9.明かされる真実
「……なるほどな」
王が低く呟いた。
「私はてっきり、王妃が、母国の侍女に個人的に手を貸させたものだと思っていた。だが、違うのだな」
王はヴァルネの名を口にすることさえ忌々しげに続けた。
「ヴァルネ王国が、国としてノエルの出生を偽装し、ライオネルの出奔にも手を貸していた――そういうことか」
「ええ、恐らくは」
ギルバートが落ち着いた声色で答える。
「個人が手を貸しただけにしては、出奔後の痕跡があまりにも綺麗に消されていましたからな」
グランフォード公爵が、苦々しげな顔で顎を撫でた。
「王妃様宛の書簡に『王もお喜びです』とあったこと。そして何より、ノエル殿下の出生を隠すことも、医師団を派遣することも――一個人の判断でできることではありませんわ」
マリアベルも静かに頷いた。
「ヴァルネめ……ッ!」
握りしめた拳を震わせながら、王は吐き捨てるように唸った。
王位継承権第一位の王太子を国外へ逃がすなど、国家の根幹を揺るがす重大な工作だ。国の主権を侵害し、内政に干渉する行為に他ならない。
なにより、ノエルの出生を国家ぐるみで隠蔽し、あまつさえそれを利用して、レグナートの侵略まで企てた。
許せることではなかった。
「……王妃よ」
重く、絞り出すような声が玉座から響いた。
王はゆっくりと立ち上がった。その肩は大きく震え、顔には抑えきれない怒りが現れていた。
「国を売り、民を欺き、我が子すらも謀略の道具とした罪……看過することはできぬ」
「陛下……! お聞きください、わたくしは……! ヴァルネの言葉に騙されていたのです! わたくしはただ、この国と貴方様を守るために――!」
王妃が悲鳴のような声を上げ、豪華なドレスの裾を乱しながら膝をついた。先ほどまでの高潔な面影は消え去り、王を見上げ、必死に胸元で両手を合わせる。
だが、王はその哀願を、ただ氷のように冷たい眼差しで見下ろしていた。
「黙れ!!」
雷鳴のような怒声が評議の間を震わせた。王妃が言葉を失い、息をのむ。
「工作があったと認めるのだな?」
王の声が評議の間に重く響いた。
「それは……ッ! ヴァルネの指示だったのです! わたくしは全てを明らかにして、罪を告白したかった! ですがヴァルネが『王妃の不貞が明るみに出れば、レグナート王国の威信が削がれる』と、隠蔽の指示を……」
「相手は誰だ?」
王は感情のこもらない声で、淡々と問いかけた。
「……ヴァルネから連れてきた護衛騎士ですわ。嫁ぐ前から、わたくしに仕えていました」
王妃はとうとう観念したように、静かに口を開いた。
「その男はどこにいる?」
「ヴァルネですわ。ノエルをヴァルネへ預けた際、共に戻りました。そのまま、こちらには一度も戻っておりません」
王妃は力なく目を伏せた。
「確かに」
先ほど調査に出た侍従が、いつの間にか戻っていた。
「王妃様がヴァルネからお戻りになった際、護衛騎士が交代したと記録にあります」
「交代前の者の名は?」
王が問いかける。
「ルシアン=グレイヴ。ヴァルネ王国近衛騎士団所属、グレイヴ伯爵家の三男とあります」
その名に王妃がびくりと肩を震わせた。
「ルシアンは悪くありませんわ! 全て、わたくしが――ッ!」
王妃はばっと顔を上げた。その必死の形相に、王は目を伏せ、長く息を吐いた。
「……どうやら一時の気の迷いでもないようだな」
そしてゆっくり目を開けると、感情を削ぎ落とした声で言った。
「王妃を捕縛せよ」
王の命を受け、控えていた近衛騎士たちが一斉に動いた。
重厚な甲冑の擦れる音とともに、四人の近衛騎士が王妃との距離を詰める。
「王妃……いや、クラリッサ。裁判が執り行われるまで、北の塔へ幽閉とし、外部との連絡は一切禁ずる。ヴァルネとの関わりを含め、すべての罪を白日のもとに晒せ」
「陛下! ノエルは……ノエルはどうなるのですか!?」
王妃は、騎士たちに両腕を拘束されながらも必死に叫んだ。
「それについては、お前が関与することではない」
王は淡々と言い切った。
「お願いします! あの子は……ノエルは何も知らないのです! どうか……どうか……寛大な御沙汰を……!」
必死に叫びながら連れ出される王妃を、ライオネルが悲哀の混じった瞳で見つめていた。
ノエルの身を案じるその姿は、紛れもなく子を想う母のもの。――ライオネルには向けられることのなかった、母の愛だった。
やがて扉が重々しく閉ざされ、静けさが戻った評議の間で、王は深く椅子に身を沈めた。その姿は、一気に歳を重ねたかのように小さく見えた。
「グランフォード公、マリアベル嬢、迷惑をかけたな」
「滅相もございません、陛下」
グランフォード公爵が深々と頭を下げ、マリアベルもまた静かに礼をとる。
王は力なく手を振り、ギルバートへと視線を向けた。
「ギルバート、お前の働きには大いに助けられた。改めて、お前を王太子に任命する」
「ありがとうございます」
ギルバートも深々と頭を下げた。
「皆も異論はないな?」
「異論ありません」
「同じく賛成いたします」
王が周囲に目を向けると、皆が静かに頷いた。
「ライオネルは、この後、王位継承権を返上する書類に署名するように。……王籍の剥奪については、クラリッサへの聴取が終わるまで保留とする」
そう言った王の表情には、憐れみとも哀惜ともつかぬ色が浮かんでいた。
「なお、婚姻の儀については、予定通りの日程で執り行うこととする。立太子の儀に先んじて婚姻の儀を執り行うため異例ではあるが、我が国がヴァルネの非道な行いに揺るがぬことを、内外に示す必要がある」
ざわ――
「ギルバート殿下に婚約者はおられるのか?」
「……記憶にないが……」
「ならば、王妃教育はどうするのだ」
周囲から困惑の声が上がる。
いくら予定通り婚姻の儀を執り行うためとはいえ、王妃教育も受けておらず、王妃としての適性も未知数の者を次代に据えるのは、あまりにも不安が残る。
「案ずるな」
王が片手をあげてざわめきを抑える。
「王太子妃に変更はない。マリアベル、受けてくれるな?」
誰もがはっとしたようにマリアベルを見つめた。
そうだ。婚約が破談になったのは王家の事情。彼女に何一つ瑕疵はないのだ。
「謹んでお受けいたします」
マリアベルはスカートの裾を摘み、深く腰を落とした。
ギルバートがマリアベルのもとへ歩み寄る。
「これから、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
二人が向き合う姿に、評議の間から拍手が湧き起こった。
ライオネルは、二人に向けられる祝福の拍手を、ただ黙って聞いていた。




