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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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8.婚約者候補の真相

  評議の間がにわかに騒がしくなった。


  侍従が幾人か、バタバタと部屋を飛び出していく。


「陛下! 酷いですわ! わたくしを信じてくださらないの!?」


  王妃は必死に言い募り、王に手を伸ばす。


  だが、その手が届く前に、王の両脇に控える護衛が剣を抜いた。


  ガシャン――


  二振りの剣が、王と王妃の間で交差する。


「な……ッ!」


  王妃は慌てて手を引いた。そして一瞬の対峙の後、苛立たしげに腕を振り下ろした。


「無礼よ!!」


  だが、護衛は一歩も引かなかった。


「お控えください。陛下の御身に近づけるわけにはまいりません」


  表情一つ変えずに淡々と告げる。


「わたくしを罪人扱いするつもり!?」


「――やめろ」


  王が低い声で制した。


「今の状況なら、当然の措置だ」


  王の冷たい声に、評議の間に緊張が走る。


  マリアベルは、しばし黙って王妃を見つめた。


  ノエルの出生には、すでにいくつもの疑念が浮かんでいる。


  だがもう一つ、どうしても拭えない疑問があった。


「……王妃様」


  マリアベルが静かに問いかける。


「なぜ、ライオネル殿下を排除してまで、ノエル殿下を王太子の座につけようとしたのですか?」


  皆の視線が一斉にマリアベルへと集まる中、王の脳裏には、これまでの出来事が浮かんでいた。


  王妃は一貫して、ノエルを王太子に推していた。

  そのためには、第一王子であるライオネルさえ排除しようとした。


  ――もし。


  ノエルが、自分の子ではないとしたら。


  そして、その父親が――


「…………」


  王は小さく頭を振った。


  そこから先を考えることを、拒むように。


「そんなことしていないわ! わたくしはただ、ライオネルの気持ちを慮って……」


  王妃はなおも必死に否定する。


  マリアベルはそれを黙って聞いていた。


  そして、落ち着いた声で続ける。


「ではなぜ、私に『第二王子の婚約者候(・)補(・)として政務を続けろ』などとおっしゃったのですか?」


  ざわ――


「……そんなことを?」

「だが年齢差を考えれば……」

「ああ、グランフォード公も激怒しておったよ」


  周囲の者が互いに顔を見合わせ、それから王妃へ視線を向けた。


「それは……ッ! あなたの能力を見込んで、ノエルのことも支えてもらおうと……」


「ええ。私も初めはそう思っていました。政務を滞らせないためだろう、と」


「……恥知らずな」


  誰かがぽそりと呟いた。


「そうです。そんな提案、誰が聞いたって眉をひそめるでしょう。だって、私とノエル殿下は八つも歳が離れているのですから」


  周囲から、納得するような頷きがいくつも返ってくる。


「それを、王妃殿下であろうお方が、わからないはずがありません」


  ざわめきが広がる。


「マリアベル、どういうことだ?」


  グランフォード公爵が問いかける。


「こちらをご覧ください」


  マリアベルは一通の書簡を手に取り、掲げた。


「こちらは、ライオネル殿下の出奔が判明した頃に届いた書簡です。符牒は――『固き岩と岩の隙間に、一滴の水を注げ』」


  マリアベルは一度言葉を切った。


「そして追伸には、『娘が王家に嫁ぐかもしれません』と」


「固き岩……娘……王家……」


  公爵が呟く。


「どういう意味か、おわかりになりますか?」


「……! 離間工作の指示か!」


「ええ、お父様。私にもそう読めました。娘とはおそらく私のこと。そして固き岩とは、王家と我がグランフォード家の絆」


  マリアベルは書簡を見つめた。


「私を、八つも歳の離れたノエル殿下の婚約者候補にする。そんな無理な話を持ちかければ、お父様が反発することはわかっていたはずです」


「つまり、王家と我が家を……」


「ええ。意図的に対立させるつもりだったのでしょう」


「なぜそんなことを……」

「王妃様に何の得がある?」


  マリアベルが静かに続けると、周囲から口々に疑問の声が上がった。


「これは私見ですが……王妃様は、王家と有力貴族の結束を、崩したかったのではないか、と」


  マリアベルは王妃を見据えた。


  王妃はびくりと肩を振るわせる。


  そのわずかな動きを、王とギルバート、そしてグランフォード公爵は見逃さなかった。


  三人の視線が、一瞬だけ王妃へ向けられる。


「いやいや、何のために?」

「王家の威光が削がれるだけだ」

「その憶測は、さすがに無理があるのでは」


  周囲には、マリアベルの言葉を訝しむ空気が広がっていく。


  だが――


「ノエル殿下が王位についたあと――この国に外から手を伸ばしやすくするために、だろう?」


  割って入ったギルバートの言葉に、マリアベルが静かに頷く。


  その瞬間、場が静まり返った。


「どういうことだ……?」

「他国からの侵略を想定して……?」


  困惑の声が上がる中、王が重い口を開いた。


「――つまり、ノエルの父親は他国の者だということか?」


「そう考えるのが自然でしょう。他国の、それも王妃様の母国の者なのでは、と」


  ギルバートが眼鏡のブリッジを押し上げた。


「この仮説が正しければ、ノエル殿下に流れるのは、ヴァルネの血のみ。もしもノエル殿下が玉座につけば――」


  ギルバートは一度言葉を切った。


「我が国の血を一滴も引かぬ者が、この国を治めることになる」


「…………」


「その王が、我が国よりも母国の利益を優先すればどうなるか。そのとき、王家と有力貴族の結束まで崩れていれば、どうなるか」


  淡々とした声が、重く響く。


「王家と貴族が互いに疑い、争っていれば――国を一つにまとめる者はいなくなる。そうなれば、この国を外から操るのは容易い」


  ギルバートは王妃を見据えた。


「だからこそ、王妃様は、王家と有力貴族の結束を断ち切る必要があった。いざその時が来ても、我が国の貴族たちが王家と手を取り合い、抵抗できないようにするために」


  そして、静かに告げた。


「この国をヴァルネの属国へと落とすために」


  場が、凍りついた。


  誰もが言葉を失い、互いの顔を見回す。


  やがて、あちこちから声が上がった。


「まさかそんな……」

「国の乗っ取りを……!?」

「とんでもない話だ……」


「……そう言えば」


  ある公爵が、はっと顔を上げた。


「我が家の娘に、王妃様の侍女として仕えないか、と打診があったな……」


「公爵令嬢にか?」


「そうだ。何か理由があるのかと思ったが、娘は縁談が決まっていたため、深く問うことなくお断りしたのだ。……まさかそれも……」


  公爵令嬢が侍女として仕えるなど、よほどの理由でもなければ考えにくい。


  家によっては、家格を軽んじられたと受け取り、侮辱されたと感じてもおかしくはない。


  それにもし受ければ、王妃の身近に仕えることになる。王妃の言葉や振る舞い次第では、いくらでも王家への不満を抱かせることができるだろう。


  王妃に、一段と冷ややかな視線が向けられらる。


「ちっ…….違うわ! 違うのよ!」


  王妃は顔を真っ青にして、必死に言葉を繋ごうとした。


「わたくしは……その……、そんなつもりではなくて……」


  しかし、いくら言葉を探しても、もはやこの場を覆せるだけの言い訳は出てこない。

  王妃は口を開いては閉じ、ただ狼狽えることしかできなかった。


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