51.戦略会議
ドンッ――
「ヴァルネ王め。自棄を起こしたか!」
急遽開かれた五公爵家会議の席で、軍務卿であるアイゼンバーグ公爵が憤りの声を上げた。
拳を叩きつけられた机が、ミシリと嫌な音を立てる。
「このままではジリ貧じゃからな。他国に火種を広げて、なんとか再起の目を探すつもりじゃろう」
法務卿であるヴァルハイト公爵が、長い顎ひげを撫でながら呟いた。
「あるいは、不足している食料をまかなうため、か」
マリアベルの父であるグランフォード公爵が、ちらりとギルバートに目を向ける。
「なにやら殿下方が、随分とご活躍されたようですからな」
そう言って、口元を緩めた。
「ヴァルネ王の腹づもりなどどうでもよいわ! すぐに奴らの進軍予定地であるネブラ山の麓に兵を集結させねば! 出てきたところを一網打尽にしてやる!」
「それはあまりに浅慮では?」
鼻息荒く言い募るアイゼンバーグ公爵に、外務卿であるカーボネス公爵エドガーが、落ち着いた声で待ったをかけた。
「なに?」
「ヴァルネ軍がネブラ山を越えて進軍してくるというのは、あくまでヴァルネ太公からの情報です」
「ぬ……」
「もしその情報が偽りで、別の場所から攻め込まれでもすれば、我々は苦しい戦いを強いられることになります」
「だが……ヴァルネ太公が、我々を嵌める必要があるか?」
「そうです! 伯父上はそんなことしません!」
勢いよく立ち上がったのは、ライオネルだった。
ライオネルは『王族としての資質を見極める』という王の判断から、駆け落ち騒動以来、ようやく再び会議の場に参加することを認められていた。
「伯父上は、ヴァルネ国内の安定を目指していました。その戦いに終わりが見えているのに、レグナートとの関係を悪化させれば、また国内が乱れます!」
「ええ。殿下のおっしゃることもごもっともです。しかし――」
エドガーは目を細めた。
「終わりが見えているからこそ、ということも考えられます」
「……?」
「ヴァルネ太公はこの争いの最中、我が国から援助を受けていました。それは、太公のもとへ食料を運んだ殿下もよくご存じでしょう?」
「う……はい……」
「ですから、たとえこの争いに勝ったとて、今後も太公は我が国に強く出ることができません」
「……」
「だからこそ、太公にとっては、我が国の力が衰えていた方が都合がいい。借りを作った相手が弱っていれば、それだけ立場も変わりますからな」
「でも……!」
ライオネルは、なおも言い募ろうとしたが、言葉に詰まった。
食料を渡しに行った時の太公グレゴールの言葉が、脳裏によぎったからだ。
『これ以上、ヴァルネ → レグナート に借りを作るわけにはいかない』
あのときグレゴールはそう言って、食料の受け取りを拒んだ。
『これ以上借りを作れば、我が国はレグナートに頭が上がらなくなる』
苦々しい顔で、そう言っていた。
それでも無理を言って、食料を受け取らせたのは自分だ。
あのときの判断が間違っていたとは思わない。そうしなければ、たくさんの人が飢えて死んでいただろう。
だが――グレゴールが借りを作ることを嫌がっていたのも、事実だった。
「いえ……よくわかりました」
ライオネルは反論することなく、静かに椅子に座り直した。
――ほう。
エドガーはわずかに口元を緩めた。
今までのライオネルであれば、理屈が理解できたとて、伯父を疑うことを許容できなかっただろう。
だが、今は違う。
グレゴールへの信頼と、自分が見聞きした事実。その両方を天秤にかけた上で、疑念を受け入れた。
―― 少しは成長されたようですね。
「私も、グレゴール殿が我が国を謀るつもりだとは思えません」
声を上げたのはギルバートだった。
「王太子殿下……」
「確かにグレゴール殿は、国のために非情な決断を下せる方でしょう。しかし、ここで我が国との関係を悪化させれば、今後の助力を得られなくなる。これから国を立て直すにあたって、隣国の力を借りられないのは大きな痛手です」
「……ふむ、そういう見方もできますな」
「しかし、グレゴール殿が偽の情報を掴まされている可能性は捨てきれない。ですからカーボネス卿がおっしゃる通り、ネブラ山に戦力を集結させるのは、危険だと考えます」
「なるほど……」
ライオネルは小さく呟いた。
グレゴールを信じるか、疑うか、その二択だと思っていた。だがギルバートは、グレゴール自身が騙されている可能性を指摘してみせた。
この可能性が生まれたことで、たとえ進軍予定地がネブラ山でなかったとしても、すぐにグレゴールに非難の目が向くことはないだろう。
それだけでも、今回の一件をきっかけに、レグナートとグレゴールの間に無用な疑念が生じるのを防ぐことができる。
――やっぱり僕は王太子の器じゃなかった。
ほっとしたような、悲しいような。
胸の内に入り混じる感情を持て余し、ライオネルは自嘲気味に笑った。
「出揃ったようだな」
王が宰相に目配せを送る。
それを受けて宰相が場を鎮めると、王は落ち着いた声で言葉を続けた。
「戦力はネブラ山の麓、廃棄された旧道、国境を接するルーナの森に分散して配置する。各方面に斥候を出し、敵の動きを探らせよ」
「平原はどうなさいますか?」
宰相が問いかける。
国境沿いに広がる平原は、大部隊を展開するのに最適だ。
通常の全面戦争であれば、ここに主力を置くことになる。
「平原は斥候を出すだけでよい。ヴァルネ王派の戦力は乏しい。平原で正面からぶつかるような愚は犯さぬだろう」
「承知いたしました」
「陛下、よろしいでしょうか」
手を上げたのはレオポルドだった。
「なんだ?」
「もし敵がネブラ山やルーナの森から攻め込んでくるのであれば、国境に辿り着くまでにかなり疲弊するでしょう。いや、今のヴァルネの食料事情を考えれば、辿り着くことさえできない者が大半かもしれません」
「それほどか」
「はい。私の部隊は訓練であの辺りを利用しますが、とてもではありませんが、万全とは言えない状態の兵が踏破できる道のりではありません」
「ふむ……では敵は旧道を使うか?」
「うーん……ですが旧道は道幅が狭い上、地盤も緩いのです。土砂崩れでも起きようものなら、部隊が全滅します」
「まさか、平原か?」
「いえ。平原に出れば、我々に容易く捕捉されます。今のヴァルネ王派の戦力では、国境を越えることすら難しいでしょう」
王はしばし言葉を失った。
「では、どこだというのだ……」
「どこなのでしょうか?」
首を傾げるレオポルドに、王は頭を抱えた。
「つまり!」
そこで立ち上がったのが、レオポルドの父、アイゼンバーグ公爵だった。
「愚息が言いたいのはですな、どこから来るにしても、敵は決死の覚悟。油断は大敵! ということです」
「そ、そうか」
「決死の覚悟。まさしくその通りでしょう」
アイゼンバーグ公爵の圧に頬を引きつらせた王に代わって、声を上げたのはギルバートだった。
「おそらく、王派が我が国へ打って出れば、その隙にグレゴール殿は王都を落とすでしょう。そうなれば、王派は大きな手柄を立てない限り、帰る場所すらなくなる。まさに背水の陣です」
「なるほど……」
王が小さく頷く。
「だからこそ、敵はどこから来るにしても、死に物狂いで攻めてくる。そういうことか」
「はい」
「あいわかった。敵は少数かもしれん。疲弊しているかもしれん。それでも、文字通り命を懸けて攻めてくるのであれば、一瞬の油断が命取りになりかねん」
王は居並ぶ者たちを見渡した。
「決して油断するな。その旨、全兵に通達せよ!」
「ははっ!」
更新が遅れてしまい申し訳ありません。
ストックがなくなったので、更新頻度が落ちますm(._.)m




