↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
46/65

46.シーフォートの代官

「ああ、楽しかった!」


「それは何より」


 夕方まで市場を満喫した二人。


 馬車の座席に腰を下ろしたマリアベルは、疲れなど微塵も感じさせない溌剌とした笑顔を浮かべている。


 その隣で、ギルバートは小さく息を吐いた。


 ――一日中、人混みを縫って歩き回ったというのに、まだこの元気が残っているのか。


「次は王都でやりましょうね、ギル」


「……考えてみよう」


 ギルバートは苦笑を浮かべた。


 けれど、その顔にはマリアベルと同じように、楽しげな笑みが浮かんでいた。


「でも――」


 マリアベルは、すっと笑みを消した。


「あの小麦の値下がり方は、異常よね?」


 立ち寄ったパン屋で「小麦の値段が安くなった」と聞いた二人は、その後も市場を歩きながら、自然と小麦の価格を目で追っていた。


「そうだな。港が止まったおかげじゃないか、と、あの女性は笑っていたが……」


「ええ。私も初めは、在庫を抱えた商人が大量に売り払ったからなのかと思っていたけれど、あそこまで値を下げるのはおかしいわ」


「ああ。小麦なら、そこまで急いで売り払う必要はないからな」


 ギルバートは目を細めた。


 傷みやすい生鮮食品ならともかく、保存の利く小麦を、わざわざ値を下げてまでシーフォートで売る理由が分からない。


「調べてみる必要がありそうだな」


「ええ」


 ――


 翌日――。


 二人は、この地の代官を離宮へ呼び出した。


 代官と顔を合わせるのは、シーフォート到着時の出迎え以来だった。


「呼び立てて悪いな」


「とんでもございませんわ。王太子ご夫妻のお役に立てるのでしたら、いつでも」


 にこりと微笑んだのは、四十代半ばの女性だった。


 黒髪をひとつにまとめた、シーフォートの代官、ライラである。


「王太子殿下におかれましては、港湾ギルドを、完膚なきまでにやり込めてくださり、ありがとうございます」


 その顔には、心の底からの安堵が滲み出ていた。


「……苦労をしていたようだな」


「ええ、ええ、それはもう。港湾ギルドには、本当に頭を悩ませておりました。物資の積載量を偽って税を逃れるくらいなら、まだ可愛いもの。私ども役人が不当な手数料の撤廃を求めて立ち入れば、荒くれ者の船乗りを仕向けて脅しをかけ、港の物流を盾に取られては、手出しもできませんでした」


 ライラは深々と溜め息をつき、苦笑を浮かべた。


「陛下から立て直しを頼まれた立場でありながら、不甲斐ない限りです」


「……陛下から、立て直しを?」


 ギルバートがわずかに目を細める。


「ええ。そうです。あれは四年ほど前でしょうか。王宮で財務官として働いていた私の手腕を、陛下が買ってくださったのです」


 ライラは嬉しそうに笑った。


「ですが、不甲斐ないことに現状を変えることが叶わず、つい先日、その旨を書簡にしたためてお送りしたのです。それで、王太子ご夫妻を派遣してくださったのだと……」


「……陛下は、シーフォートの現状をご存知だったのね」


 マリアベルが呆れたように呟いた。


「そのようだな」


 ギルバートも小さく息をつく。


「……あら? 違いました?」


 首を傾げるライラに、二人は苦笑いを返すことしかできなかった。


「まあ……そういうことにしておこう」


 ギルバートはティーカップを引き寄せ、紅茶を一口飲むと、そっとカップを戻した。


「今日呼び立てたのは、その『シーフォートの立て直し』にも深く関わる話だ」


「はい」


 ライラはすっと背筋を伸ばした。

 先ほどまでの柔らかな笑みが消え、代官としての真剣な表情が浮かぶ。


「最近、小麦の値が異常に下がっているようだ」


「小麦、ですか?」


「ああ。港が閉鎖されている間に、在庫を抱えた商人が大量に売り払ったことが原因らしいが……」


「小麦を、わざわざ?」


 ライラが目を細める。


「そうだ。露店の店先で、小袋が銅貨五枚で売られていた」


「そんな……平時ならば、銅貨八枚はしますわ」


 ライラは眉を寄せた。


「そもそも、港が閉ざされたのであれば、通常は小麦の価格は上がるはずではありませんか?」


 港が閉ざされるということは、物流が滞るということだ。

 これから品薄になるかもしれないと考え、買い占めに走る者が出て値が上がるのなら分かる。


 だが実際には、相場を崩すほど大量の小麦が売りに出されている。


「その通りだ。港を止めたことで、一時的に飽和状態になった生鮮食品の価格が下がるのならばわかる。実際、生鮮食品も値下がりはしているようだ。だが、小麦はそれ以上に大幅に値下がりしている」


「おかしいですわ……」


 ライラは顎に手を添え、考え込んだ。


「……小麦の搬入について、記録を確認してもよろしいでしょうか?」


「何か心当たりが?」


「いえ…… これほど相場を動かす量が入ってきたのであれば、覚えているはずなのですが……。どうにも記憶にありません。ですから、記録を確認したいのです」


「わかった。頼む」


 ライラが役所へ使いを送ると、しばらくして、数人の役人が書類を抱えてやってきた。


「こ、ここ一月の、シーフォートの搬入記録です」


 息を切らした役人が、大量の書類をライラの前へと積み上げる。


「ご苦労様」


 ライラは短く労いの言葉をかけると、早速書類をめくり始めた。


「……すごい量ね」


 マリアベルは思わず呟いた。


「ああ、たった一月でこの量か」


 ギルバートも驚いたように眉を上げた。


「ふふふ。シーフォートは北部最大の貿易都市ですから」


 ライラは穏やかな声色で二人に言葉を返した。だが、その手元では、目にも留まらぬ速さで書類が次々とめくられていく。


 パラパラパラ――。


「……て、手伝いましょうか?」


 その凄まじい書類捌きに目を丸くしながら、マリアベルが恐る恐る問いかけた。


「いいえ。妃殿下、ありがとうございます」


 ライラはゆっくりと顔を上げた。


「もう確認は済みましたから」


「もう!?」


「ええ。大口の小麦の搬入記録は、ありませんでした」


「一件もか?」


 ギルバートが、わずかに身を乗り出した。


「ええ。あ、いえ、正確には一件だけ。ですがこれはシーフォートの定期購入分ですわ。納品もきちんと済まされています」


「定期購入分?」


 マリアベルが首を傾げる。


「はい。シーフォートは小麦の主要な生産地ではありませんから、近領の農家と年間契約を結ぶことで、価格変動を抑えているのです」


「まあ! 素晴らしい施策だわ」


「ありがとうございます。私が赴任してから、最初に整えた制度のひとつです」


 感嘆の声を上げるマリアベルに、ライラは照れくさそうに頬を緩めた。


「確かに素晴らしい施策だ。だが、今の問題は、定期購入分以外に大口の搬入記録がないことだ」


 ギルバートが話を戻す。


「そうね」


 マリアベルはぺろりと小さく舌を出した。


「では、陸からではなく、海から運び込まれたならどう? 港湾ギルドが積荷を少なく申告したのではなくて?」


「いえ、それは難しいかと」


 マリアベルの問いに、ライラは小さく首を振った。


「積荷申告書を作成するのは、確かに港湾ギルドです。しかし、ギルドの申告だけでなく、荷下ろしの際には役所の担当官が立ち会い、積荷を確認して承認しております。極端に少なく申告すれば、照合の際に気づきますわ」


「なるほど……。港湾ギルドの不正を防ぐ仕組みまで整えていたのか」


「はい。少量の誤魔化しまで完全に防ぐことはできませんが、この仕組みを整えてから、大規模な不正はずいぶんと減りました」


「となると……」


 ギルバートは目を細めた。


「……役所の人間が、不正に関わっている可能性は?」


 ライラは一瞬、言葉を失った。


「……可能性がないとは、言い切れませんわ。しかし、その可能性は限りなく低いでしょう」


「なぜ?」


「積荷の確認を終えた際に発行する承認書には、すべて通し番号を振っていますから」


「通し番号?」


「ええ。発行した承認書の番号は、すべて役所側でも控えています。ですから、誰かが承認書を勝手に破棄したり、書き換えたりすれば、番号の欠落ですぐに分かります」


「書き損じたことにすればよいのでは?」


「いえ、書き損じであっても、勝手に破棄することは禁じています。その日の承認書の控えは、書き損じも含めてすべて私が目を通し、番号が連続していることを確認しています」


「とんでもない業務量ね……」


  マリアベルは、先ほど持ち込まれた書類の束に目をやった。


「そこまでしなければ、不正を正せなかったということか……」


  ギルバートが呟くと、ライラは苦笑した。


「ええ。港湾ギルドの力が強すぎましたから。少しでも隙を見せれば、すぐに抜け道を探されます」


  そう言って、ライラは一度言葉を切った。


「ですから、まずは『誤魔化しはきかない』と思わせることが必要だったのです」


「「なるほど」」


 二人は感心したように頷いた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。