↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子殿下、逃亡。  作者: 花日


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
41/64

41.我慢比べ

  ――王家とて、この港の流通が滞ることは望まない。だからきっと、明日にはいつも通りの港に戻る。


  そんなバルトロの願いも虚しく、翌日になっても、さらにその翌日になっても、特別保安監査は終わらなかった。


  港はまるで地獄だった――。


  船は一隻も出せず、荷は一箱たりとも動かせない。商人たちは足止めされ、船員たちは仕事を奪われ、港の職員たちは対応に追われていた。


  その元凶たる近衛騎士たちは――嫌になるほど几帳面だった。


「この木箱、釘が一本ぐらついている。不合格。中身をすべて取り出し、新しい木箱に入れ替えよ」


「この船のロープ、摩耗率が基準を超えている。交換が必要だ。交換後、再検査を受けろ」


「この積荷の申告書、重量の記載に二キロの誤差がある。再計量だ」


「倉庫の床に油染みがある。清掃と安全確認が済むまで使用を禁ずる」


「そ、その程度でいちいち止めるのか!?」


「安全基準を満たしていない。問題が解消されるまで、再開は認められない」


  近衛騎士たちは、一切の妥協を許さなかった。


  積み降ろしを止められた高級フルーツや鮮魚は、倉庫の中で次々と腐り果てていく。


  損害賠償を恐れた外国の商船からは怒号が飛び交った。


「こんな港では商売にならん! 二度と使うものか!」


「納期に間に合わなければ、こちらがどれだけ損をすると思っている!」


  船主たちは怒りを露わにし、次の寄港地や今後の取引先を変更する相談まで始めていた。


  やがて、違約金の請求書が山のようにギルド事務所へ届き始める。


「また請求書だ!」


「こっちもだ! いったいいくら払えばいいんだ!?」


「もう無理だ! これ以上はギルドじゃ抱えきれない!」


  ギルド員たちの悲鳴が、連日のように事務所中へ響き渡った。


  そしてついに――


「会頭! このままでは本当に港が潰れます!」


  ギルド員たちは、バルトロの邸宅へ押しかけた。


「……もうすぐだ。もうすぐ終わるはずだ」


  取り囲むギルド員たちを前に、バルトロは自分自身に言い聞かせるように告げた。


「王太子殿下も、さすがにいつまでも港を止めておくわけにはいかん。今日……いや、明日にはきっと――」


「会頭!」


「もう三日目です!」


「それに我々が確認したところ、まだ半分も終わっていないと……!」


「そんな……!」


  バルトロは顔を青ざめさせた。


  特別保安監査が始まってから三日。


  その間、バルトロは一歩も邸宅の外へ出ていなかった。


  というのも、どこへ行っても、自分のせいで港が止められたのだと白い目を向けられるからだ。


  商人からは恨み言を浴びせられ、船員からは露骨に睨まれる。


  おまけに、街を歩けばひそひそと囁かれる始末。


  大勢が集まる歓迎式典で港湾ギルドが引き起こした騒動を、今や知らない者はいなかった。


「どうにかしてください!」


「このままでは本当に港が潰れます!」


  矢継ぎ早に浴びせられる声に、バルトロは額を押さえた。


「……分かっている」


  分かっている。


  そんなことは、痛いほど分かっていた。



  ◇



  一方その頃――。


  マリアベルとギルバートは、海辺を散策していた。


  離宮からほど近い、王族専用のビーチ。


  港の喧騒など、まるで別世界の出来事のようだった。


  穏やかな波が白い砂浜へ寄せては返し、潮風が二人の髪をそっと揺らしている。


「……静かね」


  マリアベルが、遠くの海を眺めながら呟いた。


「そうだな」


  ギルバートも頷く。


  その表情は穏やかそのものだった。


  ――港を地獄のような有様にしている人物とは、思えないほどに。


「それにしても、大胆な一手ね」


  マリアベルは、くすりと笑った。


「あれぐらいやらねば、積み重なった歴史には対抗できないからな」


  ギルバートは、穏やかな表情を崩さない。


「けれど、陛下がお知りになったら、青い顔をされるかもしれないわよ」


「かまわないさ。休暇ついでに視察を、と言っておいて、これほど根深い問題を抱えた地へ向かわせたのだから」


  ギルバートは、呆れたように目を細めた。


「それに、判断はすべて任せる、と言われているからな。今さら異を唱えることもできまい」


「ふふっ。それもそうね」


「ああ。だが、『マリアベルが反対したときは、もう一度考え直せ』とも言われたな」


  ギルバートは、ちらりとマリアベルを見る。


「だが、君は反対――」


「してないわ」


「だろ?」


  ギルバートは、満足そうに頷いた。


「だったら、何も問題ないさ」


  そのとき、一人の侍従が駆けてきた。


「失礼いたします。先ほど港湾ギルドの会頭より、明日の朝一番で面会をお願いしたい、と先触れがありました」


「ようやくか」


  ギルバートは小さく息をついた。


「承知したと伝えてくれ」


「かしこまりました」


  頭を下げて走り去る侍従の背中を見ながら、マリアベルがぽつりと呟いた。


「商人なら、もう少し決断が早くてもよさそうなものだけれど」


「まあな。それほど驕り高ぶっていたということだろう」


「そうね……」


「本当に冷や冷やさせてくれる」


  ギルバートは深々と息をついた。


  シーフォートは北方最大の貿易拠点だ。


  ここを止めれば、港湾ギルドだけでなく、王国の交易そのものにも影響が及ぶ。


  もちろん、ギルバートたちもそのことは承知していた。


  シーフォートの評判が落ちれば、今後の貿易にも差し支える。


  それでも、ここまでの措置に踏み切ったのは――


  この港の者たちに、これまでのやり方が通用しないと思い知らせるためだった。


  長年にわたって築かれた慣習と、それを当然のものとして受け入れてきた者たち。


  一度や二度の注意では、それらを変えることはできない。


  だからこそ、港そのものを止めるという大胆な一手を打ってでも、変わるきっかけを作る必要があった。


  そして、この一度で港の隅々まで洗い出す。


  王家が本気になれば、港湾ギルドとて安泰ではない――それを、身をもって知らしめるのだ。


  決して、中途半端に終わらせるつもりはなかった。


  つまり――これは、どちらが先に根を上げるかの勝負でもあった。


  もちろん、ギルバートとて、この状態をいつまでも続けるわけにはいかない。


  だが、だからといって、先に折れるつもりもなかった。


  港湾ギルドが折れるのが先か。


  それとも、王家がこれ以上の損害を看過できなくなるのが先か。


  ――それは、どちらの意地が最後まで持つかという、奇妙な我慢比べだった。


「これで明日にはお忍びに行けるかしら?」


  目を輝かせるマリアベルに、ギルバートは苦笑した。


「明日……は、さすがに無理だろうな。お忍びとはいえ、警備は必要だ。この騒動が落ち着くまで、もう少し待ってくれ」


「わかってるわよ」


  マリアベルは、くすくすと笑った。


「港に派遣している近衛騎士たちが帰ってきてくれないと、難しいわよね」


「……ああ、その通りだ」


  ギルバートは肩をすくめた。


面白い!続きが気になる!と思われましたら、是非、星やリアクション、お気に入り登録で応援お願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。