10.新たな問題
「君の期待に応えられたか?」
怒涛の展開となった会議が終わった翌日、マリアベルはギルバートと落ち合っていた。
彼はどこか得意げな笑みを浮かべ、マリアベルを見つめる。
「ええ。満足よ」
マリアベルは口元を少し吊り上げ、満足そうに頷いた。
「それにしても……君は一体どこまで読んでいたんだ?」
ギルバートは肩をすくめ、苦笑した。
「あら、私だって、まさかここまで大きな裏があったとは思っていなかったわよ」
マリアベルは、紅茶のカップをそっと持ち上げた。
「そうなのか?」
目を瞬かせるギルバートをよそに、マリアベルは紅茶を一口飲む。そして、カップを静かにソーサーへ戻す。
「王妃様が、何らかの企みを持っているのは予想していたわ。それが恐らく、陛下の意に沿わないものだということもね。――だから、企みが明るみに出れば、陛下がノエル殿下をそのまま王太子にするとは限らない。そう考えたの」
マリアベルは、口元に小さな笑みを浮かべた。
「それに、ノエル殿下はまだ幼いでしょう? ならば、国の安寧を優先して、実務に長けたあなたを王太子に据える可能性も、決して低くないもの」
どこか楽しげに目を細めるマリアベルに、ギルバートもまた、やれやれといった様子で微笑み返した。
「だけどあなたがライオネル殿下を見つけてくれなければ、予定通り結婚式が執り行われることはなかったわ」
「ああ。ライオネル殿下が見つからないまま王太子を変更するとなれば、どう足掻いても予定していた式の日程には間に合わなかっただろうな」
「だから――感謝してるわ」
マリアベルはふわりと微笑んだ。
「大見栄を切ったんだ。やり遂げるさ」
ギルバートはフッと目元を緩め、満足げな笑みを浮かべた。
「だが――」
ギルバートはひと呼吸置くと、笑みを収め、真剣な面持ちで姿勢を正した。
「これから大変なことになるぞ」
「ええ。王妃様の企みにヴァルネが関与していたと、陛下は確信しておられますもの。きっと、すぐにでもヴァルネへ抗議が送られるわ。そのとき、ヴァルネがどう動くのか……」
マリアベルもすっと笑みを消した。
「少なくとも、素直に認めて謝罪する、ということはないだろうな」
「ええ。そんな聞き分けのいい国ならば、不貞の隠蔽や国の乗っ取りなど考えないでしょう。ただ、結婚式の招待状はとうに各国へ届けられていますもの。式までひと月を切った今、ヴァルネの使者がすでに国を発っていても不思議ではないわ」
二人は顔を見合わせ、小さく息をついた。
使者の扱いをどうするべきか――ヴァルネの関与を裏付けるのは、今のところ王妃の証言のみ。
書簡の送り主も『昔馴染みの侍女』である以上、ヴァルネが国ぐるみで関与した直接的な証拠にはなり得ない。
かといって、王妃を捕縛しておいて、その母国の使者を何事もなかったかのように迎え入れるわけにもいかない。
「そもそも使者が、何をどこまで把握しているのか……」
ギルバートがこめかみを抑えた。
「確かヴァルネからの使者は、王妃様の次兄で、現在のヴァルネ大公――グレゴール様だったはずよ」
「よりによって王妃の兄か……」
ギルバートは苦々しげに呟くと、ソファの背に身を預けた。
「昨日まで友好国だったのだから、当然と言えば当然の人選なのだけれど、こうまで状況が変わると困るわね」
マリアベルもため息をつく。
王妃の次兄、つまりは現ヴァルネ王の弟だ。
ヴァルネ王が妹の企みを知らないということは、まず考えにくい。しかし、王弟にどこまでの情報が開示され、どれほど国内の政治に関与しているのかまではわからない。
王位を脅かされることを恐れ、王弟を政治の中枢から遠ざける王も珍しくはないからだ。
「――ヴァルネの使者の扱いに関しては、ひとまず置いておくとして……そういえば、王妃様の席はどうするのかしら? あなたのお母様が座られるの?」
「ああ……」
ギルバートはゆっくりと体を起こす。
「母には昨日のうちに陛下から説明があって、暫定だが、王妃の座を務めることになった。今日は朝から準備のために忙しなく動いているようだ」
「さぞ驚かれたでしょうね……」
マリアベルは、遠い目をした。
「王妃どころか、王家に名を連ねることさえ望んでいなかった人だからな……俺が今回の騒動に関わっていたことを知って、『心の準備があるでしょう!?』と、詰め寄られたよ」
ギルバートは肩をすくめた。
「それでも、エレノア様なら完璧に務められるでしょうね」
母に詰め寄られるギルバートの姿を思い浮かべ、マリアベルはくすりと笑った。
◇
その頃――
王宮から、ある布告がなされた。
『王太子ライオネルに重大な王族規範違反があったため、王位継承権を剥奪する。
新たな王太子には、第一王子ギルバートを任命する』
その布告は貴族のみならず、市井の民にも衝撃を与えた。
「ライオネル殿下に何があったんだ?」
「第一王子のギルバートって誰だ?」
長らく王太子を務め、市井にも度々視察に出ていたライオネルは、その物腰の柔らかさで民からの人気が高かった。
一方で、長らくメルヴィル家の次男としてその存在を隠されていたギルバートを知る者は、ほとんどいなかった。
貴族たちは新たな王太子について情報を集めようと奔走し、街では民たちが戸惑いながらも、間近に迫った結婚式の準備を続けていた。
そうして華やかに飾りつけられた街並みを、大きく翼を広げた鷲の紋章を掲げた重厚な馬車と、絢爛な甲冑を纏った騎兵の集団が静かに通り抜けていく。
ヴァルネ王国からの祝賀使節団である。
その一行を率いるのは、ヴァルネ大公グレゴール。
王妃の次兄にして、ヴァルネ軍部に強い影響力を持つ有力貴族である。
「ほう……王太子が変わった、か」
馬車の分厚い車輪が石畳を踏む振動と、窓の外から漏れ聞こえる王都の喧騒を感じながら、グレゴールは深く背もたれに体を預けた。
「なにがあった?」
グレゴールの問いかけに、対面に座る側近が、手元の書類から視線を上げて口を開く。
「ただいま調査中でございます」
「だが、式は予定通り……か」
グレゴールは側近から視線を外し、窓のカーテンを指先でわずかに押し開いた。
流れていく華やかな街並み。王太子の婚礼を祝い、色とりどりの旗で彩られた大通りを、民たちが行き交っている。
その光景を、グレゴールは黙って見つめた。
これほど華やかな祝いの最中に、王太子だけが突然すげ替えられた。
それでも婚礼は、何事もなかったかのように進められている。
グレゴールはわずかに眉を寄せ、側近からの報告を待った。
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