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西果て鉄道運行中  作者: 斉藤さん
第一部 かつての要塞列車
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十三章 脱線事故


 静かに扉は開いた。二人の視線が絡む中でヒサシゲだけが、楽しげに笑っていたが、頭に浮かんでいるのは自分が失敗した事実だろう。

 人質だけでは改名など出来ない事ぐらい現段階で彼も理解している。

 王道を持って進めるという事は、もはや遊びの余地がなくなるのと同じだ。素人同士の戦いにプロを使うような大人気無さと変わらない。こちらに付き合う気がないと言う事をヒサシゲは理解している。


 こうなってしまえば、自分の娘ですら処断しかねないのだ。

 なにせこの王様はそれだけの事をしてきている。出来ないと思わせないという事実は、それだけで周りに一つのためらいを与えるものだ。

 しかしヒサシゲという男は、それを知っても踏み込んでいく。


 どんな事があっても嫌がらせだけは意地でもすると言う思考を一切捨てていない。人の夢を価値も無いとペナダレンを奪っていった王様に、意趣返しをしないなどという思考が存在しないのだろう。

 売られた喧嘩は全部買う男と呼ばれたヒサシゲの面目躍如だが、ここに来て何をしたいのだと、二人の被害者は固まったままであった。


 誘拐の被害者二人を目の前に付き合わせて、それを楽しげに見ているだけなのだ。本当に彼が何をしたいのかさっぱり理解できないだろう。

 戸惑うように、父と誘拐犯の間を行ったり来たりする視線が、ラディアンスの混乱をわかりやすく証明している。さらには、状況を理解する数秒の間、流石に動揺を隠せなかった王様は、表情を変えないまでも大きく目を丸くして何が起きたのだと戸惑っていた。


 その表情に目を細めた彼は、抑えきれない口元の緩みを手で隠す。

 彼の態度に気付けば何が面白いのだと二人は思うだろう。だが、この盤面を自由にできる優越感を感じれば、ましてそれを台無しにする特権を得る事が出来るのなら、人をおもちゃにする権利を手にしたのと変わらない。


 後退がないなら、あらゆる方法を持って彼は目的を遂げるようとする。

 結局はヒサシゲという人間に嘘はない。あるのはただ目的を遂げようとする意思だけだ。

 だがそれが厄介なだけ、彼は人の予測ではなく自分の願望で全てを台無しにしようとする。


 夢の為なら彼はポーオレを殺すと言う人間である。

 何よりそれが嘘ではない。当然の事だと言い切るだけの価値観を持っている。夢の為なら仕方ない、それはこの世界が作り上げた一つの異質だ。この地獄のような世界の楽園だが、それでも外に飛び出そうとする意思は有り、生き延びるための手段を必死に模索していた世界だ。


 生きる為に手段を選んでいられない。だからこそ時としてこんな物が生まれる。

 ただ願望のためだけに、その世界が滅んでも仕方ないと言い切る類の存在が。


 視界を狭めて、二人を覗きながら彼の思うことなど、どうやって嫌がらせをしてやろうかと言うだけの事。これだけの理由で彼は世界を滅ぼしかねない。よく狂気を語る人間がいるが、結局のところ正気を理解している人間は、どこまでも正気であるのだ。

 それを自覚できない人間こそが、本当の意味での狂っているのである。我々個とって正気こそこそが、彼らにとっては狂気の産物であり、異常者とも言える。


 そう言う意味では間違いなく、ヒサシゲという人間は真に狂った人間だ。


 状況は混沌としていたが、口火を切ったのはやはりというかお天道様だった。娘との会話よりは、誘拐犯というか愉快犯というか、全ての状況を台無しにし続けるヒサシゲに視線を向ける。

 怒気の篭った目と空気、眉間に寄った皺は彼に付けられた苦労のを刻んだようにすら感じられる。だがヒサシゲそんなものが価値があるわけもない。


「お前は何をしに来た」

「娘さんを預かっていますと、親御さんにご報告を」


 そもそも視点が違うのである。

 誘拐犯が堂々と両親の前に現れ、ましてやこんな言動を平然と言えるのだ。感性からして理解しがたいだろう。

 ゆっくりと緩む口元を手で隠しながら、もう一つあったとからかう様な素振りを見せる。


「あとは改名しないなら仕方ないだろう。全部ひっくり返してやろうと思ってな」

「何を持ってひっくり返すというのだ。お前ごときの行動でクルワカミネが揺らぐとでも」

「そりゃ揺らぐだろうよ。例えばだ、ここであんたを殺せばクルワカミネが死ぬ。ついでにそこの娘さんを殺しても変わらないだろう」


 それは事実である。要塞列車の生命維持やフィルター等といった機能の権限は、王様の血族だけにしか使えない。だからこそ反乱もないのだが、それを殺せば今はともかく不具合が起きた時など、復旧の手立てがなくなり要塞列車は崩壊する。

 だからこそこの箱庭は一定の秩序を作っているのだ。それを滅ぼす事を躊躇わなければ、やり様はいくらでもある。


 最も発想で浮かんだとしても、人間と言うのは死にたがる存在ではない。

 しかしヒサシゲに関しては違う。ラディアンスはヒサシゲの本性に近い部分を一度見ているから、その言葉に躊躇いも偽りもないことを知っている。

 彼はやると言ったらやろうとする。そのあとの結果など、起きたものは仕方ない程度の感覚だ。


 人を見る目に優れているお天道様は、ヒサシゲの言動に偽りのない事を見切って口篭る。

 その行動一つ一つにヒサシゲは満足そうだ。


「よっかったな、俺がテロリストじゃなくて愉快犯で」


 けらけらと笑うヒサシゲは、ここで自分がどういう存在であるか相手に見せつける。

 自覚はないだろうが天性の嫌がらせの素質を持つのだ。相手の嫌がることに関しては自然体でやってのける。


「そう怖い目で見るな、人殺しなんざしないっての。そんなつまらない事なんて、あれをするのは一回で十分だ」

「一回はした事があるんだ」

「当然だろう。俺は壁外の住人だぞ、そういう世界に生きている」


 最もだが、彼が人を殺したのはあとにも先にも、三巨頭襲撃事件の時だけである。

 しかしその結果が今の彼を作っているとも言える。彼は人殺しをつまらないと言った、それは罪悪感などを感じないという事でもある。

 面白ければしていたと言う裏返しに過ぎない。つまらないか、面白いか、これが絶対基準であるのなら、ヒサシゲの行動はどこかで全てを台無しにしていただろう。


「それにここに来たのは、別に問答をするつもりがあるからじゃない。

 あんたの嫌がる事をするためにいるんだ。改名ごときで娘を殺そうとした、愉快痛快な王様にな」

「気付いていたのか。最悪を考えて行動することの何が悪い、このバカ騒ぎの発端も家の娘の暴走だ。これがクルワカミネの上に立つ理由が思い浮かぶか」


 かなり厳しい言葉だが、言われている事に特に否定できる部分はない。

 ヒサシゲの言葉を否定しない父の態度に、かなりショックを受けているなかでのトドメに近い言葉に、彼女は顔を青くさせて俯く。目に涙を貯めているようだが、誰ひとりとして彼女の様子に言及する者はいない。


「そりゃそうだ。上に立つなら、このお嬢様は役にも糞にも立たんだろう。俺があんたの立場でも変わりゃしない態度をとる」

「損得の取捨選択ができる程度の知能があるくせに、よくこのクルワカミネに喧嘩を売る所業が出来る」

「そりゃ逆だ。そっちが喧嘩を売るから俺が買ったんだ。とはいえ感謝もしているんだぞ、正直俺は、前向きとは言い難い行動をとり続けていた。それを自覚させてくれただけで感謝しているが、クルワカミネ程度に遅れをとって夢を目指せるとも思えない」


 ここで退くという選択だけはヒサシゲには選べない。

 負けず嫌いと言うものあるだろう。西に挑む以上この負け犬の世界から逃げ出すというのも認められないのもある。

 だがその一切合切を含めても結局はただの意地であることには変わりない。何より彼にとって最大の敵と言える人物はポーオレなのだ。


 挑み続ける自分以外で、彼女に勝てるビジョンなど浮かびもしない。

 いつも一緒にいた、そして別れて二年それだけでポーオレは自分の手の届かない存在になった。

 壁内で何を知って何を手に入れたのかはわからない。だが、彼女に置いていかれるのはしゃくにさわる。その程度の感情であることは間違いないが、彼にとってはそれだけで、世界に喧嘩を売るに足る理由だ。


 現状で理解している。彼はポーオレに劣り、このままでは間違いなく負けになると。

 そうなっては何の為の暴挙だ、何の為の人生だと、ヒサシゲは鼻で笑うだろう。


 彼女と戦わずに逃げるという選択肢はもはやない。最大の敵と戦って勝利しての挑戦、所詮この世界の中で起きることはどこまで行き着こうとも前座に過ぎない。

 その前座から逃げるなどと、考えつくはずもないのだ。劣っているだろう、負ける可能性の方が高い、そんなことは然したる意味はない。ならば戦い方を変えて、それでも及ばないなら勝てるまで成長するだけだ。


「結局はふるいだ。俺が夢に足る存在か、それを西に問うための」


 変わらない人だとラディアンスは怒り狂う父を見ながら思う。人から次々に覆されるはずの無理や無茶を自分にとっての試練だと思っているのか。だが笑いながら言う態度は、ただの嫌がらせのようにすら思える。

 どちらも正解だろうが、けれどもこれが開拓者なのだ。西に向かう意思だけで固まった命知らずではなく、命すら道具の一つとしか思っていないロクデナシ。その極点がコイツなのだ、ここまで価値観が狂って初めてあそこを目指せるのだと考えると、ラディアンスはすごいと納得するしかない。


「正気の沙汰とは思えない。だが先代の狂人達の残滓か、なぜこうも揃いも揃って西へ西へと、結局は何もないと言うのに一体何を求める」

「俺からすればこの世界が狂気の沙汰だ。なんでお前らは揃いも揃って西を目指さないんだ。何もかもがあちらにはあるぞ」


 二人の会話自体がズレすぎていた。

 ここまで価値観の差があれば、もはやコントも良い所だ。いっそ映像を流してシットコムにでもしてやればまだ笑いが取れそうだ。

 王様と反逆者の会話はその程度には無駄であった。どちらもがその主張の意味を理解できないのであれば、会話は暴投しかない誰も取りに行かないキャッチボールである。


 まだ受け止めようとするだけドッジボールの方が会話をする価値がある。

 この二人は前提から無意味なのだ。二人が二人して何を言っているのかが分からない、ヒサシゲはジェイルドが狂人に見えて、ジェイルドはヒサシゲが狂人に見える。

 お互いがお互いを狂人としてしか認識できない。ヒサシゲにとって西を目指そうと言う発想が浮かばない理由はなく、ジェイルドは西に向かう理由がわからない。だから会話が通じるはずもない。


 知っているはずの言葉なのに、伝わらない言葉にラディアンスは知らずの内にかすれた笑い声をこぼす。自分でも知らずの内に漏れた言葉は、一体何の代物だったのか。

 一人分かっている男は、視線を一度彼女に収めると、それはそれは楽しげにご愁傷様と言っていた。


「君と話にならない。価値観の一切が違う、同じ人間とは思えない」

「それはこっちのセリフだろう。似ているだけで人間なんてのは大なり小なりおかしいもんだ。自分がまともと自覚している奴なんてのは、その事実が狂っていると言ったって差し支えない」


 そうだろう弾んだ声で言いながらヒサシゲはラディアンスに話を振る。

 先程から彼女を見ながら笑っていたが、こんなタイミングで振られるとは思っていなかった。

 だが納得する部分もある、よく聞きよくある言葉だ。


 みんな違ってみんな良い。聞こえのいい言葉で、人を個人と捕らえる内容だ。

 つまりは同じ形の人間も精神の人間もいない。そこに普通の入る余地がどこにあるのだろうか。

 クルワカミネの為に身命を賭す覚悟をしているジェイルドだって、ラディアンスから見れば正気とは言い難い。能面と呼ばれるにはそれだけの決意を狂気ではないのかと問われて果たして人はどちらを答えるだろうか。

 厳格たる態度を持って政界を運営していく姿だって十分に狂気に見える。


「分からないよ。私に振られても」

「俺もわからんよ。人の心なんてのは、理解する意味もないしする価値もない。そもそも人同士の問題どころか大体の問題は、とりあえず殺しておけば足りるんだよ」


 なんだってそうだ。現代社会だってそうだろう、とりあえず殺しておけば解決する問題ばかりだ。究極的には自分が死ぬだけでその煩わしさから逃れる事ができる。


「最も俺は、そんな方法はつまらないとは思うけどな。なんで一番簡単な方法を使う理由がない」


 ヒサシゲはつまらないと否定するが、結局はそれが短絡的だが最高の解決法ではある。

 実際にヒサシゲは虐殺という形でクルワカミネを台無しにする事は出来る。演説の際の通信関係のジャックなどがその典型だ。

 彼は壁内中の単一結晶を掌握できると言っているようなものなのだ。それを毒物に変えてもいい、爆発させたっていい、それだけでここは終わるだろう。

 それだけの説得力のある言葉だ。


「その程度の理由で、私の最悪の懸念は行われなかったか」

「この場合の最善の方法ってのは、この上なくつまらない結末って事だ。面白みもクソもない、一+一が無限大と言っている方がまだ笑える」


 生きているという楽しさを彼は誇る。この苦境や馬鹿馬鹿しさ、何もかもが結局は生きている限り感じられる最大の娯楽だ。

 これを不用意に奪うなんてのは、なんともつまらない結末であったというだけ。襲撃事件の際に彼は嫌というほど感じ、結末の際には退屈さに首謀者たちの命を奪う気すら起きなかった程だ。


「それに関しては私も同感だ。これだけ有用な物を無駄に消費する事がどれだけの無益か」

「それでもあんたは動くしかないだろう。こうやって共通の話題が出来たとしても、クルワカミネの屋台骨を台無しにする訳には行かない。クルワカミネに喧嘩を売った大馬鹿者に対して、それなりの態度と結果を見せなくちゃならん。

 お互いにそう言う意味では狂っているだろう。これだけ理解してもやめる訳にはいかない」


 ここに来てまで嫌味を忘れない事は素晴らしいとしか言い様がないが、結局二人はお互い様であると思ったのだろう。


「当然の事だ。お前は西に行くのを辞めろと言って辞めるか」

「出来る訳がない。それはお前にこの世界を維持するなと言っているのと同じだろう」

「これほど相互理解出来た相手はいないが、それがよりにもよってこんな奴とはな、まだまともな相手がいてもいいだろうに」

「それは無理だろう。どうあっても俺とあんたは敵同士だ」


 それだけは間違いない。

 ヒサシゲは絶対に許さないペナダレンを奪った目の前の王様を。そして王様も国を乱した愚か者を許す訳には行かない。

 結局立場は何も変わらず、理解し合ったところで何も無い。ただ王様に少しの自覚が出来たぐらいだろう。

 今の自分の統治ではこんな男が現れてしまうという事実。それは唾棄するべき内容であり、認めてはいけない代物だろう。


「俺はあんたの様な人間は嫌いじゃないが、こんな面白い敵もこの世界じゃ二人が限界だ。

 こういう簡単に折れない奴に改名させるのは楽しみだが、正直手詰まりだ。これに関しては負けと認めるしかない」

「それで捕まって有機資源になるのが望みか」

「そんな気なんて無い。なら別のベクトルからの嫌がらせにするだけだ」


 少しの会話でも分かる事だ。

 どう考えた所であれが諦めるという言葉を使う訳がない。ただで転んで納得するぐらいなら、ここまでの大事を起こす筈もない。

 面倒な人種の一人であると自分に自覚さえできない男は、頑強であった王様の表情を崩したことを喜ぶ。


 分かっていた事に驚くわけではない。諦めなかった事に呆れたわけでもない。

 ヒサシゲの言動から次の展開を読んだだけに過ぎないが、その中で予想されたものが彼にとってはどうあっても厄介なシロモノであると感じてしまったのだ。

 自分の嫌がるような事は全てクルワカミネに繋がる事である以上、既に彼は弱点を晒し続けているのと変わらない。


 それを読まれている以上は、傷口に塩を練り込むぐらいの事はやってのけるのがヒサシゲであり自分である。そう納得してしまえば、やる事なんて容易く予想がついてしまうだろう。

 この場面までどうあっても蚊帳の外にしかいなかったお嬢様の視線が向けられる。


 どう言い繕っても自分が完全に操る事も出来ない次世代にだけは、ヒサシゲだって干渉の余地があるのである。自分にとって最大の痛手である娘をここまで無視して来たが、改名ではなく嫌がらせに重点を置いているとは思っていなかった当初の自分を殴ってやりたい衝動に駆られていた。


「性格が随分と歪んでいるぞ、矯正するべきではないか」


 負け犬の遠吠えを苦虫を噛み潰したような表情で吐き出す。

 弱点をさらけ出したまま戦うと言うのはこういう事なのだ。回避不可能な場面をいつか作り上げる、ヒサシゲほどに弱点を武器に変えているならともかく、ジェイルドはそこまで至る思考がなかった。


「幼馴染には白旗振られる程度には諦められているんだが」

「それは重傷だが、生まれた時から腐りきっているのか」

「それはいいな、確かに腐っている。夢に溺れて根腐れも良い所だ。だが足りないんだから仕方ない、薬物と一緒だ目指し続けなければ禁断症状が起きる」


 何度諦めても辞められない。

 ヒサシゲは声を大にして言い張る。彼の言葉はきっと狂気と正気の彼岸と言うものだ。


「こんな素晴らしい人生をかけるに値する最高の娯楽を辞める理由なんて見当たらない。

 命を浪費し続ける他人には無意味と言われても、これ以上に価値のある道楽を認める理由がない。

 その為ならなんだって出来る。惚れた女だろうが世界だろうが殺して見せてもいい、何もかもを台無しにして自分を殺したって何の問題もない。このためなら人類の命にも何一つ価値がないと言い切ってみせる。

 いいか、あんたはそんな俺の人生を賭け尽くす道楽を馬鹿にしてくれた。なら報復されないなんて思うな、俺はそこまで寛容でもなければ慈悲深くもない」


 夢を踏み荒らされた以上、自分の夢を無価値といった以上は、その言動の全てに責任を取ってもらう。ヒサシゲは願望に澱んだ瞳で笑いながら王様を睨みつけた。


「傲慢な物言いだな。だが私がまだ冷静だからお前が生かされているだけに過ぎないぞ」

「お互い様だ。だがそこだけは相互理解が得られただろう、命は大切だってな」


 意味がない、本当に価値がない。

 一人は道楽という観点から、一人は運営という観点から、そのどちらもが面白みも旨みもないと理解しているが、そのズレはやはり明確であっただろう。

 どちらも必要であれば行うくせに、二人は当然のように命は大切だと言いはるのだ。


 どの口が命が大切だとほざくとラディアンスは憤りを感じる。

 二人にとって命とは所詮は都合のいい道具でしかない。その程度の価値観から弾き出される大切さに何の意味があるのだと。


 だが自分にとってどう大切かと問われて、彼女は答えられる解はない。

 ヒサシゲにしろジェイルドにしろ、そう言い切るだけの自信と価値観があるが、ラディアンすにはそれ否定することすら出来ない。

 価値観を支える自信も、自信となる価値観もない。だからどこまでも頑強な二人の言葉に割って入ることが出来ない。


 お前ら二人の言葉なんて認めない。その一言を言うだけの力が自分にはないのだと認識させられる。

 ヒサシゲの言葉が思い返される。


 それで満足なんだなお嬢様、と。


 満足出来る訳がない。何かを決める決意がない、ただ決まったことを粛々とこなすのが彼女の価値であると認めて、あの二人の間に入っていける筈がなかった。

 二人の会話を聞くことも忘れて彼女は内に篭るように思考を繰り返す。

 認められない前提があって、だからといって二人が変えられるわけじゃない。けれどきっと彼女はヒサシゲよりの人間なのだ。


 あの西への執着を彼女は否定出来無い。でも、だからこそ、ヒサシゲと同じであってはいけないのだろう。彼と彼女は違う、人間は平等に不平等だ。

 だから発露という引き金を弾く為のは、自分という決意以外は存在しない。火花がちった、消炎の煙より先に音が響き、それより早く決意が駆けた。


 ただここで退くという選択肢が出来ない彼女は、やけっぱちのように声を上げた。


「どっちも馬鹿なだけじゃない」


 それが言葉になって響くのは、会話を切られた二人の表情が変わってからだろう。

 一人は悪戯の成功した子供のように、もう一人は驚愕を持って憤怒の限りを悪戯小僧に。

 体が震えるほどの怒りは声になって、何もかもを破壊してしまうんじゃないかと思うほどに低く響いた。


「これがお前の嫌がらせか愉快犯」

「ああ、そうだ。これが俺の嫌がらせだ」

「どういう事、二人が何を言いたいかさっぱり理解できないけど」


 娘が壊されたと自覚できたのだろう。

 こうなってしまっては、曲輪神根はおしまいだ。今はまだ踏み入れただけかもしれないが、崖に脚を踏み入れて落ちていく彼女にもはや処置の使用はない。


「そっちに引き込んだか、よりにもよって娘を開拓者に」

「ああそうだ。そうだとも、その顔が見たかったんだ。その為ならどんなことでもしてやれた。これで満足だ、これから先は思い残す事もなく西に迎える」


 また蚊帳の外だと思いながら、自分の心が軽くなったことに彼女は気付いていただろうか。何より自分がいま道を踏み外したことを理解しただろうか。

 あの二人はラディアンスを喋らせないように会話をしてきた。二人の内容ははっきり言いえば理解できない代物である。先にも語ったかが、価値観が完全に違うのであれば同じ言葉ですら通じないのだ。


 しかしラディアンスはそれを理解してみせた。

 それはつまり彼女もまた、誰とも違う道を歩みだす事の証明だ。そんな存在にクルワカミネを背負わせる事など出来るはずがない。

 次代の望みはここに砕かれたのである。それが故にジェイルドはヒサシゲを殺しても足りないと増悪を込めて睨みつける。


「それが自分の夢をコケにされる苛立ちだよ。理解しただろう、報復を考えたくもなるだろう。ざまあみろ」


 しかし嫌がらせはもう終わりだ。これで目指す場所にヒサシゲは憂い無く駆け出せる。

 もうジェイルドにもクルワカミネにも興味はない。あとはペナダレンとポーオレだけ、最期の壁を蹂躙して西に向かう。


「ま、まだ娘さんは預かっておくぞ。何しろ貴重な後輩だ」

「それで私はまた連れ去られると、お父様この理不尽に叶う力はないので連れ去られてしまいます」

「余裕出来たな、断言してやるがお前はもう王様にはなれないぞ」

「そりゃ女王様になるんですからなれないと思いますが」


 笑い声が響いた。

 そりゃそうだと思いながらも、特に返す言葉も浮かばなかったのか、ただ地面を踏みつけ加速因子を作り出す。あとは待てという言葉すら置き去りにして、彼は駆け出すだけだけ。王様とヒサシゲに似た所があったとしても、王様では彼を止められない。


 壁を突き破り空に駆け出す。一瞬にして姿が見えなくなるが、もはやここまでやられると呆れを通り越して感心すらしてしまう。あそこまで自由に荒れるのなら、きっと楽しいだろうなどと益体もない事が浮かぶが、好き好んでジェイルドだってこうなったのだ。

 結局はあれもこっちも平等に人間という事だろう。好きなことをして好きなように生きた結果があれでありこれなのだ。


 そして娘もきっとそうなる。そう言う意味ではいい見本だ。

 しかしするべきことは腐る程ある。回線を繋ぎ指示を下す、それはあまりに苛烈で同時にクルワカミネに逆らう事の恐怖を民衆に刻んだ。


「娘ごと殺せ、それにおいて責任はない」


 肉親であろうと容赦なく殺せと命じる王様に、血が通った人間かと疑問を抱く者も居ただろう。だがそれがクルワカミネに逆らう意味なのだ、お前らにその気はあるのかと牽制しているのだ。

 それは上層部であっても同じだろう。無能であるならころす、無駄であるなら殺す、使える人間で有り続けろという宣告だ。


「愛情のある娘とは言え、さして死ぬことに感慨がない。あれと似たりよったりであるのは変わらぬか。無益な消費が、有益な犠牲になるだけで、人の命の大切さがわかる」


 自覚してもやる事は何も変わらないのに、自嘲しながら穴のあいた屋敷を見る。

 当分このままでいいかと思いながら、別件の仕事を始めた。自分の失態を埋める為に、損害を最小限に抑えこれを奇貨として上層部の首一つや二つ刈り取る手段を模索する。


「やっと邪魔なあれらの処分が出来るか。悪い事ばかりではないか、あの開拓者も娘を奪われた私が言う事ではないだろうがな」


 流石に疲れたと言いながら仕事をやめない。

 ざまあみろと自分に向けられた声を思い出す。何がだと言ってやりたかったが、確かに仕返しの一つや二つしたくなるだけの不快感だった。

 折角の娘もああなってしまえばもういらない。当主として価値のないラディアンスにクルワカミネの資金を使ってやる理由はない。死んでもいい、死ななくてもいい、どちらでも結局は変わらない。


「勘当だバカ娘」


 それが結局の所、ラディアンスの廃嫡が決まった瞬間であり、この男の不器用でありながらの娘への優しさでもあった。

 これから開拓者となるであろう娘に、このクルワカミネはぬるま湯すぎる世界だ。

 これより先は自分の命を賭けてもらう。これからは全て自分で手にして生き続けろと、王様はその場にいない娘に告げる。

 あの時に口を出した責任は自分で獲れと、あらゆる縛りを解き自由にさせる事だけが、この王様にできる唯一の優しさであったが、どこか寂しそうに王様は娘を解き放つ言葉を呟いた。

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