思考を巡らせた。


 思った以上に敵は冷静であった。どうせポーオレが関わっているのだろうが、たかが教育係の言葉を聞き入れるとは、王様の性格を知らないヒサシゲには予想もつかない事だ。

 能力だけで言うなら戦闘機関の腕前や結晶技術は優れているが、基本的にオツムの出来は凡人である為、ポーオレの話を聞いていてもそこまで人物を詳細に理解することは出来ないのは仕方のない事だ。

 ヒサシゲはクルワカミネの王様は想像以上の人物であると認識を改める。

 確かに部下の掌握までは出来ていないが、それでもそう言うに相応しい人物であるのは間違いない。ペナダレンを奪った恨みは忘れないだろうが、相応の評価を下すべきだと確信する。


 この切り替えの良さこそが、彼の強みであり怖さである。

 そしてそこから穴を見出すまでの速さは、それそのものが嫌がらせと言って良いだろう。最初に行うべきは交渉だろう。それはもはや恫喝に近いものだろうが、人質なんてものは、価値があって初めてそれ足り得るのだ。


 際の際に経てば、クルワカミネは目の前の少女を見捨てるのは確実だろう。

 どこかで感じる意志の冷たさは、最集手段にそれすら持ってくると、確信できるだけの重みがある。


「無理か、どうでもいいんだがここまでやってってのはな」


 改名は難しい。その事にヒサシゲは舌打ちした。

 元々ただの嫌がらせのつもりだったが、ここまで派手に打ち上げた花火が破裂する瞬間を見ないのは、祭りを開催した自分としては不服なのかもしれない。

 心に残るしこりは、中々大きなものらしくヒサシゲはその違和感を拭えずに頭を掻いた。


「つまらんか、つまらんよな。道化芝居は馬鹿にしてくれる人間がいて初めて価値がある」

「ん、なにがつまらないんですか」


 口に出しているとすら気付くこともなくブツブツと呟くヒサシゲは、ラディアンスの言葉に意識を戻す。少しばかり意識の深くに入り込んでいたのを自覚したが、どうにも彼女の目は輝かしく見えてしまう。

 それは憧れを目の前に見るからか、それともまだ次があると確信ているからなのか、好奇の視線は輝きを増していた。


「いやなに、楽しいのと馬鹿らしいのはどちらがいいのかと思ってな」

「それはどちらもじゃ、ただ中途半端はいけないと思いますが、ポーオレもよく言ってましたよ。妥協したっていう事実は、絶対に負い目にしかならないって」

「だよな。いや、人と話すってのはいい事だ。やるべき事の決断をする時に背中を押してくれる」


 だがその言葉に反応したお嬢様は動揺したようにえっと声を上げた。

 まるで自分が背中を押したような言動に、いや私はそんなつもりはと弱々しく呟くが、ヒサシゲはそんな事を気にする男じゃない。

 彼はこの平穏なクルワカミネの世界に飽きた神が、嫌がらせのために使わせたといっても不思議ではない男だ。呼吸をするようにかつ、そんなつもりもない癖に、ラディアンスに知らず知らずのうちに嫌がらせを行う。


 なにせこれから起こる無茶が自分が原因だと思わされれば、比較的ではあるが常識的なお嬢様は間違いなく罪悪感を感じるだろう。

 何よりこの男は、一度弾ければ少なくともここまでの騒動は起こせたのだ。ならば次に踏み込めば、さらなる何かが起きるのは当たり前と言えば当たり前だ。


「じゃあそろそろ色々始めるか。そういえば古典の中には、東風に乗ってやってくる魔法使いとかいたな。ちょうど観測塔の前はさくら通りとシャレが効いてる」

「いや、その古典知ってるけど、ちょっと待ってください。ちょっとそれは、もしかしてですが」

「見たことあるか、そりゃお姫様だ。教養に関しては、相応以上に知っているもんか。ならちょっとそれの再現とまではいかないが、一つ東の風に乗ってみようかい。にしに向かうのは俺の信条でね」


 やるのなら徹底的に、相手を馬鹿にするなら容赦なく、何より状況が許すのならば、狂ったように遊び回るのが人生の礼儀だ。

 あいにくとこちらは乳母じゃない、魔法使いでもありはしない。そんな益体のない事をヒサシゲは思い浮かべる。だが出来る事もある、ラディアンすを引っ張りながら全力で走り出したヒサシゲはそのまま塔を飛び降りた。


 騒然とする塔周りを囲んだ鉄道警察、それはどう見ても自殺にしか見えない暴挙だった。

 ここでラディアンスに死なれれば、彼らの人生が終わりかねない状況なのである。痛みが走るほどの心臓の衝撃に、何が起きたかを理解するのが遅れていしまう。

 中には武装用の単一結晶を落としてしまう者までいたが、それも仕方のないことだろう。常識外の事が起きれば人は止まってしまう。


 いくら時間が経過しても肉が地面を打つ音など響かない。

 目を閉じて惨劇から逃げた聴衆も、どこかでその事に期待していた人々も、何もかもが声を失った。残酷無残な肉のスタンプなど存在せず、ただ落ちて響くはずの奇音もない。

 目を見開いてみれば誰もがわかる。

 現実とは基本的には、常識という上に成り立つ現象の総括だ。有り得ない事や、考えられないことを現実的ではないと言うのは、ただ自分が理解出来ていない言い訳でもある。


「風に揺られてってなもんか」

「うわー、現実ってこんなに簡単に罵倒されるんだ」


 人が単身で空を飛ぶなんてのは、誰にだって予想がつくもんじゃない。

 単一結晶を使えば出来ない事はないが、こういったものは普通規制されていて販売や製造さえされていない。何よりこう言った製造にはかなりの資金がかかる。

 そんな金回りのいい男が壁外にいるわけもない。

 それに道楽としても、どうあっても噂が立つ。それにそんな技師は残念ながら存在しない。


 いくつもの単一結晶を操ってと言うかなり面倒な手順を踏まなくてはならず、現実的では無いのだが、ヒサシゲに関しては少しばかり違う。彼は別に空を飛んでいるわけではないし、加速因子という運動現象を発生させ擬似的に飛んでいるように見せているだけだ。

 落下現象を移動のベクトルに変えているといえば分かりやすいかもしれない。つまりヒサシゲは横に落ちているとも言える。

 だがそれを傍から見れば人は飛んでいるように思えるだろう。

 

 その不可解な現象がすべてを停止させ、そのあいだにヒサシゲは逃げ切ってみせる。ただがそれだけで笑いが取れるほど、世界は甘くないを誰もが知っているだろう。

 花火を上げよう、大輪だけじゃ足りない。どこまでも現状を馬鹿にする為に、それは火花を散らせる戦いじゃない、誰もが苦笑する戦いであるべきだ。


 さあ見栄え良くとヒサシゲは指を鳴らした。

 その瞬間二人が消えていく道筋に、光の粒子が振り落ちた。ただ輝いて消えていくだけの幻想的な光景だが、どう考えても自分の居場所をばらしている。

 はっと指揮官がその光の先を見て目を見開く。どう考えてもヒサシゲの向かった先は、彼らの中では最悪の選択に近い場所であったのだ。


「ところでこの方向は明らかに私の実家なのですが、なんでばらすような事をしとるんですか」

「いや、シュベーレはここにあるだろう。それに娘さんを預かってますって、父親には言っておくべきだろう」

「それはもうクルワカミネで誰もが知らないところじゃなくなっていると思います」

「いやいや、まで直接いっていないだろう」


 言い換えれば直接喧嘩を売ってやると言っているだけだ。

 その自由な言動に彼女の体はぴたりと止まる。

 ただどこか俯瞰するかたちでヒサシゲを除く瞳は何かを捉えていた。どこか燃えるような熱さを感じるその男に、少しずつ目の前の男に冷たさが混じってきているのが分かってしまう。

 何かが起きるという感覚はある。だがそれ以上にヒサシゲが何かを起こす方が早いという確信の方が早かった。


 それを理解する頃には、警備を整えた警察によって防御体制を敷かれていたが、それをどうと思う男ではない。防御は弱いが、攻撃ならそうは負けはしないだけの力がある。

 

「あのですね、私は無茶をして欲しくないのです」

「あのですね、俺は無茶しかしたくないのです」


 一応要望のように問いかけてみるが、彼女の願いなど泡沫の代物であるのは、誰だってわかってしまうだろう。

 ただ弾ける泡の始末に何がなんだか分からなくなっていくお嬢様は、どうにでもなれと開き直りながら弱々しく呟いた。


「もう好きにしてください。なんかスピードが上がってきてますが、気にするだけ無駄なんでしょうし」

「いや気にしたほうがいいと思うぞ。お邪魔しますって、本当の意味で使ってみたいと思ってたんだよ」

「あなたのやるのはお邪魔じゃすまないから、ただの暴挙だからね。うちの実家に何するかなんとなく読めてるけど、絶対にお邪魔じゃなくて暴挙だよ」


 そうかと彼は悩んだ素振りを見せるが、ろくなことを考えているはずもなく。

 これだと思い立ったものも、かなりどうでもいいものであるのは間違いないだろう。しかし思いついた表情は随分無邪気だが、嫌がらせの化身みたいな男の行動は、意味がないのだ。


 ただ中途半端で終わらせないその為だけに、時速にして二百程度の速度で彼は屋敷に体当たりを敢行する。

 ちなみにだがその時の掛け声は、ご無礼つかまつるだったそうだが、ラディアンスの言であり、彼女は気が動転していたようなので、真実は歴史の闇へと消えている。まぁ絶対に言っているの間違いないのだが、それを肯定してくれるものは誰もいなかっただけだ。


「暴挙でもいいだろう。どうあってもここに突っ込めば、邏卒がどうこうできるものでもない。選択としては最上だと思うが」

「発想は最悪だと思います。というか論外だと思います。なんで私の家に大穴こさえてるんですか」

「そりゃ俺が男だからだろう。詳しくはあと五年ぐらいかけろ、その間で大体理解できる」

「人の家に穴を開ける理由なんて、生涯をかけたって分かりはしません。それこそ古典のアクションヒーローの買い物ぐらいです」


 そんな事出来る奴は一人しか思いつかない気もするが、もうやってしまっている辺りで何もかもが後の祭りだ。

 騒然とする状況にありながら、特に警戒する素振りも見せないヒサシゲは、感じる視線に手を振り相手を苛立たせる。この頃にはメディアも集まり、さらに状況が派手になっているがそれすら気にせずに、彼はまるで手品でも見せるように光の粒子が落ちた場所を花のみちに変えてみせた。


「やりすぎただよ」


 それは空を飛ぶ以上の異常事態だ。

 天然物の花などが贅沢物だといったが、それをここまで惜しげもなく作り上げられるのなら、その価値の全ては消えてしまう。花の香りが風を通して花をくすぐり、偽りなく人の認識を狂わせる。


「手品の方がまだ救われるって、こんな光景」


 既にヒサシゲが行っている事が結晶操作である事を理解しているラィデアンスは疲れるように漏らした。

 銃一丁を見せれば雷鳴を轟かせたと勘違いする。誰かが勘違いしたような現実がそこには現れるのだ。何もかもを偽りと唱えさせない美しい光景が、何よりも逸脱した代物に変わり果てる。


 現実として存在するそれを、人は勘違いするのか、ただの手品か、それともペテン師の遣り口と嘲笑うのか、魔術とでも唱えてくれるのか、どちらでも結局変わらないが人は楽な方を選ぶだろう。

 自分にとって正しい現実とすり合わせるに決まっている。


 ただ花畑は金の畑のように存在し、常識は只塗り替えられ続けるだけだ。そしてそれこそが彼が赤い大地の化身であり象徴である証明でもある。あの世界に常識は通用しないなら、ヒサシゲにだって同じ事、ただ赤い大地の残滓を操るだけの手管は、人が忘れた外の世界の証明であるのだ。


 下らないと言うただそれだけの事で、ヒサシゲを見誤るのは仕方がないかもしれないが、そろそろ気づくものも出てきてもおかしくない。彼のやっていることはもはや一歩間違えれば大惨事の内容だ。

 やっている事自体は大惨事なのだが、人的被害という意味では現状ですらゼロだ。


 ただの迷惑行為にしか見えない誘拐は、どこまでいっても真面目に相手をされない。どこかで誰もが余裕を持ってしまうだろう。その隙間は時折彼が見せる異常事態をどこかで見下す。

 それを自然におこなっているのをとなりで見ているラディアンスは、確かにこれと敵対するのは、本当に面倒この上ないと呆れているが、何もかもを台無しにするその行動をどこかで楽しんでいた。


「そうか、別にどっちでも変わらないだろう。種のない仕掛けがあるわけがない、ただ共通しているのは、理解できないってい事実だけだ」

「そんな風にうがって見れるほど人は物分りはよくないよ。けど種がわかっても、原理が分かっても、結晶使い(錬金術師)なんて想像だけの存在だよ。壁内の娯楽小説にぐらいしか存在しないフィクションだよ」

「そんなものだろう。古典かそれとも娯楽か、どっちだって変わらない昔は空を飛ぶことだって同じことだったんだろう」


 今はそんな事などで気はしないが、かつての世界は赤い雲に覆われることもなく、紺碧が空に広がっていたと言う。

 そして人以外の動物も、天然の植物も存在したのだと、今となってはどうなのかもわからないが、世界はいつからか一変し始めていた。正しい時間など誰もわからず、詳しい記録などは擦り切れてしまい、古典として一部が残るだけだ。


「そうだけど、それが出来るなら魔法使いは目の前にいて、カボチャの馬車は存在することになると思う」

「最後にはガラスの靴を履いて王子様がと、俺はそういうのは嫌いだ。掴み取るなら魔法使いじゃない、受動的な願いは所詮その程度の願いだろう。願うなら能動的でありたいね」

「そういう事じゃないけど、あなたのそれは世界を変えられるよ絶対に、そしてそれを理解したらきっと魔法は世界に存在することになるんだ」


 もしかして彼の技術があれば、その空を取り戻すこともできるかもしれないのだ。

 結晶をあそこまで操れるのなら、出来ない謂れは間違いなくないだろう。しかしそんな現実を思い浮かべられるほど、この世界の常識は軽いものではない。

 だがその重い筈の常識をラディアンスは、なんともなしに軽くしてしまう。浮かんだのはそんなことだったのだ、この技術があればより世界は楽になるのではと、しかしながら今はただの思いつきで、それ以上に踏み込む事は出来ない。


「存在したところでな。俺にはその気はないし、その価値があるとは思えない。これが取っ掛りになる事があっても変化にはならない。これが現実で、相手が困惑して、だからといって世界は変わらんよ」

「なんで、私がいるんだよ。私ならこの世界にそれができるよ」


 クルワカミネの長になるべきお嬢様の言葉は、随分と深く彼女の言葉がそれだけで世界の変化につながることだってある。

 だがヒサシゲは首を横に振って彼女の言動を否定した。


「それは世界が変わったんじゃない状況が変わっただけだ。世界を変えたければ、上からじゃない下から見てみろ、見上げる方がいつだって世界は広いんだよ。

 人間ってのは意外と世界を下に見て考えてるのさ、そんなヤツが世界の大きさを語ったって距離以外で語れると思うか」

「つまりは私は世界を下に見ていると」


 馬鹿かと、それならまだ上等だというような素振りだ。

 何処か冷めた目で彼女を見ているヒサシゲは、先程から彼女には冷淡な扱いをしているように思える。

 ラディアンスはその視線の重さに、失言でもしたのかと心が痛くなるのを感じていた。


「見ようとしてないの間違いだろう。下に見ているやつはそれでも世界を見ようとしてんだよ。だがお前は自分が世界だと勘違いしているような言動だ。さすが王様だと言いたいよ」


 実際にヒサシゲが彼女に向かって放った言葉は、ほとんど罵倒と変わらなかった。

 ただ声だけは酷く冷め切っていて、自覚がなかったのかと呆れたようだった。


「そんなつもりはないんですが」

「それならそれでもいいが、一度だけ聞いておいてやった方がいいかもしれない」


 ラディアンスを指差す、だが彼女指差すというよりは、もっと先に向けているようにも思えた。そしてそれはきっと間違いない、ヒサシゲが指す方向は常に一緒であるのだ。

 ならばそこにしか指は向けられるわけがない。


「それで満足なんだなお嬢様」


 随分と酷い言葉を彼女に吐きかけた。

 それは罵倒といっても差支えはないだろう。このクルワカミネに生きて、しがらみに縛られ続けるお嬢様に言っていい言葉ではなかったのは間違いない。だがヒサシゲはそれでも一度言うべきだと判断した。

 本来ならばその様な事を言うつもりは一切なかったと思うが、ラディアンスの表情を見ていれば流石にそれを撤回するべきであった。色々な人間がいるが、目の前のお嬢様は本来であるならそう呼ぶべきではない。


 爛々と輝く瞳を押し殺しても消えない、その留まることを知らない願望を自分で気づいていないのだ。

 抑えるのではな気づかない。そんなのは悲劇に近い、自覚してそれでもと言うのならともかく、それを認識しないようにされている。こんなふうに性格の矯正をするのはポーオレぐらいしか考えられない。


 ヒサシゲはそういうポーオレの容赦なさを知っている。

 立場と言うものはわかるが、そういう事はどうでもいいのだ。自分の願望を認識させないようにする呪いは、はっきり言ってヒサシゲが好きなものではない。

 だから彼女の自由意思を見たかったのだろう。だから鎖に罅を入れて、彼女の心の動きを見ようとした。


「ま、そのあたりは好きにしろ。一度だけ問い掛けておくべき内容だ、後悔も抱けないなんてのは人生の浪費だぞ」

「分かりませんよ。あなたの言っていることが、ただ大切な事ではあるんでしょうけど」

「どういう人生か知らんが、迷惑をかけてる手前もある。悪いとは思いはしないが、夢に邁進する俺の前で、お前の世界に俺を当てはめるな」


 彼の世界なんてのは西に向かう事だけだ。それを見上げるのか、それとも見下ろすのか、どちらにせよ見据えるのならその世界は広大なのだろう。

 カエルは亀に諭されて海を知るのか、それとも空の青さを知っていると自慢するのか、どちらの世界で満足するのだろうか。


 最もその世界を作り上げるための柱になるべき彼女は、どちらを目指すのだろうか。問いただしても何一つ変わらないだろう。ヒサシゲのインチキによって騒然とする場所から、姿を隠して屋敷を歩く中で、彼女にと問いかけた言葉は後々に重さを感じさせるだろう。

 今はそれ以上の言葉をヒサシゲはかける事もない。と言うより後は自分で考える事だ。他人がどうのこうのと言って何かが変わるものではない。


 人が変わりたければ、自身の発露以外の方法など絶対に存在しない。

 だから切っ掛けを与えるだけ与えて、何もせずに放置する。そんなヒサシゲの背中をじっと見ながら、恨みがましい視線を送るが、その程度で我が道だけを歩く男が変わるわけもない。

 だがその先を見るように、ラディアンスは遠くを見た。


 西に、ただ西にと、ヒサシゲは向いて歩く。ただ彼女はそこに視線を向けるだけ。

 ただ言われただけで彼女の生き方が変わるわけではない。ただ何かがあるだけ、心に残るヒサシゲの言葉に彼女が答えを返せる時が、きっとヒサシゲが世界を変えた時だ。


「ま、なんであれかわまない。そういう相談は親としろ」


 それが分かるのはいつになるかはさて置き、ヒサシゲはゆっくり目の前の扉を開いてみせた。

 同時に固まるラディアンスは、よく見知った顔が目の前にいることに驚いた。

 その表情に満足気なヒサシゲは、視線をくるりともう一人に向けて口角を吊り上げながら皮肉を表情に貼り付けて笑う。

 

「そう言うもんだろうお天道様。誘拐犯が直々に交渉に来てやったぞ」




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