6.突きつけられたもの
「内通……!?」
「まさか……!」
場がにわかに騒がしくなった。
「なにをふざけたことを!」
王妃は、周囲のざわめきごと押さえつけるような大声を上げる。
そのとき、評議の前の扉が再び開くと、侍従たちが手紙の束を積んだ台車を押して入ってきた。
「それは……」
王妃が眉を寄せる。
侍従たちは台車を部屋の中央まで運ぶと、積み上げられた書簡を一枚ずつ取り出して並べ始めた。
異様な光景に、会議に出席していた者たちも席を立ち、何事かとその場の様子を窺う。
「お前の私室に保管されていた書簡だ」
王が淡々と告げる。
「わたくしの私室を漁ったのですか!?」
王の言葉に、王妃は顔を真っ赤にすると、キッと王を睨みつけた。
「必要なことだったのだ。お前への疑いを晴らすためにはな。だが、どうやら疑いを深める結果になったようだ」
「……わたくしは母国に残した昔馴染みの侍女と、書簡のやり取りをしていただけですわ! それだけで内通など……! 根拠もなく、そのようなことをおっしゃるなど、許されません!」
王妃は怒りに染まった目で、扇子をギリギリと握りしめる。
王は黙って書簡に目を落とした。
それにつられるように、周囲の者たちも書簡の文面へ目を向ける。
「……普通のやり取りに見えるが……」
「ああ、ただの私信では……?」
書簡を覗き込む者たちは、戸惑ったように王に目を向けた。
そこに書かれていたのは、何の変哲もない日常のやり取りだった。
『王妃様が植えられた三本の木は、今も元気に育っています』
『二人で湖畔を歩いた日のことを、今でも覚えております。あの日は三度も雨に降られましたね』
しかし――
王は一枚の書簡を手に取る。
「ここに『王妃様ご愛用の、五つの宝石が埋め込まれた宝石箱』とある。だが、お前の宝石箱に埋め込まれている宝石の数は三つだろう。私が贈ったものだ。間違いない」
王妃の眉がぴくりと動いた。
「……勘違いでしょう」
そう答えながら、王妃はわずかに視線を逸らした。
「ではこれは?」
王は別の書簡を手に取る。
『大聖堂の九十七段の階段を登って見た、あの景色は忘れられません』
「……誰が大聖堂の階段を数えながら登るというのだ?」
「……人それぞれですわ」
――なにかおかしい。多くの者がそう感じた。王妃に疑惑の視線が向けられる。
「まだあるぞ」
王はまた別の書簡を手に取る。
『故郷の職人に織らせた九枚の絹のショールを、贈り物として同封いたします』
『王妃様の好きな菓子が十二個入った箱を、七つ贈ります』
『六十五色の刺繍糸を差し上げます』
「……お前は、本当にこれらを受け取ったのか?」
「ええ……まあ」
王は側近へと視線を向ける。
「王妃殿下宛ての贈答品の記録を確認しましたが、そのような品が届けられた記録はございません」
側近はきっぱりと答えた。
「……記載が漏れていただけでしょう」
王妃は平然と答えた。
だが、膝の上で組んだ指先が、かすかに強く握り込まれていた。
集まった者たちは、思い思いに書簡を手に取る。
すると、どの書簡にも、不自然なほど多くの数字が記されていることに気づく。
――ただの偶然とは思えない。
何かを示していることは明らかだった。
だが、それが何を意味するのかまでは、誰にもわからなかった。
評議の間に、重苦しい沈黙が流れる。
「……王妃様が、よくご覧になっている本はありませんか?」
不意にギルバートが呟いた。
「……! 王妃様は、よく小さな詩集をご覧になっていましたわ。『母国から持ってきた大切なものよ』とおっしゃって……」
マリアベルが、はっとしたように言葉を返す。
王妃の肩が、小さく揺れた。
――ほどなくして、王妃の詩集が持ち込まれた。王妃の持ち物とは思えないほど、表紙も擦り切れた古い本。
ギルバートは詩集を手に取ると、ページをめくる。
「誰か! 紙とペンを!」
ギルバートは詩集と書簡を見比べると、与えられた紙に一心不乱に文字を書き殴った。
「ここは……これか? いや、こちらか……」
「いえ、おそらくこちらでしょう」
隣からマリアベルが指を差す。
「この数字を、こう区切るのではありませんか?」
「……なるほど」
ギルバートはマリアベルの指先を追うように、詩集の一節へ視線を移した。
「では、こちらは……」
二人は書簡と詩集を交互に見比べながら、少しずつ文字を拾っていく。
その様子を、皆が困惑したように眺めていた。
「この並びがやけに多いな」
「ええ……『順調』ですわね」
二人は顔を見合わせた。
「何かわかったのか?」
王が問いかける。
「まだ、はっきりとは。ですが……どうやら、これらの書簡には、何かの経過が記されているようです」
「経過?」
「はい。『順調』『失敗』『変更』……まるで、何かを進めている者たちの記録のように」
そう言って、ギルバートは再び書簡へと視線を落とす。
「王妃」
王はただ、王妃の名を呼んだ。だがその声音には、『自らの口で語れ』という有無を言わせぬ圧があった。
しかし王妃は、『何も知らない』とでも言うように、扇子で口元を隠した。
「マリアベル、手伝えることはあるか?」
「ありがとうございます、お父様。では、それぞれの書簡に記されている数字を、抜き出していただけますか?」
「それならば私も手伝おう」
「ああ、私にも書簡を貸してくれ」
グランフォード公爵の言葉を皮切りに、多くの貴族が書簡と向き合い始めた。
王妃の額に冷たい汗が流れた。
――
「書簡の精査を行った結果、怪しげな書簡が届き始めたのは第二王子ノエル様のご懐妊中からでした。そして最近になって書簡の数が急激に増えていることがわかります」
ギルバートは王に向かってそう報告したあと、居並ぶ貴族たちをぐるりと見渡した。
「そして各書簡に散らばっていた数字ですが……こちらも皆様のご協力のおかげで、ほぼ解読が完了いたしました」
ギルバートは眼鏡のブリッジを上げる。
「例えばこの書簡には『二人』『五つ』と二つの数字が出てきます。これを王妃様の詩集と照らし合わせてみましょう」
そう言うと手にした詩集を開く。
「まず前提として、こちらの詩集には詩のタイトルの横に、このように通しナンバーがついています」
周囲に見えるように本を掲げる。
「そして総ページは150ページありますが、詩集ということで白紙のページも多く、収録されている詩は全部で二十七編です」
貴族たちは頷いて応じた。
「まず、この『二人』という数字は、詩集の『二番目の詩』を指します。そして『五つ』は五行目を示しています」
ギルバートは詩集を指でなぞる。
「二番目の詩の五行目に書かれている言葉は――『旅人の歩みは順調』」
そう言って、ギルバートは顔を上げた。
「つまり、何らかの企みが順調に進んでいることを示す符牒です」
「でたらめよ!」
王妃が叫んだ。
「そうでしょうか? では、他の書簡も見てみましょう」
ギルバートは眉一つ動かさず、別の書簡を手に取った。
「こちらの数字は、七と八。七番目の詩の八行目には――『重ねてきた失敗』とあります」
ギルバートは静かに王妃を見た。
「つまり、企みに何らかの失敗があったことを示しています」
「たまたまでしょう!」
王妃の扇子を握る指に、わずかに力がこもった。
「そして、ここで気になるのが追伸です」
ギルバートは書簡の末尾を指で示した。
「『新しい花の種を贈ります』――そう書かれています」
そして、もう一枚の書簡を手に取る。
「こちらは、その前に送られてきた書簡です。符牒は――『仕掛けられた罠』」
ギルバートは淡々と読み上げる。
「そして追伸には、『綺麗な花の種を植えました』とある」
評議の間に、ざわめきが広がった。
「『罠』と『花』……まさか」
王が愕然と呟いた。
「ええ。『花』が人を指すのであれば――我が国に諜報員が送られていたのではないかと。そして『成功』の符牒が記された時期が、ライオネル殿下とその女性が接触を始めた時期と重なることから――ライオネル殿下の駆け落ち相手は、ヴァルネ王国から派遣された諜報員だったのかもしれません」
「……そんな……」
ライオネルが、打ちひしがれたように呟いた。
「諜報員ならば、翌日にいなくなった理由にも説明がつく……か」
王はライオネルへ視線を向けた。その目には、わずかに憐れみが浮かんでいた。




