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王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


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50.密輸品の行き先

 ゴドウィンとならず者たちは、シーフォートの牢屋へと連行された。


 そしてすぐさま近衛騎士による、厳しい取り調べが行われ――



 ――



「ヴァルネへ?」


「ああ、そうらしい」


 大捕物の翌日。


 離宮の一室で、ギルバートはマリアベルとライラに、取り調べで判明した事実を伝えていた。


「知っての通り、我が国とヴァルネは国交を断絶している。さらに国境は封鎖中だ」


「それで、密輸を?」


「ああ」


「……確かにヴァルネは食料事情が逼迫しているから、高く売れるでしょうけれど……」


 マリアベルは考え込むように、顎に手を当てた。


「殿下、シーフォートへはどうやって運び込んだのでしょうか?」


 ライラが神妙な面持ちで問いかけた。


 ライラにとっては密輸の搬入先よりも、シーフォートへ持ち込まれた経緯の方が重要だった。


「ああ、領境の海から、小舟で少しずつ運んだそうだ。役人や港湾ギルドの関与はなかった」


「そうでしたか……」


 ライラはほっと息をついた。


「今後は海の見張りも強化いたします」


「ああ、そうしてくれ」


「……やっぱりおかしいわ」


 考え込んでいたマリアベルが声を上げた。


「何がだ?」


「どうしてシーフォートに集める必要があったの? それに、ここからどうやってヴァルネへ運ぶつもりだったの?」


「ああそれは、ヴァルネとの取引場所が、ここだったらしい」


「えっ!?」


 ライラが身を乗り出した。


「ゴドウィンの仕事はここに運び込むまで。倉庫に入れておけば、あとはヴァルネ側の人間が、大型の船で一気に運び出す算段だったらしい」


「ですが殿下、いくら秘密裏に進めても、大型の船が入港すれば港湾ギルドが気付きますわ」


「気付かれても構わなかったのだろう」


 ギルバートは紅茶を一口飲んだ。


「港湾ギルドならば、金でなんとでもなる、とな」


「そんな……」


「どうやら、港湾ギルドの堕落は、思った以上に外にも知れ渡っていたようだ」


 ギルバートは小さく息を吐いた。


「困ったことね」


 マリアベルは眉を寄せた。


「それにしても随分大掛かりな計画よね」


 項垂れるライラの背をぽんぽんと叩きながら、マリアベルが呟いた。


「ああ、集めていた小麦の量から考えて、数ヶ月がかりで準備を進めていたはずだ」


「取引相手はヴァルネの商人かしら? いくら儲かるといえ、あの情勢のヴァルネに大量の小麦を持ち込めば、危険な気もするけれど……」


「商人ではない」


 ギルバートは静かに答えた。


「ヴァルネ王派を名乗る者だったそうだ」


「……王派?」


 マリアベルが目を見開く。


「依頼を受けた際、『ヴァルネ王からの依頼だ』と説明を受け、王家の紋章が入った書状を見せられたそうだ」


「まあ……」


「こちらで現物を見ていない以上、本物かどうかは分からないがな」


「でも、筋は通っているわ。王派ならば、ヴァルネ国内で小麦を大量に持っていたとしても、そう簡単に奪われることはないでしょうし、代金を踏み倒される心配もないでしょうから」


「ああ。それもあって、ゴドウィンは儲けられる上にヴァルネ王とのコネも作れる。危険を犯すだけの見返りはあると踏んで、今回の計画に加担したようだ」


「まさに、商人として一世一代の賭けってところかしら」


「そうだな。そして、賭けに負けた」


 ギルバートは肩をすくめた。


「取引予定日は、港を閉鎖した日の翌々日だったそうだ。あと数日取引が早ければ、成功していたかもしれんな」


「あら、じゃあ取引相手も驚いたでしょうね。入港しようにも港は閉鎖。あげくに騎士たちがうろうろしているんですもの」


 マリアベルはくすりと笑みを漏らした。


「ああ。港が閉鎖された理由を知らなければ、自分たちの計画が露見して、警戒体制を敷いているのではと思っても無理はない」


 ギルバートも面白そうに目を細めた。


「……あの、疑問なんですが」


 ここまで二人のやり取りを黙って聞いていたライラが、小さく手を上げた。


「王が食料の調達を命じたのであれば、密輸などせずとも、正規の外交ルートから仕入れることもできたのではないですか?」


「ああ、そうだな」


 ギルバートは薄く笑った。


「正規のルートが使えれば、な」


「……?」


「我が国は国交断絶中。さらに、友好国にも一連の流れについては説明してある。そして太公派も、各国に同じ説明をしている」


「つまり……」


 ライラが息をのむ。


「王派が正規のルートから小麦を仕入れようとしても、協力してくれる国はない、と?」


「そういうことだ」


「今の状況で、王派に加担したところで、各国にとっては何の利もないのよ。もちろん、反逆者である太公派に表立って支援する国もないけれど」


 マリアベルは静かに紅茶を飲んだ。


「けれど、大公派には私たちがいる。だから王派は、追い詰められているのよ」


「……なるほど。では、この取引に失敗したことで、王派はますます窮地に立たされるかもしれませんね」


 ライラは大きく頷いた。


「ああ。予定していた小麦が手に入らない。それもこの量だ。向こうの決着がつくまで、そう時間はかからないかもしれないな」


「ええ。輸入ルートのある太公派と、密輸さえ潰された王派。勝敗は明らかだわ」



 ――このときは、そう思っていた。



 ◇



 その一報が駆け巡ったのは、マリアベルたちが王宮へ戻り、しばらくたったころだった。


『王派がレグナート王国へ進軍を始めた』


 大公グレゴールからもたらされた予想だにしない報せに、レグナートの王宮は騒然となった。


「王派は虫の息ではなかったのか!?」

「なぜ今になって我が国を狙う!?」


 少し前に届いたグレゴールからの書簡には、『王派の支配領域は壊滅状態にある。近いうちに王宮を奪還し、この争いに終止符を打つ』と記されていた。


 ――ようやくヴァルネも落ち着くようだ。

 ――これでクラリッサの裁判も始められる。


 そう思っていた矢先の出来事だった。


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