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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
13/48

十一章 連結分岐連鎖


 分かっていたことだが、ヒサシゲの愉快犯ぶりは尋常ではなかった。

 たかが数時間の間に、観測塔に踏み込みフィルターの中の残留万能結晶体を掌握し、犯行声明をぶち上げる。行動力だけなら神掛り的なものを発揮している。

 入念な考えも準備なども一切無い。ただその場の考えだけで動く。

 完全なその場の勢いだけだと言うのに、楽しそうに見えてしまった彼女は、表情を嫉妬に滲ませた。自分自身の執着が強くなっているのは分かっていたが、それでも止められない衝動が彼女の思考を黒く染めて行く。


 吐き出す空気と一緒に、この心の淀みも消えてしまえば少しは気が楽だと言うのに、吐き出す心の重みは何一つ消え去る事は無い。いつだってそうだ、彼は前だけを見ていた。

 何一つ変えることもなく、視線の先は常に西だった。どれだけの努力をしても、あの男はペナダレンと一緒にどこかに消えてしまう。分かっていた事だけれど、分かっていても耐えられなかった女は、いっそ西なんて消えてしまえと思っていた。


 掴む事を、手を取る事なんて、きっと彼女は出来無い。

 縛る以外の方法で、あのヒサシゲが動けなくなるなんて、そんな希望的観測は絶対にありえない。縛られてもきっと這っていく、だから四肢を切断し達磨にして、それでも足りないから檻に閉じ込める。ここまでして、彼を止めるしかないのだ。

 あの膨大な行動力からも分かるだろう。彼は彼である限り、絶対に諦めることをしなくない。だから彼女は願ったのだ、諦めてくれと、けれどもう無理だ。


 今までなら、ヒサシゲはポーオレの事を考えただろう。だからこそ何度もプロポーズをした、だが今はもう何をしようとも意味がない。あの風来坊はもう止まらない、絶対と彼女は言い切れてしまう。

 世界が回るように、星が球体を象るように、彼のあり方はあれが自然なのだ。だがそのあり方の隣に、きっとポーオレはいない。何故なら、彼は一人で十分なのだ。


 わかっていた事実であっても彼女には認められる訳がなかった。

 だから彼女は使える手をすべて使う。勝手にどこかに行く、大馬鹿者を相手にするにはそれぐらいでなければどうにもならない。

 ポーオレとヒサシゲ、どちらも化物と呼ぶには何ら不足のない精神性を持っている。でなければ、あんな暴走機関車相手に戦おうなど考えない。そして超常とも言える才覚を理解していながら後退を考えない等という事は起こりえない。


 どちらもがその行動を起こしたのなら、もう何もかもが台無しになるだろう。

 始まりは、汽笛の音が響くように、動き出すことが決まってしまった盤面は、ただ夢と夢の潰し合いだ。

 そこにもはや妥協はない。今までしていた二人の探り合いも、牽制もきっと存在しないのだ。一体何のためにこんなことが起きたのだろう、などと人は思っている事だろう。


 相手を馬鹿にするためで、夢の為で、何より負けたくない相手が二人にいるのだ。

 つまりは私情、我欲、我侭、なんでもいいのだが、つまりは個人のエゴに過ぎない。ただそんな事なのに、今このクルワカミネの世界は台無しになっていく。

 せっかく整えられた箱庭が、たった二人のエゴで道を踏み外す。それはレールを失った要塞列車にとっては皮肉な事だろう。列車の価値を無くして居るはずなのに、決まったレールの世界で生きていたのだ。


 だからその狂ったレールが破壊されて、脱輪して横転する。つまりは、今の箱庭の世界となんら変わらない。ようやく世界は正しく、間違えて狂ったのだ。

 子馬たちが跳ね回る。まさにバカ騒ぎの乱痴気騒ぎだろう。それがただし世界には必要だったというだけ、それが何を意味するかなんて誰もわからない。何しろこんな馬鹿らしい事が起きた所で、クルワカミネは結局何も変わらないのは間違いないのだ。


 ただ今だけ等しく全てが馬鹿馬鹿しいと言うだけ。人の営みなんざそんな物だと、コケにする様に、たった二人は動き出していた。憤慨する王様も、呆れ果てて憧れすら抱くお嬢様も関係ない。

 こうなってしまえばもう、止まれない。誰一人ブレーキ等という言葉を覚えていないのだから当然の事だが、そもそも動き出すというのは、目的を成し遂げるために自身が、そうあり続け様とする精神性を意味する言葉だ。


 赤い掌握が終わる頃、ポーオレは動き出し大老を呼び起こす。

 数時間前にヒサシゲが行った、コルグートの商品バラ撒きに端を発する騒動が終わったわけでもない。前提からして、既にヒサシゲは一人を敵に回していた。

 ヒサシゲの師にして、この世界で最もと前置きをしておくべき存在だ。ヒサシゲを超える錬金術師ヘルメス・トリスメギストス、弟子でアレぐらいを行えるのだ、その師ともなればどういう事になるか、なんとなくだが予想がつくだろう。


 災害が一つ参戦するのだ。きっとそれを知れば、コルグートにだけは逃げの一手しか思いつかなかったヒサシゲは、顔を真っ青に染める事だろう。そういえばそんなヤバイカードがあったと、あれならポーオレに遅れを取らないのは間違いない。

 しかし今は嫌がらせの絶頂だ。絶対に覚えていないし、そもそもそういうことを考えてなどいないだろう。ヒサシゲが物事を計画して行ったところで失敗以外の可能性しか思いつかないぐらいには、彼と計画性というのは水と油だ。


 彼の感性の全ては、あの赤い大地に対応しているといってもさして不思議ではない。

 万能結晶によって、何もかも異様の一言である世界は、計算など意味がない。何より計画など価値がない。

 その場の勢いと、一瞬を見切る感覚、その二つが最も重要であり、それがないなら轢殺されるだけだ。だからこそヒサシゲは、この土壇場であるはずの現状でこそ光り輝く。なぜなら土壇場こそが彼の独壇場なのだ。


 ある意味では、コルグートと言うカードは、ヒサシゲに水を与えてしまう可能性があるとポーオレが考える程度には、観測塔の上で暴れている男は、精神を削るような土壇場でこそ本領を発揮しする。

 面倒な事だが、追い詰めれば追い詰めるほど、彼は生き生きとしてきて、かつその状況で勝利を引きずり出しかねないのだ。確実にネズミが、猫を殺すような、そんな馬鹿な事を実践してしまう。


 けれどポーオレは、そうやってヒサシゲの事を考えている時間が楽しかった。

 赤い大地に奪われようとも、自分のヒサシゲに対する思いが変わらない事を喜んでしまう。何より彼の敵になれる人間は、自分しか居ないのだと、理解してしまったから。

 あんな面倒事を引き連れて、迷惑をかけまくる天才と対等に渡り合えるのは、絶対に自分だけだと自負してしまう。それは独占欲を満たすような、そんな浅ましい行為だと彼女自身自覚しているが、その程度の事が嬉しいと思えるほど、彼と彼女の距離は離れているのかもしれない。


 必死になるなんて、久しぶりだと笑いながら。ゆっくりと彼女の視線は細くなっていく、ただコルグートを使った所で、自分が勝てるかどうかは怪しいのだ。だから最高の盤面で、最大の効果を発揮するだけじゃ足りない。

 そこにさらに予想外の結果を用意して、彼女にとって最高である必要があるが、ヒサシゲにとっては最悪じゃあダメなのだ。彼の土壇場の強さは彼女が一番よく知っている、かつての三巨頭襲撃事件の時ですらそうだったのだ。


 監禁されていたはずだと言うのに、気づいてみれば列車王のコレクションが置いてある屋敷は壊滅している。男の本当の意味での価値を知りたかったら死地に放り込めば、そいつの本質がよくわかるという。

 死に瀕して成長するか、ただ殺されるか、ヒサシゲは確実に成長を引くのだ。

 その成長分を彼女は、用意するわけには行かない。確かに総合力なら負ける気はないだろうが、その成長速度が土壇場ではヒサシゲが上だ。

 可能性を用意してはいけないと分かっているからこそ、ただ呼吸を吐いて意識を巡らせる。必要最低限の行動をしながら、最善手ではなく最も確実な方法だけを選別していく。最後の締めは決まっている。

 だからそこに持っていくための布石を用意しなくてはいけない。


 その締めこそが、この馬鹿騒ぎの最終局面になるだろう。

 血反吐を吐きながら、ヒサシゲの所為で被った損害の補填をしようとしているコルグートに渡りを付けようとするが、そう上手くは行くものではない。


「ポーオレ君、君は家の娘を攫った男の幼馴染だそうだが」

「はいその通りです旦那様」


 彼女にはその前に対処しなくてはいけない男がいる。

 クルワカミネの王様という難関が目の前にいるのだ。そもそもラディアンスが攫われたのはポーオレの目の前で、首謀者は幼馴染で何度もプロポーズされている関係だという。ポーオレが断っているという事も、王様は知っているのだろう。

 つまりこのヒサシゲの暴走は、ポーオレから振られた腹いせの可能性がある。娘はそのとばっちりを受けたのではないかと聞いているのだ・

 

 「ついカッとなってやった」が、事実でありそれ以上の理由はないのだから、ポーオレもなんと言って良いものかと悩む。ヘタをすれば共犯扱いにされかねない状況だが、彼女はひどく冷静だった。

 と言うよりも、この程度の予想はついて当然だった。

 こういう事に期待するだけ無駄だ。自然をヒサシゲは人に対して嫌がらせをする。それが敵であるなら確実にだ。


 分かっていれば、対処の一つや二つ浮かぶ。何より遠因があるとするなら、目の前の男がすべての原因ではある。自業自得とも言えないこともないが、ハズレを引いたくじ運が一番悪いだけだ。

 だがこの世界で、目の前の男に逆らうという発想が出ること自体が、本来は奇跡に近い代物であるのだから、あまり悪いと声を大にして言えないのも仕方ない。


「それに関係して、この不始末の責任として、職を辞して壁外で暮らそうかと考えています。流石にこの度の事で、私に対しての信頼はなくなったでしょうから」

「そうか……それは、確かにそうだが、君ほどの人物を失うと考えると、二の足を踏みたくはなる」


 元々辞めるつもりだったクセに、平然と今回の不始末として、職を辞す決意をしたように見せかけた彼女の心臓もかなりアレだ。

 だがこの王様、別に無能ではない。むしろ名君や賢君と言ったほうがいい人物だ。顔色ひとつ変えず冷酷な判断を下す事もある為、能面などと呼ばれたりはするが、力のあるものは壁外であろうと引っ張ってくる度量のある人物だ。


 敵にした奴がバカだったのが問題だっただけだ。

 未だに彼女の能力を惜しむ事からも、人の才能を愛する人なのは間違いないが、ゆくゆくは娘の片腕として活躍して欲しかったのが本音なのだろう。

 ポーオレの素質に惚れ込んで、壁外の住人である彼女を教育係として選択するあたり、本当に彼女には期待していたのだ。力のない声は、その落胆を意味している。

 この王様が彼女という逸材を手放す惜しさを覚えていること自体が、彼女という人間に対する最大の賛辞でもある。


 こういう部分で衣を着せない雇い主の性格を彼女は好ましいと思うが、それと同じくしてよくもヒサシゲをという恨みがない訳でもない。それ以上にご愁傷様と思う気持ちが強く、さらには利用させてもらって申し訳ないと、少しばかりの罪悪感がもたげてしまう。


「だが、ゴリ押ししてどうこうなる話ではない。すまない、君の栄達を叶えてあげる事は私には難しいようだ」

「仕方ない事です。彼が自由な人である事は知っていましたが、あそこまでとは」

「あれを予想しろなど、父上にも出来ぬ事だ。だが流石にこちらもあそこまでコケにされては、容赦などすることもままならない。慈悲のある採択などを期待しないで欲しい」


 言外に殺すと言っているわけだが、それに対してポーオレが思っている事など、できるものなら、と言った程度のものだった。

 彼は名君だし、対応も一切間違えないだろう。だが、相手が悪すぎる本来なら妥当な判断も、非常識が常識的な対応でどうにかなる訳がない。常識と相反する常識だからこそ、人は非常識と呼ぶのだ。


 ヒサシゲはその根源のような特性を持っている。

 相手と自分の認識の間を容易く突く。そんなありもしない能力のようなものを、確かに彼は手にしているのだ。天性の嫌がらせの才能といったが、結局はこれが彼の特性なのだ。

 相手の思惑を絶対に裏切る資質が本質であるが、今までそれは嫌がらせにしか使われなかった。有効活用という意味では間違いないかもしれないが、大事になればなるほど、その本質は厄介なものに変わっていく。


 そのような思惑ヒサシゲなら蹴飛ばしてくれるという確信がある。

 だから彼女はその言葉に少しだけ不快感を示した。

 侮られていると、自分が何年かけてもどうにもならなかった相手を、どうにかできると勘違いしている名君の思考が、彼女は許されるものではなかった。


「分かっております。……ですが」


 本来であるなら自制するべきであったこともポーオレは自覚していた。

 その行為はヒサシゲを追い詰める行為であると自覚があったからだ。それはつまりはヒサシゲを成長させ、さらに彼を厄介にしかねないと分かってはいた。

 だが、自然と口から出てしまったものを、止める事ができるはずはない。


「気を付けておいた方がいいかと。仮にも壁外の無頼の中でも、壁内に呼ばれる三人の隙を付き、現在もなお私達の予想を超える男が、容易くどうにか出来る訳がないと。愉快犯であろうとあも、そうでなかろうとも、本質は相当に厄介な者だと考えておくべきでは」


 酷く冷えた声だったと思う。内心では失敗したと舌打ちする彼女だが、感情に揺さぶられるのは人間の常だ。それはどれほどんと天才だって変わらない、感情に揺れない人間がいるのなら、それを人は機械と呼ぶのだ。

 だがその震えで一瞬だが名君すら飲み込んだ彼女の声は、相手を侮るなと言っている訳じゃない。ヒサシゲを低く見るなと言っているだけだが、当然のことながら名君に侮るなという意味に意外聞こえなかっただろう。

 沸点が日に日に下がっていく自分の現状に若干だが戸惑いを覚えるポーオレだが、吐き出したつばは飲み込めやしない。何よりその迫力だけで、一つの世界の王を圧倒してみせた彼女の威は、それだけの忠言だと王に勘違いさせた。


「侮るか。二代続いたクルワカミネも、まだ完全ではない証明か、すまない少しばかり立場に甘えていたようだ。そのような忠言の出来る者をみすみす手放さなくてはいけないのが惜しい」

「最後の奉公だと思ってもらえれば、それだけで十二分です」


 勘違いしてくれたなら儲けものだと、心では喜んでいるが、この当主がいるうちはきっとクルワカミネの世界は続くだろう。

 次代は知った事ではないが、能面と言われる男の本質は、どこまで素直で謙虚で冷酷というだけだ。そんな男の下に居られたことを恥じる事はない、むしろ自慢にすらなるだろうと考えるが、自分はそんな男を確実に裏切るだろう。


 なぜなら、それを捨ててもヒサシゲの方が価値があると彼女が信じるからだ。

 まだヒサシゲはその価値を誰にも見せていない。ただ過去の御伽噺の一つを現実に知らしめただけ、だがそのくだらない言動が、御伽噺の本質を見いだせていない。

 人々がその本質を見出せば、その男は狂人であり、驚異であり、赤い大地の象徴になるだろう。

 目に見える恐怖が蘇るのだ。

 東からの風が吹き荒れ、西に迎えと彼らを追い立てるだろう。


 しかし彼はそれを良しとはしていない。

 西に向かうのは内なる発露でなくてはいけない。必死に叫びを上げる願望でなくてはならない。恐怖は恐怖を助長し、その感情が人をつまびらかに切り裂くだろう。

 とはいえ本人は自分がそんな存在であるなんて思ってもいない。自分の本質を認識できる人間など、存在するわけもないのだ。


 ただそれを傍から見る人だけが、なんとなくだがそれを認識してしまう。

 そしてその目を通してみて、自分を自覚しない人間の本質を見出して、それに見惚れてしまえばもう負けなのだ。

 

「間無く、緩み無く、ただ王道を持って進めてください。最もそれが効果的でしょうああ言うたぐいの人間なら」

「そうか、君の言うことなら間違いはないだろう。あれの知り合いである君が言うのなら、さらに信用出来るそれが上策のようだ」

「私が裏切っているかもしれませんよ」


 無難かつ対処が難しい方法を選べと言っているだけだが、それは正解だろう。ヒサシゲの性格がそうであれば、奇策などは下策に変わり、ただ確実性を求めれば、対処できる方法はそう多くはない。

 何よりそれによって、ポーオレは自分を忘れさせる事が目的であった。

 ヒサシゲからだけではない、このクルワカミネという舞台から存在を消したかったのだ。主演であるはずの彼女は、自分を意識させるわけには行かなかった。


 できる限り、裏方に存在しなければ、ヒサシゲはその嗅覚で彼女の嫌な場所に的確に何かをしてくる。彼と戦うなら、出来うる限り直接戦うのではなく、徹底的に戦わないことを選び、確実に首を取れる一撃を持って抵抗させる間もなく、首を刈り取るのが最も上策だ。

 彼女は嘘はついていないし、確かに立場上はクルワカミネを裏切ってなどいない。だがポーオレにとっては、クルワカミネなどと言う器は道具に過ぎない。


 罪悪感を感じずにはいられないが、それでも利用する事に対して躊躇いはなかった。

 彼女にとって勝てるかどうかわからない相手、まして自分の将来が決まるのだ。ただちょっとした永久就職の為の就職活動だが、それが彼女にとっては最も難しい職業なのだ。


 だから先ほどの失敗を挽回するのではなく、さらに自分にとって有利な状況に変える為なら、彼女は手段など選ばない。


「冗談を、クルワカミネを裏切ってあの赤い大地に挑むとでも、君がそこまで愚かなはずがないではないか」

「そう、ですね。確かにそこまでの愚か者なら、死んでしまった方がまだましです」


 私はそんな馬鹿に惚れましたと言えたら、どれだけ目の前の王は驚くだろうか。

 悪戯心がもたげるが、それでこれ以上の台無しを作り上げては、流石に状況は理解に及ぶ所ではなくなる。策というのは、第三者視点によって作られるべきなのだ。

 つまりは観測できる場所で、なおかつ自分には無関係であることが肝要である。感情が混じらなければ混じらないほど、それは鋭利な刃物用にその用途だけに練磨され無駄が消える。


「だから信用に値したんだ君は、しかしこれ以上惜しんでも仕方ない。ことが終わるまで、壁外でいいので謹慎していてくれ、それなりの金は振り込んでおく。当面の生活は困らないだけの金はいるだろう」

「ありがとうございます。一応ですが権限の削除などもお願いします。また、私が壁内から出るまでの監視も、最低限私を信用していないというポーズを見せておくべきです」


 自分の処し方とは言え、ここまで自分を捨てて忠を尽くしているように見えるのは凄まじいが、彼女からしてみればどうせ裏切るのだから、元になるとは言えクルワカミネの面子をこれ以上潰すつもりもない。

 なによりこれ以上舞台に上がる必要も理由もない。次に上がる時には、最上のタイミングと最高演出の時だ。ただ舞台裏でこそこそ悪さを積み上げて、気付かれない一瞬を使って台無しにする。


 浮かぶのは結局は自分と彼の関係を決める為の賭けだが、それで彼女はいいと思うし、ヒサシゲがあの赤い大地に挑むことに命をかけるなら、彼女の命の賭け時はここしかないと断言できるのだ。

 人は誰もが同じ夢を抱くことはない。仮に同じ夢があるとしても、それは限りなく近いけれど、違う夢というだけだ。だからこそ人は夢を見る者に対して、常識を説き反発するのだ。そして人の夢を食い潰して自分の夢を叶えようとするのだ。


 夢は人の夢を食らってこその代物だ。誰かが空を飛んだとき、誰かが空を飛びたかった夢を食い潰された様に、夢を叶えること自体が夢を食い潰す行為であるのだ。

 だからこそ三毒を克服など彼女はしない。それなくして人が人であるのかと問われて、どう答えるかこそが大切なのである。


「わかった。この件のほとぼりが冷めれば、また君を誘いたいと思う。その時には来てもらえるかい」

「いえ、これを機に私も女としての幸せを掴みたいと思います。ですが、私の子供にそれ相応の才があるのなら見出してもらえると嬉しいです」

「そうか……残念だが、才能を見せてもらえばと言う事になるだろう。私は能力いかんでしか人を見ることしか出来無い視野の狭い男だ。それでいいのなら、喜んでと言おう」


 自身の不明を自覚して、これだけ素直な対応ができる人物というのもちょっとした異常なのだが、それを自覚しながら欠点と思わせないその性分も相当なものだ。

 流石は戦後二代で、ここまでの世界を気づいた人物の一人なのだろう。能力主義の塊みたいな男だが、今この世界に必要なのは即戦力であり、後進の準備もしているが安定させるための基盤を作り上げる時期だ。


 その為に優れた人物を欲しがるのは仕方のない事だろう。

 いくら無能が生まれても回る世界。クルワカミネの王様が求める世界はそういうものなのだ。

 だからポーオレも王様のらしい言葉に、頭を下げた。騙してごめんなさいという謝辞を内心に浮かべながら、分かっていましたとでも言うように。


「いえ、それで十分です。今までありがとうございます、この件が終わったらお嬢様にもお別れをしないといけませんが、その時に合わせて頂けますか」

「当然の事だ。師が弟子に対して別れを言わないのは、弟子が逃げた時か、師が死んだ時だけだ。そのどちらでもないなら、別れを言わない理由はない」


 君に含むところはないという事を言外にいいながら、誘拐犯の知り合いでありながら、会う事を許してくれるという態度に、まだ王様が彼女のことを諦めていない事を知るが、その機会は二度と訪れない。

 ポーオレの才能に本当に惚れ込んでいたのだろう。いじましいと言うか、諦めが悪いというか、どちらにしろ王様はもう一度大きくため息をつく。


「ありがとうございます。ではこのあたりで、私も壁外に戻りますが、くれぐれも王道を持って進めてください。私が知る限りの彼であるのならそれ以外の選択肢は、絶対にしてはいけません」

「分かった、厄介な人物であるが君がそこまで言う男なのだろう。もしもの事があれば、改名ぐらいはいくらでもする。どうもあれは愉快犯の気が強すぎる、喜んで改名してやればそれはそれで嫌がるかもしれん」


 多分ではなく、絶対に嫌がる。

 この王様の選別眼は異常すぎると、ポーオレは驚いてしまう。

 しかしだ、そもそも自分を見出してくれた人物だ。あのヒサシゲの本質を見出してしまうのも仕方がない事なのかもしれない。


「あながち間違っていないかもしれないのが、彼の怖いところですよ」

「愉快犯というのは面倒この上ない。意味がないのに、やってる事だけは騒ぎになる。これが終わったら、ラディアンスには厳しい態度を見せる必要がありそうだ」

「ほどほどに、あのお嬢様は頑なです。何よりこの自体に反省していない筈はないですから、お嬢様は本質的には聡明なお方です」


 表面上は馬鹿であるが、と口走らせてしまいそうになるのを抑える彼女に、さすがの王様も苦笑している。

 愚かではない、何より馬鹿でもない。ただ本質は聡明だといったが、それと同時によりにもよって彼女はヒサシゲに似ているのだ。それが彼女にとって評価を下げる原因でもあるが、そのあたりの矯正はした筈だがポーオレは、それすら怪しいと見ている。


 ヒサシゲはラディアンスが誰よりもなりたい自分の想像図なのだ。

 夢に向かい、ただそれしか見ない男が、お嬢様にとっての目標である。それと一時間以上もいてその生き様を魅せられて、汚染されないかといえばポーオレは無理だと断言するだろう。

 だが彼女はそれを言わない。

 ヒサシゲにあった時点で無理だったのだ。ラディアンスの変貌は彼女の中では決定事項で、もはや矯正などの無意味なっているだろう。


「やはり父に似ているのか。英傑の才能はありそうだが、統治者としての才能が怪しいのか。気質が完全に開拓者向きなのだろうが、あいにくとそれを認められる世界ではないのだが」

「第二子に任せるのも手ではあると思うのですが」

「生まれればそれも考えているが、君の育てられた娘というのが惜しいのだ。まだ生きているうちに考えるが、その辺は流石に君に教える事はできないよ。これ以上は口が滑ってしまいそうになるからやめておこう。

 すでに壁外までの監視を兼ねた護衛の準備も出来たようだ。今までの忠勤感謝するよ、もし結婚をしたら連絡をしてくれ、君の慶事は心からお祝いしたいからね」


 しかし彼女の相手は、目の前の男にビーフジャーキと改名しろという男だ。

 絶対に祝ってくれるとは思えない。それは仕方のない事だが、ここまでいい人だとポーオレも忍びないと思ってしまう。

 だが裏切り者のそしりを受けても欲しいモノがあるのなら、他人の信頼も何もかもを捨ててでも欲しいと思えるなら、彼女は自分を曲げる事が出来無い人間なのだ。


 分かりづらいならこう言うべきだろうか、所詮ヒサシゲもポーオレも同じ穴の狢。

 自分のためなら他者の事なんて関係ない。エゴの塊の一人というだけの事なのだ。それを知らない王様は彼女に笑顔を向ける。

 能面と呼ばれるには本当に相応しくない人物だが、彼はこの世界を安定させる夢を持っている。だから必死になって努力を惜しまないし、それだけの力をふるう事に躊躇いもない。つまりは彼も変わらないのだ。


 ただの一文字に込められる意味は、きっと文字だけでは分からない。きっとそれ以上の何かが込められている。その重みを知るのはきっと自分だけ、そしてそれが大切だと思うのも自分だけ。

 だから人はその重みに狂う事もできる。それがある意味では個人を確立させることでもあるのだ。


 だから東から風が吹く、全てを焼き尽くす風が、赤い砂をまとって吹き荒れる。それは夢に向かう追い風だ。そしてその追い風を受ける知られない同類同士の会話はこれで終わり。

 王様とその部下が出会うのは、次はいつになるのだろうか。少なくとも、最悪の状況であるのは間違いないだろう。


 ポーオレは監視兼護衛によって壁外に連れられ、機会がなければもう壁内には戻ってこれない。そしてこれにより完全にヒサシゲはポーオレに対しての嗅覚を失うことになる。

 一番厄介な相手の気配を感じない恐怖は相当なものだろうが、好き放題やっているツケだ。そしてポーオレとヒサシゲの戦いの決着は、壁外になるのも確実となった。


 そして思惑通りにポーオレは最高の戦力である、コルグートの前に立つ事が出来る様になったのだ


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