48.格安小麦の正体
それから二日後、ライラが数人の役人を連れて、離宮を訪れた。
彼女は机に大量の資料を積み上げると、
「やはり、あの小麦は密輸品に間違いないようです」
開口一番、そう告げた。
「根拠は?」
ギルバートは驚くことなく問いかけた。
「はい。まず第一に、販売されていた格安小麦をシーフォートの農業組合に持ち込み、確認していただきました」
ライラは資料を一枚取り出し、ギルバートの前に広げる。
「その結果、どれもシーフォートで栽培されている小麦とは品種が違うことがわかりました」
「やはりそうか」
ギルバートは小さく頷くと、続きを促した。
「第二に、関所の搬入記録と港からの積荷申告書を、三ヶ月前まで遡って確認しました」
ライラはまた資料を広げる。
「結果、小麦の大袋を百袋以上運び込んだ大口の記録は、いくつか確認できました。ですが、その後、取引相手に引き渡されていないものや、港からの出荷記録がないものはありませんでした」
「三ヶ月前まで遡った上に、その後の足取りまで追ったのね。素晴らしい働きだわ」
マリアベルが、ライラとその後ろに立つ役人たちに目を向けると、彼らは誇らしげに胸を張った。
「ですから、格安小麦を持ち込んだのが一つのグループだけなのであれば、関所を通った正規の搬入ではないことは確かです」
「ほう……恐らく、グループは一つだろう。こちらでも露天商から格安小麦をそれぞれ買い集め確認したが、どれも同じ特徴を持っていたからな」
ギルバートが眼鏡のブリッジを押し上げる。
露天商から買い集めた格安小麦には、品種の違う小麦がブレンドされていた。
小麦を卸す商人が、品質の低い小麦や半端に余った小麦を、一つの大袋にまとめて卸すのはよくあることだ。
ただし、その場合でも、混ぜられた小麦それぞれの産地証明書が必要になる。
「なるほど。つまり、同じところから卸されている可能性が高い、ということですね」
「ああ、そう考えるのが自然だろう」
「それから、こちらは格安小麦との関係はまだ判明していないのですが……」
ライラは何枚かの資料を並べた。
「港にある倉庫の貸し出し記録です。記載の通り、この倉庫は一ヶ月ほど前から、ブランシェ領の商隊が借りていました」
「ああ、確かにそう書かれている」
ギルバートが資料を指でなぞる。
「貸し出し理由は在庫の保管。契約期間は一ヶ月間だったそうです」
「そのようだな」
「しかしこの商隊は、契約期間がまだ残っているにも関わらず、港が閉鎖された翌日に、倉庫を引き払っているのです」
「……翌日? 生鮮食品を扱っていたのか?」
傷みやすい生鮮食品を扱っていた商人の中には、港が閉鎖されるとすぐに出航を諦め、商品をシーフォートで捌いた者もいた。
「その可能性もあります。しかし、それならば、最初から一ヶ月も倉庫を借りる必要はありません」
「確かに……」
「なにより、関所の記録を辿ったところ、この期間にブランシェ領からシーフォートへ入った商隊の記録はありません」
「……ブランシェ領の商隊が、関所を通らずにシーフォートへ来たということか……」
「いえ。そうとも言い切れません」
ライラは小さく首を振った。
「倉庫を貸し出した港湾ギルドの者に話を聞いたところ、申請に来た者には見覚えがなかった、と証言しました」
「……では?」
「隣領であるブランシェからは、特産の麦を船で輸出するために、大きな商会が定期的にシーフォートへやってきます。ですから、その規模の商会であれば、港湾ギルドの者たちも顔を知っている者が多いのです」
ライラは資料に目を落とした。
「……それなのに、申請に来た者に見覚えがなかった。そうなると……そもそもブランシェから来た商隊だったのかどうか、疑問が残ります」
「身元の確認はしていないのか?」
「ええ……倉庫の貸し出しは、申請書の記入と代金の前払いがあれば、身元の確認までは求めていなかったそうです」
「つまり……誰でもブランシェの商隊を名乗って倉庫を借りられたということか」
ギルバートは小さく息をついた。
「現在、申請書に記載された商会が実在するのか、また実際にシーフォートへ向かったのか、ブランシェ側に問い合わせています」
「では、返答を待つしかないな」
ギルバートは紅茶のカップを傾けた。
そのとき、マリアベルがぽつりと呟いた。
「……もしブランシェ産なら、わざわざ他の小麦と混ぜるかしら? せっかくのブランシェ産なのに」
「どういうことだ?」
「だって、ブランシェ領は最高級小麦の産地でしょう?」
マリアベルは閉じた扇で、とんとんと顎を叩いた。
「他の麦と混ぜなければ、もっと高値で売却できるでしょう?」
「それはそうだが……。どちらにせよ、産地証明を出せないのであれば同じだろう」
「そうかもしれないけれど……」
マリアベルが考え込んでいると、ライラがはっとしたように資料をめくり始めた。
「こちら、農業組合に小麦の確認をしていただいたときの資料です!」
ライラは該当箇所を指で示した。
「『見た目や匂いから、病気の麦である可能性は低い。しかし、色のくすんだものや身の小さいものばかりが混ぜられており、低級品に位置付けられる』とあります!」
「低級品……」
ギルバートが呟く。
「では、やはりブランシェ産ではないのか」
「そういえば、目利きのできる大店の店主も、『産地がわからない』と言っていたわね……」
「……そうなると、倉庫を借りた商隊も、ブランシェの名を騙っていた可能性が高くなったな」
「ええ。……でも、どうしてわざわざブランシェの名を?」
「恐らくですが……」
顔を見合わせる二人に、ライラは小さく手を挙げた。
「小麦を高く売るためではなく、倉庫を借りるため……だったのではないでしょうか」
ギルバートは一瞬目を見開いたあと、顎に手を当てて小さく頷いた。
「……なるほど。ブランシェの知名度を利用したわけか」
「ええ。それに、倉庫に運び込んでいたのが、あの格安の小麦だとすれば……小麦が特産のブランシェの名は、さぞ都合がよかったでしょうね」
マリアベルも、合点がいったように頷いた。
「ですが、そうなると、わざわざ集めた小麦を格安で売り払っていることに疑問が残ります」
ライラは小さく眉を寄せた。
「ああ、それは簡単よ」
マリアベルは隣のギルバートと楽しげに視線を交わすと、不敵な笑みを口元に浮かべた。
「こちらの王太子殿下が、港を閉鎖し、『港に係留中の全船舶、および港内の全倉庫を対象に、一箱、一袋まで徹底した監査を行う』と宣言されたからよ」
「密輸犯たちは、さぞかし焦っただろうな。特産地の名を騙っておきながら、低級品の小麦を積み上げていたのだから」
ギルバートはくつくつと楽しそうに笑った。
「まあ! では、王太子殿下の一手が、見事、密輸犯の目論見を叩き潰したのですね!」
「結果的にそうなっただけだがな」
目を輝かせるライラに、ギルバートは苦笑を漏らした。
「でも、そうなると、結局、密輸犯が誰で、どこに、どんな理由で密輸をするつもりだったのか、わからないわね」
マリアベルは小さく息をついた。
「そうだな。小麦を売り払った密輸犯は、すでにシーフォートから逃げ出しているだろう」
ギルバートが窓の外へと目をやると――
「いえ、そうとも限りません!」
ライラが勢いよく立ち上がった。
「密輸犯たちは、大店に小麦を売れなかった。売り払い先が露天商だけならば、大量の小麦を、たった数日ですべて引き渡すことなどできないはずです!」
目を瞬かせる二人をよそに、ライラは拳を握りしめて言葉を重ねた。
「露天商の多くは個人で商売をしています。大量の商品を保管できる倉庫など、まず持っていません。だから、一度に大量の小麦を受け取っても、保管する場所がないのです!」
「つまり……」
「露天商が数日で売り切れる程度の量を、少しずつ売り渡しているのであれば、密輸犯はまだ、在庫を抱えたままシーフォートに留まっている可能性があります!」
ギルバートはわずかに身を乗り出した。
「それに殿下方がいらっしゃってから、シーフォートでは厳戒態勢が敷かれています。さらに、殿下方がお連れになった近衛騎士たちも、巡回してくださっています。今、大量の小麦を持って、関所を通らずにここを出るのは骨が折れるはずです!」
「なるほど」
ギルバートはにやりと口元を緩めた。
「諦めるにはまだ早い、か」




