九章 駅前騒動
あの時こうしておけば良かった。などと言うのは決まって後悔を理解し始めた時だろう。
誰だって一度や二度の失敗はしながら生きている筈だ。そのもうしかしての選択肢に、ラディアンスは直面していた。
自分が感情に任せて行動した為に現状があるのだと考えれば、なぜ自分はここまで愚かな事をと思うかもしれない。クルワカミネ後継者という、その本質をきっと自分は理解していなかったのだと思うしかなかった。
鬼才、西域を目指すただ一人のエース、彼女の知るヒサシゲはそういう人物だ。
本来エースは戦場にしか存在しない。戦争が終わった今となっては一体、その言葉に意味など実は存在しない。
卓越した技能を誇る乗り手に、与えられるようになったその名も、きっと本質的なところでは意味をなしていないのだろう。
戦闘機関、踏破系と機動系に分別される空を走る車両。
だがその戦うべき場所は全く違うのだ。
ただ命を削る人殺しの戦いへ向かう機動系、ただ命を尽くし、死力を尽くして大地を踏みにじる踏破系、本来は同じ機体として分別していいものか、どうか悩む機体でありながら、扱いを変えられない存在。
踏破系、既にその言葉すら役に立たない代名詞として扱われる機体の乗り手は、西を目指そうとする者達にとっては希望ですらあるのだ。彼女は高潔とは行かなくても、尊敬できる人物だと思っていた。
だが現状でそれが幻想であるのは自覚しているだろう。
目の前にいる憧れの人物は、笑いながら困ったような顔を作って、聞こえ無い様に声で何かを呟いた。聞こえないはずの声を聞き届けた彼女は、その内容でさらに絶望に叩き込む。
「その場のノリって恐ろしいな」
つい勢いに乗ってやってしまっただけ、そんな事を言われて、誘拐された側が納得するわけがない。
挙句に要求がビーフジャーキーなのだ。遠まわしに、お前らの命はその程度の価値しかないと言われている。更に加えるなら、この要塞列車全員に対して、ビーフジャーキー以下の命と喧伝したものなのだが、流石にそれに気づくものは僅かだ。
そして彼を知っているものは、誰もがその場の勢いである事を理解していた。
今は彼女専用の鉄道網の中にいる為、誰も手出しできないが停車駅全てに、武装警察が陣取っているだろうが、この戦争の伝説の一つとして存在した鉄壁が、やすやすと落ちるはずもない。
それに人質もいるのだ。二重の壁に守られた男は、そんな事どうでも良いとばかりに、どうでもいいことを悩んでいた。
「あの、ヒサシゲさんでいいのかな。今、とてもふざけた内容の囁きが聞こえたのですが」
「ん、ああ。その場のノリってやつか、事実だ、事実。打算もあったが、どうにか都合がいいように回ってるからな。賭け事で流れを崩すのは馬鹿のやる事だろう」
「何処に賭けになる内容があったんですか」
そりゃ分からないだろうと、ヒサシゲは言葉を濁すが、別に隠すつもりもないのだろう。
だがどう言ったらいいものかと、何度か口を開こうとしてやめて、その行為が面倒になったのかそのままを口にした。
「ポーオレだよ。あいつを一人にさせられん」
「恋愛的な意味じゃなさそうだけど。男の独占欲っぽく聞こえる」
「違う。あの娘さんは、一人にしたほうが厄介なんだよ。足手纏いを用意してやらんと、こっちに勝ち目がなくなる」
濁した言葉は、きっとポーオレの名誉の為だったのだろう。最も濁せる内容でもなく、ポーオレを知っている人間であったのを、思い出せば躊躇いもなくなる。
事実、その言葉に彼女の被害者であるラディアンスは否定を返せなかった。確かに複数でいるより、彼女は孤高であって初めて力が十全に発揮できるタイプだ。
下手にできる人間がいるよりも、彼女一人が動けば、それが必勝法である。壁外の才媛、壁外の悪童の一人は、その才覚においてヒサシゲなどと比べてはならない領域に立つ存在だ。
純粋な意味で、天才と言うなら彼女であり、化物と例えるなら彼女であるのだ。
ポーオレがヒサシゲの事を知っているというのなら、ヒサシゲはポーオレのことを知っている。
自分の力で、ポーオレに敵うわけがない事もヒサシゲは知っているし、だからと言って諦めるわけにはいかない。それは理解していた事ではあった。
もし自分が西に向かうのなら最大の敵は、きっとポーオレである事ぐらい。
「あの鉄の女なら、納得できない事はないけど。普通逆だよね」
「俺の所為なんだが、あいつは人に合わせる癖がある。そうしないと、程度の低い男の相手が出来ないからな。それを何年もしていたんだ、合わせる事が自然と身についているのさ」
だから人という枷を付ける。
そうすれば彼女本来の力を出せないから。そうしなければマトモな戦いにはならない。ヒサシゲは自分の力を理解している。そして今更伸び代が増やせるほど、若いわけでも、時間がある訳でもない。
ならする事は一つだけである。相手を土俵に上げない。戦う場所の全てを自分で設定する。
「だから、足手纏いを用意しなければいけないのさ。ポーオレは一人の方が怖いんだよ、そして足手纏いは多いほうがいいだろう。だから都合が良かった。ついでに嫌がらせが出来る。ここまでお膳立てされれば、後は踏み込むだけ簡単な事だろう」
「私は飛んで火に入る夏の虫って事か、わりかしマシな内容で助かりました。本当にビーフジャーキーの為だけだったら首吊りたかったし」
「そっちも大切なことだけどな、これからお前を使って嫌がらせを始める訳だし」
少しだけ落ち着いた心を台無しにする様に、楽しみだと笑顔になるヒサシゲの言葉。
噛み合わない歯車が輪転を止めるように、彼のセリフを聞いて止まってしまうラディアンスに、ヒサシゲは冗談など一つもないと宣言するように頷いてみせた。
「目標は、西に向かうんじゃ」
「それは当たり前のことだろう。やられた事をやり返されないなんて、そんな都合のいいことが許されると思っているお前の糞親父はだけは、徹底的に後悔してもらいたいんでな」
「一応身内に言うセリフじゃないと思います」
知った事かと、自由なままに自分の目的をべらべらと語るヒサシゲだが、それがバレたところでなんだと言わんばかりである。
理由は幾つかあるが、最たる物を上げるとするなら、ヒサシゲは何も考えていないからに他ならない。八割の打算と、一割の直感、そしてもう一割の娯楽だろうか、彼はそんな考えの下に動いている。
自由過ぎるだろうが、開拓者の性分なんてこんな物だ。
どうせいつか死ぬのなら、その時を楽しく生きる事を誰が否定できる。迷惑だろうと言い張ってやればいいのだ、好きにすればいいと。
彼女の祖父が言った生粋の開拓者の気質。赤い大地に轢殺される、その一瞬までヒサシゲは、こうあり続けるからこそ開拓者と言い張れるのだ。
「知ったことか。身内だろうが、お天道様だろうが、俺はやる事は何も変えない。西域を目指すし、お前の父親には後悔してもらう」
だからこそ、言葉に偽りを感じさせない。
絶対にやり遂げるだけの自負を持っているからこそ、言葉に気負いがなく響いてしまう。 ジオドレの様に、人に夢を見させる猛毒は、きっとこうやって生まれてしまうと、ただ生きているだけで証明してしまう。
「これだよこれ、私の求めてたのはこう言う格好良さだよ」
そして元々だが、その熱に浮かされていたお嬢様は、ようやく尊敬できる場所を見つけて喜ぶ。しかしながら人の希望を折って歩くのが趣味といっても否定出来無い、自由が衣を着て歩いているヒサシゲは、彼女の夢とか希望をたやすく打ち砕くだろう。
「都合のいい道具もあるしな」
「見直したはしから、台無しにするようなことを言わない」
「見直されてもな。ポーオレなら喜べるんだが、なぁ。分かるだろう」
どう考えたって暴言でしか無い癖に、あえて言葉を濁す辺りに、ヒサシゲの性格の悪さが出ている。
震える肩が彼女の怒りを表している。だがそれに気付いても、態度を崩さない精神の強さは賞賛に値するが、ポーオレのことを鉄などと称していたが、むしろ鉄の心臓を持っているのは彼のような気もする。
熱だろうとなんだろうと歪まない性質からは、鉄などよりもよっぽど頑丈そうではあるが、そんな皮肉を言えるのはポーオレだけだろう。
「性格が悪いんじゃなくて、根性が歪んでるよこの人」
「そりゃそうだろう。ペナダレン奪われるわ、心機一転で行動しようたら、あの血祭りにあげた男が、雇われて俺を襲いやがった。根性ぐらいどう考えても歪むだろ」
「自分の愛機以外で、開拓なんて確かに考えたくもないけど。お父様も、一番面倒な人間を的確に引き当てて、ビーフジャーキーに改名するのかな」
自業自得ではあるが、その所為で家庭内が色々と荒れる事になるかもしれないのだ。
ラディアンスは、必ず起こりうる悲惨な未来予想に軽く逃げ出したくなった。
「面白そうなんだけど、身内としてはそんな呼び方したくない」
「俺はそんな状況にしてやりたい。馬鹿をやりだしてから楽しくなってきた。ある意味ではペナダレンを奪われたお陰で視点が広がったんだろうな。余裕が出来たと言う奴かな、こうなると楽しむっていうことの大切さがわかる」
何がと言いたかったラディアンスは、答える言葉すら浮かばずに、男の独白のようなものを聞いていた。
本当に楽しそうに見えたのだ。自分が開拓について調べていた時と同じ表情と空気。すっと細くした目は睨んでいるわけでもなく、ただ見据えているだけなのだろう。遠くだけをただ見つめていた。
目指す視線の先は、どこまで行っても西なんだろうけれど。
余分を背負えるようになっていたのだろう。肩の力が抜けていた。必死さなどは感じないただ水を蹴るような気安さで一歩を進む。
少しずつだが、間違いなくヒサシゲは変わっていたし、それに気付いていたからこそポーオレは必死になっていた。
「それでなんでビーフジャーキーなのか、追求したいところだけど」
「いや、あの料理屋で食べてたら、食べたくなって」
「私の父親の改名は、ただの衝動なんですか。扱いが悪いのは仕方ないけど、思いつきをやってるだけにしか聞こえないのが凄い嫌だ」
「実際、その場の思いつきだけで今の現状だぞ。だが一体どこまで情勢が狂うか楽しくなってくる」
自分はずっと波紋すら立たなかった水面に、一度だけ石を投げ入れただけ。
それがいつの間に津波になっている。風が吹けば桶屋が儲かる訳でもあるまい、だが実際目の前で世界が激しく動き出している。
その一石を投じたともなれば、観測者としては最高の娯楽だろう。
「悪辣だ、本当にこの人は悪辣だ。ポーオレの言っていた、敵対しちゃいけない理由はこれなんだ。私だったら絶対に敵対できない、こんな面倒な人間に関わっちゃいけない。もう遅いけど」
ポーオレからも言われた、敵にするには面倒な人間。
全くもってその通りだろう。敵になる人間とまともに戦わずに、あらゆる方法で嫌がらせを行う。そして相手の弱い所だけに、的確に塩を塗りつつ抉る性格をしている。
嫌がらせの天才、一瞬だがラディアンスの頭にそんな言葉が浮かぶ。
現状ですら、娘を誘拐され、権威を守らなくてはいけない立場でありながら、ビーフジャーキーに改名の危機だ。冷静な思考をさせないという点に関しては、もはや神がかった嫌がらせぶりだと言えるだろう。
しかもそれを無意識にやっているのだ。本人に自覚がないからこそ、さらに性質が悪い。
その証拠を見せるようにヒサシゲは、非難の声を上げる。
「失礼な、ポーオレに比べればマシだ。あいつは負けないからな、正直勝った試しがない」
「迷惑度で言うなら、確実に上回ってると思うよ。あのダブルスタックカーさんは、勝つまでに時間をかけない人だし、潰すとか制圧が似合う人だもん」
確かに迷惑は掛けないだろう。勝負にならないのなら迷惑もへったくれもありはしない。
ヒサシゲは言われて納得すると同時に眉を顰めて、自分の敵対した人物との戦力差に嫌な汗が流れる。
知っているというのは、驚異をそれだけ理解していると言う事だ。想像がたやすく出来てしまうのだろう。ポーオレという戦車が、自分という人間程度たやすく轢殺する力を持つことを。
「考えたら、ポーオレさんはどう考えたって三巨頭より恐ろしい人だったな」
「さん付けしたい程、ポーオレって恐ろしいの。どう考えても発想や行動なら、あなたの方が私は上だと思うよ」
「そりゃそうだろう。あいつはこう言ったら惚気のようになるが、俺と離れなきゃそれでいいって奴なんだよ。行動力に関しては、能力に比例するように存在しない」
例外が今の状況だけなのだ。
だがヒサシゲはそんなポーオレの性格をあまりいいとは思わない。彼の性格から言っても仕方のないことではあるが、必死になっているポーオレを見て、これだと思ってしまう自分の歪んだ愛情の示し方に、未だに気づいていないようだ。
どちらも倒錯しているからこその似合い関係なのだろう。破れ鍋に綴じ蓋、浮かぶのはそんな言葉だろうか。
こんな状況を楽しいと思ってしまっている自分に、自嘲してみせるが変わる事などありはしない。邪魔をするなら、クルワカミネだって、ポーオレだって、なんだって踏破して見せなければならない。
あの大地に向かうのなら、逃げるという事だけはしない。どうあっても挑み続けるしかないのだ。
「ま、そう言うこった。だが動き出したら恐ろしいぞ、基本的に蹂躙しかされないからな。正直惚れ直すって感じだが、それはそれだ」
「重機関と一緒って事かな。動き出すまでが遅いけれど、動き出してしまえばみいな」
「ま、その前に色々としなくちゃいけない事があるけどな」
例えばと考えても浮かばない。多分彼はこれからすぐにでも西に向かいたい筈だが、それをすると言う考えはあまり存在していない様だ。食料関係の積み込みは、はっきり言えば無理に近いだろう。
何よりポーオレがそれを許すとは思えない。その時間すら与えず、何かしらの制圧を行いかねないが、それよりまず何より先に彼にはする事があるようだ。
「最初はやはり犯行声明からか」
「なんでそこでそれが出るの、ちょっと愉快すぎると思うよ」
「何を言ってるんだ。改名の事実を周りに振りまかないといけない、なら誰もが知る状況を作らなければ意味がないだろう」
「嫌がらせに熱心すぎるよねそれ。むしろ開拓の事を忘れてないと私は声を大にして言いたいよ」
ヒサシゲからすれば、呼吸するよりも当たり前の事を考える必要もないだけなのだが、むしろ意識して嫌がらせを考える人間なんて嫌だ。
「そっちは当たり前の事だ。やるべき事はやる、やりたい事もやる、何も趣旨替えなんてしてないぞ」
「世界が滅ぶって言っても、自分の好きな事だけやりそうな人間ってこう言う人なんだと思うよ」
「どうだろうね。確かに俺の行動で、世界が滅んだってさほど気にしないが、ご愁傷様と思うぐらいだろう」
聞きたくないよそんな事と、自身の傲慢ぶりを一切隠そうともしない。
本当に気質として、彼はこんな物なのだろう。なにより、ペナダレンを奪われてからは特に著しい。
枷が外れてしまった様な物なのだろうか、これがペナダレンに乗れない禁断症状だったら笑いの一つも出そうなものだが、むしろこちらのほうが彼らしいのかもしれない。
「罪悪感も一切ないって、羨ましいかな。それだけ揺るがない人も珍しいと思う、私なんかはもう決められた生き方しか出来ないし」
「そうか、お天道様にも色々とあるもんだな。俺だったら絶対に、無視して好きな事をやるだろうから、気持ちは全然わからないが、そういうもんなんだろう負け犬」
「同情するふりして、直接的に暴言を言わない」
負け犬と言われて少しだけ図星を突かれたのか、語尾がひどく弱々しく聞こえた。
彼女にとってはという事になるが、こう言う人間は本当に困る。それが彼女の本音だろう。
ヒサシゲは、人に夢を見させてしまう。自分もこうなれるんじゃないかと言う、ありもしない幻想を目の前に用意してしまうのだ。それに憧れるだけならいいが、時としてその衝動は、彼らの背中を押してしまう。
勢いだけで進むのは、きっとヒサシゲも、彼らも変わらないかもしれない。
しかし根底が違うがゆえに差が出てしまう。途中で折れてしまわない心の強さが彼らにはない、だから選んだことを失敗してしまうのだろう。その全てを賢しい彼女は理解するが、この要塞列車に存在する命を預かる次代が、消える事は彼らの死を意味している。
そこまで無責任に生きていける程、彼女は甘い生まれをしていない。こんないの短慮は、言い訳できるものではないが、本当の意味での開拓者に恨みを抱いてしまいそうになる。
「ずるいな」
私は、西に行けないのに、と。
この世界で、大なり小なり西を思わない者はいない。すでに何世紀の間、西を目指したかわからない世界だ。当たり前であった事を簡単に翻すことも、戻す事も出来るわけがない。
定住という形になった今でも、西を目指す者達が、あとを絶たないのはその証左といってもいいだろう。
アノラック等と言われる人々も、やはり西の憧れから来る物だ。
当然のように彼女にもそう言う欲求はある。だが、立場がそれを許してくれない。なのにヒサシゲは容易く言うのだ。
「別にここにいる人間が、全滅しようが構わんって」
悪魔みたいな誘惑をラィデアンスの耳元に囁く。
彼に自然な発言に、少し苛立ってしまった彼女は、皮肉のように言葉を吐き出す。球団に満ちたその言葉は、本来言うべき言葉ではなかったのかもしれない。
何故なら、聞きたくもない言葉が出されるからだ。
「そこにポーオレが入っているのに、なんでそんなこと言うかねこの人は」
「それも含めてに決まってるだろう。俺にとっちゃそういう事なんだけどな。だからこそ、ポーオレは俺の敵になってるんだろう」
ヒサシゲという人間の本質的な意味での人間性の破綻を見せられるのだ。
一瞬この男は何をほざいたと、目を剥いて睨みつける。なにかおかしな事でも言ったか俺は、と首を傾げるその姿が、初めて薄気味悪く思えたかもしれない。
これなら怯えて当然だと、理解させられる。日常会話で言い切ったのだ、自分は夢の為ならどれだけ愛している人間でも殺してみせる、と。
「洒落になってないと思う。ポーオレの気持ちとか台無しじゃない」
「惚れてる事と、夢を叶える事は別だろう。そこになんの差があるんだ」
「いや、それ、ポーオレが死んでもいいみたいじゃない」
「必要があったらそうするのは吝かでもない。ただ死なれるのも、極力勘弁して欲しいけどな」
マトモじゃないとは思う。一体この男の何が言いのだと、ポーオレを追求したくなるが、これが開拓者なら憧れなんて吹き飛んでしまう。
呼吸する事を忘れて、開拓に対する認識の差を理解させられた。
「そうなったら、夢を叶えて自殺するかね。あいつがいない人生なんて考えられん」
「どっちも愛情の示し方がまともじゃないって。なんでそんな、普通でいいと思う」
「俺には関係ないな。人間ってのは、二十を超えれば大体偏屈になっていくんだ。自分の価値観をたやすく変えられないもんだ。だから自分のエゴだけが、声高になってバカを見る。
その所為で失敗しなけりゃ、何にも理解できない大馬鹿が、腐る程溢れかえる。その一人が俺ってだけだろう」
そこまで理解しているならあとは実践だろうと、思わないでもないが、地震の気質を変える事はそれ相応に面倒だ。
今までの価値観を変えろなんてのは、よっぽどの事が起きなければ、変わりはしない。三つ子の魂は百まで生きるものだ。
「変える気は一切ないと」
「当たり前だろう。今更変えてなんになるんだ、どうせ何も変えられない。変える気のないやつに言うセリフじゃないな、反面教師にでもしてろ。悪い大人のいい例だ」
「本人が言ってちゃ世話ないと思います。それで、今からビーフジャーキーお父様にどんな嫌がらせを」
この人は深く考えてはいけない。
なんとなくだが彼女はそう思う。理解したがたいのではなく、ラディアンスはどこかでヒサシゲの事を理解しそうだった。
きっとそれがポーオレが言ったヒサシゲという人間との共通点。だけどそれを知ってはいけないのではないか、そんなふうに思ってしまった。この勘はきっと外れていないと、どこかで確信もしている。
「それでひとつお願いがあるんだよ。俺は壁内に関してはよく知らないんだが、このあたりで一番高い建物はどこになる」
「それなら、行政区の松江になると思うけど」
「じゃあそこに行くか、馬鹿と煙は高い所に登らないとな。何よりそこなら掴みやすそうだ」
掴みやすいと言って首をかしげる。
その辺りは彼の技術に関係するのだろうが、そのあたりの詳しいことが分からない彼女は、彼の言葉に疑問を抱くことしかできない。
だが、どこかでそれを楽しみにしている自分がいるのを否定できなかった。彼女の目の前で目まぐるしく変わる世界は、彼女がいた場所とは全く違う世界だ。広がっていく新たな世界は、自分の憧れた世界にほかならない。
そこに手を伸ばせば、きっと彼女は望む物を手に入れられる。
だがそれが出来るほど彼女は強くない。だから後ろをついていく、自分の代わりに世界を作ってくれる人間を見つけてしまったから。
自分の代替物として、その開拓者が開く道を見ようとした。
「じゃあ、近場の駅まで頼む。そこからは俺がどうにかする」
その手助けでも出来るなら、きっとそれで満足だなんて。
出来もしない事を、ラディアンスは思い始めていた。




